新たな通信用周波数帯「新プラチナバンド」について考えてみた!

松本 剛明総務大臣が4月18日に行われた閣議後記者会見の場で携帯電話向けの新たな周波数帯域の免許割当について言及する場面がありました。すでに紹介しているように新たに割り当てが検討されている周波数帯域は700MHz帯(Band 28)で、いわゆる「プラチナバンド」と呼ばれる電波になります。

通信や電波特性に詳しい人であれば、この周波数帯域やプラチナバンドという言葉を聞いて“ピン”と来る人も多いかと思いますが、モバイル通信において700〜900MHzといった低周波数帯の電波を持っていることは大きな強みであり、また「持っていないこと」が大きな弱点にもなります。

プラチナバンドとは何なのでしょうか。そして新たに免許割当が検討されている周波数帯域(以下、新プラチナバンドと呼称)にデメリットはないのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は新プラチナバンドについての解説と考察をします。


新プラチナバンドが抱える弱点とは?


■通信キャリア各社が欲しがるプラチナバンド
はじめに、プラチナバンドと呼ばれる周波数帯の電波特性を簡単におさらいしておきましょう。

現在私たちがスマートフォン(スマホ)で主に利用している通信方式には4Gと5Gがありますが、700MHz帯(700〜900MHz帯)が用いられているのは4Gになります。

4Gでは700〜900MHz帯のほかに、1.5GHz〜3.5GHz帯なども用いられており、非常に広い周波数帯域で分散的に割り当てが行われています。これは1つのバンドとして用いる周波数帯幅が10〜20MHz幅程度であり、その幅の電波を各社に複数割り当てているからです。

そのような中で、700〜900MHz帯の電波は障害物への浸透性(透過する性質)や回折性(裏側へ回り込む性質)などが非常に優れており、屋外に設置された基地局からでもビル内に電波が非常によく届いたり、基地局から見てビルの陰になっているような場所でも電波が届くといったように、通信用として非常に優秀な特性を持っています。

この電波の浸透性や回折性は周波数が上がるにつれて低くなっていく性質があるため、1.5〜3.5GHz帯、さらには5Gで使用している3.7GHz帯(3.6〜4.2GHz)や28GHz帯(27.0〜29.5GHz)などは、電波の「波」の幅が小さいためにより多くのデータを送れる一方で、電波の直進性が高いために障害物に弱いという弱点が顕在化してくるのです。

そのため、通信用として電波特性に優れ、尚且つ通信速度もそれなりに優秀な700〜900MHz帯の電波のことを、その希少価値から貴金属のプラチナに例えて「プラチナバンド」と呼ぶようになったのです。


5G用として割り当てられた28GHz帯などは、超高速通信を実現できる代わりに直進性が高すぎて僅かな障害物でも通信が途切れるほどだ


■新プラチナバンドを巡る各通信キャリアの思惑と画策
今回の新プラチナバンドが通信用帯域として検討され始めた背景には、電波資源の枯渇と楽天モバイルの苦境、そして他通信キャリアの反発があります。

電波は見えないため、いくらでも無限に利用できるかのように思う人がいるかも知れませんが、実は非常に貴重な「有限資源」です。同じ周波数帯で異なる用途のシステムを同時利用することはできませんし、1つの周波数帯で可能なデータの送受信量なども限界があります。

もちろんより多くのデータを送受信できるように次々と新しい変調方式などが導入され、現在の超高速通信社会へと至ったわけですが、その実現のためにかなり多くの周波数帯が使用されたのです。

そのため、700〜900MHz帯の電波はほぼすべて割り当てが完了しており、現在のままでは新規で割り当てることができません。

しかしながら、楽天モバイルが無線局免許を取得し2020年から移動体通信事業者(MNO)として正式に事業をスタートさせた際、このプラチナバンドの電波を取得できなかったことから、その後エリア構築やビル内などでの通信安定性で苦戦を強いられ続けることとなったのです。


楽天モバイルには、4G用としては現在1.7GHz帯の電波(80MHz幅)しか割り当てられていない


そこで楽天モバイルはNTTドコモやKDDI、ソフトバンクなどが取得しているプラチナバンドの再割り当てを要求してきましたが、当然ながら他3社はこれを強く拒否。話が平行線のまま進退窮まったところで「それではまだ使われていない周波数を割り当てては?」と持ち上がったのが、今回の新プラチナバンドの案だったのです。

ここで「え?プラチナバンドはもう新規で割り当てられないはずでは?」とお気づきの方もいらっしゃるかと思います。その通り、既存の周波数ではもはや割り当て可能な周波数がありません。

そこで案として浮上してきたのが、本来は電波干渉を防ぐ目的で「緩衝帯」(ガードバンド)として空白化されていた周波数帯の利用でした。電波は波である特性ゆえに特定の周波数の上下の周波数にも若干影響を及ぼすことがあり、これが電波干渉や混信として通信機器に悪影響を与えることが多々あります。

こういった電波干渉を防ぐために隣り合った周波数帯はできるだけ別の用途には利用しないようにガードバンドを設けているのですが、このガードバンドを少し削って利用してはどうか、というのが今回の新プラチナバンドの実態なのです。


例えば同じモバイル通信用(4G用)の電波として利用するにしても、違う通信キャリアの電波が干渉してしまう可能性は十分にある


とは言え、緩衝帯域の電波を利用したら確実に干渉を起こしてしまうというものでもなく、電波の出力を抑えるなどの工夫によって干渉問題は大きく軽減できます。

そのため今回の案が浮上してきたわけですが、実はここでも通信各社の思惑がチラチラと見え隠れします。

まず、新プラチナバンドとして提案された周波数の帯域幅はわずかに3MHz幅になります。これは業界で「狭帯域」と呼ばれ、帯域幅が狭いために通信速度が十分には確保できないなどのデメリットがあります。

海外では米国などで利用実績があるために提案されたものだと考えられますが、その提案を行った通信キャリアはNTTドコモでした。つまり、自社が取得しているプラチナバンドを削られたくないがゆえに、「それならこちらを使っては?」と、代案を出してきたのです。

楽天モバイルにしてみれば、実用性で劣る狭帯域のプラチナバンドでお茶を濁されるのは困るという思いの一方で、どこかで妥協案を出さない限り協議が平行線のままで決着がつかず、その間ユーザーからエリアの苦情を受け続ける、あるいは電波の悪さを理由に契約者が伸び悩むといった弊害を引きずるというジレンマに挟まれる形になりました。

総務省としても早々に決着を付けたいのが本音であり、松本剛明総務大臣も記者会見の場で

松本剛明総務大臣
「周波数の有効利用を図り、繋がりやすい携帯電話サービスを実現することが重要である」

「情報通信審議会において、この夏頃に割当可能との結論が出た場合には、総務省としては本年秋頃の割り当てを目指して、700MHz帯携帯電話システムの技術基準や周波数の割り当てにおける審査基準などを示す基地局の開設指針の作成等の手続きを進めてまいります」

このように述べており、急ピッチで事態の収拾に努めようという姿勢が見て取れます。


総務省には3年以上もこじれた議論に疲れや焦りの色すら見える


新プラチナバンドが影響を与える(干渉する)かもしれないと言われているのは地上デジタルテレビ放送や特定ラジオマイク向けの周波数帯ですが、この点についての影響の範囲や影響が出る条件についての検証は概ね完了しています。

結論としては「端末からの電波送信が大出力の場合」のような、非常に条件の悪い状況以外であれば問題のない範囲で運用が可能としており、また干渉が想定される地上デジタルテレビ用のブースターなどの対策を実施するなど、免許の割り当てを前提とした改善案なども提示されています。

しかしながら、干渉が起こることもまた間違いなく、とくに特定ラジオマイクに関しては700MHz帯しか利用できない機器について「すべての帯域でLTE(4G)移動局との共用は厳しい」との評価を下すなど、今後それぞれの業界での機器運用の方法や調達機器を変えていかざるを得ない状況となっています。


モバイル通信用上り帯域と特定ラジオマイク帯域とのガードバンドはこれまで4MHz幅が取られていたが、ここから3MHzが利用されるとガードバンドがわずか1MHz幅になってしまい干渉が起きやすくなる


■新プラチナバンドは宝の山か、貧乏くじか
このように、新プラチナバンドは名前こそ光り輝く希少な宝物のようですが、実際は本来手を出してはいけない不可侵領域に手を出そうという禁断の「裏ワザ」であり、モバイル通信業界のみならずテレビ業界をはじめとした様々な業界と企業を巻き込む厄介な存在だったのです。

そのような「厄介事」にすら手を出さなくてはならないほどに、現在の電波事情は枯渇しきっているという証拠でもあります。

NTTドコモをはじめとした従来からの通信キャリア各社にしてみれば、ただでさえユーザーのデータ通信量が年々増大の一途を辿り、割り当てられた周波数帯だけでも逼迫しつつあるというのに、それを返上したり他企業へ譲渡するなど言語道断だという主張は理解できるところです。

しかしながら、楽天モバイルの主張もまた理解できます。通信キャリアとして何よりも重要なのはユーザーが快適に通信を行えることであり、そのスタートラインすらも危うい状況が2年も3年も続いては、信用の低下から顧客獲得が難しくなるばかりではなく、顧客離れや悪評の温床にもなりかねないからです。

元を正せば、こうなることが十分に予想されていたにも関わらず通信事業者免許を交付した総務省や政府の責任でもあるのですが、もはやそれを議論する段階ではありません。

事実、楽天モバイルがMNOとして事業を開始し月額0円からの通信料金プランを打ち出したことが、世界でも稀に見るほど高品質で安価な通信環境を日本にもたらすきっかけになったと言っても過言ではなく、その功績や今後へのさらなる期待も含め、決して蔑ろにして良い問題ではないのです。

新プラチナバンドの運用がモバイル通信業界やその他の業界へどこまで影響を与えるのか、電波干渉ならぬ業界干渉にまで視野を広げて注視していきたいところです。


電波を巡るモバイル通信業界の大騒動はまだまだ続く




記事執筆:秋吉 健


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