複雑化するサイドバック戦術をかつての第一人者・加地亮はどう見ているか「メリットもあるがリスクもある」「日本代表ではまだ時間がかかる」
ビルドアップ時に中へ入ってボランチになったり、ゴール前まで行って得点にも関わるなど、サイドバックのプレーは近年どんどん進化し、その戦術はついに日本代表でも導入され始めた。こうした流れを元日本代表の第一人者だった加地亮氏はどう見ているのか。複雑化するプレーの注目ポイントを教えてもらった。
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3月の日本代表戦、右サイドバックでプレーした菅原由勢
私が現役の頃のサイドバック(SB)と言えば、タッチライン際で攻守に上下動を繰り返すプレーがほとんどでした。横への移動は、ボールが逆サイドにある時にポジションをある程度中に絞って、守備にも行けるし、攻撃にも行ける準備をする程度でした。
それが近年のSBの役割はより複雑になり、より多くのプレーが求められるようになっています。たとえばビルドアップで中にポジションを取ったり、アタッキングサードでは味方のウイングを内側のレーンから追い越して、敵陣深くへ入っていったりということが珍しくありません。
サイドに張っているだけでなく、より中に入ってマークを引きつけたり、ボールを散らしたり、縦パスを入れたりというプレーを求められ、私の頃とは見える景色はまったく異なります。
タッチライン際であれば、相手からのプレッシャーは片方のサイドのみでした。それがいわゆるハーフスペース、ハーフレーンと呼ばれる中央とタッチライン際の間のスペースにポジションを取ったり、場合によっては中央にまで入っていくこともある。そうなると、相手のプレッシャーは360度の方向から来るので、もはやSBではなく、中盤や前線の選手と同じような能力、役割が求められることになります。
私の頃よりも攻撃面でより多くの役割、能力が求められ、チームに戦術的な幅や選択肢を持たせるのが、今のSBというポジションになっています。Jリーグでも川崎フロンターレの山根視来選手や横浜F・マリノスの小池龍太選手、永戸勝也選手などが、そうした現代的なSBの代表的な選手として挙げられます。
【なぜサイドではなく中にポジションを取るのか】SBがタッチライン際だけでなく、中へポジションを取る意味は相手を惑わすことにあると思います。こちらが攻撃の時に、SBに対して基本的に相手はサイドハーフが見る形になります。
そこでSBが少し中にポジションを取ると、相手のサイドハーフは自分も中へズレてSBについていくべきか迷いが生じることになります。それはなぜかと言うと、中についていくと自分のうしろにいる攻撃側のサイドハーフやウイングへのパスコースが空いてしまうからです。
その一瞬の迷いで、攻撃側はパスを受ける時間を作ったり、相手の全体のプレスのタイミングを遅らせたり、マークを中途半端にしたりするわけです。
また、守備側のサイドハーフが釣られて、攻撃側のウイングやサイドハーフへのパスコースが空くと、こんどは守備側のSBがそこへ釣り出されることになります。そうすると守備側のSBの裏のスペースが空いて、中に入った攻撃側のSBがそのスペースに走って裏を取るという選択肢も生まれてきます。
また、サイドハーフやウイングへのパスコースが空けば、相手の前線や中盤のラインを越えて、よりラクにボールを高い位置に運べるメリットもあります。
さらに惑わせる要素、メリットはもうひとつあります。それはSBが中に入ると相手のボランチがマークを見るエリアに入ることになるので、SBがそのボランチを引きつければ、味方のボランチをマークしづらくなるわけです。
このように相手にとって中途半端な立ち位置を取ることで、相手のサイドハーフとボランチに対して、どれだけ迷いを生じさせるかというのが、SBが中に入る時のポイントだと思います。
【プレーが複雑化するとリスクもある】SBの立ち位置で相手を惑わすと言っても、闇雲に中に入っていけばいいというわけではなく、入るタイミングには注意する必要があります。後方からのビルドアップでボールを回す時、あまり早めに入りすぎると相手はラクにマークを受け渡して捕まえやすくなってしまう。これだと惑わせるという意味がなくなってしまいます。
そうなると逆にこのSBのポジショニングはリスクが高くなります。簡単にマンツーマンの形でマークにつかれてしまうと手詰まりになって、いわゆるハマった状態になり、インターセプトも狙われやすくなってしまうんです。
この状況でボールを奪われてしまうと、SBが中に入っているためサイドのスペースはガラ空き。そこをカウンターで使われると、一気にピンチになる可能性が高くなってしまいます。
また、中に入るのはいいけど、入った時に中でボールを受けてしっかりと組み立てられる技術と視野の広さ、サッカーIQも重要です。それがなければ中央という危険なエリアで、簡単にボールをロストするリスクが高くなってしまいます。
だからタッチライン際を上下動するだけのタイプのSBでは、なかなか中へ入るのは難しいと思います。中に入ることでメリットはありますが、入るタイミングや選手の適正、チームとして共通意識がなければ、逆にリスクになってしまうのも理解しておかなければいけないと思います。
【サッカー日本代表ではまだ時間がかかる】最近の日本代表の試合でもSBが中にポジションを取るようになってきました。3月のウルグアイ戦の左SBには伊藤洋輝選手(シュツットガルト)、コロンビア戦ではバングーナガンデ佳史扶(FC東京)選手が入り、右SBには菅原由勢選手(AZ)が両試合とも先発しました。
そのなかで内側に入ってプレーすることもありましたが、まだ入った時の位置が低く、相手のサイドハーフやウイングと正対する形になっていました。これでは相手もプレスを真っすぐかけるだけでいいので、相手を惑わせる形にはなっていません。相手にとって怖いポジションを取るのは、まだ難しいのかなと感じました。
周りとのコミュニケーションがまだそれほど取れてないと思いますし、これから連携を構築していく段階なので、組織として機能させるにはまだ時間がかかると思います。
世界のトップレベルに目を向けると、SBの役割はより複雑化、多様化しているように思います。たとえばプレミアリーグのアーセナルで活躍する左SBのオレクサンドル・ジンチェンコ選手は、ボール保持時には左SBから完全にボランチの位置に入って、SBではなく、中盤の選手としてプレーすることが多々あります。
マンチェスター・シティのマヌエル・アカンジ選手は、本職はセンターバック(CB)の選手で、ボール保持時は3バックの右CBに入りますが、守備時にはボランチのジョン・ストーンズがCBの位置に下がり、アカンジ選手がSBに押し出されます。4バックにCBを4人並べるようにして、ビルドアップ機能はそのままにより守備の堅い戦術を取るようになっています。
アーセナルの冨安健洋選手も元々はCBが本職ですが、高い守備力を武器にSBとして信頼を獲得しました。このようにSBというポジションに、いろんな特性を持った選手が起用され、戦術的な立ち位置や役割がどんどん複雑になっていく傾向にあります。
今後も、こうした従来のSBというポジションに縛られない流れは進んでいくかもしれません。そのなかでSBはより前線を生かすための役割になっていくと思いますが、それが攻撃的な選手なのか、守備の強い選手なのかは、そのチームの監督の考え方によるでしょう。
いずれにしても、この先もSBがどのようなポジションへ進化を遂げるのか楽しみです。
加地 亮
かじ・あきら/1980年1月13日生まれ。兵庫県出身。滝川第二高校からセレッソ大阪に入団。その後、大分トリニータ、FC東京、ガンバ大阪でプレー。運動量豊富な攻撃的右サイドバックとして大活躍し、数々のタイトル獲得に貢献した。1999年ナイジェリアワールドユース準優勝メンバー。日本代表では国際Aマッチ64試合出場2ゴール。04年アジアカップ優勝。06年ドイツW杯に出場した。14年からはアメリカのチーバスUSA、15年からファジアーノ岡山でプレーし、17年に引退。現在は解説者として活躍中。