FCNTの主力製品「らくらくホン」は、携帯電話事業者にとっても重要な位置づけの製品シリーズだった。写真は2012年にNTTドコモ向けに発売した「F-12D」(撮影:尾形文繁)

シニア向けの「らくらくホン」などを手がけるスマートフォンメーカー、FCNTが5月30日、民事再生法の適用を申請した。帝国データバンクによると、適用を申請したのはFCNTの親会社を含めたグループ計3社で、負債総額は約1200億円に上るという。

富士通のモバイルフォン事業本部から2018年に分離独立した同社は、らくらくホンのほか、高付加価値製品ブランド「arrows」でも知られる。直近まで通常の営業を行なっており、業界関係者の間でも、突然の発表に驚きを隠せない人が多かった。

2022年3月から始まった急激な円安とその定着、スマートフォン市場の成熟化といった背景もあり、収支改善の道筋をつけることができなかったものとみられる。

業界全体を俯瞰すると、昨今はシステムチップやCMOSセンサーなど半導体を中心とした部品不足が叫ばれ、競争力を高めるキーコンポーネントは早期に確保しておく必要もあった。そうした中で規模が小さなメーカーは為替変動などの影響を受けやすい状況だったことも、今回のタイミングでの破綻につながった可能性がある。

売上原価は8割超に達していた

FCNTの決算資料などを読み解くと、この1〜2年の間に財務状況の悪化が急速に進んでいた様子がうかがえる。

前述したように小規模メーカーの部品調達環境はいいものではなく、円安進行以前から押さえていたドル建て調達の部品、コンポーネントが高騰したことが、FCNTにも打撃となったようだ。

1000億円超という負債の規模も、部品メーカーをはじめとする取引先への支払い猶予を求めることで急速に膨らんだから、と考えれば腑に落ちる。


らくらくスマートフォンシリーズは、累計700万台を販売していたという(画像:FCNTの公式HPより)

FCNTの2023年3月期決算は未発表のため比較はできないが、2022年3月期時点で、同社の売上原価はおよそ80.4%(売上高約843億円に対し、売上原価は約679億円)に達していた。

この原価の中には当然、国内での費用も含まれるが、ドル建て調達の部品コストが大半を占めることは想像にかたくない。さらに円安が進行した2023年3月期の決算では、原価率が9割前後に達していた可能性もあるだろう。

昨今の環境はもはや急激な円安が日常と化しており、FCNTが2023年3月期決算をまとめる中で自主再建を断念したのは不思議なことではない。

円安が引き金になったとはいえ、国内メーカーのスマートフォン端末事業の厳しさは、今に始まったことではない。それはコンシューマー向けの国内スマートフォンブランドとして、ソニーの「Xperia」とシャープの「AQUOS」しか残っていないことからも明らかだ。

三洋電機の事業を引き継いでいた京セラは、個人向け端末事業からの撤退を5月に発表している。

スマートフォン端末は事業規模を大きくしなければ、大きな利益を出しにくい構造であることは確かだ。一方で旧富士通の携帯電話端末は、事業規模こそグローバル展開するメーカーには大きく及ばないものの、伝統的に携帯電話事業者との二人三脚でニーズを埋める製品を展開し、堅実に事業を進められる立ち位置にはあった。

とくにFCNTの主力製品であるらくらくホンは、加齢により視力やタッチ操作に不安のある世代にもなじめる設計が特徴だった。旧世代端末に慣れ親しんで、スマートフォンの操作性になじめないようなユーザーへの配慮もある。携帯電話を取り巻くシステム環境がアプリ、サービスなども含めて”スマホ世代”に変わる中で、シニア世代にも使いやすさを提供するため、携帯電話事業者にとっても重要な位置付けの製品シリーズだった。

事業再編を進める富士通から、投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループが携帯端末事業を買い取ったのも、組織を軽量化することで経営の健全化が十分可能だとの判断からに違いない。ポラリスは2018年に事業譲渡を受けたのち、2021年4月には富士通からFCNTの全株式を買い取っていた。

総務省の方針に揺れるスマホメーカー

昨今の円安がなければ、FCNTは国内のニッチ市場に特化することで収支を整えて財務改善を行い、その後に別の展開に挑戦することも不可能ではなかった、かもしれない。

”かもしれない”と曖昧な表現をするのは、コンシューマー向けに携帯電話端末を販売する際に大きなファクターとなる「実質価格」について、総務省の方針というメーカー側ではコントロールできないファクターが絡んでくるからだ。

国内スマートフォン市場の動向に詳しくない人でも、2019年末から”0円スマホ”が姿を消したことは覚えているだろう。

国内の携帯電話契約者数が飽和する中、顧客獲得のための過度な値引き競争が進むことを総務省が懸念し、通信料金と端末料金の明確な分離や、端末割引額を2万円までとする上限規制などの施策を導入したからだ。

その結果、実質0円とすることで売れていた国内メーカーのミドルクラス端末を実質0円では販売できなくなってしまった。端末事業を下支えするだけの販売ボリュームを出すため、再び実質0円、あるいはそれに近い価格帯に落とすには、採用する基幹部品のスペックを落とさざるをえず、多くの国内勢が売り上げを落とす要因になった。

この割引規制が遠因となり、中国国内に大きな事業基盤を持つ、すなわち価格競争力の高い中国メーカーが、日本の携帯電話事業者のラインナップに増加。国内スマートフォンメーカーを一段と苦しめる一因にもなった。

過度な端末割引は日本のスマートフォン市場の歪みととらえることもできたが、官が介入して一気に環境を変えてしまうと、その皺寄せはどこかに偏るものだ。

前述の総務省の施策導入後、各携帯電話事業者自身による低価格プランの誕生やMVNO(仮想移動体通信事業者)同士の価格競争、事業者乗り換えの促進により、総務省の目的はある程度達成されたと言える。もっともその裏で、スマートフォン端末の個人向け小売りにおける影響は甚大だ。

割引額の上限引き上げも議論されるが…

総務省の有識者会議では目下、この割引額の上限を4万円に引き上げる方向で議論が進んでいる。

割引上限が現状の2倍に引き上げられれば、また競争環境にも変化が生まれるだろう。円安や部品原価の上昇といった懸念要素は残るが、国内市場向けに注力するAQUOSはもちろん、ヨーロッパやアジア市場に展開しながらも、日本国内が主戦場となってきているXperiaにとってはプラス要因だ。

しかし”官による市場環境変化”が幾度となく起きるのであれば、事業継続へのモチベーションは下がらざるをえない。国内のスマホメーカーにとって、視界の晴れない状況はこの先も続きそうだ。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)