●外に飛び出して「日本テレビに還元できたら」

Netflixで配信中のバラエティシリーズ『名アシスト有吉』。企画・総合演出を手がけるのは、これまで『有吉ゼミ』『有吉の壁』と有吉弘行の冠番組を手がけ、昨年いっぱいで日本テレビを退社した橋本和明氏(WOKASHI)だ。

近年、テレビ局から著名なクリエイターが独立するケースが増えているが、「テレビは全然終わったと思ってないです」と語る橋本氏。それでも新たなフィールドに飛び出した理由とは――。

日本テレビを退社したNetflix『名アシスト有吉』企画・総合演出の橋本和明氏

○■“マスの心を捉える”マインドでもっと幅広く仕事を

テレビ局の社員を辞めるという選択をした背景について、「この2〜3年、2.5次元俳優さんと舞台を作ったり、インフルエンサーの人たちと『ひまつぶ荘』という番組で仕事をしたり、日テレで好きなことをいろいろやらせてもらったんです。そうするうちに、テレビクリエイターの幅がどこまであるのかというのを、自分の中で探究したいという気持ちが大きくなっていきました。テレビが培ってきた“マスの心を捉えるもの”を作るというマインドで、もっと幅広く仕事ができるんじゃないかと思ったんです」と明かす橋本氏。

その上で、「もっと外のことも自由にやりたいし、それをやることで後輩のテレビマンとか、これから業界に入ってくる人たちが将来何をしていけばいいのかというヒントにもなると思うんです。テレビをやりながらこんなことをやっていいんだと幅を広げておくことを、ある程度のキャリアの人たちがやるべきだと思って、思い切って会社に相談しました」と行動に出た。

日テレ側としてみれば、人気番組を手がけるクリエイターの流出という形になるが、「大好きな先輩方が親身になって何度も相談に乗ってくれて。最終的に『有吉ゼミ』の演出と、『有吉の壁』の監修を続けさせていただくことになりました。いまはWOKASHIという会社として、日本テレビとお仕事をしています」と、良好な関係性を構築。

それだけに、「外で見たことや感じたものを少しでも日本テレビに還元してお役に立てたらうれしいです。テレビの外に出たから作れる企画も、どんどん提案したいですね」という思いも抱いている。

●テレビの発想をどう生かして形を変えられるか

この1年で、テレビ局の著名なクリエイターの退社が続いていることから、「テレビ局を辞めるのは、“テレビがオワコンになりつつあるから”っていう文脈で語られがちなんですけど、僕、テレビ大好きで全然終わったと思ってないんです。オワコンなんてことはないと思うし、そんな未来が待っているわけがない」と強調。

「テレビほどエンタテイメントを一生懸命作り続けているメディアって他にないと思うんですよ。だから、まだまだ日本においてエンタテイメントの中心であるテレビが、他のメディアとどうアライアンスを組んでいくか、プラットフォームとどうアライアンスを組んでいくか。テレビの発想をどう生かして形を変えられるかというのを考えていきたいと思ってるんです」と、テレビ局出身のクリエイターという立場を生かして新たな仕事に臨む意識だ。

その取り組みの1つとして、『名アシスト有吉』では、インフルエンサーの伊吹とよへ、ウンパルンパ、桜、水野舞菜、SHIGEが、番組内に登場する高速マシュマロキャッチ、流し酢うどん全食い(『アンミカって200色あんねん』より)、足つぼ長縄跳び(『2代目GENERATIONS オーディション』より)、DOKI DOKIクッキング(『IKKOのDOKIDOKIクッキング』より)、1文字ろうそく消し(『東京さまぁ〜ずゲーム』より)といったゲームに挑戦する「名アシスト超え選手権」を、21日21時からTikTokLIVEで実施する。

実際に撮影して、「『若い世代は芸人さんと違ってこういうふうにリアクションするんだ』とか、『彼らにとって“面白い”とはこういうことなんだ』とか、編集の仕方1つとっても『こっから見せるんだ』とか、すごく新鮮ですね」と発見があったそう。

また、「新しいSNSへのアプローチというのを一緒に考えて作っていったんですけど、そもそもバラエティのPR方法って、あまり確立されていないと思うんです。映画やドラマだったら、出演者の顔ぶれや演技、ストーリーラインを見せて、“見たい”という気持ちに訴えかける手法だと思うんですけど、バラエティの場合、どうやったら“面白そう”と伝えられるのかが結構難しくて。今、特に若い子は、TikTokなどで好きなものを選んで見るという感覚があるから、“PR”と分かると途端に避ける人が多くて届きづらい。そこで、若いクリエイターと組んでTikTokというプラットフォームでメインにやることで、『こんな番組あるんだ』と気づいてもらえる施策にしたいと考えています」と期待を込める。

さらに、公式のハイライト映像を、インフルエンサーたちがTikTokに投稿するという試みも展開。「TikTokを見てたら、『名アシスト有吉』の映像がすごい流れてくるみたいなことを起こそうというものです。画が強くて短い尺で伝わる映像が多いから、ここからちょっとNetflixを見てみようという新しい流れができれば」と狙いを明かした。



○■次世代クリエイターがマスで力を発揮するには

「急速にエンタテイメントの享受の仕方が変わってきて、時間の感覚も使うメディアもどんどん変わっている中で、どうやったらコンテンツを届け続けられるのかというのは、急いで解かなきゃいけない問いだと思うんです。これからもっとコンテンツの量が増えていく中で、SNSといかに“共犯関係”を作っていけるかというのが、今後プラットフォームに問われることになると思うので、どうやってリーチして気づいてもらえるかというのを一緒に考えています」と、新たな試みに取り組んでいる橋本氏。

日テレ在籍時に『ひまつぶ荘』を立ち上げたときから、「次世代のクリエイターと、テレビのようなマスメディア、Netflixのような大きなプラットフォームをつなぐものは何だろう、彼らのクリエイティブがフルパワーで発揮できるコンテンツはどうやったら作れるんだろうというのが、ずっと考えている課題なんです」と認識を持っていた。

その上で、「SNSで自分の好きなものを作って公開して称賛や注目を浴びるのと、マスのエンタテイメントの二極化になって良いのかと。そこをつなぐ間に何かできることがあるのではないかと考えていたので、今回の試みはそのチャレンジでもあるんです」と力説。「他にも、いろいろ準備をしているので、今後形になったものがいっぱい出てくると思います」と予告している。

●テレビ黎明期のように…ワクワクを最前線で味わいたい

頭の上でフラッシュコットンを激しく燃やすバイきんぐ・小峠英二=Netflixコメディシリーズ『名アシスト有吉』独占配信中

元日に日テレ退社を対外的に発表してから、各方面から仕事のオファーを受け、いまも今年公開の様々な作品を準備しているという。その中で感じたのは、「クリエイティブというものが、いろんなところにまだ足りてないんじゃないか」ということだった。

「技術の進化が著しいデジタル領域においては、特に感じるんです。アンドロイド(=人型ロボット)で新しいクリエイティブを作れないかという話をプロデューサーとして、そこから生まれたのが『マツコロイド』だったように。いろんなテクノロジーが生まれたときに、それに付随して新しい表現が生まれるのではないか。他にも、TikTokクリエイターの力を作品として昇華するにはどうすればいいのか、スマホで見るバラエティって何なのだろうとか、解かなければいけない問いがたくさんある。今は、その答えをみんなが探して霧の中にいるみたいな感じがします」

日テレを退社したのは、その環境で“先頭に立ちたい”ということも、大きな理由の1つだ。

「キツいことはあるけど、そこに出ていくってすごくワクワクするし、面白いじゃないですか。今しか味わえない感覚だと思うし、きっとテレビ局ができたときの人も、そうやってワクワクしていたと思うんです。テレビという新しいテクノロジーができて、これをどうやって面白がるのかって、大先輩たちはワクワクしながら発明していた時代があると思うんですけど、そのワクワクをもう1回体験できる環境にあるのだから、最前線で味わいたいと思ったのが、日テレを辞めた理由の1つでもあります。この機会を逃したらもったいないですから」

その“ワクワク”は、インフルエンサーのような若い世代と一緒に仕事をすることでも、味わっているのだそう。「みんなキラキラしてて、“自分の人生を生きてる”という感じが伝わってきて、うらやましいんですよ。『梨泰院クラス』とか見てると、若い起業家の人たちがみんな楽しそうじゃないですか。だからそこに“いっちょかみ”したいという思いもあります(笑)」と冗談めかしながら、目を輝かせて語った。

○■コンテンツの質が厳しく問われるように…制作者にとって健全な時代へ

テレビ局を離れて改めて感じたのは、「テレビって基本的な能力が培われるから、エンタメを志望する人は、テレビを必修科目の1つにしたほうが良いんじゃないかと思うんです。こんなに時間とお金とみんなのパワーを使ってエンタテイメントを作っているメディアは他にないですから」。それを踏まえ、「僕はバラエティを作っていて、今、すごくいい時代になってきてるなと思うんです」と切り出し、今後の制作者のあり方を見据える。

「今、視聴者がだんだん“理由のあるもの”しか見なくなってきてるんですよね。ニュースになったものを見るとか、面白いと分かってるから見るとか。だから、何となく作ってる番組が、なかなか選ばれなくなってきている。それは、作り手にとってすごく健全なことだと思うんです。視聴率をとるには、テクニカルなところもあると思うんですけど、それだけをやっていたら選ばれるコンテンツにはならない。Netflixやいろんなプラットフォームが日本でコンテンツをどんどん作り出すことで、コンテンツを作る上でのハードルやアイデアの質がより厳しく問われるようになってきたから、そういう競争はあって良いのではないかとすごく思います。作り手にとってはすごく苦しいことだし、めちゃくちゃキツいことなんですけど、それが日本のコンテンツ産業の競争力を高めることにもなっていくんだろうと思うんです」

そんな橋本氏が、今一番やりたい仕事として挙げたのは、コント。東大落語研究会時代、有志で「コント集団ナナペーハー」を立ち上げた同氏にとっての原点だ。

「コントって企画を決めるときの根拠がないんですよ。『僕も演者も頑張ってたくさん人気が出て、3年後に夢のようなコンテンツにします。つきましては、しばらくコントやらせてください!』って言うしかなくて、ロジカルに説明できるものではないんですよね。だから、どこかの誰かがこの記事をご覧になって、『コントやってもいいよ』ってお金を出してくれる人がいて、すぐご連絡いただければ、すぐ作ります(笑)。それがかなえられるように、まずはこの2〜3年頑張って修行したいと思います」



●橋本和明1978年生まれ、大分県出身。東京大学大学院修了後、03年に日本テレビ放送網入社。『不可思議探偵団』『ニノさん』『マツコとマツコ』『マツコ会議』『卒業バカメンタリー』『Sexy Zoneのたった3日間で人生は変わるのか!?』などで企画・演出、18年・21年の『24時間テレビ』で総合演出を担当。『寝ないの?小山内三兄弟』『ナゾドキシアター「アシタを忘れないで」』『あいつが上手で下手が僕で』などドラマ・舞台の演出も手がける。22年12月末で日テレを退社し、個人会社「WOKASHI」を立ち上げてフリーに。現在は『有吉ゼミ』で演出、『有吉の壁』で監修を務めながら、テレビの他にもNetflix『名アシスト有吉』といった配信コンテンツ、広告、舞台の企画・演出を手がけていく。