『グッモーエビアン!』などの山本透監督が、東日本大震災から10年後の宮城県を舞台に、誰にでも起こりうる出会いと別れ、誕生などを描く感動作『有り、触れた、未来』が、現在全国で公開中です。

本作は原案である書籍「生かされて生きる−震災を語り継ぐ−」から読み取れるように“東日本大震災”が大きなキーワードのひとつとなっていますが、2020年初頭に始まったコロナ禍を受け、山本監督の実体験や、今の日本に暮らすべての人々へのメッセージがつまっています。

人々のコミュニケーションは大きな変化を余儀なくされ、遠く・薄くなりつつあるなか、「力強い言葉で、人々の記憶に残る映画をスクリーンに届けたい」という山本監督にお話をうかがいました。

■公式サイト:https://arifuretamirai.wixsite.com/home/ [リンク]

●本作制作のきっかけは、監督の個人的な体験だったそうですね。

コロナ禍の最初、2020年頃、大林宣彦監督や家族、映画人など、大切で身近な人たちが次々に亡くなっていきました。日本の自殺率はリーマン・ショック以来の上昇をし始め、当初は自殺を止めたいということばかり考えていたのですが、映画の公開までにコロナ禍の影響が長くなり、ウクライナ侵攻も始まりました。去年は24万人の不登校児童がいると発表され、これが過去最多です。ご存じのように、出生率も低いですよね。あまり積極的に報道されていないことばかりだけれども、世の中はとてもよくない状況がずっと続いているんです。

僕がこの映画を撮ろうと動き出した2020年当時、最初は商業でやろうと思ったんです。でも大手は有名な原作ではないし、東日本大震災が絡んでいること、コロナ禍が収まってからでないと何もできないのではないか、など、消極的な言葉や反応ばかりでした。

●あの当時は、映画界もコロナ禍の影響を色濃く受けていましたよね。

親しい映画人からも、その短期間で映画を制作するのは「絶対無謀だよ」と言われました。資金が集まるわけないと。やはり2年くらいしっかり準備したほうがよいと。

でも、だんだんと突破口が見えてくると言いますか、僕と同じように時代はよくない状態だと感じている人がたくさんいたんです。そこにつながり始めたら、賛同してくれる動きが起こり、支援が一気に集まりました。

●主演の桜庭ななみさんを始め、著名な俳優さんたちも参加しています。

まさしくポスターのイメージがそうなのですが、表現者たち、支援者たちの力を束ねて、今この夜明け前の時代をみんなの力で世を明るくしていく、太陽の光を浴びるようなエネルギーを、みんなの力を束ね、世の中に放とうと、たくさんの人たちが協力してくれました。

●『有り、触れた、未来』というタイトルも、作品を拝見した後だと意味が分かり、感動が起こりますよね。

今の子どもたちは、どういう価値観を持って世の中と接して行けるのか、なんですよね。ディスタンスを強いられ、コミュニケーションに問題が生じている。コロナがおさまった後、どういう道を選択するのか。本来、本質的なところではこのタイトルが表すように、目の前にあって触れていくということが、コミュニケーションの核だと思います。それを、もう一度取り戻さないといけない、と大きな声で言いたかったんです。

もしも今、次の別の災害が起ったら我々はどうするのか。言いたいことが有りすぎたので、たくさんの登場人物を出しました。

●たくさんの人たちが出てくるので、観ている人たちは誰かに感情移入しますよね。ワンメッセージではあると思うのですが、それをみんなで同じように受け止めることをしなくていいという寛容や優しさを感じました。

僕自身の大切で身近な人が次々と亡くなってしまった体験で、全方位的に網をかけるイメージになったんです。ここから先は絶対に行っちゃダメ! という思いですよね。だからひとつの家族が何かを乗り越える物語ではなく、いろいろな物語がないといけない。伝えていることは同じなのですが、いくつかの違う角度から届けたかったんです。

たとえば前進あるのみと言う言葉が届いても、前進できない人には苦しみでしかない。立ち止まっている人にも「大丈夫だよ」と言える情報を作るために、物語がたくさん必要でした。ただ、すべて縦と横の糸で微妙につながっていて、最終的に1つの物語となり、それが未来に対して生きる力、希望になっていく。そのエネルギーが、スクリーンから届くと信じています。

■ストーリー

彼氏を事故で失った、元バンドマンの女性(桜庭ななみ)。30歳を過ぎても、ボクシングを続けるプロボクサー(松浦慎一郎)とその妻(金澤美穂)。1分1秒でも長く生き、娘の結婚式へ出席したい、末期癌と闘う女性(仙道敦子)。将来に不安を感じながら「魂の物語」を演じる若い舞台俳優たち。そして、自然災害で家族を亡くし、自殺願望を抱く中学生の少女(碧山さえ)。妻と息子を亡くし少女の父親(北村有起哉)も生きる希望をなくしていたが、傷ついた娘のために、再び生きることに立ち向かいだす。そんな二人を懸命に支える年老いた祖母(手塚理美)、優しい親友(鶴丸愛莉)と担任教師(宮澤佑)。たくさんの人々の想いを受けて、少女の心は、少しずつ変化し始めるー。

全ての登場人物が抱えている問題は、角度は違っても全て「命」と向き合った物語。いくつもの物語が、複雑に折り重なり、それぞれの人生が交錯する。「支え合い、分かち合い、何度でも立ち上がる」それは、「ありふれた物語」であると同時に「有り、触れられないモノ」の哀しさと「有り、触れられるモノ」の尊さを教える。

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(執筆者: ときたたかし)