水谷隼インタビュー 後編

「黄金世代」の伊藤と平野、10代の女子選手たち

(中編:男子卓球界の現状と、張本智和に次ぐ選手が世界で勝つために必要なこと 日本の指導者育成の課題も>>)

 日本卓球の女子は、パリ五輪代表選考レースの首位を独走する早田ひなが5月の世界選手権ダーバンで女子シングルス銅メダル、張本智和とペアを組む混合ダブルスでも銀メダルに輝くなど絶好調。一方で、東京五輪で3つのメダルを獲得したあと、コンディションの問題などから調子を落としていた伊藤美誠にも復調の兆しが見え始めた。

 その2人と同い年の「黄金世代」のひとり、平野美宇も代表選考レースでは伊藤を抑えて2位。7月2日に決勝が行なわれた海外ツアーWTTシリーズでは世界ランキング1位の孫穎莎(中国)を破って優勝した。他にも選手層が厚く競争が激しい女子は才能あふれる10代の台頭もある。

 水谷隼氏から見た女子選手たちの状態と、熾烈を極めるパリ五輪代表選考レースの行方とともに、すでに決定したものの、五輪の選考基準についての意見を聞いた。


パリ五輪選考レースで3位の伊藤(左)と2位の平野

【「黄金世代」伊藤と平野の現状】

――苦しい時期もあった、伊藤美誠選手のことをどうご覧になっていますか?

水谷 今年の全日本選手権前からケガ(臀部の痛み)があって、いまだに本調子じゃないみたいですけど、それが治ればプレーもまたよくなると思います。まずはケガを治すこと。まだ全快じゃなくても、5月の世界選手権で女子シングルスベスト8に入って、パリ五輪代表選考ポイントも3位に上がったのは本当によかった。

 かわいそうなのは、選手が「ケガをした」と発表すると言い訳みたいに聞こえることです。だから、選手たちは口に出さずに我慢するんですけど、試合に負けて「弱くなった、勝てなくなった」と言われ続けると耐えきれなくなり、「ケガをしているからプレーが悪いんです」と言いたくなる。伊藤選手もずっと明かさずに我慢していたと思います。アスリートのつらいところですね。

―― 一方で、平野美宇選手の状態のよさが目立ちますね。

水谷 すごくいいと思います。去年11月の第3回選考会で早田選手に勝って優勝したあたりから、プレーがすごくよくなった。技術的にいいと思うのは、ハーフロングのボール。「台から出るか出ないか」というボールの処理がめちゃくちゃうまくなっています。キワキワを見極めて、ちょっとでも台から出たら全部回転をかけて先に攻めていく。あと、相手から攻められたボールも、すべて回転をかけて返球しています。ちょっとでも相手にプレッシャーをかけようという姿勢が見えますし、この2つのプレーが特にいいですね。

――だからラリーが安定してきたんですね。

水谷 そうですね。ボールが台から出るか出ないかの見極めはすごく難しいところなんですが、平野選手はそれができているから、甘いボールがきたら必ず台上で先に攻めることができる。さらに、以前は焦ってしまう場面も多かったんですけど、今はリラックスして落ち着いてプレーできているように見えます。

【次世代の木原、長粼の課題】

――女子は伊藤選手や早田選手、平野選手のすぐ下の世代も、木原美悠選手と長粼美柚選手が伸びてきましたが、いかがでしょうか?

水谷 「黄金世代」と言われる3人とは、ちょっと差があるかな......。世界で勝てるかどうかで見た時に、経験も実力も足りない印象です。勢いで試合をしているというか、卓球がまだ"浅い"。相手にしてみると、そのほうが怖い時もありますけどね。「普通はこんなことしないだろう」ということをしてきますから。

 卓球は読み合いの中で裏をかいたり、裏の裏をかいたりしますけど、それが作用しない怖さ。若い選手は、そういう部分で相手を掻き乱すところがあります。ただ、本当のトップ選手に勝とうとしたら、やはりクレバーな読み合い合戦になる。今の木原選手や長粼選手では難しいのかなと思いますね。

――具体的に、2人の課題を挙げるとしたら?

水谷 男子の戸上隼輔選手と一緒で、勝負どころで簡単なミスをすることが多い。勝負どころでは、トップ選手も緊張して攻撃的なプレーができなくなってしまうものですが、そこでポロッとミスをしたら、相手は「めちゃくちゃラッキー」と気持ちがラクになります。そのへんの心理を、まだ理解できていないのかもしれません。どうしたら相手を苦しめられるか、という考えに至っていないように見えます。

――相手を苦しめるプレーは、やはり中国勢が巧みですね。世界選手権で使用された台はボールが止まりやすい傾向にあったので、その特性を利用したのか、ナックルやハーフロングを多用していました。

水谷 確かにそうでした。台の弾みもそうですし、照明もプレーに影響する部分。照明が強いと、その熱でラバーのゴムが柔らかくなって球がすごく跳んだりもします。ゴムにボールが食い込むので。僕も世界中で試合をして、「会場が暑いからボールが跳ぶだろうな」とか、そういう繊細なところまで気にしていました。それがわかっていないと、序盤でポロポロっとミスしちゃうんです。

――早田選手は湿度も計算に入れて、練習や試合をしているそうです。

水谷 湿度も大事ですね。僕もラバーを変える時に意識していました。遠征先のホテルの部屋でラバーを貼る時は絶対にシャワーを浴びないし、先輩と相部屋で先輩がシャワーを浴びる場合は、必ず僕が別の選手やコーチの部屋に行っていました。バスルームの湿気が部屋にくるのが嫌だったからです。逆に乾燥するのも嫌なので、クーラーもつけなかった。ラバーを貼った後は埃がつくのが嫌で、2時間くらいは机の引き出しやクローゼットに入れて乾かしていました。

【オリンピックで勝てる選手を選ぶための基準】

――10代の女子選手では、張本智和選手の妹で、15歳になったばかりの張本美和選手も成長著しいですね。

水谷 ポテンシャルがすごいですよ。体型に恵まれていて手足も長く、日本の女子の中でも両ハンドに威力がある選手です。すでにプレースタイルが定まっていて、このまま強くなるだろうなと思います。今はまだ、強い選手と対戦した時にちょっと対応できていないように見えるので、うまく戦術を変えられるようになると、この1年でまた伸びると思いますよ。

――女子のパリ五輪代表選考レースはどうなっていきそうですか?

水谷 国内選考会があと2回残っていて、そこに選考ポイント対象のアジア競技大会とアジア選手権、来年1月の全日本選手権がある。そう考えると、1位の早田選手が代表に決まるのは濃厚ですけど、2位以下はまだわかりません。

――今回の代表選考レースは、これまでにない約2年間の長丁場。選手たちのコンディションを踏まえて、あらためて水谷さんのご意見を聞かせて下さい。

水谷 選手は本当に大変ですね。国際大会の数が多い中で、国内選考会でも競わなきゃいけないのは負担になります。今回の選考基準は日本独自のもので、世界ランキングを反映しないものですが、個人的には、そこも反映させるものにしてもよかったかなと思います。国内の選考ポイントとうまくミックスするような形で。

――それは、選手個人の世界ランキングで決まる五輪本番のシードを見据えてということでしょうか?

水谷 シードももちろんありますし、結局、オリンピックで勝つための選手を選ぶわけなので、世界ランキングを疎かにしてもいいのか、という考えです。やはり「オリンピックに出る選手」ではなくて、「オリンピックで勝ってメダルを取れる選手」を選んでほしい。そう考えると、世界ランキングはひとつの基準になるんじゃないかと思います。

――代表選考にはTリーグのポイントも影響しますね。

水谷 これからポイント差が詰まっていって、最終的にTリーグのポイントで順位が入れ替わることもあるでしょう。それでオリンピック本番で成績がよければいいけど、そうじゃなかった時は代表選手たちの意見を日本卓球協会が集めてほしい。そして選考方法についてしっかり話し合い、今後に生かしてほしいです。

【プロフィール】

水谷隼(みずたに・じゅん)

1989年6月9日生まれ、静岡県出身。両親の影響で5歳から卓球を始め、中学2年からドイツ・ブンデスリーガに卓球留学。2007年に全日本選手権シングルスで優勝し、2019年には10回目の優勝を果たす。オリンピックには、2008年の北京五輪から4大会連続で出場。2016年リオ五輪ではシングルスで日本人初のメダル(銅メダル)を獲得。2021年東京五輪では混合ダブルスで金メダル、男子団体で銅メダルを獲得した。2022年2月に引退セレモニーが行われ、現役生活を終えたあとは解説者やタレントなど、幅広く活躍している。
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