日本電信電話(NTT持株)が主導する、光技術を用いた新しいネットワーク基盤「IOWN」の構想実現に向けた取り組みが加速している。IOWNが掲げる、電気と光を融合させた「光電融合」によって通信容量の増加だけでなく、大幅な低消費電力化が見込めるIOWNは、5Gの高度化や6Gにも貢献する存在と見られているのだが、構想の実現に向けては課題も少なからずあるようだ。

○「光電融合」で高速ながら大幅な省電力化も実現

ここ最近ビジネス・IT関連のメディアで取り上げられる機会が増え、急速に注目を高めている「IOWN」。これはNTT持株が掲げる新しいネットワーク基盤の構想であり、その軸となっているのが光の技術の活用だ。

固定ブロードバンドサービスに光ファイバーが用いられているように、現在のネットワークは既に多くの場所で光が用いられている。だがIOWNではネットワークだけでなく、ネットワークを構成するコンピューターや半導体など、全ての部分に光技術を導入しようとしている点が大きなポイントとなる。

そのベースとなる技術が「光電融合」だ。これは従来電気信号で処理をしていたコンピューターや半導体の内部を、可能な限り光に置き換えるというもの。光は電気より速く消費電力も少ないことから、光電融合によってIT機器の一層の高速化を実現するだけでなく、消費電力の大幅な低減も実現できる訳だ。

IOWNでは、この光電融合技術を取り入れたネットワークを「オールフォトニクス・ネットワーク」(APN)と呼んでいる。そしてIOWNでは、APNによって光ファイバーの伝送容量を従来の125倍に、非圧縮によるエンド−エンドでの映像伝送遅延を200分の1に、そして光技術を用いた機器の電力効率を100倍に向上させることを目指しているという。

IOWNでは増大する通信トラフィックと消費電力に応えるべく、光電融合技術を用いて大幅な高速大容量・低遅延化と低消費電力化の実現を目標にしている

そのIOWNは早くも商用サービスの提供へとステップを大きく進めており、2023年3月16日には東日本電信電話・西日本電信電話(NTT東西)がIOWNの技術を活用した最初のネットワークサービス「APN IOWN 1.0」の提供を開始している。このサービスはあくまで第1弾ということもあって、実質的に高度なネットワークを必要とする企業などに向けて提供されるものとなるが、最初のサービスの時点で既に先に掲げた目標の1つである、200分の1の遅延を実現するに至っている。

さらに光電融合技術をデバイス側に本格的に導入していく方針で、段階的な進化を経て2030年以降の実現を目指す「IOWN 4.0」で先に掲げた仕様を実現したい考えのようだ。IOWNが掲げる更なる高速大容量・低遅延通信や、環境負荷を低減する大幅な低消費電力の実現は5Gの高度化や6Gに向けて求められている要素でもあるし、6Gの実現に向けては無線通信だけでなく、それを支える固定ネットワークの進化も求められているだけに、IOWNが6Gにも大きく影響を与える可能性のある技術として注目されているようだ。

光電融合デバイスの導入はまだ限定的だが、その開発は積極的に進められており、IOWN 2.0以降で本格的な導入による高速大容量化と低消費電力化を推し進めていくという

○世界普及に向けた活動も、支持はまだ限定的

NTT持株が主導し、NTTグループ全体でその研究開発が進められているIOWNだが、NTTグループとしてはIOWNを日本だけでなく、世界に普及させることを目指している。そのために重要な役割を果たしているのが「IOWN Global Forum」だ。

これはNTT持株とソニー、そして米インテルの3社によって設立したものであり、さまざまな企業や団体が参加してIOWNの仕様やそのユースケースなどについて議論を進める場となっている。IOWN Global Forumの年次総会が開催された2023年4月25日時点では既に118の企業や団体が参加しているそうで、2023年には競合のKDDIが参加するに至るなど、年々規模は拡大傾向にあるとのことだ。

IOWNの仕様やユースケースは「IOWN Global Forum」で議論が進められている。2023年の年次総会は大阪府大阪市で開催されたが、会場におよそ400人、オンラインも含めるとおよそ500人の参加があったという

IOWNで海外に重点を置く姿勢には、これまでNTTが主導して開発したネットワークや技術が海外に広まらず、国内に閉じたものとなってしまった反省が大きく影響している。それゆえIOWN Global Forumも最初から海外で展開することに重心を置き、拠点をあえて日本ではなく米国に設置している。

ただIOWNが目指すところは、現在主流のIP(インターネットプロトコル)ベースのネットワークとは大きな違いがある。IPベースのネットワークがベストエフォート、つまり最大の性能が出せるよう可能な限り努力する仕組みであるのに対し、IOWNはギャランティード、つまり通信品質を保証することに重点を置いている。

確かに現在インターネット上で提供されている、Webサイトや映像配信などであればベストエフォートでも大きな問題は出ないが、今後実用化が見込まれる遠隔手術や自動運転など、通信品質の変化で事故を起こすことが許されない用途に、ベストエフォートの仕組みは不向きだ。それだけに通信品質を保証するIOWNが、ミッションクリティカルな分野を切り開くネットワークとして重要性が高まる可能性は高い。

2022年11月に実施された「NTT R&Dフォーラム」では、長さ120kmのケーブルを用いたIOWN 1.0のネットワークを通じて、遠隔手術ロボットを離れた場所から遅延なく操作するデモなどが実施されていた

ただそれだけに、NTTグループがネットワークサービスを提供する日本はともかく、他の国や地域で実際に支持が得られるか? という点がまだ見えていない。IOWN Global Forumも現時点では参加企業のおよそ半数が日本企業というのが実態であるし、IPベースのネットワークを主導してきた米国の通信事業者や、巨大IT企業のいわゆる「GAFA」が現時点では参加していないのも気になる所だ。

影響力の大きな国やその企業から支持が得られなければ世界的な普及につなげるのは難しく、技術もビジネスも再び国内にとどまってしまう可能性が高まる。かといって他国に主導権を渡せば、日本の企業が自国発の技術で利を得ることが難しくなってしまう。IOWN Global Forumの年次総会には岸田文雄内閣総理大臣もビデオメッセージを寄せ、政府もIOWNが日本の産業発展に貢献することを期待している様子を見せているだけに、NTTグループもIOWNの世界的な普及と、日本企業が利することとの狭間で難しいかじ取りが求められることとなりそうだ。

IOWN Global Forumの年次総会には岸田首相もビデオメッセージを寄せており、政府がIOWNの世界展開に強い期待を抱いている様子をうかがわせている