鈴木なな子が明かす女子プロボクサーの体重管理術とは【写真:松橋晶子】

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THE ANSWER的 国際女性ウィーク6日目「女性アスリートと体重管理」鈴木なな子インタビュー後編

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「スポーツに生きる、わたしたちの今までとこれから」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場し、これまで彼女たちが抱えていた悩みやぶつかった壁を明かし、私たちの社会の未来に向けたメッセージを届ける。6日目はプロボクシングの日本女子ミニマム級王座に君臨した鈴木なな子(三迫)が登場する。

 テーマは「女性アスリートと体重管理」。体重が軽いと有利とされる競技では厳しい減量を求めるあまり、無月経、疲労骨折、摂食障害などの健康障害が引き起こされる例が少なくない。階級別のスポーツとして男女ともに17つにクラスが分かれ、体重管理が競技の前提として成り立っているボクシング。高校3年生でプロデビューし、「女子高生ボクサー」として注目を集めた鈴木は、キャリア通算9試合の減量をこなしながら、ミニマム級(47.62キロ以下)で日本チャンピオンを経験している。

 後編は、今回のテーマである体重管理について。大学の卒論で「減量とパフォーマンス」を研究した鈴木。試合前は1か月で6キロを落とすルーティンを明かし、女性アスリートは避けられない減量中の月経とコンディショニングについて自身の体験や考えを語ってくれた。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

 大学4年生の12月、ボクシングの日本ミニマム級王者に上り詰めた鈴木なな子が、同時期に卒論を書いていた。

 テーマは「減量とパフォーマンス」。

 立大のコミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科に在籍。研究を2万字を超える内容でまとめ、卒業した。

「競技で必ず減量はついてくる。最低限の知識は知っておかないとダメだと思って書きました。アルバイトでキックボクシングジムのトレーナーもやっているので。内容としては、ナチュラルウエイトで試合に出るのと、きつい食事生活で減量して試合に出るのでは、どちらがパフォーマンスに有効か、脳の回路の動きが良いか、というもの。論文を引っ張り出したり、ジムの人たちに聞いて回ったりして、減量しているチームの方が動きが良いという結論を出しました」

 それほど体重コントロールに関心が強い鈴木に自身の減量スタイルを聞いた。

 ベースは「試合前1か月で6キロ」。身長157はセンチ。体重53キロ台からミニマム級のリミット、47.62キロ以下に落とす。

「女子選手としては(減量幅は)多い方ですが、それは普段、私がめっちゃ食べているので。ちょっと調整をすれば、すぐに落ちるので。男子が1か月で6キロを落とすのとは違います」と言うものの、減量はボクサーの使命。計量で体重超過を犯せば、興行が成り立たず、ボクサーとしての信頼が失墜する。それほど競技における体重コントロールは大切なものだ。鈴木も高校3年生でデビューして以来、キャリア9戦、自分の体と向き合ってきた。

 減量期の基本は、ジムワークとランニングなどの有酸素トレーニング。食事は1日3食。実家暮らしだが、家族とは別に自分で食事を用意する。

 その日の練習による消費カロリーも考えながら、1日で多くて1600キロカロリーを摂る。油ものは避けるなど、配慮しながら「朝と昼は500キロカロリー、夜は600キロカロリー」。20代の女性は1700〜2000キロカロリーが目安とされており、運動量を考えれば体重は減っていく。

 体重計は朝と夜の1日2回。2週前になると、練習前も加えて3回に。減量中は常に空腹。ガム、炭酸水、蒸し野菜を食べるなど工夫する。試合前日にある計量前は、意図的に脱水状態にして体重を落とす“水抜き”を行う。鈴木の場合は岩盤浴で汗を出し、仕上げの1.5キロを落とす。

「基本は毎日同じカロリーを摂っているけど、落ち良い日と悪い日はある。それでも、今まで減量で失敗したことはないので、うまくやれていると思います」

 鈴木の話を聞いていて、大切に感じることは2つある。

自らかけるブレーキ「これ以上は壊れちゃうと感じたら絶対無理しない」

 一つは数字に縛られ過ぎないこと。鈴木の体重管理は、良い意味で“大雑把”である。

「最初だけカロリーはきっちり計算してお米の量も計りますが、だいたい自分で把握できてきたら、あとは目分量。気にしすぎると、私自身のストレスになっちゃうから。“だいたいこのくらい”みたいな感覚です。女子の場合、生理によって全然落ちなくなる時もありますから」

 女性アスリートの減量は、体重が軽いと有利とされる競技の場合は特に、追い込みすぎて長期的な無月経、疲労骨折といった心身の不調が出やすい。フィギュアスケートや陸上長距離などが例として挙げられる。鈴木も実際に身近な女子ボクサーで摂食障害になった人がいるという。

 鈴木がこだわるのは、ストレスを溜めないこと。当たり前に聞こえるかもしれないが、簡単で難しいことだ。

「それが、本当に大切ですね。精神的なものは練習中の動きにも影響しちゃうから。摂食障害になった人の話を聞いても、本当にどこが引き金になるか分からない。もしかしたら、自分もなっちゃうかもしれないし……そういうことは常に考えながら、減量については考えています」

 インタビューの間、何度も「ストレス」というワードを繰り返していたのが印象的だった。

 もう一つは自らブレーキをかけること。女子ボクサーも生理は避けて通れない。

「私もストレスが溜まると生理が止まったり遅れたりします。減量はただでさえストレス。食事も減らすので栄養も足らない。でも一時的なもので、原因も分っているから割り切れる。その分、体調が良くなければ気にせず、練習も帰る。無理そうならやらない。結局、怪我しちゃうから。生理はボーっとしたり、眠くなったりするので」

 試合が迫れば、少しでも技術や体力を向上させるために追い込みたい気持ちは自然。しかし、勇気を持って線引きをする。鈴木はコンディションが整わなければ、オーバーワークになりやすいジムワークは避け、区が運営するスポーツジムでバイクを漕いだり、軽くランニングしたり、うまくコントロールしている。

「生理もはっきりと言います。『生理なので、帰ります』って。(トレーナーも)男性だと何も言えないので、それもそれで楽です。私の場合は特に何も言ってくれなくていい。『帰ります』『分かった』だけ。とにかく割り切る。“無理はするけど、しない”みたいな。これ以上行ったら壊れちゃうと感じたら、絶対無理はしません」

 一度だけ教訓になった経験がある。

「試合を終えて、次の試合がいつ決まるか分からないから、同じペースで(食事を)抑えていたんです。そうしたら、本当に生理が来なくなってしまって。結局、戻るまでに半年くらいかかりました。そういう経験があったから、減量期間とそうじゃない期間は、はっきりと分けて食事も好きなものをたくさん食べます」

 試合を終えると、鈴木のインスタグラムにはチーズカレー、パスタ、ハンバーガーなど美味しそうなグルメの写真が並ぶ。「前回の試合後は夜遅くて店もやってなかったので、家族で行った吉野家でチーズ牛丼の大盛りを……。お母さんが食べきれない分も食べました(笑)」。オン・オフの切り替えができている証拠だ。

 その分、「試合前1か月で6キロ」という減量幅が生まれるが、しっかりとした自己管理で毎試合コンディションに不安なく、リングに立てている。

プロボクサーにとって減量は「試合をするための手段であり、過程の一つ」

 もちろん、これらは鈴木個人の話。人それぞれに対処法があるのは断っておく必要がある。

 女性アスリートにとって、強くなることと健康を守ることのバランスは難しい。しかし、プロボクサーにとって、減量は仕事の一環。鈴木も「試合をするための手段であり、過程の一つ」と表現する。「減量しなきゃ試合はできないし、減量したら確かに動きは良くなるので」と話した。

 彼女の場合は自分をよく知り、自分で思考し、何事も判断する習慣がある。それは体重管理を除いても、アスリートとして、大切な資質である。

 こうした競技生活を送りながら、日本チャンピオンになり、次はアジア女王を目指している鈴木。高校3年生でプロデビューしておよそ5年、少しずつ女子ボクシングを取り巻く環境は変わりつつある。「女子ボクシングがもっと広まっていってほしいです」と、さらなる競技の発展を願っている。

「やっぱり、まだまだ男女の環境の差は感じるので。昔から男の人がやっている競技だから仕方ない部分はありますが、男女でこんなに扱いが違うんだと思うことも多い。女子には(リング上の)華やかさがあるし、1ラウンド2分だから試合展開もすごく速いから、そこも面白いと思います。

 いずれは(男子メインの)興行のセミファイナルに組み込まれたり、Amazonプライムビデオの中継に女子が組み込まれたり、そういう存在感になっていけばいいなって。そのために私も実力はもちろん、メディアに出さていただく機会を大切に人の目に触れる機会を増やしていきたいです」

【ボクシング・鈴木なな子が「新しい一歩を踏み出す時に大切にしていること」】

「私は良くも悪くも周りに流されやすいんです。でも、そういう自分の性格が自分で分かっている。だから、やるとなったら一番厳しいだろうと思う環境に自分で自分の身を放り込む。そうしたら(自分の性格上)やっちゃうから。三迫ジムを選んだのも、当時は女子が誰もいなかったけど、(男子で)強い選手がいっぱいいた。トレーニングも厳しい環境というのを知っていたから、あえてそこに自分の身を放り込んだ。それが今となっては良かったんだと思います」

 ※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「新しい一歩を踏み出す時に大切にしていること」「今、『変わりたい』と考えている女性へのメッセージ」を聞き、発信しています。

(THE ANSWER的 国際女性ウィーク最終日は「女性アスリートの月経とアンダーウェア」、陸上・福士加代子が登場)

■鈴木なな子 / Nanako Suzuki

 1999年7月8日生まれ。東京・板橋区出身。4歳からフルコンタクト空手を始め、成立学園高(東京)2年で全関東大会女子軽量級優勝。その後、課題だったパンチを鍛えるため高校1年から始めていたボクシングに転向した。ワタナベボクシングジムに入門し、半年でプロテストに合格。高校3年の2017年5月、児玉このみにデビュー戦判定勝ち。立大進学後、3年生だった2020年に三迫ボクシングジムに移籍。4年生となった2021年12月、通算8戦目で瀬川紗代を判定で破り、日本ミニマム級王座を獲得。2022年8月に初防衛を果たし、9月にアジア王者を目指して王座返上した。通算9戦7勝(1KO)2敗。身長157センチ、リーチ160センチ。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)