知って納得、ケータイ業界の″なぜ″ 第139回 固定回線でも起きた大規模通信障害、非常時ローミングの議論はどこまで進んでいるのか
東日本電信電話(NTT東日本)・西日本電信電話(NTT西日本)の「フレッツ光」が通信障害を起こすなど、大規模通信障害の発生は今や固定・モバイルを問わない状況だ。それだけに非常時の通信回線確保は一層重要となっており、KDDIとソフトバンクが副回線サービスの提供を発表するなど民間での動きは活発になってきているが、非常時ローミングの議論を進めていた行政の動向は現状、どのようになっているのだろうか。最近の取り組みを追ってみよう。
・参考記事:NTT東西 フレッツ光やひかり電話などで通信障害(2023年4月3日掲載)
https://news.mynavi.jp/article/20230403-2643108/
○「フレッツ光」で大規模通信障害が発生
2022年7月に約3日間にわたって発生したKDDIの大規模通信障害を受け、大規模災害や通信障害などの非常時に通信をいかにして確保するかに関する議論が官民で進められている。だがその最中にある2023年4月3日にも、新たな大規模通信障害が発生している。
それはモバイル通信ではなく固定回線に関するもので、同日にNTT東日本とNTT西日本が提供している固定ブロードバンドサービスの「フレッツ光」と、それを用いた音声通話サービス「ひかり電話」が一部の都道府県で利用できなくなる事象が発生。その時間は朝7時10分から10時8分と、2時間以上にわたり、NTT東日本で最大35.9万件、NTT西日本で最大8.7万件と、長時間かつ広範囲にわたることから総務省が定める「重大な事故」に当たる可能性がある深刻なものだ。
2023年4月3日にはNTT東西の「フレッツ光」で大規模通信障害が発生。同日には両社からその原因について説明がなされている
執筆時点では通信障害発生して間もない時期ということもあって、まだ具体的な原因は明らかになっていない。だが同日に両社が実施した説明会によると、通信障害はいずれも新たに導入した海外メーカーの加入者収容装置を使った地域で起きているそうで、その中にあるパケット転送部が、特定の配信サーバーからのパケットを受信したことを起因としてパケット転送部が再起動を繰り返し、通信できない状態に陥ったとのことだ。
両社ともに原因は共通しているようで、新たに導入した海外メーカーの加入者収容装置で特定のサーバーからのパケットを受信したところ、再起動を繰り返し通信できなくなったとのこと
冗長化のため装置は二重化していたというが、その両方が再起動を繰り返してしまったという。装置全体を再起動したことで通信障害は解消したとのことだが、原因究明はこれからという段階のようだ。特定のパケットで障害が発生したとなると、外部からの攻撃が疑われる所だが、現時点ではその可能性は低いとしている。
ちなみにNTT西日本は2022年8月25日にも大規模通信障害を発生させており、モバイルだけでなく固定回線の大規模通信障害もある程度の頻度で発生していることが分かる。KDDIの通信障害を機としてモバイル回線の非常時対応に関する議論が盛り上がったが、そうした状況を考慮すれば固定回線も含めたトータルでの非常時対応や冗長化を考えていく必要がある。
○緊急通報発信のみローミングの早期実現はできるか
民間による非常時のバックアップ回線提供に向けた取り組みは積極的に進められているようだ。実際KDDIとソフトバンクは2023年3月27日、互いのモバイル回線を用いて通信障害時の予備回線を用意する「副回線サービス」の提供を発表している。
個人向けのサービスを見ると、両社のサービスともに月額料金は429円と有料で音声通話は30秒22円の従量制、データ通信は速度が300kbps、通信容量は500MBと、日常利用という視点で見れば実用性は低い。だがスマートフォンに2枚のSIMを挿入できる「デュアルSIM」の仕組みを活用することで、持ち歩くスマートフォンの台数を増やすことなく、通信障害発生時に予備の回線を利用できるのは安心感がある。
総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第7回会合のKDDI提出資料より。KDDIとソフトバンクは通信障害への備えとして、双方の回線を用いた「副回線サービス」の提供を発表。KDDIは既にサービスを開始している
もちろん行政側も対策に向けた取り組みを進めており、先のKDDIの通信障害を受けて総務省が有識者会議「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」を立ち上げ、モバイル通信の通信障害発生時などに一時的に他社回線へ乗り入れる「非常時ローミング」の実現に向けた議論を進めている。
だがその議論の中で、警察や消防などの緊急通報受理機関側から通報者に折り返し電話ができる「呼び返し」を可能とするなど仕組みが複雑な「フルローミング方式」を採用する方針が定められた。それゆえ実現には少なくとも3年の時間がかかると見られるのだが、そもそも非常時ローミングは万能ではないという課題も抱えている。
なぜならフルローミング方式は折り返し電話をするため通報者の電話番号を取得する必要があり、そのためには乗り入れた事業者のネットワークから、被災した通信事業者のコアネットワークへの問い合わせが必須だ。それゆえ通信事業者のコアネットワークが機能していることが大前提で、先のKDDI通信障害のようにコアネットワークがダウンしてしまうと機能しないのだ。
総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第1次報告書より。実現を目指すこととなったフルローミング方式は電話番号の取得が必要で、通信障害が発生した事業者のコアネットワークがダウンしていると機能しない
そこで先の有識者会議では、フルローミング方式の採用決定と同時に、電話番号を通知できないので呼び返しはできないが、緊急通報の発信だけはできる「緊急通報の発信のみ」を可能とするローミング方式の検討も進めている。これは多くのスマートフォンに搭載されている、SIMを挿入せずに通話することで緊急通報の発信だけができる「SIM無し端末発信」をベースにしたもので、現在国内では利用できないが、それをも利用できるようにすることを検討している訳だ。
その実現に当たって緊急通報受理機関側が懸念しているのが、電話番号が通知されないことでいたずらの通報が増えるのでは? ということである。そこで2023年3月30日の第7回会合で、電話番号の代わりに電気通信事業者協会はIMSI(International Mobile Subscription Identity)と呼ばれる加入者識別番号を通知することを提案。IMSIはSIMに登録されている番号で、世界的に使われている一意なものでもあることから、これを通知することでいたずら通報防止に役立てる訳だ。
総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第7回会合の電気通信事業者協会提出資料より。緊急通報の発信だけを可能とするローミングは電話番号を通知できないことから、その代替としてIMSIを通知することが検討されている
ただそのためには、通常IMSIを使用しない緊急通報受理機関や固定回線側のシステムを変える必要が出てくるだろうし、端末側にも一定の対応が必要になることから、仕様を決めてから1〜2年後に発売される機種からの対応になると見られている。それゆえ議論の中では、出来る限り既存端末への対応も要求する声も多く挙がっていた。
行政が進めるいずれの方式も実現に一定の時間がかかる様子が見えてきたことから、少なくとも1、2年の間は個人で予備回線を用意するというのが通信障害時の現実的な備えとなりそうだ。ただ個人に負担に負担をかけることなく、通信障害時も手元の端末を通じて緊急通報など最低限の通信を確保する取り組みは必要不可欠なだけに、行政側の非常時ローミング、そして緊急通報のみのローミング実現に向けた取り組みは今後も積極的に進めてもらいたい。
https://news.mynavi.jp/article/20230403-2643108/
○「フレッツ光」で大規模通信障害が発生
2022年7月に約3日間にわたって発生したKDDIの大規模通信障害を受け、大規模災害や通信障害などの非常時に通信をいかにして確保するかに関する議論が官民で進められている。だがその最中にある2023年4月3日にも、新たな大規模通信障害が発生している。
それはモバイル通信ではなく固定回線に関するもので、同日にNTT東日本とNTT西日本が提供している固定ブロードバンドサービスの「フレッツ光」と、それを用いた音声通話サービス「ひかり電話」が一部の都道府県で利用できなくなる事象が発生。その時間は朝7時10分から10時8分と、2時間以上にわたり、NTT東日本で最大35.9万件、NTT西日本で最大8.7万件と、長時間かつ広範囲にわたることから総務省が定める「重大な事故」に当たる可能性がある深刻なものだ。
2023年4月3日にはNTT東西の「フレッツ光」で大規模通信障害が発生。同日には両社からその原因について説明がなされている
執筆時点では通信障害発生して間もない時期ということもあって、まだ具体的な原因は明らかになっていない。だが同日に両社が実施した説明会によると、通信障害はいずれも新たに導入した海外メーカーの加入者収容装置を使った地域で起きているそうで、その中にあるパケット転送部が、特定の配信サーバーからのパケットを受信したことを起因としてパケット転送部が再起動を繰り返し、通信できない状態に陥ったとのことだ。
両社ともに原因は共通しているようで、新たに導入した海外メーカーの加入者収容装置で特定のサーバーからのパケットを受信したところ、再起動を繰り返し通信できなくなったとのこと
冗長化のため装置は二重化していたというが、その両方が再起動を繰り返してしまったという。装置全体を再起動したことで通信障害は解消したとのことだが、原因究明はこれからという段階のようだ。特定のパケットで障害が発生したとなると、外部からの攻撃が疑われる所だが、現時点ではその可能性は低いとしている。
ちなみにNTT西日本は2022年8月25日にも大規模通信障害を発生させており、モバイルだけでなく固定回線の大規模通信障害もある程度の頻度で発生していることが分かる。KDDIの通信障害を機としてモバイル回線の非常時対応に関する議論が盛り上がったが、そうした状況を考慮すれば固定回線も含めたトータルでの非常時対応や冗長化を考えていく必要がある。
○緊急通報発信のみローミングの早期実現はできるか
民間による非常時のバックアップ回線提供に向けた取り組みは積極的に進められているようだ。実際KDDIとソフトバンクは2023年3月27日、互いのモバイル回線を用いて通信障害時の予備回線を用意する「副回線サービス」の提供を発表している。
個人向けのサービスを見ると、両社のサービスともに月額料金は429円と有料で音声通話は30秒22円の従量制、データ通信は速度が300kbps、通信容量は500MBと、日常利用という視点で見れば実用性は低い。だがスマートフォンに2枚のSIMを挿入できる「デュアルSIM」の仕組みを活用することで、持ち歩くスマートフォンの台数を増やすことなく、通信障害発生時に予備の回線を利用できるのは安心感がある。
総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第7回会合のKDDI提出資料より。KDDIとソフトバンクは通信障害への備えとして、双方の回線を用いた「副回線サービス」の提供を発表。KDDIは既にサービスを開始している
もちろん行政側も対策に向けた取り組みを進めており、先のKDDIの通信障害を受けて総務省が有識者会議「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」を立ち上げ、モバイル通信の通信障害発生時などに一時的に他社回線へ乗り入れる「非常時ローミング」の実現に向けた議論を進めている。
だがその議論の中で、警察や消防などの緊急通報受理機関側から通報者に折り返し電話ができる「呼び返し」を可能とするなど仕組みが複雑な「フルローミング方式」を採用する方針が定められた。それゆえ実現には少なくとも3年の時間がかかると見られるのだが、そもそも非常時ローミングは万能ではないという課題も抱えている。
なぜならフルローミング方式は折り返し電話をするため通報者の電話番号を取得する必要があり、そのためには乗り入れた事業者のネットワークから、被災した通信事業者のコアネットワークへの問い合わせが必須だ。それゆえ通信事業者のコアネットワークが機能していることが大前提で、先のKDDI通信障害のようにコアネットワークがダウンしてしまうと機能しないのだ。
総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第1次報告書より。実現を目指すこととなったフルローミング方式は電話番号の取得が必要で、通信障害が発生した事業者のコアネットワークがダウンしていると機能しない
そこで先の有識者会議では、フルローミング方式の採用決定と同時に、電話番号を通知できないので呼び返しはできないが、緊急通報の発信だけはできる「緊急通報の発信のみ」を可能とするローミング方式の検討も進めている。これは多くのスマートフォンに搭載されている、SIMを挿入せずに通話することで緊急通報の発信だけができる「SIM無し端末発信」をベースにしたもので、現在国内では利用できないが、それをも利用できるようにすることを検討している訳だ。
その実現に当たって緊急通報受理機関側が懸念しているのが、電話番号が通知されないことでいたずらの通報が増えるのでは? ということである。そこで2023年3月30日の第7回会合で、電話番号の代わりに電気通信事業者協会はIMSI(International Mobile Subscription Identity)と呼ばれる加入者識別番号を通知することを提案。IMSIはSIMに登録されている番号で、世界的に使われている一意なものでもあることから、これを通知することでいたずら通報防止に役立てる訳だ。
総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第7回会合の電気通信事業者協会提出資料より。緊急通報の発信だけを可能とするローミングは電話番号を通知できないことから、その代替としてIMSIを通知することが検討されている
ただそのためには、通常IMSIを使用しない緊急通報受理機関や固定回線側のシステムを変える必要が出てくるだろうし、端末側にも一定の対応が必要になることから、仕様を決めてから1〜2年後に発売される機種からの対応になると見られている。それゆえ議論の中では、出来る限り既存端末への対応も要求する声も多く挙がっていた。
行政が進めるいずれの方式も実現に一定の時間がかかる様子が見えてきたことから、少なくとも1、2年の間は個人で予備回線を用意するというのが通信障害時の現実的な備えとなりそうだ。ただ個人に負担に負担をかけることなく、通信障害時も手元の端末を通じて緊急通報など最低限の通信を確保する取り組みは必要不可欠なだけに、行政側の非常時ローミング、そして緊急通報のみのローミング実現に向けた取り組みは今後も積極的に進めてもらいたい。