水谷隼から見た男子卓球界の現状と、張本智和に次ぐ選手が世界で勝つために必要なこと 日本の指導者育成の課題にも言及した
水谷隼インタビュー 中編
張本智和以外の男子選手
(前編:早田ひなと張本智和が中国トップ3に勝つには...ポイントは「サービスと戦術」>>)
厳しいパリ五輪代表選考レースを勝ち抜いた選手たちは、五輪本番でメダル獲得を目指す。そこに立ちはだかるのは世界最強の中国。さらに、卓球の古豪ヨーロッパ勢や、韓国をはじめとするアジア勢などライバルは多い。特に男子は、若きエース・張本智和の他にも世界で勝てる選手が必要になる。
6月27日に20歳になったばかりの張本が背負うエースの重圧や、その張本に全日本選手権では2連勝しているものの、国際大会でまだ優勝経験がない戸上隼輔の課題などを水谷隼氏に聞いた。
パリ五輪選考レースで張本(左)を追う戸上
――張本選手にとって、5月の世界選手権は10代最後の国際大会で、「10代は楽しい時期は一瞬で、14歳からの5年間は勝てない時期もあって本当に苦しかった。日本の男子で唯一、海外ツアーで優勝しても『張本はなかなか勝てない』と言われた」と涙をこぼしていました。
水谷 あれぐらいの選手になると、どれだけ勝利を重ねても1回の敗戦ですべて無にされてしまうことがよくあります。僕も、2012年ロンドン五輪の男子シングルス4回戦で負けた時は、全日本選手権で5連覇していて、海外のツアーでも優勝して世界ランキングも5位前後だったりしたのに、「世代交代」みたいに言われましたから。記録が消えるわけじゃないし、プライドを持って一生懸命やっていたんですけど......何だろう、だんだん自分じゃなくなるんです。
――長年、男子日本のエースという重圧を背負ってきた水谷さんだからこその感覚ですね。
水谷 勝ったことより負けたことのほうが注目されるようになるんです。全日本選手権も「決勝まで行くのが当たり前」みたいになって、身近な人も「最終日に応援に行くね」って(笑)。もちろん優勝したい気持ちはあるけれど、やっぱり1試合1試合が大切ですから。
あと、「今年は誰が水谷を倒すのか」という見方にシフトしていき、味方がいなくなる気もして、負けることの注目度に苦しめられました。張本選手も去年と今年の全日本選手権決勝で、戸上隼輔選手に2連敗して、負けることが注目されたのが悔しかったんじゃないかな。でも、それはトップ選手なら誰もが通らなきゃいけない部分なんですよね。
――その張本選手に次ぐパリ五輪代表選考レースの2番手、戸上隼輔選手のことはどうご覧になっていますか?
水谷 世界で通用するかというと、まだまだ。戸上選手は全日本選手権を連覇している日本のトップですけど、世界のトップは別次元なんです。どれだけ日本で強くても、世界のトップには世界のトップの戦い方のセオリーがあるんですが、戸上選手はそういうものをあまり知らない。日本で戦っている自分のプレーを、そのまま世界でやろうとしているように見えます。そのままじゃ勝てないし、未熟な部分がたくさんありますね。
――世界のトップ選手のセオリーというのは、例えば?
水谷 強い選手はサービスを台から出したりしません。でも戸上選手はバンバン出すし、レシーブもミスします。チキータもそうですけど、同じミスを何本もする。それを修正する力が足りないし、相手の弱点を突くプレーも少ないです。
自分の得意なプレーをすれば強いのは誰でもそうですけど、世界のトップ選手は自分の力を出すというよりも、まず相手の弱点を探す戦術を取り、それを見つけて攻めるんです。それが世界のトップ選手のセオリー。でも戸上選手は、自分のやりたいことをやって弱点をさらけ出し、相手にそこばかり攻められて終わっちゃう試合が多いように思います。
――戸上選手の一番の課題は?
水谷 まずはレシーブです。チキータに頼りすぎてしまうところを改善しなきゃいけないのと、簡単なミスを減らすことですね。
――本人もそのための練習をしているようですが......。
水谷 うーん......もしかすると改善できる選手とできない選手がいるのかもしれません。「ミスしても、自分らしくやったから仕方ない」と割りきっちゃうタイプもいるので。もちろん、そういう考え方が必要な場合もありますが、自分らしいプレーを抑えてでも点数を取りにいくような、器用な部分も身につけていかないと。それは、練習すれば身につくものだと僕は思いますけどね。
――指導によっても考え方は変わってきそうですね。
水谷 まったく変わると思います。緊張感を持って練習することはすごく大事。僕が2016年リオ五輪までプロコーチの邱建新(キュウ・ケンシン)さんに指導してもらっていましたが、邱さんが後ろで見ているのと見ていないのとでは雰囲気が違う。同じ練習内容でも3倍ぐらい疲れました。ナショナルチームの合宿では練習相手の選手も緊張感を持ってやってくれるので、優秀なコーチは雰囲気を作るのがすごくうまいなと思います。
――男子日本代表の田㔟邦史監督も、張本選手に次ぐ「2番手、3番手の選手強化が課題だ」とおっしゃっています。
水谷 まずは、日本で優秀な指導者が育っていない現状を受け入れる必要があると思います。それと、張本選手は特殊なものを持っているので、そこを基準にして「同じくらい強くならないのはなんでだろう」と比べちゃうのは違う。選手それぞれにいいところがあるし、戸上選手もモチベーション高く一生懸命練習しています。強くなるきっかけって、ちょっとしたことなんですよね。
――それは、強い選手に一度勝つ、といったこともそうですか?
水谷 その前に、ある程度実力がついてくると競るゲームが多くなり、ゲームを取られたとしても点数が9対11など僅差になることが増えてきます。そこの、あと1、2点を取るには、さっきも言ったようにサービスを台から出さなくなるとか、YGサービスに変えてみるとか、チキータレシーブばっかりしているのをやめるとか......そういうことを覚えるだけで結果は変わってくるはずです。
僕も格上のティモ・ボル選手(ドイツ)に2勝した時は、彼が必ず勝負どころで僕のフォアサイドにチキータを打ってくるという癖を読みきったからでした。ずっと負け続けていたから研究を重ねて、点数を取られるパターンを理解して待っていたんです。そういう何かを、ひとつでも見つけることができたらまったく変わると思いますよ。
――戸上選手は、国際大会の経験を積んで成長できる時期にコロナ禍になってしまい、試合ができなかったというのは不運だったようにも思います。
水谷 そうですね。でも、戸上選手や宇田幸矢選手も去年はブンデスリーグに挑戦して、そこで揉まれたのは大きいと思います。
――その2人は、世界選手権ダーバンの男子ダブルス準々決勝で、相手のベテランのディミトロフ・オフチャロフ選手(ドイツ)から「レシーブの構えに入るのが遅い」と2度指摘され、イエローカードをもらったシーンがありました。あれを機に2人のコンビネーションが崩れてしまいましたね。
水谷 そういう経験もたくさん積むことで、対処の仕方を知っていくと思うんですよ。昔は気性の荒い選手が多くて、デンマークのマイケル・メイスなんかは、こっちがリードしていると急にラケットを投げたりボールを潰したりした。僕もまだ若手だったので、動揺することはしょっちゅうありました。
でも、いつからか、そういう言動をなんとも思わなくなった。「勝負だから勝たなきゃいけない。自分が相手を潰さなきゃいけない」という気持ちが強くなったからです。海外の選手は、いろんな手を使って勝ちにくる。本当は見えているのに「サービスを打つ瞬間が見えない」と言ってきて、それを真に受けてちょっとでもサービスを見やすくしたりしたら相手の思うツボ。逆に自分が精神的に優位に立てるよう、相手がビビるぐらいの図太さを身につけていかなきゃいけません。
――世界選手権では、中国勢の強さもあらためて見せつけられました。
水谷 特に決勝に残った中国人選手2人は、男子も女子も強かった。別格でしたね。戦術もすごくいいなと感心しました。
男子でいうと、王楚欽(ワン・チューチン)は、相手に応じてサービスを使い分けられる技術と自信がありますし、レシーブもチキータをカウンターされたら今度はストップにしたりもできる。樊振東(ファン・ジェンドン)もそうでしたね。「チキータが無理だな」と思ったらレシーブを変える、というように、お互いがすぐに対応するんです。試合の中で少しでも点が取りやすい、相手を崩すようなサービスとかレシーブを見つけようと必死に頭を働かせているのが見えました。それは日本の選手も参考にしてもらいたいですね。
(後編:熾烈な女子卓球パリ五輪争いの行方を展望 「メダルを取れる選手」を選ぶための選考基準に関する考えも明かした>>)
【プロフィール】
水谷隼(みずたに・じゅん)
1989年6月9日生まれ、静岡県出身。両親の影響で5歳から卓球を始め、中学2年からドイツ・ブンデスリーガに卓球留学。2007年に全日本選手権シングルスで優勝し、2019年には10回目の優勝を果たす。オリンピックには、2008年の北京五輪から4大会連続で出場。2016年リオ五輪ではシングルスで日本人初のメダル(銅メダル)を獲得。2021年東京五輪では混合ダブルスで金メダル、男子団体で銅メダルを獲得した。2022年2月に引退セレモニーが行われ、現役生活を終えたあとは解説者やタレントなど、幅広く活躍している。
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