入出国の水際対策緩和に円安効果も相まって、インバウンド需要が回復へと向かっています。日本へは「和食」を楽しみに来られているイメージがありますが、果たして日本食の評価やトレンドは今、海外ではどうなっているのでしょうか。ここでは、アメリカ・シアトルに住んで20年、子育てに奮闘するライターのNorikoさんに、「アメリカの日本食事情」について教えてもらいました。

アメリカでは、すしもおにぎりも高級品!?

インフレによる物価高が止まりません。アメリカではアフターコロナのビジネス再開で人手不足が続いており、人件費も高騰しています。とくに顕著なのが、飲食業界。たとえファミレス的なカジュアル・レストランであっても、家族3人でランチでも食べようものなら、チップだ税金だとなんだかんだで、軽く100ドル(約1万4000円)を超え、庶民は気軽に外食がしにくい世の中となりました。

【写真】アメリカで見つけた”次郎系”ラーメン

日本食も同様の傾向。なかでも「すし」は、昔からある日系店とは別に、食通や富裕層向け「おまかせコース」の予約客のみ受けつける高級寿司店が、都市部を中心に数年前から幅を利かせています。そう、かつてミシュラン三つ星獲得が話題を呼んだ「すきやばし次郎」のインスパイア版、とでも言うのでしょうか。そうした高級寿司こそが、「本場のすし」と崇められているような…。

●シアトルでも高級すし店が続々登場!

筆者が住むシアトルにも続々と登場しており、その多くが高額にもかかわらず予約困難店となっています。

10年ほど前はカウンターで50ドルも出せばおなかいっぱい食べられたおまかせずしも、高級寿司店の相場だと3倍の1人150ドル(約21000円)。もちろん、チップ、税金、ドリンク代がさらに上乗せされ、たとえば2人でアルコールも適度にたしなめば、軽く500ドル(約7万円)以上の出費です。「マーケット・プライス(時価)」のおまかせずしなんて、恐ろしくてとても手が出ません。時代はすっかり変わりました。

一方で、持ち帰りはかなり定着。一般的な全国チェーンのスーパーに、専用売り場が当たり前にあるほどです。その多くがトロピカルなソースや辛味ソースがかかる裏巻き。そうした巻きずしは回転ずしや居酒屋でも定番で、メキシコ料理のブリトーのようなサイズ感の、「すしブリトー」と呼ばれる巨大太巻きもよく見られます。ここ数年で、手巻きずしやちらし丼の専門店まで出てきていて、すしの多様化がますます進んでいる印象です。

近年、都市部ではおにぎりも市民権を得てきています。これまでも日系スーパーでは当たり前に売られていましたが、アジア系、アメリカ系のスーパーにも、デリコーナーですしとともに並ぶようになりました。ポキ専門店やタピオカミルクティー屋さんにもおにぎりが置いてあり、専門店まで登場するなど勢いは止まりそうにありません。

こうしたブームに乗った新顔おにぎりは、1個5ドル(約700円)前後と、すしレベルとも言える強気の価格設定なのが特徴。昔ながらの日系スーパーのおにぎりが2.5ドル(約350円)程度で手に入ることを考えると、その倍額です。

●ラーメンやうどん、とんかつも一般家庭に浸透しつつある!

アメリカでは、「すしは買うもの」というイメージがあるのか、持ち寄りパーティに手製の巻きずしなど持っていこうものなら、いまだにとてもありがたがられます。一方で、ラーメンやうどん、とんかつは、専門店のブームとともに人気が沸騰し、今や家庭の食卓にも並んでいます。

ラーメンはカップや袋のインスタント麺が昔からありますが、最近のスーパーには生麺タイプ、乾麺タイプの麺に加え、ラーメンのスープも単体でさまざまなフレーバーが市販されており、より本格志向に。テイクアウト販売が中心となったコロナ禍からの流れで、各ラーメン店も自宅で作るラーメンキット販売に力を入れています。

ラーメンは専門店で食べると1杯20ドル(約2800円)前後が相場のところ、ラーメンキットで自分がつくる分には若干割安になるようです。うどんも専門店が続々とオープン。ちなみに、シアトルにはそば店まであります。

とんかつも専門店に大行列。20ドル(約2800円)以上と、かなりの高級品です。ただ、ファミリー向けのとんかつキットがスーパーやコストコで売られていて、家庭でもつくれるようになりました。現地の日本人の間では普通に手間がかかる「ガッカリ」商品と不評なのですが、なじみのないアメリカ人にとっては、神秘の日本食が自分の手でつくれるうえ、個々の材料の調達が不要で手順もわかりやすく、魅力的に映るのでしょう。

わが家で定期購入している宅配の料理キットにも、ラーメンやとんかつのレシピと食材のセットが登場しています。試しにとんかつをつくってみたところ、アメリカ人向けにアレンジされているレシピで簡単にロースとんかつができ上がりました。油は少なめにして、フライパンで揚げ焼きにするのですが、意外とイケます!

日本だと、塩、コショウした肉を小麦粉、卵、パン粉の順にくぐらせますよね? このレシピは、塩、コショウ、ガーリックパウダー、パン粉を一緒くたにジップ式袋の中で混ぜ合わせ、そこにサワークリームでコーティングした肉を入れ、袋ごとしゃかしゃか振ると衣が程よくつく、というもの。千切りキャベツを添えてソースをかければ、しっかりとんかつの味です。

●「うま味」の一大ブームで和風の味つけが普及

ますます高まる健康志向と、ベジタリアンやヴィーガンなどの食の多様化により、豆腐や枝豆といった大豆製品は肉類の代替品として地位を確立しています。また、ヘルシーな発酵食品の人気が高い昨今、みそにも注目が集まります。都市部ではレストランだけでなく一般家庭でも、普段のスープの隠し味などとして使われているのです。

その理由のひとつに、料理や食材にコクを加え、おいしさを引き出す「UMAMI(うま味)」ブームがあります。みそは、そのUMAMIが豊富とされ、ラーメン人気も相まって認知が進みました。

そして、しょうゆもUMAMIに欠かせない調味料として脚光を浴び、だししょうゆ、てりやきソース、すき焼きのたれなど、さまざまな商品が展開。商品名やうたい文句もUMAMIのワードの連発です。

この和食ブームで個人的にうれしかった変化は、日本風の「薄切り肉」の販売が増えたこと。ほんの10年くらい前まで、アメリカの肉売り場にはステーキのように分厚い肉しか置いてありませんでした。いちおう「厚切り」「薄切り」の区別はあるのですが、たとえ薄切りの表示でも、日本の薄切り肉とは段違いの厚みがあるのがアメリカ(笑)。

そこで、現地の日本人は肉売り場で塊肉をその場でスライスしてもらえる店を探したり、冷凍した塊肉を半解凍にして自分でスライスしやすくしたりと、涙ぐましい努力をしていました。それが、ついに日系、アジア系以外の一般スーパーでも手に入るように! 今では近所のコストコでも買えます。コストコでは銀ダラも売っているので、よく粕漬けにして食べています。この「KASUZUKE」も、すっかり英語化して久しいアメリカです。

つい数年前まで、アメリカで日本らしい食事をつくるのがどんなに大変だったか…。日本から両親が訪ねてきたとき、父から「夜はすき焼きでいいよ」と軽く言われたときにはギョッとしたものです。アメリカでは日本と違い、すき焼きは「簡単にできる鍋料理」ではなく、薄切り肉もそうですし、生で食べられる低温殺菌済みの卵(アメリカではサルモネラ菌の恐れから卵の生食は基本的にしていなかった)も、なかなか手に入りませんでした。それが今は、「すき焼き用」や「しゃぶしゃぶ用」と記された薄切り肉も、生食用の卵も、都市部で普及し始めています。

とはいえ、口の中で溶けそうにやわらかい和牛とはまったく違い、歯ごたえ抜群のアメリカの肉ですから、すき焼きやしゃぶしゃぶにしても、やっぱり別物。アメリカの肉は煮るより焼いたほうが、持ち味を発揮するようです。日本の食べ物が手に入りにくかった昔と比べたら恵まれていると思うし、家でつくってもそれなりにおいしいのですが…。

やっぱり和食は日本の水で育った米と野菜、魚、肉を、3倍も4倍も高い輸入品ではなく、現地価格で気軽に食べたいというのが本音。日本に里帰りすると、本場の味の違いに驚く外国人の気持ちがよくわかります。