【▲ 土星探査機カッシーニが撮影した土星とその衛星タイタン。2012年5月6日撮影(Credit: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)】


マサチューセッツ工科大学(MIT)のJack Wisdom教授を筆頭とする研究チームは、土星の自転軸の傾きと環の存在をどちらも説明できる新たな仮説を発表しました。鍵を握るのは、かつて土星を公転していたものの、現在はすでに失われている1つの衛星です。


研究チームによると、その衛星が存在していた頃の土星は海王星と重力を及ぼし合うことで共鳴し、自転軸が傾くようになりました。しかし、衛星どうしの相互作用によって軌道が乱れ、土星に近付きすぎたためにその衛星は崩壊。残骸の一部から環が形成されたいっぽうで、土星と海王星は共鳴状態から外れたというのです。


■直径1500kmほどの衛星が1つ土星系から失われていた可能性

今から5年前の2017年9月15日。アメリカ航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)の土星探査機「カッシーニ」は、2004年6月の土星到着から13年、1997年10月の打ち上げから20年に渡るミッションの最後の日を迎えました。土星の環よりも低い高度を合計22回通過する最後の観測「グランドフィナーレ」を2017年4月から行っていたカッシーニは、この日、機体に付着していたかもしれない地球の微生物で土星の衛星を汚染しないために土星の大気圏へ突入し、消滅してミッションを終えています。



【▲ 動画「NASA at Saturn: Cassini's Grand Finale」(英語)】
(Credit: NASA/JPL-Caltech)


土星最大の特徴である巨大な環は、形成されてから40億年かそれ以上経っているとも考えられてきましたが、2019年にはカッシーニの観測によって得られたデータをもとに、土星の環が形成されてから約1億年しか経っていない可能性を示す研究成果が発表されました。これが正しければ、地球に最初の恐竜が出現した頃、土星にはまだ環が存在していなかったことになります。ただ、どのようにして環が形成されたのかは、依然として謎のままでした。


Wisdomさんたちは、かつて存在していた衛星が土星へ近付きすぎたために崩壊し、その残骸の一部が現在の環になったと考えています。蛹(さなぎ)から羽化する蝶のように土星の環という大輪の花を咲かせたとして、研究チームはその衛星を「Crysalis」(クリサリス、さなぎを意味する英単語)と呼んでいます。


【▲ 土星探査機カッシーニが撮影した土星。2016年4月撮影(Credit: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)】


研究チームはクリサリスの大きさが現在の土星で3番目に大きな衛星イアペトゥス(直径約1470km)に匹敵したと推定しています。崩壊後にクリサリスの残骸のうち約99パーセントは土星へ落下し、残された残骸から環が形成されたとみられています。


■クリサリスが存在していた頃の土星は海王星と共鳴状態にあった

土星の失われた衛星にたどり着いたWisdomさんたちは、最初から環の起源を求めていたのではなく、もともとは土星の自転軸が傾いている理由を探っていました。


太陽系の巨大ガス惑星や巨大氷惑星の軌道面(公転軌道が描き出す平面)に対する自転軸の傾きはさまざまです。太陽系最大の惑星である木星の自転軸は約3度しか傾いていませんが、土星の自転軸は約27度傾いています。天王星の自転軸はほぼ横倒しの約98度も傾いていますが、これは過去に起きた巨大衝突が関係しているのでないかと考えられています。



【▲ 太陽系8惑星の自転を比較した動画】
(Credit: James O’Donoghue; Imagery from: NASA/Hubble/Cassini/JHUAPL/SSI/SwRI/Solar System Scope processing)


研究チームによると、土星の場合は自転軸の歳差が海王星の公転軸(軌道面から垂直に伸びた軸)の歳差と同期しているようにみえることから、土星は海王星と重力を及ぼし合うことで共鳴し、結果として自転軸が傾いたのではないかと考えられてきました。当初の傾きはわずかだった土星の自転軸が、海王星との共鳴によって大きく傾いたというのです。


しかし、このアイディアには土星の角運動量が正確に知られていないという問題点があったといいます。土星の角運動量は海王星との共鳴の影響を左右する要素のひとつであるため、土星と海王星の関係を正しく理解するためには、土星の角運動量を決定しなければなりません。そこで研究チームは土星の内部をモデル化し、カッシーニのグランドフィナーレで取得された重力場の観測データをもとに、土星の慣性モーメント(※)を突き止めることを試みました。


※…角運動量は角速度と慣性モーメントの積。


分析の結果、土星の角運動量は海王星と共鳴するにはギリギリ小さいことが判明しました。少なくとも現在の土星と海王星は、共鳴状態にないことがわかったというのです。ただし、土星にもう1つの衛星があったと仮定すれば、計算上は過去の土星と海王星が共鳴していた可能性も示されました。


続いて研究チームは、土星が海王星との共鳴状態から外れた理由を検討しました。何通りものシミュレーションを繰り返した結果、過去の土星にはイアペトゥスとほぼ同じ大きさの衛星がもう1つ存在していたものの、その衛星を失ったために海王星との共鳴状態から外れた可能性が最も高いことがわかりました。同時に、土星の自転軸の傾きが海王星との共鳴の結果であることも結論付けられています。


【▲ 土星探査機カッシーニが撮影したイアペトゥス。2007年9月撮影(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)】


この衛星が失われたのは、土星から遠ざかり続けている衛星タイタン(※)と共鳴して軌道が変化し、土星へ接近するようになったからだと考えられています。タイタンが土星から遠ざかるペースをもとに、研究チームはその時期を今から2億〜1億年前と推定しましたが、これは近年推定されている環の形成時期に一致します。


※…土星最大の衛星、直径約5150km。カッシーニの観測によって毎年約11cmのペースで土星から遠ざかっていることが判明している。


つまり、海王星との数十億年に渡る共鳴の結果である土星の自転軸の傾きと、土星本体に比べてとても若かった土星の環の形成が、1つの衛星とその崩壊によってどちらも説明できることになります。この衛星が、先に述べたクリサリスというわけです。研究チームは土星とその衛星や海王星の動きをより正確に測定することで、仮説が裏付けられることを期待しています。


 


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■この記事は、【Spotifyで独占配信中(無料)の「佐々木亮の宇宙ばなし」】で音声解説を視聴することができます。


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Image Credit: NASA/JPL-Caltech/Space Science InstituteMIT - Saturn’s rings and tilt could be the product of an ancient, missing moonUC Berkeley - Chrysalis, the lost moon that gave Saturn its rings

文/松村武宏