締め切りの日に1割もできていない、仕事を丸ごと忘れる…部下の発達障害を疑ったらどうすべきか
■10人いたら10通りの「発達障害」
締め切りが守れない、報連相ができない、仕事が遅すぎる、など、トラブルが多発し、注意しても繰り返してしまう人の背景には、「発達障害」という特性がある可能性があります。
ただ、そもそも「発達障害」という一つの病気があるわけではありません。一つの大きなカテゴリーとして発達障害があり、その中に「ADHD(注意欠如・多動症)」や「ADD(注意欠陥障害)」「自閉症スペクトラム」といったさまざまな特性が存在します。
しかし、例えば「100%ADHDです」という人はめったにおらず、「7割くらいADHDで3割くらい自閉症スペクトラム障害」など、いろいろな特性がさまざまな割合で組み合わさっていることが大半です。10人いたら10通りの症状があり、その対処法もそれぞれ異なるので、一筋縄ではいきません。
職場では、その特性が原因でトラブルになり、何度注意してもなおらないので、上司の方は「本人のヤル気がないからだ」「能力がないせいだ」と誤解してしまうことが少なくありません。でも、本人や周りがその特性をよく理解し、適切に対応すれば、仕事上のトラブルを避けながら力を発揮することができます。
典型的なケースに沿ってご説明しましょう。
事例(1)指示した仕事をすっかり忘れる
上司が、納期の直前に「あの指示していた件、どうなった?」と確認すると、その仕事に着手すらしていない。本人はそこで初めて「そういう指示をもらっていた気がするけど忘れていた」と気づきます。やっていたのに間に合わなかったわけではなく、本当に「すっぽり忘れていた」ということが、かなりの頻度で起こってしまうのです。
その原因は、発達障害の人たちの「ワーキングメモリ機能」の弱さにあります。ワーキングメモリとは作業記憶とも呼ばれ、判断や行動に必要な情報を、一時的に記憶したり処理したりする力を指します。
ワーキングメモリが弱いと、たとえば、口頭で「AとBとCをやって」と3つの指示をすると、BとCしか記憶できず、Aの指示をされたことを忘れてしまいます。このため「頼んだことをすぐ忘れてしまう」「一度に複数のことを処理するのが苦手」という人が多いのです。
自分でも忘れっぽさに気づいて、メモ帳を用意している人もいますが、その都度手近なところにある紙にメモするので、どこに書いたのかわからなくなることもあります。また、メモをしたこと自体を忘れてしまったり、メモ帳に書くまでにメモすべき内容を忘れてしまったり、ということもあります。
■メモ帳は1冊に限定させる
対策としては、まずメモ帳を1冊に限定させること。そして、そのメモ帳とペンを、肌身離さず持ってもらうようにすることです。
そのうえで毎朝、仕事が始まったらすぐにメモ帳を見て、時間軸に沿って今日やるべきことを確認するよう習慣付けます。昼休憩の後も、予定の変更がないかどうか確認し、リストを見直す。1日に最低2回は確認して、自分のやるべきことをチェックする機会をつくります。
上司としては、最初はちょっと面倒かもしれませんが、部下がこまめにメモしたり、メモを確認したりするよう促しましょう。また、なるべく口頭の指示だけをするのはやめて、メールやチャットなど、文字で残る指示もあわせて行うようにします。そうすれば、本人もメモ帳に写すことができて「すっかり忘れていました」という事態を減らすことができます。
また、納期や締め切りの直前だけに進捗を確認するのでは危険です。チェックポイントの数を増やして、細かく進捗を確認しましょう。これについては、次の事例でも詳しくお話しします。
事例(2)困りごとをなかなか相談せず、トラブルが大きくなってから発覚
取引先の人も巻き込んだトラブルが起きているにもかかわらず、なかなか上司に相談したりせず、「もう少し先方の意見を聞いてから報告しよう」「相手から返事が来てから話そう」といううちに問題が大きくなり、そこで発覚する……。報連相のタイミングがわからず、トラブルを大きくしてしまうのです。
そもそも発達障害の人は、ものごとを「0か100か」という物差しで測ってしまうことが多く、あいまいな状況を把握することが苦手です。
報連相というのは、どんな状況になったら相談するかを自分で判断し、上司とコミュニケーションをとっていかなければいけません。困りごとの度合いが10か20ぐらいの、トラブルの芽が小さなときに報連相できていれば、大きな問題にならずにすむのですが、それがわからず、その度合いが100になるまで待ってしまう。周りが気づいたときには、深刻な状況になっていることが多いのです。
こうした場合、上司としては、定期的に報連相の時間を設定するとよいでしょう。たとえば「毎週火曜と金曜の午後3時からは報連相の時間」と決めて、必ずそこで本人に報連相をさせるのです。週に2回ぐらい、仕事の状況を共有することができれば、何かトラブルがあっても大きな問題に発展するのは防げるでしょう。
決まった時間を設定するのが難しければ、日報を書かせるのも手です。日報に報連相の欄をつくり、気になることはその都度書いてもらいます。そうすることで、トラブルが大きくなるのを防ぐことができますし、部下の方も、「これくらいの状態で上司に伝えておくとよいのか」と、報連相のタイミングを学ぶことができます。
■マルチタスク、優先順位決めが苦手
事例(3)着手した仕事が締め切りまでに終わらない
締め切りを忘れているわけではなく、早めに取り掛かっているにもかかわらず、決められた日までに仕事を終わらせることができない。例えば、10ページの資料を作成する場合、期日の前日になっても、最初の3ページ分は完璧に仕上がっているけれども、残り7ページは手つかずの状態……となってしまうのです。仕事に熱心に取り組むものの「丁寧過ぎて遅い」ために、決められた期日に間に合わなくなるのです。
発達障害の人は、複数のことを同時並行で進めたりというマルチタスクが苦手だったり、手順や完成度に対するこだわりが強い人が多いようです。自分のやり方を見つけたら、どんなに周りに言われても変えずに貫こうとする傾向があります。
全体を見通す力が弱く、どこでどの程度手を抜いたらよいかという判断をするのも苦手です。このため、仕事を任せるときには、上司がそこを支援する必要があります。
「8月31日までに企画書を作るように」という指示だけだと、「前日になっても全体の1割しかできていない」ということが起きてしまいます。ですから、仕事をできるだけ細分化し、細かい期日を設定してチェックポイントをたくさん作ります。
「8月末までに企画書を作成する」という仕事なら、「8月10日までに今の課題や目的、コンセプトを作成する」「8月20日までに効果や予算、スケジュールを作る」「8月31日までに具体的な進め方を決める」と細分化するわけです。その時には、作業の全体像が見えるように、業務のフローチャートやテンプレートをつくってあげるとよいでしょう。
事例(4)緊急の重要な仕事が入っても、今やっていることを優先してしまう
緊急の重要な仕事が入っても、仕事の優先順位を入れ替えられず、今やっている仕事をそのまま続けてしまう。そのため、顧客を怒らせてしまったり、ほかの人に迷惑をかけたりすることになってしまいます。
発達障害の人は、急な方向転換が苦手なことが多いためです。全体を見たうえで、どれを先にやるべきかという優先順位をつけるのが苦手なうえ、自分のルーティンやこだわりを崩すことにも抵抗感が強いのです。
ですから、指示をするときには、「前に頼んだAやBよりもこちらの方が急ぎなので、優先して取り組んで」など、優先順位もあわせて伝えるようにしましょう。また、細かい依頼でも、普段から「火曜日の3時までにこれをやってね」など、締め切りの日時を伝えます。メールの返信も、相手任せにするのではなく「明日の午後3時までに教えてください」などと一言添えるようにすると、仕事の優先順位を理解しやすくなるはずです。
事例(5)忙しそうにしている先輩がいても手伝わない
先日聞いた話です。
上司や先輩と取引先に向かうため、午前11時に会社の駐車場で待ち合わせをすることになりました。上司や先輩は、待ち合わせの10分以上前から、持って行く資料や物品をオフィスから運び出して車に積み込み始めました。ところがその若手社員は、忙しそうな上司や先輩を横目に、1人で11時ギリギリまでオフィスでお茶を飲んでいるというのです。
上司や先輩は、「ほかの人が忙しそうにしていれば、手伝うのが当たり前だろう」とイライラし、「なんで手伝わないんだ。空気を読め」と注意しますが、本人は、なぜ注意されるのかわからない様子だったそうです。
■「適切な行動」「その理由」を教える
発達障害の人は、人の感情を想像することが苦手なことが多く、それがこうした「空気が読めない」「気が利かない」行動につながってしまうのです。
でも「空気を読め」「周りを見て判断しろ」と怒ってもなおりません。「11時に待ち合わせと言われたのに、11時までお茶を飲んでいたのがなぜいけないのか」という反応になってしまいます。適切な行動を具体的に教え、その理由もきちんと説明する必要があります。
例えば「ほかの人たちが忙しそうに荷物を運んでいて、あなたの手が空いているなら手伝おう」と教える。そして「あなたが手伝ってくれれば、荷物を運ぶ作業が早く終わるし、みんなもうれしい気持ちになる。もし手伝わなければ、ほかの人は『みんなで行くのに、あいつだけ手伝わないなんてずるい』と思うだろう」と説明します。その行動をした場合/しなかった場合に相手がどんな気持ちになり、自分がどれだけ損をするかを伝えて、学んでもらうのです。
■「発達障害では?」と思ったら産業医に相談を
このように、部下がトラブルや失敗を重ねる場合、その原因は、本人のヤル気や能力のせいではなく、発達障害の特性によることがあります。そしてそれは、怒ってなおるものではありません。
まずは本人と対話し、何が得意か、何が苦手かをしっかりヒアリングして、苦手部分をフォローするための工夫をします。
ただ、本人が自分の特性を理解していないこともあります。すると、上司や周囲が助けたいと思っても、なかなか支援ができません。その場合も、上司が直接本人に「発達障害だと思うから病院で診断を受けてみなさい」などと伝えるのは避けましょう。発達障害かどうかは、やはり専門家でないとわかりませんし、本人もショックを受け、上司との関係性がこじれる可能性があるからです。
まずは上司から産業医に相談し、その人の状況を説明して、どうすればいいか聞いてみましょう。その時は、職場でどんな困ったことが起きているのか、具体的な事例をメモしておいて説明すると、産業医も状況を理解しやすいでしょう。
発達障害の可能性が高いと判断された場合は、産業医から本人に、精神科を受診することを勧めてもらいます。もし本人が産業医との面談を拒む場合は、業務命令として面談を勧めることも考えましょう。
人にはそれぞれ得手・不得手があります。特性を理解したうえで、どんな仕事が向いているのか、どんな工夫をすれば本人も周りもスムーズに仕事を進められるのか、本人と産業医、上司が一緒に考えることが必要です。そして、誰もが働きやすい職場環境をつくってほしいと思います。
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井上 智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医
島根大学医学部を卒業後、様々な病院で内科・外科・救急科・皮膚科など、多岐の分野にわたるプライマリケアを学び、2年間の臨床研修を修了。その後は、産業医・精神科医・健診医の3つの役割を中心に活動している。産業医として毎月約30社を訪問。精神科医・健診医としての経験も活かし、健康障害や労災を未然に防ぐべく活動している。また、精神科医として大阪府内のクリニックにも勤務。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)