7月23日、国立競技場。マンチェスター・シティを率いるジョゼップ・グアルディオラ監督はベンチから出て、腕を組んで戦況を見守っていた。しかし不意に腕をほどくと、激しいゼスチャーを交えて選手に熱っぽく指示を送った。

「信じて選手を送り出したら、試合中にベンチから口角泡を飛ばしても意味はない」

 師匠にあたるフアン・マヌエル・リージョ(元ヴィッセル神戸監督)から注意を受けても、グアルディオラはその振る舞いを止めなかった。教えは乞うても、自らの感情には従う。エモーションの爆発がサッカーの原点であると心得ているからだ。

「フィーリング」

 名将グアルディオラは自身のサッカー観について、端的に語っている。そこにマンチェスター・シティの革命的強さの理由がある。

 昨季、欧州チャンピオンズリーグ(CL)、プレミアリーグ、FAカップを制したマンチェスター・シティはさらに変身を遂げるのか?


横浜F・マリノス戦で選手に檄を飛ばすジョゼップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ)

 マンチェスター・シティはJリーグ王者、横浜F・マリノスとのプレシーズンマッチの初戦で、3−5と勝利を収めている。オフ明け、長旅の疲労、時差、追い討ちをかけるような高温多湿で、コンディションには限界があり、スコアは問題ではない。

「ケガをしないことが大事だった」

 グアルディオラが会見で語ったが、同じような条件で横浜F?と対戦したセルティックと比べると、力量差は歴然としていた。2点を先に奪われてもひっくり返し、引き離した。欧州王者は、軽く拳を振り回しても相手をマットに沈める力があった。

 たとえば右サイドに入った21歳のアタッカー、コール・パルマーは左利きで独特のテンポを生み出し、切り込んで勝負できる選手で、相手守備陣を脅かしていた。1点目も彼が起点だった。パーマー以外でも、20歳のMFオスカー・ボブ、18歳のリコ・ルイスも今後の飛躍が期待される。

 ピッチに「仕組み」が敷かれているからこそ、選手は才能を爆発させられるのだろう。それによってチームの「仕組み」も強固になる。ただ、力を高め合っているのは選手同士で、徹底的な「選手ありき」の理念がチーム力を生み出している。

【批判を浴びていた就任当初】

 一時期、マンチェスター・シティの「偽サイドバック」は戦術の最先端のように語られていたが、グアルディオラは少しも囚われていない。オレクサンドル・ジンチェンコ(現アーセナル)、ジョアン・カンセロ、カイル・ウォーカーのようなサイドバックを暴れまわらせるために、仕組みを動かしたにすぎなかった。彼らが移籍したり、コンディションが整わなかったりするなかで、空洞になった仕組みはポイっと捨てた。

 昨シーズンはジョン・ストーンズを偽センターバックに登用し、パスの出し入れでプレーの可能性を広げ、中盤中央を強固にした。そうしてロドリのプレーメイクや攻め上がりを促し、ベルナルド・シウバが右から自由に攻撃を司るという新しい形を作った。CL準決勝でレアル・マドリードを轟沈したのはベルナルド・シウバで、決勝でインテルを"沈めた"のはロドリのミドルだ。

 一方で、グアルディオラが信奉するサッカーは、完全無欠に見えるだけに、粗探しも受けやすい。「ストライカーとの相性は最悪」という定説もひとつだろう。かつてバルサに所属したFWズラタン・イブラヒモビッチやFWサミュエル・エトーがグアルディオラを批判的に論じたのが要因だ。

 だが昨シーズン、新入団したアーリング・ハーランドは、見事にチームにフィットした。CL、プレミアリーグの得点王となり、無双に近かった。速く強いパスが多用され、走力や膂力(りょりょく)が生かされていた。

 そもそも、グアルディオラがストライカーを嫌うはずはない。バルセロナ時代はダビド・ビジャをリオネル・メッシと共存させた。バイエルンでも、ロベルト・レバンドフスキを覚醒させている。

 グアルディオラは常に先入観と対峙し、新しい創造をしてきた。

 筆者とグアルディオラとは盟友であるヘスス・スアレスとの共著『レジェンドへの挑戦状』でも書いていることだが、プレミアリーグ挑戦も当初は四面楚歌だった。1年目は少し成績が落ち込むと、辛辣な批判を浴びた。マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドGKからは「GKからパスをつなぐ? どうかしているよ」と真っ向から否定された。

【今やプレミアのスタンダードに】

「正直、ここまでとは思わなかった」

 グアルディオラ自身、当時のプレミアリーグに面食らっていたという。

「プレミアリーグはボールが空中を行ったり来たり、誰にもコントロールされない状態が続く。アクションとリアクションが頻繁に入れ替わり、『トランジションに真実がある』とでも言いたげで。テンポを作る意識は乏しい。こぼれ球を制するか、が常に大事だ。ボールがどこに転ぶか、というのは偶然性が強く、次のプレーが読みにくい。足元を転がすボールは次の展開を読めるのだが......」

 グアルディオラは折れなかった。自らのフィーリングを信じ、チームに「論理」を植えつけ、極力、「偶然」を排除した。

「ピッチにボールの通るべきルートを作る。そこを通すパスのスピードと精度を上げることで、相手を寄せつけない」

 彼は「たまたま」を否定し、論理を旗頭にした。そして能動的チームの仕組みを作ると、選手のキャラクター次第で戦い方を変化させ、成長を促し、チーム力を爆発させた。それが栄光をもたらし、今やプレミアリーグのスタンダードにまでなった。

 論理はプレースタイル、感情は選手にも言い換えられるだろうか。論理と感情は相反するところもあるが、論理を動かすのは感情で、感情を導くのは論理である。お互いを触媒に「革命」は生まれる。

 次なる「革命」とは――。

 昨シーズン、中盤でエンジンになって得点力まで見せていたイルカイ・ギュンドアン(現バルセロナ)が抜けた。フィル・フォーデンを組み込む算段だろうか。新たに獲得したマテオ・コバチッチはボールを持つ時間がやや長く、マンチェスター・シティのスピード感に合わないようにも映るが、あるいは新たな形を生む前兆か。常に先入観は覆される。

 7月26日にはバイエルンと対戦する。ほぼ同じ条件の強豪との一戦で、新王者の一端は見えるか。