4回途中から3番手で救援したスン・ハイロン【写真:荒川祐史】

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WBC世界の投手たちをピッチングストラテジスト・内田聖人氏が分析

 いよいよ開幕した野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。「THE ANSWER」では、多くのプロ野球選手を含め400人以上が参加するパフォーマンスアップオンラインサロン「NEOREBASE」を主宰し、最速155キロを投げる自身を実験台にしてピッチング理論やトレーニング理論を発信するピッチングストラテジスト・内田聖人氏が、独自の目線で世界の投手を分析する。今回は中国代表のスン・ハイロン投手。9日の「カーネクスト 2023 WORLD BASEBALL CLASSIC 東京プール」1次ラウンド・日本戦に4回途中から3番手で救援し、5四死球を与えながらも2回無安打無失点と力投。三振が少ない近藤健介外野手や源田壮亮内野手から見逃し三振を奪ってみせた。いずれも投じたのは120キロ前後のチェンジアップ。19歳の若手右腕が才能を光らせた“妙技”を内田氏が分析した。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 中国で印象に残ったのが3番手で登板したスン・ハイロン投手でした。日本では三振が多くない打者として知られている近藤健介選手、源田壮亮選手の2人を割とあっけない感じで見逃し三振。日本ではあまり見られない光景だったので印象的でした。ともに決め球に使ったのはチェンジアップです。

 もちろん、何試合も投げていくと日本レベルの打者ならば対応すると思うので、あくまで初見の一発勝負という条件ありきではあります。投球の半分くらいがチェンジアップ。一部ではフォークと表示されるところもありましたが、明らかにシンカーもしくはチェンジアップの握り、リリースや回転でした。日大三高で2011年夏の甲子園で優勝し、自分の早大野球部の同級生だった吉永健太朗の投げたシンカーのようでした。

 打者からすると、球速帯が日本の投手のチェンジアップより10キロ以上は遅い。だから、シンプルな自由落下で凄く落差があるように感じる。初見という前提があるとはいえ、右のオーバーハンドから投げる人が少ないサイドスピンが強いシンカー系の球を、恐れるものがないからどんどんとボールゾーンからストライクに入れてくる。球種自体は違うものの、ボールゾーンから落とす球でカウントを取る点では、昨年のオリックスの中継ぎ陣が投げていたフォークのような使い方でした。

 スン投手はスロー映像で確認すると、人差し指の内側と中指の腹を使って滑らせるようにしてシュート方向のサイドスピンをかけています。これ自体は難しい技術。左打者にとって、逃げながら落ちる球はなかなか頭にない。だから、近藤選手、源田選手の見逃し三振にもつながったのだと思います。

 なぜ、シンカー系の軌道が難しいかというと腕の構造が大きいと思います。上手投げ投手が、リリース時点で肩を内旋、腕を回内するようにしてシュート成分を作り出すのは簡単ではありません。センスという言葉で片付けてはいけませんが、肩肘の関節が柔らかい若い年代の投手が投げられる印象があります。投げるという動作には肩、肘、手首、指など、多くの関節が絡んできます。実際、アマチュア野球でもプロ野球選手が投げないような変化量のシンカーを投げるピッチャーが稀にいるんです。

 しかし、劣化・退化ということではなく、関節の柔らかさはどうしても成長に抗えない部分がある。スン投手が19歳という若さだった部分も大きいと思います。ゆくゆくは投球スタイルを変えなければいけない時が来るかもしれませんが、これだけの大舞台で2イニング無失点に抑えたのは見事でした。

やれることを徹底的にやり抜き、中盤まで接戦に持ち込んだ中国投手陣

 中国の投手陣全体として見ると、日本の投手陣の方がレベルは高いと思います。パワーがありながらしっかりと変化球も決められる投手が日本には多いのですが、中国はどうしても球速がそれほど出てこない中で、日本の投手のように高めに真っすぐを突き刺して押すのではなく、低めにしっかりと球を集めて自分のスタイルに合った投球をしていました。しかも、自然と真っすぐがちょっと落ちる。それが効いて、吉田正尚選手が膝をつくようなファウルを打っている場面もありました。

 自分が投げられる球の中でどうやって日本打線を抑えるか徹底的に研究していたし、やれることを徹底的にやってきた。コントロールを乱してしまった投手もいましたが、結果的に途中まで接戦に持ち込めたのは、そういう理由も大きいと思います。だから、メジャーリーグや日本の投手からも学べることは凄く多いですが、アマチュアの選手も自分たちより強い相手にどう向かっていくかというスタイルは、今日のような中国代表から学べることもあったと思います。

■内田聖人 / Kiyohito Uchida

 1994年生まれ。早実高(東京)2年夏に甲子園出場。早大1年春に大学日本一を経験し、在学中は最速150キロを記録した。社会人野球のJX-ENOEOSは2年で勇退。1年間の社業を経て、翌2019年に米国でトライアウトを受験し、独立リーグのニュージャージー・ジャッカルズと契約。チーム事情もあり、1か月で退団となったが、渡米中はダルビッシュ有投手とも交流。同年限りでピッチングストラテジストに転身。2020年に立ち上げたパフォーマンスアップオンラインサロン「NEOREBASE」は総勢400人超が加入、千賀滉大投手らプロ野球選手も多い。個別指導のほか、高校・大学と複数契約。今も最速155キロを投げる。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)