星形成領域に存在するマイナス263℃の氷の組成を分析 ウェッブ宇宙望遠鏡を使用
【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ(NIRCam)で撮影された分子雲「カメレオン座I(Chameleon I)」の中央領域(Credit: Image: NASA, ESA, CSA; Science: Fengwu Sun (Steward Observatory), Zak Smith (The Open University), IceAge ERS Team; Image Processing: M. Zamani (ESA/Webb))】
こちらは、地球から約630光年離れたところにある暗黒星雲「カメレオン座I(Chamaeleon I)」の中央領域を捉えた画像です。カメレオン座Iは星形成領域「カメレオン座分子雲(Chamaeleon complex)」にある分子雲の1つで、数十個の星が形成されつつあるといいます。画像の中央左上には若い原始星「Ced 110 IRS 4」(オレンジ色)があり、分子雲を構成するうっすらと広がった低温の物質(青色)が原始星の放射する赤外線によって照らし出されています。
この画像は「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡の「近赤外線カメラ(NIRCam)」で取得したデータ(赤外線のフィルター2種類を使用)をもとに作成されています(※)。ライデン大学の天文学者Melissa McClureさんを筆頭とする研究チームは、ウェッブ宇宙望遠鏡によるカメレオン座Iの観測データをもとに、分子雲の最も暗い領域に存在する多様な物質の氷を検出することに成功したとする研究成果を発表しました。
※…ウェッブ宇宙望遠鏡は人の目で捉えることができない赤外線の波長で主に観測を行うため、公開されている画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色されたものです。この画像では1.5μmがオレンジ、4.1μmが青で着色されています。
生命の居住可能な惑星が形成されるには、水分子をはじめ「CHONS」を含むさまざまな物質の氷が不可欠だと考えられています。CHONSとは炭素・水素・酸素・窒素・硫黄を指す言葉で、惑星の大気だけでなく、生命活動に関連した糖や単純なアミノ酸なども構成する重要な元素です。
カメレオン座Iに存在する氷の組成を調べるべく、ウェッブ宇宙望遠鏡のNIRCamや「近赤外線分光器(NIRSpec)」「中間赤外線装置(MIRI)」による観測データを分析した研究チームは、水分子、二酸化炭素、一酸化炭素、硫化カルボニル、アンモニア、メタンといった比較的単純な物質に加えて、より複雑なメタノールなどの物質を特定することに成功しました。氷の温度は約10ケルビン(およそ摂氏マイナス263度)で、これまでに測定された最も冷たい氷とされています。
ウェッブ宇宙望遠鏡や「ハッブル」宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、物質を特定するには至らなかったものの、研究チームはメタノールよりもさらに複雑な分子が存在する証拠も発見しました。この発見は、複雑な分子は氷が存在するような分子雲の奥深くで星の誕生よりも前に形成されることを初めて証明するものだとされています。
【▲ スペクトルを得るために使用された「NIR 38」および「J110621」の位置を示した図(Credit: Image: NASA, ESA, CSA; Science: Fengwu Sun (Steward Observatory), Zak Smith (The Open University), IceAge ERS Team; Image Processing: M. Zamani (ESA/Webb))】
研究チームは分子雲に潜む氷の組成を特定するために、カメレオン座Iの向こう側にある星(「NIR 38」および「J110621」)からの赤外線を分析しました。分子雲を通過してきた光を分光観測(電磁波の波長ごとの強さであるスペクトルを得る観測手法)すると、原子や分子が特定の波長の電磁波を吸収したことで生じる暗い線「吸収線」がスペクトルに現れます。吸収線を読み取ることで、分子雲にどのような物質が存在するのかを知ることができます。
研究に参加したSTScIのKlaus Pontoppidanさんは、これらの氷はウェッブ宇宙望遠鏡でなければ検出できなかっただろうと語っています。「このような低温の物質が高密度で集まる領域では背後からの星の光の大半が遮られてしまうため、星の光を検出して分子雲内の氷を識別するにはウェッブ宇宙望遠鏡の優れた感度が必要でした」(Pontoppidanさん)
【▲ 背景の星のひとつ「NIR 38」を利用して得られたカメレオン座Iのスペクトル(Credit: Illustration: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI); Science: Klaus Pontoppidan (STScI), Nicolas M. Crouzet (LEI), Zak Smith (The Open University), Melissa McClure (Leiden Observatory))】
ただ、今回検出された氷に含まれる元素の量は分子雲全体で予想される総量よりも少なく、特に硫黄は予想の1パーセントしか含まれていなかったことから、McClureさんは硫黄の大半がダスト(塵)や岩など氷以外の場所に含まれている可能性があると説明しています。研究に参加したサウスウエスト研究所(SwRI)のDanna Qasimさんは、生命を宿し得る惑星に硫黄がどのように組み込まれていくのかを理解する上で、硫黄の在り処を把握することが重要だと指摘しています。
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Image Credit: Image: NASA, ESA, CSA; Science: Fengwu Sun (Steward Observatory), Zak Smith (The Open University), IceAge ERS Team; Image Processing: M. Zamani (ESA/Webb) / Illustration: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI); Science: Klaus Pontoppidan (STScI), Nicolas M. Crouzet (LEI), Zak Smith (The Open University), Melissa McClure (Leiden Observatory)NASA - Webb Unveils Dark Side of Pre-stellar Ice ChemistrySTScI - Webb Unveils Dark Side of Pre-stellar Ice ChemistryESA/Webb - Webb Unveils Dark Side of Pre-stellar Ice ChemistrySwRI - SwRI-contributed study provides darkest view ever of interstellar icesUniversity of Bern - James Webb Space Telescope identifies origins of icy building blocks of life
文/sorae編集部