“木を食べる女性たち”が里山の救世主に? 間伐材を使ったクラフトジンが人気
全国の山々を巡って野草や木々を蒐集(しゅうしゅう)・記録し、スパイスや蒸留酒などを開発する「日本草木研究所」。発案者・創設者の女性二人は、なぜ山に引き寄せられ、木を食べるのか。活動の先に、日本の森林の未来を救うヒントが見えてくる--。
調香師が「美人で優秀なギャル」にアタック
日本草木研究所は、2021年11月に設立。各地の山や森林に入っては、食用植物の蒐集(しゅうしゅう)・記録を繰り返し、その成果として商品開発を行っている。発案者・創設者は、共に1992年生まれの古谷知華さんと木本梨絵さん。古谷さんは東京大学で建築を学んで就職。その一方で個人活動として調香師を始め、クラフトコーラ「ともコーラ」などを香りの点からプロデュースし注目を集めてきた。
古谷 数年前からハーブやスパイスに興味を持ち、その延長で全国の山に自生する希少素材を組み合わせ作り出したのが「ともコーラ」でした。そして新たな素材を探す中で出会ったのが、「アオモリトドマツ」という、東北地方の高山地帯に生えている木。これがすごくいい匂いで、折るとカボスの香りがして、しばらくするとラズベリーみたいな匂いに変わる。そのときに、木を食べようと初めて思ったんです。
アオモリトドマツをかじると美味しかったことから、日本草木研究所の着想に繋がったという。その少し前に出会ったのが、木本さん。木本さんは、武蔵野美術大学でデザインを学んだ後、スープ専門店「Soup Stock Tokyo」などの運営会社に入社してクリエイティブディレクターとして活躍。2020年に独立してからは多種多様なブランディングを手掛け、武蔵美の非常勤講師も務めている。
木本 古谷が、渋谷のビルにフードコートを作ると言い出して、ドラクエの仲間のように集められた一人が私でした。
古谷 「美人で優秀なギャルのクリエイティブディレクターがいる」と何人かから聞いて、私からナンパしたんです(笑)。そこで仲良くなって、そろそろ日本草木研究所をやりたいと思った頃に、彼女が独立したんですよ。一人でブランドを担う大変さは目に見えていたので、誰かとやるなら、絶対に木本がいい。そう思って声を掛けました。
ちょうど自分で事業を興したいと考えていた木本さん。利害が一致したことから、古谷さんが発案者となって木本さんが会社を設立し、日本草木研究所の活動を始めた。ちなみに「木を食べる」と最初に聞いたとき、木本さんはどう感じたのか。
木本 いきなり言われたら「何言ってんの?」となったかもしれないですけど、その前のクリスマスに、一緒に軽井沢で民泊したんですよ。そのとき私がチキンを仕込んで、いざ焼こうとしたら、ローズマリーがないことに気付いて。代わりに庭のモミの木をちぎって撒いたら、めっちゃ美味しかったんです(笑)。その体験があったので、木を食べることに抵抗がなく、ドリンクを作ったりしても面白いだろうなとイメージが湧きました。
古谷知華さん
木本梨絵さん
森に入って草木を調査する古谷さんと木本さん
食通にもウケる「木を飲む」体験
こうして二人で全国の山に分け入り、そこに生えている草木を調査することに。
木本 勝手に入ると不法侵入になることがあるので、山の持ち主や林業組合の方に許可をもらって、案内していただいています。
古谷 木を見て、「美味しそう!」とか言うので、変人たちだよね(笑)。
木本 木の匂いを嗅いだり、かじったりして、「ウマい!」とか言っているので、皆さん目が点、みたいな(笑)。でも、一緒に食べてみてもらうと、「おっ!?」となるんです。彼らは毎日山に入っている、山のプロ。でもだからこそ見えない、山の魅力があるんですよね。
出会った草木の魅力を「美味しく、楽しく」伝えるため、商品を開発。第1弾として発売したのが、「フォレストシロップ」と「フォレストソーダ」だ。シトラスのような華やかな香りを持つアカマツや、カラマツ、ヒノキ、モミなどを蒸留して生み出した。
「フォレストシロップ」720ml(\4,980)、200ml(\1,980)
木本 最初はキャッチーで、注目を集められる商品にする必要があると思いました。ドリンクなら、いろんな人にいろんなシーンで飲んでもらえるし、「木を飲む」という体験を面白がってもらえるかなって。最初は、そのまま飲めるソーダのほうが飲みやすくて人気になると思っていたんですけど、実際にはシロップのほうが売れてますね。食通の方が買われているようで、自分でアレンジできるほうが喜ばれるみたいです。
古谷 カクテルに入れても美味しい。バーテンダーさんの反応も良かったです。
その後、希少な胡椒の実を塩漬けにした「森の生胡椒・フウトウガズラ」や、「琉球シナモン」と呼ばれる沖縄のカラキなどを素材にした「草木塩」などを発売。そして今年4月から予約販売をして話題になったのが、「フォレストジン」だ。原材料は、スギ、ヒノキ、ナラ、コウヤマキなど。アルコール度数45%のキリッとした舌触りと、深い森で深呼吸をしたときのような心安らぐ香り、そしてバニラのような優しい味もほのかに寄せてくるから不思議だ。
木本 7種の香木をきび砂糖ベースのお酒に5日間漬け込んで蒸留しています。普通の蒸留酒は、果実やハーブを漬け込むんですが、これは木だけなので、甘みが一切ない。でも成分分析してみたら、バニラの成分が検出されて、甘い香りがするんです。成分で多いのは、覚醒状態を沈静化する「酢酸ボルニル」。体内に取り込むと森林浴と同じ効果があって、眠りが深くなるという研究結果も。肌質改善効果もあるので、今後はハンドクリームを作ったりもしたいと考えています。
「草木酒|フォレストジン」500ml(\5,980)、100ml(\2,390)
「木を食べることが当たり前になれば」
日本草木研究所の活動で目を引くのは、パッケージやウェブサイトなどの洗練されたデザインだ。フォレストジンのイメージビジュアル一つ取っても、強いこだわりが感じられる。
古谷 日本草木研究所と聞くと、地域で活動しているおじさんの団体なんじゃないかと思われる(笑)。ギャップを作って、新しい画期的な活動なんだと感じてもらうために、現代的かつ日本的要素も採り入れたデザインを目指しています。
木本 デザインやレイアウトは主に私がやりますが、古谷もクリエイティブには意見を言います。私も一緒に山に入って研究しますし、二人で分業しつつも連携し合っているのも新しい活動に見える要因になっているかなと思います。
各製品の写真にもこだわりを感じさせる
またユニークなのは、新たな視点を与えてくれるところ。現代人は、ニンジン、ジャガイモ、タマネギといったスーパーに並ぶものを「食材」と思いがちだが、それ以外にも食べられるものが身近にあると、目を見開かせてくれる。
木本 世界で消費される食料のカロリーの90%が、30種類の食物だけで得られているという推定があります。「たった30種って、どういうこと!?」と思いますよね。同じものばかり食べるのは、つまらない。さまざまな木を食べることが当たり前になると、食生活がより豊かになって、楽しくなる気がします。
古谷 そもそもハーブやスパイスが食卓に並び始めたのは昭和の中頃からで、それはひとえに、食品会社が流通を整えてくれたおかげ。ただ、その前の大正時代まで、日本では薬草が普通に食べられていたらしいんです。だから自分としては、失われてしまった食文化を取り戻しつつ、かつ、新しいものを採り入れているという感覚。私たちも木や里山の植物を世の中に広げていくことはできるのでは、と思っています。
木本 価格については、日本の人件費や森のスパイスの希少性などを考えると海外産スパイスよりも高くなりますが、そうした嗜好性も含めて面白い、と思ってもらえればと考えています。
その価格設定の背景には、フェアトレードの考え方もある。
古谷 林業従事者にお話を伺うと、50年かけて育てた木が、1本3000円という安い価格で取引されていたりするんです。
木本 ウッドショックと呼ばれる状況はあれど、ピーク時の3分の1まで下がっている状態。
古谷 さらに間伐された木が売れずに放置されて、森の管理がしづらい状況にもなっている。そういった現状を知るにつけ、少しでも力になりたいと。
木本 今後は森林組合から間伐材を丸ごと買い取って、生活用品を作っていくことも考えています。
体験すれば「楽しくて仕方がなくなる」
日本の国土の約7割を占める森林。より有効活用するために、グリーンツーリズムも行いたいという。
古谷 私は山に入って、新素材を収穫しているときが一番楽しい。そして収穫したマツをサイダーに浸けて、「マツサイダー」を作ってみたりするのも面白い。それは私たちだけでなく、みんなが楽しいと感じると思うんですよ。森に入り、採集して、何かしらの形にする。そうしたことを皆が体験できるように山を正しく開いていきたい。
木本 実際、私たちが山で撮ったインスタの動画を見て、興味を持ってくれる人は多いんです。「私も山に連れてって」という友達が増えました。
古谷 確かに。実際、山に入ってみないとわからないものがあるよね。
木本 私もそうなんです。最初はどこか古谷の手伝いしている感覚だったんですけど、「一緒に沖縄に行こう」と言われて、山で琉球シナモンをちぎって食べたり、やんばるの農家さんを回ったりしたときに、初めて感動して、ちゃんと草木研究所の一員になれた気がします。
古谷 一度心を掴まれたら、もう楽しくて仕方がなくなる。だからツーリズムをやりたいんです。里山経済の活性化のためにも、「山に入って食べるのが楽しい」とか、「年1回でもいいから収穫に行きたい」という人を増やしたい。
目標を実現する一手になりそうのが、「見本山」と「相棒山」のプロジェクトだ。全国各地の有用植物が1箇所に集まる“生きた植物園”が「見本山」。活動に賛同して協力体制を築いてくれる山が、「相棒山」となる。
木本 今、すでに静岡や長野など9つの地域の山と連携を組んでいるんです。
古谷 例えばレストランから、「スギとモミの新芽を300gほしい」とオーダーが来たら、相棒山に連絡をして採取してもらう。そういうことが普通にできるようになると、海外からハーブを輸入しなくても、日本の山にあるもので、多様な味覚を楽しめると思います。さらに山に解放日を設ければ、いろんな人が山に入れるようになる。山と密接なコミュニケーションをしてほしいです。
木本 「B to B」の動きも加速させたいと思っています。例えば、デベロッパー系の企業なら、森を切り開いて商業施設やホテルを作ることがある。その間伐材で作ったドリンクやお酒を飲めて、「木を飲む」という体験ができたら、きっと付加価値になる。そんな貢献もしながら、ちゃんとビジネスとしても大きくしていきたいです。
古谷 私たちが食べることによって処理できる木の量は、本当に微々たるものでしかない。最終的な目標は、我々の活動を、人に真似してもらうこと。私たちの開拓に活路を見出して、いろんな方に広げていってもらえるとうれしいです。
取材・文/泊 貴洋
撮影/園田 ゆきみ
商品・イメージ写真提供/日本草木研究所