夏木マリ「Uber Eatsでいいんじゃない?」の一言で、令和の義母枠を独占か? 30歳後半から「年齢は記号に過ぎない」と公言していた“夏木流かっこよさ”とは

かっこよく「年齢を重ねる」というのは難しい。過去のイメージが一般に浸透している芸能人ならなおさらだ。父や母といった役割を表現するイメージも時代と共に変わり、その変化が如実に現れるCMにおいて、夏木マリの注目が高まってきた。演じるは「かっこいい義母」。同年代女優にライバル不在と思わせる夏木マリの「かっこよさ」。テレビ番組に関する記事を多数執筆するライターの前川ヤスタカが、その源流を考察する。

CMで描かれる令和の理想の義母=夏木マリ

某社のCM。同居することになった義母。不安を覚える妻。しかしやってきた姑はサイドを刈り上げ、オレンジ色の髪をなびかせ、進歩的で合理的。そして一言「Uber Eatsでいいんじゃない?」

別な某社のCM。丸山礼扮する妊娠中の嫁と仲よく犬連れで散歩する義母。「もうすぐね」と孫を楽しみにしながら「あ、そうだ、その子のためにも学資保険入ったほうがいいわね」とかんぽ生命の人を紹介してあげる姑。

タイプは違うものの共通するのは「話しやすくかっこいい義母」役。両CMでこれを演じているのは夏木マリである。

義母と妻といえば、かつての長寿CM、ハラダ製茶のやぶ北ブレンドなどでおなじみの「緊張感ある関係」が定番のステレオタイプであった。このような寛容でかっこいい義母パターンが増えてきたのは、令和になって以降のアップデートの一つなのかもしれない。

夏木マリの対抗馬となりそうな女優はいない?

さて、そこで、この役を演じられる人は他にいるだろうかと考えた時、確かに夏木マリ以上にしっくりくる俳優はいない。

吉永小百合ではない。67歳の時の映画のキスシーンについて頬を赤らめて記者会見で語るくらいの永遠の清純派からは「Uber Eatsでいいんじゃない?」という言葉が出るなんて想像がつかない。

岩下志麻でもない。和服の志麻姐さんから「学資保険入ったらええんちゃうか」と言われても、嫁は震え上がってしまうだろう。

草笛光子はかっこいいが流石に年齢を重ね過ぎていて「かくしゃくとしていらっしゃいますね」という感じになってしまうし、義母というよりはもう一世代上である。

髪型だけなら瀬川瑛子も全盛期のデヴィット・ボウイを思わせるカッコよさだが、どうしても深夜の通販番組を連想させてしまう。

やはり考えれば考えるほど夏木マリしかいない気がする。

このまま、現代の「義母と妻」あるいは「義母と婿」像が変わっていくのであれば、これからもこの役は夏木マリが独占してしまいそうな勢いである。

若かりし頃の夏木マリ。実は不遇だった?

「男も女も惚れる女」「このように年齢を重ねたい」そう世間に語られる夏木マリ。

彼女のこういったイメージはどのように形作られていったのであろうか。

夏木マリは昭和27年生まれで東京育ち。豊島岡女子学園時代にテレビのバックコーラスをしていた姿が関係者の目に留まり、昭和46年に清純派歌手として本名の中島淳子でデビュー。しかしこの時は全く売れず。

2年後にプロダクションを変え夏木マリと改名。セクシーな指の動きと大胆な歌詞の「絹の靴下」がヒットして世に出ることができた。ちなみに当時レコード会社がつけたキャッチフレーズは「マグネットのような女」である(男性を磁石のように惹きつけるという意味だったらしい)。

しかしその後はヒットに恵まれず、約8年間キャバレー回りをするなど、雌伏の時を過ごしたが、女優に転身し再度表舞台に浮上。五社英雄監督の映画『鬼龍院花子の生涯』『北の螢』で大胆なヌードシーンを披露し、当時大ヒットした角川映画『里見八犬伝』では敵の首領、玉梓役を妖艶に演じた。この頃は「悪」が演じられる貴重な俳優として重宝され、舞台などでも活躍した。

『里見八犬伝』において、血の池で100年間永遠の若さを保つ妖婦・玉梓を演じた時の夏木マリは31歳。今で言えば本田翼や指原莉乃くらいの年齢である。時代も違うが、その頃の夏木マリの貫禄たるや凄まじいものがあった。

『千と千尋の神隠し』『ピンポン』で残したイメージ

渡米を経て、今も続く自身プロデュースの舞台『印象派』の活動を柱に据えてからは、女性誌でもたびたび自身の生き方を語ることが増え、徐々に「理想の年齢の重ね方をしている女性」というイメージを強めていく。

その後はバンドを結成し、ジャズ、ロック、ブルースと多ジャンルでの音楽活動を行う一方、俳優としても引き続き活躍。年齢を重ねるごとに、役の幅が広がり、2001年にはアニメ映画『千と千尋の神隠し』の湯婆婆役を演じた他(のちの舞台版でも湯婆婆役を夏木が務めた)、2002年の映画『ピンポン』のオババ役では日本アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。

この頃まだ彼女は50歳前後であったが、実年齢より上のクセ強で貫禄ある役柄が続いたことで(言い方が悪くて申し訳ないが)「かっこいいババアといえば夏木マリ」というイメージがついたのではないかと思う。

そして、そのイメージはどんどん定着し、近年のNHK朝ドラ『おかえりモネ』の登米の姫サヤカ役や、CMでの『ONE PIECE』Dr.くれは役などに繋がっている。

「年齢は記号に過ぎない」からこその挑戦する姿勢に好感

私生活では、2007年から事実婚状態であったパーカッション奏者の斎藤ノヴ(ある世代にとっては後期イカ天の審査員として有名)と2011年に59歳で入籍。2021年には69歳で挙式をした。

30歳後半あたりから雑誌のインタビューなどでも「年齢は記号に過ぎない」と常に言い続けており、その言葉通り、何歳になっても精力的に新しいことに挑戦している。

役柄のイメージ、そしてそれを上回ってくる本人の生き方。

敬愛の意を込めて、やはり「かっこいいババアだよ、あんた」と言いたい人である。

夏木マリと樹木希林。それぞれの「かっこよさ」とは

今でこそ「かっこいいババア」ポジションは夏木マリを置いて他にいないと言い切れるが、実は、少し前にそのポジションにいたのは樹木希林である。

ただ樹木希林は生き方のロックさと含蓄のある演技でそこにいたという側面が強く、夏木マリのそれとはやや意味合いが違う。

また、樹木希林は年齢を重ねていけばいくほど、役の方が素の樹木希林に近づいていったが、夏木マリについてはむしろ年齢を重ねるごとに役柄が広がっている感すらある。

夏木マリの後を担えそうな人は誰だろう。まだだいぶ若いが冨永愛あたりはそこに行けるのではないか。

芸能界でかっこよく「年齢を重ねる」のはなかなか難しい。

加齢に抗うという意味では多くの芸能人が頑張っているが、実は上手に歳をとる方が難易度が高い。

彼女は今71歳。年齢は記号に過ぎないが、これからもかっこいい70代、80代とはなんたるかを見せ続けてほしいと思う。

文/前川ヤスタカ イラスト/Rica 編集協力/萩原圭太