日本航空(JAL)の貨物部門が好調だ。2021年度の売り上げは2183億円で前年比5割増となった。貨物機を1機も保有していないJALが、なぜ貨物で稼げるのか。航空ジャーナリストの北島幸司さんは「2010年の経営破綻で15機あった貨物機を全て手放し、旅客機の床下だけで効率よく稼ぐことができた。破綻の教訓を守り続けた成果だ」という――。
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羽田空港で前後床下貨物室にコンテナを搭載するJALボーイング787-8(JA846J) - 筆者撮影

■「第二の収益源」になった航空貨物

コロナ禍で旅行客が8〜9割ほど激減し、航空会社は大赤字の経営危機と言える状況に陥った。そんな中、唯一好調だった部門がある。貨物事業だ。

絶不調な旅客に対して、貨物事業は「第二の収入源」と呼ばれるほどになった。ANAは2022年3月期決算で売り上げが3618億円(前年比93.5%増)、JALは2183億円(同51.7%増)になったと発表した。貨物は屋台骨を支えるまでになったと言える。

JALとANAはよく比較される。日系エアラインの両雄であり、それは宿命のようなものだろう。もちろんコロナ禍でフィーバーした貨物事業も同様だった。メディアではこの売上高を比べて「ANAがJALを圧倒」などと報じた。筆者はこれに違和感を覚えていた。

そもそも両者の「稼ぎ方」は全く違う。また、コロナ禍中に起きた航空貨物のバブルを考慮すると、JALに軍配が上がると考えている。理由はシンプルである。貨物専用機を持たず、旅客機のスペース(床下)だけで貨物を運んでリスクを極限まで抑えている。まさに「効率経営」だ。

筆者は、エアライン4社で30年以上を航空貨物の世界に身を置いてきた。貨物事業は需要が安定せず、感染症や国際紛争といったイベントリスクに非常に弱い。現在の貨物運賃は高止まり傾向にあるが、運賃が暴落し収益が急に悪化することも身をもって経験している。

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JALの旅客機の床下に搭載されるコンテナ貨物。 - 筆者撮影

だからこそ言いたい。貨物事業はリスクを抑えることが非常に重要になるのだ。この点を考慮すると、コロナ禍で「ローリスク・ハイリターン」を実現させたJALの貨物ビジネスはもっと注目されていい。売り上げだけを見ていては貨物は語れないのである。

■JALが実現した「ローリスク・ハイリターン」

決定的な違いは、貨物機の保有数にある。JALはゼロ、ANAは11機を有している。

JALは2010年の経営破綻前は、15機あった専用機を全て処分した。以降、貨物事業は基本的に、旅客機の床下スペースを活用している。言いかたは悪いが、いわばお客さんを乗せるついでに貨物を乗せている形だ。貨物需要が多ければ、機材をチャーターして対応している。

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旅客機の床下に搭載される貨物。 - 筆者撮影

一方のANAは自社の貨物機を軸に、JALと同じように床下も活用するハイブリット型だ。この形態を業界ではコンビネーションキャリアと呼んでいる。これなら当然、売り上げ規模で比較すればANAに軍配が上がるのは当然だ。

経営破綻以前は、2000億円ほどの売り上げ規模だったJAL。破綻で全機を処分した影響で、その規模は900億円前後に落ち込んだ(図表1)。不採算路線の縮小による輸送力の削減を断行したことも大きい。

しかし、注目してほしいのは貨物機ゼロでも破綻前の4〜5割の売り上げが維持された点である。自社で11機の貨物機を保有するANAの売り上げの7割程度が維持されたのだ。繰り返しになるが、これは貨物機ゼロで実現した数字だ。

決算をもとに筆者作成。JALは2008年から2011年、経営破綻により決算は未発表。

このように、「売上高の高低」だけでは貨物事業の分析を見誤る。

もう一つグラフを用意した(図表2)。これは両社に掛かる営業費用を比べたものだ。貨物事業単体の費用は公表されておらず、数字は旅客も含めたコストとなるため参考としてご紹介したい。

決算資料をもとに筆者作成。

JALは経営破綻を機に営業費用を半分程度に圧縮した。比べてANAの営業費用は年々増え続け、2017年から3年間は破綻直前のJALの水準を超えた。これは、ANAが2010年以降の羽田国際線発着枠の拡大と東京オリンピックを見据え、事業投資を拡大させたことが要因だ。

これは旅客を含めた数字であるため、貨物事業について断定はできないが、JALの効率性の高さをうかがい知ることができる。

■旅客機の床下スペースをフル活用

前述の通り、JALの貨物は旅客機の床下スペースを活用しているが、どれぐらいの空間があるのかはあまり知られていない。

例えば国際線の主力機材となるワイドボディー機のボーイング777-300ER。床下の貨物スペースは旅客が満席で手荷物を搭載しても25トンを超える貨物を搭載できる。容積で換算すると120M3という空間だ。これは航空機に搭載されるULD(搭載用具)を12台搭載できるほどの空間になる。

一方の貨物専用機は、高さ160cm以上の貨物を搭載できることが優位点となり、最大高はANAの持つボーイング777貨物機の主貨物室で292cmとなる。搭載重量は約100t程度となる。つまり高さがあり、ULDを超える長さのある荷物を積めるのが貨物機で、旅客機の床下スペースは小型の荷物だけが対応可能となる。

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ANAのボーイング787-8の床下に搭載されるパレット貨物。 - 筆者撮影

だが実際は、貨物機に乗せなければならない「高さのある荷物」は限られる。床下には搭載できず、専用の貨物機で輸送しなければならない荷物の代表例が半導体の製造装置だ。このほか航空機エンジン、医療機器、金型、重工業機器が挙げられる。

また、輸送費が商品価格に反映されるため、組み立てる前の部品の状態で搭載される場合が多い。分解できない機械類は、輸送費用が比較的安い海上貨物で運ばれるのが一般的だ。

つまり、貨物機が無くても十分、航空貨物のニーズに応えられるのだ。

JALは、貨物機でしか輸送できない「高さのある荷物」の貨物ニーズは、全体の2割程度にとどまると試算している。2割の貨物を獲得するために、わざわざ固定費などのコストがかかる貨物機を保有しようとは考えていない。

■荷物は「軽薄短小」へ

航空貨物は、海上輸送に比べ輸送費用が高くつく。そのため付加価値の高い工業製品が対象となる場合が非常に多い。工業製品と言えど、年々その質的な傾向は変化している。

1990年以前は、日本で生産されたテレビ、オーディオ、ビデオ機器といった国産の電化製品が航空貨物で輸出されていた。しかし、それ以降、日本の製造業は円高の影響を回避するため国内の製造拠点を中国や東南アジアに移転。「かさばる荷物」は減少していった。

かわりに小型の電子部品が主な輸出アイテムとなった。今では日本から輸出された部品が中国や東南アジアの工場で組み立てられ、製品化され、各国に輸出される。つまり貨物のサイズは小さくなったのだ。

これを裏付けるのは、国土交通省航空局が発行した「国際航空貨物動態調査報告書」が参考になる。最新の2020年版では調査の背景・目的の中で、「平成29年(2017年)には、AI・IoTの進展・拡大を背景とした世界的な半導体需要の高まりや、自動車のEVシフトや電装化関連の新たな自動車部品需要の発生により、半導体関連貨物(半導体等電子部品、同製造装置)や自動車部品の荷動きが活発化、輸出、輸入ともにプラスに転じた」(原文ママ)とある。しかし、内容が明確ではない。

そこで、古くはなるが2010年3月版を見てみる。そこでは「わが国の国際航空貨物(重量ベース)は、産業構造の高度化に伴う製品の高付加価値化・軽薄短小化による運賃負担力の増加を背景に、企業活動のグローバル化が航空輸送の高速性への選好を高めたこともあって、平成16年(2004年)度までは増加基調で推移してきた」(原文ママ)と指摘してある。

1990年代から2000年代にかけて、「高付加価値」「軽薄短小」「運賃負担力が高い」という特徴をもつ貨物が増えた。それゆえ、必ず貨物機で運ばなければならない荷物は、貨物ニーズの一部になったのだ。

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1980年ごろに伊丹空港で撮影したJALボーイング747-246F(N211JL) - 筆者撮影

■「片道ビジネス」の宿命

旅客事業は往復輸送が基本だ。出張でも、観光でも乗客は目的地で用字を済ませ、再び出発地に戻って来る。これに対し、貨物事業は片道輸送となる。

貨物は出発地から出荷し、目的地で貨物を引き渡す片道輸送で業務は終わる。貨物は旅客の倍の営業努力で往復の航空機を埋める努力を必要とする。ゆえに大型貨物機で往復がともに満載となる目的地は多くはない。ともすれば片道は「から荷」なことさえある。

JALでは、日欧間は比較的双方で貨物スペースが埋まるが、日米間では日本発に偏る傾向があると分析している。このような傾向からも、輸出入双方で貨物機を必要とする物量が多いわけではないと言える。

■必要なら貨物機を借りればいい

床下スペースの活用でローリスク・ハイリターンを生み出すJALの貨物だが、需要が拡大すれば専用機を再び手に入れたいと思わないのだろうか。

JALの貨物事業で収益を管理する貨物路線部路線室・国際路線収入グループ長の大岩慎太郎氏は、こう話す。

「JALにとっては貨物機という固定資産を有しないことは、経営破綻後のスリムで筋肉質な経営体質となるために見直されたものでした。荷主やフォワーダー等お客さまのニーズを早期に汲み取って、自社旅客機の床下スペース、他社貨物機のチャーターで需要と供給を合わせた輸送力を提供していくことが必要と考えています」

貨物部門で貨物機を持つと、まず専用機からスペースを埋めていく努力をしなくてはならないが、JALは貨物機が無いシンプルな輸送を行っている。床下輸送ビジネスはコロナ化ではさらに進化した。旅客を乗せない運航便を貨物専用便として飛ばす決断が早く、機動力が高いというものだ。

JALは、2020年度は1万5299便もの旅客機貨物便を運航。2021年度はさらに4%ほど実績を伸ばして1万6000便ほどの便数を飛ばした。それでも足りなければ借りるというのだ。

この姿勢は2010年の経営破綻から、現在まで一貫して守られている。

実際に、国内貨物の事例になるが、2022年1月にJALとヤマト運輸は2024年より国内路線でエアバスA321ceoP2F貨物改造機3機を運航開始すると発表した。貨物機はヤマトグループが購入し、運航はJALが担うが、実質の運航会社は同型機を持つ傘下の格安航空会社(LCC)ジェットスター・ジャパンである。ここでもJALは貨物機を保有することを避けた。

■外注と共同運航でリスクを避ける

大岩氏は将来の貨物事業のあり方についても語ってくれた。

「2025年までの中期経営計画で貨物の売り上げ2000億円を掲げていますが、この数字は日本を基点とした発着ビジネスというよりは、視野を広げてアジアのエラインとして欧米をつなぐグローバルな視点でビジネスを行っているからです」

効率よく稼ぐことができる理由がもう一つある。次に述べる「外注」だ。

JALは2021年からベルギーのASL航空の貨物機スペースを販売している。仮に貨物需要が減少してもJALの業績に影響は出ない。その他JALは多くのエアラインと路線で、機材をチャーターし、コードシェア契約を取り交わしている。

JAL貨物路線部提携室の情報をもとに筆者作成、機種名あとに付くFはFreighter(貨物機)の意味

自社で貨物専用機を持たなくても、主要都市への他社提携では旅客便床下スペースで足りない供給分を満たせている。他社との提携強化のために、JALは2021年6月に貨物路線部提携室を誕生させた。これらの提携では貨物特有の片道輸送の需要にも的確に応えることができる契約になっている。

■破綻でたどり着いた「シンプル輸送」

貨物機を持たない輸送は旅客で世界TOP5以内の輸送力を持つ米国三大エアラインであるアメリカン、デルタ、ユナイテッドが実践している経営方式でもある。

貨物輸送に関しては、フェデックスやUPSといったインテグレーターと呼ばれる航空複合一貫輸送の専門会社が一手に引き受ける。貨物輸送は専門会社に任せる餅は餅屋方式だ。

規模は違うが、日本にも日本貨物航空という国際路線を専門とする貨物航空会社がある。

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NCA日本貨物航空のボーイング747-8F。 - 筆者撮影

過去のイベントリスクでは貨物の輸送量が減った。湾岸戦争、911米国同時多発テロ、SARS、リーマンショック、東日本大震災などだ。この先もいつ起こるか誰にも想像はつかない。2005年以降で最大の落ち込みを記録したリーマンショックの影響で、2009年の貨物量は対前年比で輸出28.6%、輸入で16.3%減少した(前出の国際航空貨物動態調査報告書より)

現在はコロナ禍で、全体の貨物量が大幅に増えた訳ではない。国際線旅客機の運航回数が減り床下輸送スペースが大幅に縮小されたことでスペースの取り合いが起こり、運賃が上昇するという一時的な現象が起きている。

海上貨物もコロナ感染拡大による港湾職員の減少で荷役が混乱し、航空貨物へ輸送モードが変わることがあった。過去にこのような事例はなく、これはコロナ禍だけの特殊事情だ。

日本の航空貨物マーケットでは、将来発生するイベントリスクで経営が翻弄(ほんろう)されるくらいなら、床下ビジネスで安定的に稼いだほうが持続可能性の高い効率的なビジネスだと筆者は考える。

述べてきたように、JALは旅客機床下を最大活用した上で貨物機を借用し、地味でも効率的に貨物事業の売り上げを拡大できた。2010年に経営破綻せずに貨物機を持ち続けていたら、コストがかさみ再起不能になっていた可能性がある。

経営破綻は不幸中の幸いか、現在の貨物ビジネスはJAL破綻によって導かれた稼ぎ方の帰結なのだ。

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羽田空港を離陸するJAL国内線主力機A350-900(JA06XJ)LD3コンテナを36台搭載できる - 筆者撮影

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北島 幸司(きたじま・こうじ)
航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。
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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)