日下アナ(左)と矢野さん

 全国で御朱印ブームが続いています。いったいどのような人が御朱印のデザインをしているのか気になったことはありませんか? 今回は、千葉県船橋市で八坂神社、春日神社、浅間神社、大六天神社の御朱印をデザインしているアート書道家・矢野華風さんにお話を伺いました。

 矢野さんは、大阪生まれ。料亭の店長をしていたお父さまの転勤で千葉県船橋市に転居。短大卒業後、都内で2年間のOL生活を経て、お父さまが開業したお好み焼き店の経営を引き継ぎました。

 プロの書道家として活動を開始したのは30代後半からでしたが、その才能はすぐに認められ、産経国際書展、東京書作展などに入選。中国や韓国、フランス等の海外展にも出展し、受賞された経歴もお持ちです。御朱印のほか、企業のロゴやパンフレットの文字をデザインし、地元で華風アート書道教室を主宰されています。

――多いときは1日に何枚くらい御朱印を書かれるのですか?

「コロナの影響で今は少し落ち着きましたが、コロナ禍前の2018年には、気温38度の猛暑日に100人以上の方が八坂神社に来てくれたことがありました。

 御朱印を求める人の列が5時間も途切れない状況で、トイレにも行けずに書き続けました。関東一円だけでなく、遠くは奈良から来てくださる方もいました。あのころは、書くほうも並ぶほうもお互いに修行のようでした(笑)。

 1日120枚ほど御朱印を書いたこともありますが、いま八坂神社では月に1度、日曜の朝9時から10時の受付で1日30枚限定に変わりました。それでも朝7時から並ぶ方もいらっしゃいます。できるだけお待たせしないよう、1枚を2分30秒で書き上げています」

――最近の御朱印は、デザインが個性的になってきましたね。

「はい。最近は切り絵を使用したり、台紙が透明なプラスティックだったり、工夫を凝らした御朱印がいろいろ出てきました。私もブルーで青龍を描いたり、富士山の絵の上に桜の花びらの形に切った色和紙を貼ったりしています。

 また、お客さまから教えていただいたのですが、『誕生日御朱印』というのもあるそうです。リクエストがあれば、御朱印に『お誕生日おめでとうございます』と一言添えることもあります。

 ただ、神社によっては伝統的なデザインを好むところもあり、デザインの相談をしながら、OKが出るまで半年、長いときは2年かかったこともありました」

――書はいつから始めたのですか?

「4歳からです。兄が習っていたので、私も習い始めました。子供のころから、言葉で感情を伝えることが苦手だったので、黙々と書き続ける書道は自分にあっていたのだと思います。中学校と高校では学年で一番になったこともあり、これまでの人生、つらいことがあっても書に支えられてきました。

 OL時代はバブルの後半で、みんなブランド物や海外旅行にお金を使っていましたが、私は筆や墨、紙に給料をつぎ込んでいました。

 ところが、母を亡くして実家のお好み焼き店を引き継いでからは、私が一家の大黒柱となり、店舗の家賃と実家のローンの両方を払うことになりました。

 さらにその後、父の介護や見送り、私自身の病気などが重なり、本当に大変な時期がありました。しかし、追い詰められているときのほうが、なぜか書のアイデアが降りてくるのです。当時は、ポンポン降ってくる感じでした(笑)」

――矢野さんの代表作にはどのような作品がありますか?

「印象に残っているのは、震災後に岩手県で初めて国土交通省から再建が認められた『大船渡温泉』や、ユネスコ無形文化遺産に登録された山形県の『新庄まつり』のロゴのデザインですね。

 大船渡温泉のロゴは、復興のシンボルとなる文字ですから、集中して取り組みました。波と海をイメージして文字のデザインを考えました。地元の人の思いを受け止めて作った私のロゴが、また地元の人の心に響くような経験ができました」

――ほかにも船橋市のリーフレットや井上康治監督の映画『すもも』のタイトルなどがあるのですね。これから手がけていきたい仕事はありますか?

「実は3年前、ドバイで予定していた書のパフォーマンスがコロナでキャンセルになってしまいました。とても残念だったので、これからはどんどん海外で活動していきたいですね。

 書道パフォーマンスって、長さ1.6メートルの筆を両手で持って一気に書き上げるんです。筆は重いんですが、集中しているから、重く感じないんです。無の境地なんですよ(笑)」

 この夏には、矢野さんのパフォーマンスを生で見られるイベント(「しま夢ジャズ・イン・佐渡2023」8/26・27など)も開催されますので、ご興味あればぜひ。

■好きなことを仕事にするための3カ条

(1)とにかく続ける
 好きだから続けられのです。小学生のころは回りに達筆な友達が多く、その子たちと比べると下手でしたが、好きで長年続けた結果、上達しました

(2)人に喜ばれることをする
 それがめぐりめぐって自分も嬉しくなります

(3)技術を磨いていく
 私自身、6年ほど前から水墨画も学んでおります

日下千帆
1968年、東京都生まれ。1991年、テレビ朝日に入社。アナウンサーとして『ANNニュース』『OH!エルくらぶ』『邦子がタッチ』など報道からバラエティまで全ジャンルの番組を担当。1997年退社し、フリーアナウンサーのほか、企業・大学の研修講師として活躍。東京タクシーセンターで外国人旅客英語接遇研修を担当するほか、supercareer.jpで個人向け講座も