操縦者を守れ! 空自唯一「航空医学実験隊」を取材 パイロットは地上でも過酷訓練
航空自衛隊入間基地には様々な部隊がありますが、なかには唯一無二のものも。そのひとつが、ひたすら航空医学に関する調査・研究を行っている「航空医学実験隊」です。取材してみたら驚きの装置をいくつも保有していました。
航空機を安全に飛ばすために欠かせない存在
2022年6月2日(木)、航空自衛隊航空幕僚監部は1月に起きた小松基地所属のF-15戦闘機の墜落事故について調査結果を発表。離陸後、雲中における上昇旋回の途中で、操縦者が「空間識失調」、いわゆる「バーティゴ」の状態に陥ったことが墜落した主な要因の1つと挙げました。
自衛隊の航空機、なかでも戦闘機は、急加速、急上昇、急旋回、急降下など、旅客機やヘリコプターなどと比べて高速・高機動で飛ぶ頻度が極めて高いです。加えて夜間や悪天候下に出動することも多く、乗組員(パイロット)にとって過酷な条件が多々あります。
このように、身体的負担の多い乗組員の安全を守るため、医学的見地から研究や実験を行っているのが、入間基地の「航空医学実験隊」です。今回、その知られざる任務や機材を同基地で取材してきました。
航空医学実験隊の庁舎内に設置されている遠心力発生装置。手前の隊員と比べるとその大きさがわかる(柘植優介撮影)。
そもそも航空医学実験隊の役割は、航空医学に関する調査・研究を行うことだそう。具体的には、航空機が上空を飛行する際に人体に起こる様々な生理現象を調査・研究し、それらを克服するための訓練を実施しているとのことでした。
調査・研究を主任務とする部隊のため、所属は航空自衛隊内で研究開発業務を一元的に担任する航空開発実験集団になります。歴史は意外と古く、航空自衛隊発足の3年後、1957(昭和32)年11月に立川分屯基地において臨時航空医学実験隊として発足したのが最初で、幾多の変遷を経たのち、2006(平成18)年12月以降、随時入間基地へ移転し、現在に至っています。
F-15とF-2、2種の戦闘機に対応するための工夫とは?
航空医学実験隊は、隊司令をトップとして、その下に総務部、第1部、第2部、第3部、第4部が編成されています。総務部はその名のとおり、隊の総務や人事、企画に関する業務を担う部署で、実際に調査・研究を行っているのは、第1部から第4部までになります。
第1部は作業能率の向上や安全対策について、心理学的、人間工学的な調査研究を実施しているほか、研究などに関係する物品の調達業務も担う部署。対して第2部は、各種航空環境下における搭乗員などの生理学的、生化学的、そして薬化学的見地から調査・研究を実施。第3部は臨床航空医学に関する調査・研究を担当しており、航空医学適性の評価も行っているそうです。
第4部は航空生理訓練の実施および訓練方式に関する調査研究と、救命装備品の実用試験などを実施している部署になります。今回は、この第4部で遠心力発生装置や低圧訓練装置などを見せてもらいました。
入間基地の一角に建つ航空医学実験隊の庁舎(柘植優介撮影)。
遠心力発生装置とは、文字どおり被験者に人工的に作り出した遠心力(G)を加え、高G環境の体験とその対処法を修得させるための装置です。
装置は回転構造のアームの先に航空機のコックピットを模したゴンドラが付いている形で、このゴンドラのなかに被験者が乗り込み高G環境を体験できるようになっています。
説明によると、ゴンドラ内部は航空自衛隊の2種類の戦闘機、F-15JとF-2どちらにも対応できるというハナシで、中を見せてもらうと操縦桿が2本用意されていたのが特徴的でした。
高度0mで急減圧状態を作り出す秘密部屋
ただ、隊員の説明によると、加速度訓練を行う前に座学や筋トレによる事前訓練が必須とのこと。その理由は、高G環境下において乗組員自ら耐G動作をスムーズに行えるようにするためだそうで、これらを習得したのち遠心力発生装置に乗り込むのだそうです。
披露してくれたのは、耐G動作に必要な呼吸法(腹呼吸)で、ほかにも「ブレーシング」と呼ばれる体幹安定トレーニングなどを実施していました。
航空医学実験隊の庁舎内にある筋トレ室でのブレ―シングの様子。腹筋台に頭を下にして寝転び、血液が頭部に集まった形が、高G環境下に近い状態になるとのこと(柘植優介撮影)。
続いて案内されたのは、低圧訓練装置。こちらは高々度飛行が人体に及ぼす影響を調べ、その対策、そして酸素マスクや酸素レギュレータなどの取り扱い方法を訓練するための装置です。装置内部には小部屋(減圧室)が設けられており、この中の気圧を人工的に下げることで、疑似的に急降下したときの状況を作り出すことが可能になっています。
部屋は主室と副室からなり、前者は教官1人のほかに被訓練者14人、後者は教官1人のほかに被訓練者7人が入ることが可能です。
なお、隊員の説明によると、急減圧が起きた場合、異常音の発生や、大量の霧の発生(急減圧による空気中の水分の結露)、空気の噴流、急激な温度低下が起きるとのこと。またこれに伴って体内の気圧と体の外の気圧に差が生じるため、肺の中の空気が一気に外に出てしまい、息ができなくなるそうです。
こういったことが起きるため、なかにはパニックに陥る人もいるそう。そのため、そういった状況に直面しても落ちついて対処できるよう、訓練は必須とのことでした。
航空機は保有しないけれど存在感はバツグン
低圧訓練装置は入間基地以外に築城基地(福岡県)や浜松基地(静岡県)にもあり、戦闘機などに搭乗するにはこれらの基地で必ず訓練を受ける必要があるとのこと。そのため、「ブルーインパルス」やF-15DJなどに著名人が体験搭乗する際は、いずれかの基地で事前訓練を受けているとのハナシでした。
なお、訓練修了者には、その証として「低圧訓練証」が交付されるそうです。
低圧訓練装置の室内の様子(柘植優介撮影)。
このほかにも第4部には空間識訓練装置や射出座席訓練装置などもあり、これらにより実機を使わずとも各種錯覚を体験したり、緊急時の射出に関する感覚などを体得したりできるようになっています。
航空機は、船や自動車と違い、三次元機動を行う乗りものです。とくに高速で飛行する戦闘機などは乗組員に大きな身体的負担をかけ続けます。そのため、それら負担がどのように人体に影響を及ぼすのか研究し、事故を未然に防ぐ手立てを常に研究し続ける必要があります。
その意味で、航空医学実験隊は、航空機こそ保有していないものの、飛行安全を追求するうえで航空自衛隊になくてはならない存在だと、取材を通して実感しました。