旅を手軽に!お得に!〜ホテルのサブスク「ハフ」の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」
利用者急増の予約サイト〜星野リゾートも割安で泊まれる
あるアンケートによると、今や8割近くの人がネットでホテルの予約をしているという。
東京・豊島区の大塚駅の近くにあるカジュアルなホテル。館内は木がふんだんに使われ、フロントまわりも落ち着いた雰囲気だ。都電荒川線で使われていたつり革や駅のプレートがあり、懐かしい感じ。「OMO5東京大塚by星野リゾート」は新しい都市型のホテルだ。
「HafH(ハフ)」はホテルの予約サイト。国内では1000以上の宿から好きなホテルが選べる。
特徴は、毎月一定の金額を支払うサブスクリプション制だということ。スタンダードなプランの料金は月9800円。すると300コインもらえる。そのコインの範囲内なら、どのホテルも好きなだけ泊まれるシステム。1泊50コインのドミトリータイプだったら、6泊まで。1泊150コインのホテルなら2泊できる、というわけだ。
「OMO5東京大塚」は1泊250コイン(コイン数は季節によって変動あり。以下同様)。この日の通常料金は1泊1万6000円だから、お得になっている。
得なのはそれだけではない。多くのユーザーが口を揃える人気の理由が、休前日であっても平日と同じコイン数で泊まることができることだ。
通常、ホテルの宿泊代は平日に比べて休前日は高くなっている。一般的な予約サイトは、客が払った宿泊代の10%程度をホテル側から手数料としてとっている。一方「ハフ」は、ホテルとの間で独自の取引価格を設定。これは通常の宿泊代より、安くなっている。
「ハフ」は平日と休前日の価格差をならし、曜日にかかわらず、同じ価格で客に部屋を販売する。だから、休前日だけを見れば赤字になるが、全体を見れば利益を確保できるのだ。
星野リゾートのラインナップは他にも京町家の雰囲気が味わえる「OMO5京都祇園」(1泊550コイン)や、ビーチのすぐそばのリゾート感あふれる「BEB5沖縄瀬良垣」(1泊375コイン〜)など。星野リゾート代表・星野佳路さんも「ハフ」の新しさに注目する。
「(ハフは)今までになかった旅行市場を拡大させる潜在力をもったサービスです」(星野さん)
星野リゾート以外にも、駿河湾の夕日にひたれる伊豆の温泉宿「西伊豆今宵」(1泊850コイン)や、北海道の雄大な自然が堪能できる「キキ知床ナチュラルリゾート」(1泊650コイン〜)など、ラインナップも豊富。会員数も右肩上がりで、現在4万人を突破している。
「ハフ」を運営するのが東京・渋谷区にあるカブクスタイル。社長の砂田憲治(39)は、「サブスクの何がいいかと言うと、1回もうお金を払っているので、実際に予約する時は払う感覚がなくなるんです。マイルを使って飛行機を予約する時、無料の感覚がしませんか。でもあれは無料ではないです。自分で払っているものからペイバックされているものを貯めているだけ。これと同じで、そこにサブスクの意味がある」と語る。
1000以上の施設に宿泊可〜ワーケーションの利用も
「ハフ」のコインには有効期限がない。だから毎月のコインを使わず、マイルのように、積み立てることができる。貯めたコインを使って、パレスホテルが大阪に開業した「ゼンティス大阪」(1泊950コイン)や、「パークホテル東京」(1泊1150コイン)、「東京ステーションホテル」(1泊1950コイン)などの高級ホテルに泊まることもできる。
東京タワーの近くにある老舗の「芝パークホテル」に4歳の娘を連れてやってきた青木水理さん。「ハフ」で予約した部屋はスタンダードキング。大きいベッドに娘は大喜びだ。
大手予約サイトだと、この日は1泊約4万5000円。だが「ハフ」だと1泊700コインと、実質、半額近くになる。青木さんはコインを3カ月貯めて泊まりにきた。
「何カ月かに1回、貯まったから『あ、ここ行ってみたいな』というような、少しご褒美的な感じで行くことが多いです。オンシーズン、ゴールデンウィークでも、コインで泊まれるので、すごくお得じゃないかなと思います」(青木さん)
日本庭園の四季折々が楽しめる東京・千代田区のラグジュアリーホテル「庭のホテル東京」。平日にやってきた「ハフ」ユーザーの磯山依里さんと鎌田芙実さんは、「部屋で仕事もします」と言う。
コロナを契機にリモートワークが普及したことで、平日、ホテルで仕事をする人や、仕事と休暇を組み合わせたワーケーションでホテルを使う人が増えている。ふたりは仕事を終えると、自分へのご褒美としてホテルのディナーを堪能していた。
「ノーガホテル秋葉原東京」のラウンジにも仕事中の女性客が。都内に住む神農若葉さんは月に一度、ワーケーションで「ハフ」を利用しているという。
「ハフで選んだホテルはちょっとした共有スペース、ラウンジがあるようなところが多いので、仕事がはかどります」(神農さん)
こうしたユーザーを取り込むことで、ホテル側にとっては平日の稼働率がアップ。共有スペースに賑わいができるというメリットも生まれる。
「ホテルは平日の稼働が低いのですが、『ハフ』のおかげで平日にもご利用いただいており、非常にプラスの面が大きい。まだ1年少しの取引ですが、700ルーム程度は売れております」(「ノーガホテル秋葉原東京」・飯野雅広総支配人)
ユーザーとホテル双方にメリットがあるから、「ハフ」に登録するホテルは急増している。だが、すべてのホテルが「ハフ」に登録できるわけではない。
この日、「ハフ」の施設開拓チームが向かったのは現在、登録を検討している東京・墨田区の「アゴーラホテルアライアンスONE@Tokyo」。「ハフ」に登録するための要件を満たしているかを、チェックするためだ。
部屋に入ると、まずはバスルームへ。浴室の匂いやカビをチェックするためだ。特に念入りに調べるのが、インターネットの通信速度だ。
「ワーケーションとかノマドワーカーにとってはWi-Fiの接続は重要です」(宿泊事業部・井之上悠)
ホテルで仕事をする客にとってネットの速度は重要。整ったネット環境は今や必須項目なのだ。続いて1階のフリースペース。客が利用する場所は細かくチェックする。基準を満たさない場合はハフへの登録を断ることもあるという。
「ハフのサービスとしてご満足いただけないのは当社としても避けたい。そういったホテルさんとは実際にご契約いただけなかったケースもあります」(同・田渕亮佑)
入念な調査を行い、その情報をホテルの紹介ページに記載。枕やアメニティのブランド名まで載せている。こうした徹底ぶりは、いつしかユーザーから「ハフクオリティ」という言葉が生まれ、高い信頼を得ているのだ。
「私たちのサービスは、すごく旅行頻度が高い人たち用のサービスのように見えるかもしれませんが、普段旅行に行かない人が、『旅行に行くという自分を作ろう』といって毎月課金している人もいるんです。これは私たちがなかったら生じなかった需要です」(砂田)
ゲストハウスが創業の原点〜旅行業界のフロンティア?
長崎市にカブクスタイルの原点となった施設がある。1階は地元の人に人気のカフェ。2階は料金を払えばだれでも利用できるワーキングスペースになっている。
「仕事だけの人も月額1万2000円で使えます。ここに会社を登記してもいいというプランもあります」(砂田)
そして3階は広いリビングがついたゲストハウスになっている。ベッドだけのドミトリータイプなら1泊50コイン、個室なら125コインで泊まれる。この施設を開業し、カブクスタイルは始まった。
砂田は1984年、福岡に生まれ、中学と高校は長崎で過ごした。筑波大学卒業後、証券会社に就職。27歳でドイツ銀行のグループ会社に転職した。そこで日本との違いに大きな衝撃を受ける。
「ドイツ銀行の頭取がインドの方だったんです。彼はドイツ語を喋れなかったのに、それでも頭取になる、日本にはないよな、多様性ってそういう部分の一個ずつなんだろうなというのを、肌感として学んだ時期でした」(砂田)
多様な人種が働き、それぞれの価値観を受け入れる。そんな多様性が生まれる場所を日本でも作りたい。そう思った砂田は2019年、同郷の友人・大瀬良亮とともにカブクスタイルを創業。いろいろな国の人が交流できるゲストハウスを長崎に作った。
その時、砂田の頭の中にある疑問が浮かんだ。
「宿泊価格が土曜日は上がる。『何で?』と思いました。売り上げを上げるという資本主義の前提に立つとそうなんですけど、みんなハッピーに生きていこうという社会にするのに、価格変動をしなくていい世界へのアプローチはしたい」(砂田)
そこで、平日も休前日も同じ値段で予約できるサイトとして「ハフ」を立ち上げる。料金は毎月一定額を課金するサブスク制にした。だが、登録してくれるホテルはなかなか見つからなかった。
曜日に関係ない料金設定、サブスクという仕組みが理解されず、どこに行っても門前払い。共同創業者の大瀬良もホテル探しには苦労したと語る。
「目の前で『応援している』とか、笑顔で前向きなことを言われるのですが、一切取引につながらない。あしらわれているような気がして、ちょっとショックでした」
業界の素人だと軽んじられてしまったのだ。だが、それでもめげない二人は、全国100カ所以上のホテルに身銭を切って泊まりに行き、少しずつ理解者を増やしていった。
そんな砂田の大きな転機となったのが星野リゾートの代表・星野佳路さんとの出会いだ。
星野さんも当初、サブスクのホテル予約には、懐疑的だった。だが、砂田とともに行った「ハフ」ユーザーへのインタビューで、その考えを改める。
「日本人の国内旅行参加率は、だいたい5割から6割くらいで推移してきた。残りの4割の旅行をしてない人たちが、実は『ハフ』のサービスを使うことによって、旅行をし始めていることに気付いたんです」(星野さん)
普段旅行しない人が旅に出る。そうさせる力が「ハフ」にあることを知ったのだ。
「今までの旅行業界がアプローチできなかった部分だし、してこなかった部分。ということは、逆に言うと、旅行業界にとっては新しいフロンティアなんです」(星野さん)
そして去年、星野リゾートとの提携が実現。全国17の施設が利用できるように。今や星野さんは砂田にとって、単なる取引先ではなく、事業についての良き相談相手だという。
「『砂田くん、焦るな』『もっと長期的な視点で見るようにしなさい』と言われます」(砂田)
今、砂田は新たな取り組みを進めている。航空会社との提携だ。「ハフ」のコインでJALの航空券が買えるようにするのだ(サービス開始時期は未定)。
「我々が接しているお客様と異なる顧客層をお持ちなので、航空利用も増えてくるものと期待しています」(「日本航空」ソリューション営業推進部・白石将さん)
スタッフの7割が業務委託〜出社義務なしのリモートワーク
カブクスタイルのスタッフは100人ほどいるが、全員が基本はリモートワーク。半数以上は東京以外で暮らしているという。
創業の頃からのメンバー、事業提携部門・舘野和子は都内のホテルでリモート会議中だ。決まった住まいや働き場所を持たないノマドワーカー。都内にあった自宅を引き払い、「ハフ」を使って、ホテルで暮らし、仕事をしている。
「知らない土地を旅するのはすごく面白い。(仕事先の人は)だいたいみんな、笑顔でネタにしてくれます、『今日どこから来たの?』と」(舘野)
さらに、カブクスタイルで働く人の7割が業務委託契約で、更新は1年ごとだという。
「一緒に働いていけるかどうかというところを自問自答する機会でもあるかなと思っています」(舘野)
こうした雇用形態を採用する狙いを、砂田のスタジオで次のように説明した。
「スタッフは『同じミッションへ向かう船に乗った仲間たち』という言い方をしています。僕は(漫画の)『ONE PIECE』にたとえることが多いのですが、船の行先は分からないが、荒波を乗り越えて行かないといけない時に、『1年に1回は寄港するから、その時に船を降りるか、航海を続けるか考えてほしい。なぜなら次の1年間は違う海に行くから』という話をしています。1年を自分の振り返りのひとつの場所にしてほしい、と」
古い町家をゲストハウスに〜ハフ流地域活性化とは
石川・小松市。来年には北陸新幹線がやってくる。JR小松駅の近くには、昔ながらの町家が残った一角がある。そのうちの一軒にやってきたのが、カブクスタイルの子会社「ハフコリビングオペレーションズ」の吹原碧だ。
小松市と連携し、使われていない町家を宿に改装。それを軸に、よそから客を呼び込み、地域全体を活性化する事業を進めている。
町の活性化に必要なのが地域に住む人たちを巻き込むこと。そこで、近くで店を営む人たちを集め、「有人チェックインの仕組みを置かず、店でチェックインしてもらう。泊まりに来た人が皆さんの店に行く動線が作れる」という提案をした。
ハコ物をつくるだけじゃない。小松の隠れた魅力を探している。
吹原が向かった先は地元の精肉店。そこで出されたのは、から揚げが乗ったカレー「小松基地空上げ」。これは航空自衛隊の小松基地で提供されていたもの。だからあえて「空上げ」と書く。知る人ぞ知るご当地グルメだ。
次に訪ねたのはゴザ問屋。雪の中でも育つ丈夫なイグサを使った小松のゴザは、昔から品質の高さで評判だ。吹原はここで、客が小さな機織りで作れるコースターに目をつけた。
こうした隠れた魅力を、宿を訪れた客に紹介することで、小松の活性化につなげようとしているのだ。
新幹線の開業を機に少しでも客を呼び込みたい地元にとっては心強い援軍になっている。
※価格は放送時の金額です。
〜村上龍の編集後記〜
カブクとは「傾く」と書く。歌舞伎の語源となった。「まともな道は行かない」みたいなニュアンスだ。「HafH」がビジネス名だが、「Home away from Home」第2のふるさと、が由来となっている。客は「HafH」でホテルに旅立つ。「HafH」はコインで運営されている。コインというとスーパーマリオを思い出すが、仮想通貨だ。砂田さんは、数学的な人だった。星野リゾートの星野さんも、理解するのに時間がかかったらしい。旅に出る人は、ロマンを求める。ロマンは「傾く」の中にある。
<出演者略歴>
砂田憲治(すなだ・けんじ)1984年、福岡県生まれ。2006年、筑波大学理工学群卒業後、日興コーディアル証券入社。2011年、ドイツ証券入社。2018年、カブクスタイル創業。
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