■過去最悪の4928億円の巨額赤字を計上

「楽天モバイル」が20年春に鳴り物入りで携帯電話市場に参入してから、4月で丸3年。NTTドコモ、au、ソフトバンクに次ぐ第4の携帯電話会社は、市場活性化の担い手として期待されたが、大手3社の壁は厚く、業績不振にあえいでいる。

写真=AFP/時事通信フォト
2022年2月25日、都内で行われた楽天モバイルの記者会見であいさつする楽天グループの三木谷浩史CEO。 - 写真=AFP/時事通信フォト

売り物だった価格破壊路線が破綻し、通信品質はなかなか改善せず、激安料金に胸躍らせた顧客の解約が相次ぐ。実店舗の大幅削減や要員のリストラを余儀なくされ、そのうえ幹部が巨額詐欺事件を起こしてブランドイメージは地に落ち……そして2022年12月期決算は過去最悪の4928億円という巨額の赤字を計上した。

楽天グループの総売上高は1兆9278億円と過去最高になったが、「楽天市場」などのネット事業782億円、「楽天カード」などの金融事業987億円の黒字を吹き飛ばし、グループ全体の連結決算は4期連続の赤字で、しかも3728億円と過去最大になった。

このままでは、三木谷浩史会長兼社長の肝いりで取り組んだ携帯電話事業が、楽天グループの屋台骨を揺るがす「大きなお荷物」になってしまいかねない。

春は毎年、入学・進級や就職で新入学生や新社会人が誕生するため、もっとも新規契約が伸びる季節といわれるだけに、反転攻勢のカギを握る新たな加入者の獲得に向けて、なりふりかまわぬ「作戦」を繰り出しているが、はたしてユーザーが振り向いてくれるかどうか。

曙光は見えなくもないが我慢の時は続きそうで、全社を挙げての奮闘が実を結ぶかどうかは予断を許さない。

■「楽天経済圏」で囲い込むための大盤振る舞い

楽天モバイルは、年に一度の春商戦で、加入者にも新規契約者にも「おとく」な一大キャンペーンを張った。

まず、友人紹介キャンペーン。既存の契約者の紹介で楽天モバイルを契約すると、紹介者に7000円相当、紹介された契約者には3000円相当のポイントを付与する。1カ月あたり10人まで紹介できるため、紹介者は最大で毎月7万円相当のポイントをゲットできることになる。

また、端末をiPhoneに選んだ新規契約者には、大手3社よりも安値で提供し、さらに最大2万4000円相当のポイントをプレゼント。旧機種を下取りすれば1万円分相当を上乗せする。

さらに、住宅のネット向けサービス「楽天ひかり」に加入すれば、4万円の現金を還元する。いったん契約すれば、楽天市場で買い物をした時のポイントが最大3倍になる特典もある。

コンテンツの利用もオススメしている。雑誌読み放題の「楽天マガジン」や音楽聞き放題の「楽天ミュージック」などは3カ月間無料で、無料期間が終わった後も大幅に割り引く。

おとく感を前面に打ち出して「楽天経済圏」への囲い込みをめざす戦術は、利用者の気持ちをくすぐりそうだ。いずれも利用条件には制約があるので注意が必要だが、大盤振る舞いには違いない。

楽天モバイル公式ページより

ただ、携帯電話市場は飽和状態。シニア世代にもスマートフォンは行き渡っており、新規需要は、初めて携帯電話をもつ若年層やプライベートに2台目が欲しい人などに絞られる。このため、他社からの乗り換え(MNP)が狙い目になるが、安さだけでなく総合的なプラス効果がなければ、他社の利用者を引きはがすのは容易ではない。

■三木谷氏が「楽天市場」の出店者に“お願い”

「今年のテーマは、モバイル、モバイル、モバイル、モバイル」

「楽天市場」の出店者約1500人を前に、三木谷氏が訴えたのは、ECビジネスの展望ではなく、モバイル事業への協力だった。1月末のイベント「楽天新春カンファレンス」でのことだ。

楽天市場の約5万6000店舗で、1店舗あたり5人が楽天モバイルと契約すれば「25万人の強力なサポーターが作れる」と力説。楽天市場の発展には楽天モバイルの貢献が欠かせないと強調した。そして、「皆さんも、携帯を楽天に変えていただきたい。法人契約も楽天モバイルに変えていただきたい」と“お願い”したのである。

だが、直ちにECビジネスと結びつかない携帯電話の勧誘に、出店者たちの反応はいまひとつだったようだ。

2月末には、楽天モバイルの協力者に向けたイベントで、上限が月額2980円(税抜き)という安さをアピールしたうえで「世の中に不可能なことはない」と熱弁を振るった。

それは、苦境にあえぐ三木谷氏の悲痛な叫びにも聞こえたが、とかくままにならぬが浮世の常だ。

■契約獲得のために社員を総動員

契約獲得には、楽天グループの社員が総動員されている。

朝日新聞は2月21日朝刊で、楽天モバイルの新規契約を1人当たり5回線獲得する実質的な「ノルマ」の存在を指摘した。「紹介プログラム」と呼ばれ、社員一人ひとりに紹介コードが割り振られ、紹介された「特別なお客様」が契約すれば、その社員の実績としてカウントされる仕組みだ。

朝日新聞によれば、楽天モバイルの広報は「従業員向けに紹介プログラムを実施しているが、このプログラムに参加した従業員の人事評価に契約獲得の有無が影響することはない」と回答したという。

ノルマを達成できなければ人事考課に影響するとなったら、それこそブラック企業になってしまう。親戚や知人に頼み込んだり、名義を借りて自分で費用を負担する「自爆営業」はよくある話で、「人間関係が悪くなりかねない」という社員の悲鳴が聞こえてきそうだ。

切羽詰まった窮余の策は、全社を挙げて涙ぐましい努力が続けられたようだが、上から下まで難儀したとみえて、当初の期限までに目標は達成できず、締め切りは2月まで延長されたという。

■「三大キャリア」に激安料金で勝負を挑んだが…

楽天モバイルの苦悩は、価格破壊路線が行き詰まったことが大きい。

20年春の参入時に、「データ利用無制限で月額2980円」という激安プランを掲げて一気に契約者を増やしたが、ほどなく誤算が生じた。

菅義偉・前政権が大手3社に通信料金の大幅値下げを迫った結果、21年春にNTTドコモ「ahamo(アハモ)」に続いて、KDDI「povo(ポヴォ)」、ソフトバンク「LINEMO(ラインモ)」と、月額3000円を切る格安プランが相次いで登場、料金面での優位性が崩れてしまったのだ。「官製値下げ」は、利用者には歓迎されたが、楽天モバイルとっては痛手となった。

そこで、安さが最大の売り物の楽天モバイルは「月間1ギガバイト(GB)まで無料」という「0円プラン」を導入し、勝負に出た。しかし、採算度外視の経営は長く続くはずもない。「ぶっちゃけ、ずっと0円で使い続けられても困る」(三木谷氏)と、わずか1年余りで「0円プラン」を廃止、軌道修正を余儀なくされた。

すると、2022年4月末には500万件(自社回線契約のみ)を超えていたユーザーが次々に解約し、22年11月末には445万件と50万件以上も減ってしまった。

ただ、最低料金を月額980円(税抜き)に再設定したこともあって、2022年10〜12月期決算資料によると、1件当たりの収益(ARPU)は1805円まで上昇。それでも3社の半分程度にすぎない。当初、損益分岐点の契約者数は700万件としていたが、この数字では1000万件程度を確保しなければならないとみられる。

0円プラン廃止で課金ユーザーが増えれば経営が安定するとも言われたが、契約数が減ってしまっては元も子もない。

楽天モバイルの社員は約4600人なので、1人5回線の契約を取っても2万3000契約にしかならない。楽天グループ全体では1万8000人余りいるが、社員全員が契約を獲得しても、やっと9万契約だ。涙ぐましい企業努力も、焼け石に水の感はぬぐえない。

■ついて回る「つながりにくい」という不評

もう一つ、楽天モバイルの財務を圧迫しているのは、基地局などの設備投資だ。累計で1兆円を超え、23年12月期も3000億円程度を見込んでいる。

携帯電話会社にとって自前の通信ネットワークは生命線だが、整備が大幅に遅れたことも、誤算だった。

当初から「つながりにくい」という不評がついて回り、自社ネットワークの人口カバー率が98%になっても、そのイメージを引きずったままだ。

契約数が増えず収益が上がらなければコスト削減が最重要課題になり、顧客窓口として拡大してきた実店舗「楽天モバイルショップ」の削減に乗り出した。業務提携する郵便局内に設置した約280店舗のうち約200店舗を4月末までに閉じることになった。全店舗の2割近くに当たる。

楽天モバイル 渋谷公園通り店、2021年7月22日撮影(写真=Antonio Tajuelo/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

今後は、ネットマーケティングに注力するという方針転換で、全国各地で「閉店ドミノ」が起きているともいわれる。

だが、その程度のコスト削減効果は、巨額の赤字に比べれば微々たるもの。むしろ、ネットに疎いシニア層や主婦層へのアプローチを放棄することにつながってしまう。

財務改善のため、楽天グループは4月中にも楽天銀行を東証プライム市場に上場、当面1000億円規模の資金を調達する見通しだ。だが、1兆8000億円程度に膨れ上がった有利子負債を手当てするには、とても十分とは言えない。

■幹部社員の詐欺事件というつまづき

そんなときに追い打ちをかけたのが、楽天モバイルの基地局の物流全般を統括していた元部長が起こした巨額の詐欺事件だ。

基地局の整備事業をめぐり水増し請求した業務委託料を業者に支払わせ、還流して詐取した罪で、元部長は逮捕され、3月24日に起訴された。基地局の建設を急いでいたドタバタに乗じて水増し分を事業費に紛れ込ませる手口だったが、不正支払いの総額は約300億円に上り、そのうち約100億円が水増し分だったという。

社の幹部が半端ではない金額をふところに入れて赤字の一因を作っていたことは衝撃だった。

ユーザーが支払った通信料金が、一幹部の膨大な不動産や高級車に化けてしまったのだから、怒りを通り越してあきれるしかない。

何より、不祥事に気づかずに放置していたずさんな経理処理が露見したことで、楽天モバイルのブランドイメージは地に落ちてしまった。一段と顧客離れが進まないか、危惧される。

■「楽天経済圏の住人」という大きなのびしろ

ただ、誤算続きで迷走が続く中、わずかに希望も見えてきた。

総務省の有識者会議が昨秋、地下やビル内でもつながりやすい周波数帯の「プラチナバンド」の一部を、大手3社から楽天モバイルに5年程度で分けるよう求めたのだ。しかも、巨額の移行費用は3社が負担すべし、という。

実現すれば、最大の弱点だった「つながりにくさ」の解消になろう。

だが、3社の反発は激しく、実際に運用できるまでにはかなりの時間がかかりそうだ。新たな設備投資も生じるうえ、いきなりすべてのユーザーがつながりやすくなるわけではない。もとより、プラチナバンドの割り当てが顧客獲得に直結するかどうかは不透明だ。

そんな中、三木谷氏が「切り札」と期待するのが、楽天ポイントを軸にした楽天モバイルと楽天経済圏との相乗効果だ。

楽天市場や楽天カードなど70以上のサービスを展開する楽天経済圏は、さまざまなサービスを利用すればするほどポイントの還元率が高くなる仕組みになっている。このため、ポイントを有効活用したいスマホユーザーにとって、楽天モバイルに加入して「楽天経済圏の住人」になるメリットは大きい。楽天経済圏に囲い込むことができれば、スマホで支払う料金以上に、ユーザーの財布のひもが緩み、楽天グループ全体の売り上げ増につながる可能性も高まる。

楽天経済圏の月間アクティブユーザーは3900万人(22年10〜12月)とされるが、このうち楽天モバイルの契約者は12%にも満たないだけに、のびしろは大きい。

■大手3社の寡占状態に風穴を開けようとしている

楽天経済圏との連携は、もともと参入に際しての強い動機だったはずで、先行3社にはない武器となりうる。

楽天グループの再浮上は、楽天モバイルを立て直せるかどうかがカギになる。楽天モバイルのユーザーが楽天経済圏の住人として満足感を得られるようになれば、現在の苦境は大きく変わるかもしれない。「モバイル事業に乗り出したこと自体が戦略の失敗だった」と言われないためにも、今が正念場だ。

大手3社の寡占状態が続く携帯電話市場だが、そこに風穴を開けようとゼロからスタートした楽天モバイルのチャレンジは称賛に値する。楽天モバイルの参入によって、この市場に緊張状態が生まれ、値下げ競争の呼び水になったことは間違いない。

「格安スマホの旗手」が失速するようなことになれば、再び3強の寡占市場になり、世界有数の「通信料金が高い国」に逆戻りしかねない。それは、利用者にとって、もっとも不幸な事態だろう。

楽天グループならではの独自のアプローチで、この難局を乗り越えられるかどうか、注視したい。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)