「握手会の経験は…活きてます」 アイドルから酒屋に転身した元NMB48高野祐衣の覚悟
アイドルグループNMB48元メンバーの高野祐衣さんは今夏、東京・西浅草に酒販店「ゆい酒店」をオープンし、自ら店頭に立っている。アイドルから酒屋へと異業種に転身した経緯とは? アイドルのセカンドキャリアをどう考えるか? 高野さんの店を訪ねた。
現在28歳の高野祐衣さんは、17歳の時にアイドルの道へ。2011年、秋元康氏プロデュースで大阪市難波を拠点とするグループ・NMB48に加入。その後、同じく秋元氏による吉本坂46の活動を経て、2021年に約10年間のアイドル生活に終止符を打った。
そして2022年7月、日本酒を中心に販売する酒屋を開店。女性や若手の杜氏が手掛ける銘柄を中心に取りそろえ、「日本酒の奥深さを伝えたい」と意気込む。ただ、アイドルと日本酒、このふたつが自然と結びつく人はそう多くないだろう。高野さんに話を聞く。
日本酒は飲めば飲むほど奥深い世界
――高野さんはいつ頃からお酒を好きになったんですか?
高野祐衣(以下、同) 両親も毎日晩酌をしていたので、遺伝もあるのかもしれません(笑)。といっても、20歳でお酒を飲み始めた当時はまだNMB48のメンバーとして活動中で、歌やダンスの練習、ライブにイベントと、とにかく忙しくて。いろんなお店に行ってじっくりお酒を味わうなんて余裕はありませんでした。きちんと飲酒をするようになったのは(笑)、アイドルを卒業しソロになってからですね。
――最初から日本酒が好きだったんですか?
ビール、サワー、ワイン、焼酎と何でも飲んでいて、特に日本酒派だったわけではなかったんです。グループ卒業後に所属した事務所でお世話になった方が新潟出身で、土地の魅力について教えていただき、テレビ番組のお仕事でも新潟ロケを何度かするうち、日本酒と関わっていくようになりました。
CS放送で冠番組を持たせていただいて、酒蔵を訪ね歩くうちにすっかり日本酒にハマってしまいました。そうなるとプライベートでも、居酒屋通いをするように。世田谷に常時100種類以上の銘柄をそろえている名店があって、飲みながらいろいろ教えていただけるので、通い詰めましたね。飲めば飲むほど、話を聞けば聞くほど、こんなにも奥深い世界なんだなぁと。
悩んだアイドル引退後のセカンドキャリア
――好きなもの・ことを仕事にすべきかどうかは誰もが悩むテーマ。どういう経緯で日本酒を仕事にしようと決めたんですか?
NMB48をやめたとき、私は22歳でグループ最年長でした。大卒ならば社会人1年目の歳ですが、アイドルの世界では「けっこう年齢いってるよね」という空気が漂っていましたし、私自身もピークを過ぎたような感覚がありました。
世間的にはめちゃくちゃ若いはずなんですけどね(笑)。アイドル以外に何もやってこなくて、大学も行っていないし、抜きんでた才能があるわけでもない。このままタレント活動を続けていくにしても、元NMBの肩書きがいつまでも使えるほど甘い世界ではない。だから、けっこう悩みましたね。何かひとつ、これ!とのめり込めるものを見つけたかった。
学生時代はバドミントンをやっていて、仕事を始めてからも一時期、ボルダリングジムに通っていたこともあったので、何かしら体を動かすことを仕事にしようかと考えたりもしました。でも、仕事にするなら本当に心の底から好きなことじゃないと続かないと思って。
――お酒は本当に好きだったんですね。
2018年に番組の企画で唎酒師(ききざけし)の資格を取得しました。そのとき、さらに自分で知識を深めていきたいと思って「SAKE DIPLOMA(酒ディプロマ)」にも挑戦しました。日本酒のソムリエともいえる資格で、暗記することも多くて。あんなに一生懸命に勉強したのは高校生以来でしたね。
2020年にその資格に合格して少し自信がついてきました。気がつけば、これまで飲んできた日本酒の味わいを記録したノートも4冊以上に。そんなタイミングで、去年、新潟の阿部酒造さんとコラボした日本酒をつくらせてもらったのですが、その際に酒蔵の方からいろんなお話を聞いたら楽しくて、本当に日本酒が好きだなと実感しました。それで仕事にしよう、日本酒業界に飛び込んでみよう、と決めました。
アイドルから経営者へ
――日本酒に関連した仕事といえば、イベントプロデュースやコラボ商品開発などもあると思います。酒屋を選んだ理由は?
単発の企画を続けていく選択もあったと思います。でも、私の中では大好きな酒蔵とお客さんをつないで、魅力を伝えていきたいという思いが大きかった。そのためにはどうしたらいいかを突き詰めていくと、酒販店を持つのが一番私に合っているという答えが出ました。
リスクは大きいです。だけど毎日お店に立ってお客さんと酒蔵をつないでいくことで、私の本気度も伝わっていくんじゃないかと考えました。屋号の「ゆい酒店」も私の名前の祐衣と“結ぶ”の意味が込められています。
酒蔵とお客さんをこのお店が結ぶという思いです。
――「ゆい酒店」は高野さんが社長をつとめ、現在、社員とともにふたりで切り盛りしていらっしゃいます。アイドルでの経験は活かされていますか?
経験が活きていることがあるとすればひとつだけ。コミュニケーション能力ですね。特に握手会では、初対面の方でも7秒くらいの間に何かしら話題を見つけて言葉をかけていました。何度も来てくださるファンの方は、前回話したことを覚えるようにしたり。10代の頃から数えきれないくらい握手会を繰り返しているので、相手をしっかり見て話す習慣は自然と身についていると思います。だから、接客もその延長線にあるような感じで仕事はとても楽しいです。
――日本酒の国内における売り上げが減少し続けている昨今ですが、日本酒業界を盛り上げていく上で、どんな展望を描いていますか?
日本酒は好みの味が見つかれば、必ず好きになってもらえるものと信じています。でも、それぞれの酒蔵がビールや焼酎のように大々的に広告を打てるわけではないので、実際に買って飲んでみようと思う機会があまりないのだと思うんです。日本酒の多くが無色透明で、SNS映えしづらいことも大きな原因のひとつかもしれないと思っています。
そこで、お酒を飲みたいと思う一番のきっかけって何だろう?と考えたとき、大人がおいしそうに飲んでいる姿を見ること、というのが私の行き着いた答え。「ゆい酒店」を拠点に接客を通して日本酒の魅力を伝えていく一方で、飲食店とのコラボや日本酒イベントにも積極的に関わっていきたいです。そこで、日本酒を飲んでいる大人ってカッコいいな、と若い世代の人にも感じてもらえるように、私自身も表に出て発信していきたいです!
後編ではそんな高野さんオススメの日本酒を紹介する。
取材・文/小林 悟
撮影/是永日和