1978年に発見された冥王星の衛星「カロン」は、冥王星と比べて直径は半分、質量は7分の1という極端な割合を持つことで知られています。惑星と衛星の比率が最大である地球と月でも、直径は6分の1、質量は81分の1であることを考えると、冥王星とカロンの極端さが実感いただけるかと思います。


しかし、カロンは地球から極めて遠くにあるために、発見以来しばらくはその性質についてほとんど何も分かっていませんでした。


【▲ 図1: 2015年にフライバイ探査を行ったNASAの探査機ニュー・ホライズンズが撮影したカロンの画像。色は強調されています。 (Image Credit: NASA/JHUAPL/SwRI) 】


この状況を打開したのが、2015年にフライバイ探査を行ったNASA (アメリカ航空宇宙局) の冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ」です。ニュー・ホライズンズはカロンの表面から約3万kmまで接近して、詳細な撮影を行いました。


この時に撮影された画像から、カロンは大雑把に北半球と南半球で異なる経歴を持つことが判明しました。北半球にある「オズ・テラ (Oz Terra)」と呼ばれる高地では、クレーターがよく保存されていることから、形成初期の頃から地質的な変化があまり起きていないと推定されています。一方で、南半球にある「バルカン高原 (Vulcan Planum)」は、オズ・テラと比べてクレーターに乏しい地域です。南北でクレーターの数が異なるのは、過去に南半球でアンモニアと水を主成分とする “マグマ” が大量に噴出し、表面を覆ったためだと推定されています。


カロンは分類上こそ冥王星の衛星ですが、直径は1212kmと、典型的な太陽系外縁天体の大きさを示します。そして、表面が詳細に観測された太陽系外縁天体は限られていることに加えて、上述の通り北半球のオズ・テラにはかなり古い時代の地質情報が保存されている可能性があります。このためカロンは、太陽系外縁天体の観測や研究の指標となる可能性があるのです。


【▲ 図2: ニュー・ホライズンズで撮影された画像に基づくカロンの地図。メルカトル図法なので引き伸ばされていますが、北極地域が全体的に赤く、他の地域と顕著に色が異なることが分かります。 (Image Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute) 】


ところでオズ・テラがあるカロンの北半球を見ると、赤茶色っぽく見える地域があることに気づくと思われます。これは「モルドールマキュラ (Mordor Macula)」 (Maculaは斑点の意味) と呼ばれており、ちょうどカロンの北極域を覆っています。他の地域は白っぽいのに、なぜここだけ色が違うのでしょうか?


モルドールマキュラは「ソリン (tholin)」と呼ばれる物質に覆われていると推定されています。ソリンは特定の組成を指す名称ではなく、窒素と炭素を含む高分子化合物の総称です。分子の大きさによって色が異なるため、ソリンの色は黄色から黒色まで幅広く変化します。ソリンは低温の天体表面では珍しくない存在で、例えば土星の衛星タイタンの大気が黄色っぽく、見通しのきかないモヤで覆われているのはソリンが原因です。


ソリンはメタンとアンモニアを原料に、太陽からの紫外線を受けて分解と化合を繰り返すことで生成されると考えられています。地球から観測した多数の太陽系外縁天体は、表面にメタンを持つことが観測されています。しかし、メタンは揮発して宇宙空間へと逃げやすい物質です。このため、太陽系外縁天体に見られるメタンは継続的に供給されているのか、それとも原始的 (形成初期に表面に存在したメタン) なものなのか、という問題がありました。


カロンの場合、もしモルドールマキュラが南極にあるならば、その近くにある火山がメタンの供給源であるとすぐに説明がつきます (※) 。しかし、モルドールマキュラは火山活動がない北極にあります。また、カロンと冥王星の距離は極めて近いため、冥王星の大気に含まれるメタンの一部がカロンに供給されます。したがって、モルドールマキュラの色の素となるメタンがどのような起源を持つのかは、謎に包まれています。


※…ニュー・ホライズンズの接近時、カロンの南極域はずっと日光に照らされていない極夜の状況でした。このため、南極がどのような状況になっているのかは2015年の探査では判明しておりません。


【▲ 図3: 今回の研究で推定された、モルドールマキュラの成因。地下からマグマとともに供給されたメタンは昇華によって極域まで移動し、そこでソリンへと変化します。 (Menten, et.al.) 】


パデュー大学のStephanie M. Menten氏らの研究チームは、カロンのモルドールマキュラを作ったメタンは、カロンの内部から供給されたものであるという推定結果をまとめました。そのプロセスは「カロンの地下から南半球表面への供給」と「南半球から北極への移動」の2段階に分かれています。


まず、研究チームはカロンの南半球を覆ったマグマの成分について検討しました。このマグマ噴出イベントは、爆発性噴火を伴わず、複数の火口からマグマだけを大量に噴出させるものであったと推定されています。これはちょうど、2億5000万年前の地球で起きた洪水玄武岩のようなイベントに似ていると推定されています。アンモニアと水のマグマはカロンの地下85kmから供給されたと推定されており、表面に噴出したことで生じた圧力低下と、水が先に凍ったことによる溶解度の低下から、マグマに溶けきれなくなったメタンが脱ガスしたと推定されています。アンモニアと水のマグマには、総量で1兆2900億〜3兆4700億トンのメタンが含まれていたと推定されています。


次に、研究チームはカロンの表面へ出てきたメタンが北極まで移動するのかを推定するために、メタンを昇華 (固体から液体にならず直接気体になること) する粒子であると仮定し、様々な緯度や季節を仮定してメタン粒子の移動をシミュレーションしました。これは、他の低温の天体で二酸化炭素がどのように移動するのかを分析する手法を応用したものです。カロンの大気は極めて薄く、事実上真空であると仮定できます。このような環境では、メタン粒子の移動は弾道軌道となり、初速度は昇華した際の温度に依存します。つまり、メタン粒子は温度が高ければ高いほど弾道軌道で遠くまで移動できますが、温度が高すぎるとカロンの脱出速度を超えてしまい、宇宙空間へと逃げてしまいます。


シミュレーションの結果、かなりの割合のメタンが両極に移動することがわかりました。両極はカロンで最も寒い地域であるため、冬にはそれ以上メタンが移動できないコールドトラップとして機能します。例えば北半球が冬の時期、メタンの97%は北極に移動し、宇宙空間へ逃げ出してしまうのは3%に限られます。北半球が夏になればこの移動は逆向きになりますが、いずれにしてもメタンの大半はカロンの表面に留まることがわかります。


南半球を覆ったマグマがどの程度の速度で供給されたのかについては判明していませんが、今回の研究では速度がほとんど影響しないこともわかりました。例えば、マグマの供給が100万年程度の時間スケールで起こった場合、両極に移動するメタンの氷の厚さは1.5〜2.5mm/年です。これが仮に1000倍長い10億年程度の時間スケールだった場合、供給量は1000分の1の1.5〜2.5µm/年になりますが、そのどちらをとるにしても、冥王星の大気に由来するメタンの供給量である0.3µm/年よりずっと多いためです。このため、モルドールマキュラを形成する素となったメタンは、カロンの地下から供給されたものが大半を占めることが明らかとなりました。今回の研究では、総計で厚さ9m分の氷を形成するメタンが両極に移動したと推定されています。


一方で、カロンの夏の両極はメタンの氷を昇華させるのに十分な温度まで暖まります。せっかく供給されたメタンも、夏場に昇華して逃げてしまえば意味がありません。一方で、日光に含まれる紫外線はメタンを分解し、より重い分子へと変化させます。重い分子は昇華しにくくなるため、夏場でもカロンから逃げ出さなくなります。いくつかのデータから、カロンの両極では1回の季節 (地球の100年程度の期間) で厚さ1.5µmのメタンの氷が分解され、重い分子に変化することがわかりました。これはメタンが宇宙空間に逃げ出すのを防ぐのに十分な変化率です。数千年から数百万年の時間が経つと、これらの重い分子は色のあるソリンへと変化していきます。


ところで、今回の研究では謎も残されています。モルドールマキュラの見た目は赤茶色をしていますが、本来はほとんど黒色になっているべきだと推定されます。これは、カロンにおけるソリンの生成プロセスが数十億年スケールと極めて長いためです。


なぜモルドールマキュラが黒くないのかについては、2つの理由が推定されています。1つは冥王星からのメタンの供給です。今回の研究の通り、モルドールマキュラのソリンの由来となったメタンは、過去の一時期にカロンの内部から供給されたものが大半を占めていると推定されていますが、それでもわずかながら冥王星の大気由来のメタンも混ざっていることになります。冥王星からは継続的にメタンが供給されるため、比較的生成年齢が若く、色の薄いソリンが混ざることで、モルドールマキュラの色は薄いままなのかもしれません。


もう1つは微小隕石の衝突による “ガーデニング” です。カロンの表面に微小隕石が衝突すると、水の氷が融けて耕されます。この作用によって表面がリフレッシュされることで、色が薄くなる可能性があるのです。ガーデニングプロセスは、単独で存在する太陽系外縁天体が赤っぽい色をしている理由として推定されています。冥王星という主星を持つ衛星のカロンでも同じプロセスが起きているのかは不明であるため、冥王星由来のメタンが混ざることとガーデニングプロセスのどちらが主因なのかは、今後の研究で明らかになることが期待されます。


なお、マケマケ、エリス、クワオアー、ゴングゴング、セドナといった太陽系外縁天体は、表面が赤っぽいことと、メタンの氷が存在することが判明しています。もしもこれらの天体がカロンと同じようにメタンを含んだマグマを内部に持っている場合、表面に噴出したメタンからソリンが生成され、赤っぽい表面を作る原因となっている可能性があります。また、これらの天体はカロンよりも遠くを公転しており、表面温度もカロンより低い状態が保たれています。このため、極域だけがメタンのコールドトラップになっているカロンとは異なり、天体の表面全体がコールドトラップとして機能している可能性があります。


一方で、オルクスや2003 AZ84のように、ほとんど無色で密度が低いと推定される太陽系外縁天体もあります。これらの天体は内部に固体または液体のアンモニアや水を多く含んだままであると推定されており、メタンもまた内部に保持されたままなのかもしれません。今回の推定に従えば、これらの天体はほとんどのメタンを表面に放出しておらず、したがって色の原因となるソリンもほとんど存在していないと推定することもできます。


 


Source


Stephanie M. Menten, Michael M. Sori & Ali M. Bramson. “Endogenically sourced volatiles on Charon and other Kuiper belt objects”. (Nature Communications)Tricia Talbert. “Pluto’s Big Moon Charon Reveals a Colorful and Violent History”. (NASA)NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute. “Map projection of Charon”. International Astronomical Union.

文/彩恵りり