フォールズが語る「踊れるロック」の成熟と原点回帰、フジロックとUK最高峰のライブ
フォールズ(Foals)が最新アルバム『Life Is Yours』をリリース。今夏のフジロックフェスティバル出演も決まっている彼らの新境地とは? 今年5月のロンドン公演を目撃したライター・佐藤優太に解説してもらった。
※本稿におけるジミー・スミスの発言は、出典に関する記載がない限り、全て筆者が行った公式インタビューからの引用。
始まりはパンデミックの中で
「このアルバムの最初のインスピレーションは、自分たちの周りで起こっていることから逃れたいという気持ちから来たんだと思う」(ジミー・スミス)
フォールズの7枚目の新作アルバム『Life Is Yours』が、彼らのディスコグラフィーの中でも最もポップでダンス色の強いアルバムに仕上がった理由について、スミスはこのように答える。「自分たちの周りで起こっていること」とは、もちろんコロナ禍とロックダウンのことだ。
『Life Is Yours』のリード曲「2001」の日本語字幕MV
1分でわかるフォールズの解説動画
振り返ると、フォールズは2019年11月にリリースしたアルバム『Everything Not Saved Will Be Lost Part 2』で、バンド初の全英1位を獲得。また、2020年2月には、BRIT Awardsの「最優秀ブリティッシュ・グループ賞」を受賞した。同年3月には来日公演が予定され、その後の4月からは凱旋的なUKツアーがスタートする予定だった。
だが、2月末にアウトブレイクに至ったCovid-19のパンデミックが全てを変えた。予定されていたツアーは全て中止や延期を余儀なくされ、UKツアーに至っては最終的に3度もの延期調整が行われた。実質的な2枚組アルバムだった『Everything Not Saved Will Be Lost』を振り返るとき、スミスは作品を完成させられたことは誇りに思うとしながらも「Part 2がスポットライトを十分に浴びなかったのは残念」ともこぼす。
『Life Is Yours』の制作は、そんな中で始まった。通例で考えれば”失意の中からの再スタート”といった言い回しさえできそうな状況だが、ロックダウンで活動の大部分が制限されていた当時ばかりは、バンドとして新しい音楽を作れる喜びの方が上回っていたようだ。「2020年の冬、パンデミックの猛威でロンドンがとても殺伐とする中、毎日一緒に音楽を作ることから僕らは大きな安らぎを得ていたんだ。そこで僕らの中から生まれてくる音楽にはとても高揚感があって、僕ら自身のセラピーになり始めていたから(略)それを続けていこうと決めたんだ。」(スミス)
「踊れるアルバム」の成熟と原点回帰
”セラピーとしてのダンス・アルバム”というフレーズは『Life Is Yours』というアルバムを説明するときに、とてもしっくり来るものだ。
5月に『Life Is Yours』ツアーのロンドン公演を観た際に、フォールズの過去作の楽曲の演奏で改めて痛感したのは、彼らが”静と動のダイナミズム”というアイデアを、自身の音楽の中心的なコンセプトの一つに据えてきたことの重みだった。それはある時は性急なポストパンク・ビートやヘヴィ・メタル的なディストーション・ギターとして表現され、ある時は大平原や大海原を思わせる静けさから、伸びやかで壮大なコーラスへと辿り着く楽曲の構成として表現されてきた。前作までのバンドの音楽制作の姿勢についてスミスは「様々なサウンドやジャンルを取り入れて音楽的な旅をするようなアルバムを作ってきた」と振り返る。『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1 & 2』の大ボリュームは、その集大成でもあったのだ。
今年5月のロンドン公演にて(Photo by Sam Neill)
また、相反するものを同居させることで生まれるダイナミクスを生かすという個性は、フォールズというバンドの存在や活動そのものにも共通して言えることだ。知的で理性的あると同時に、どこまでもエモーショナルである。あるいはアフロ・ビート/クラウトロック/テクノなど多岐に渡るジャンルへの参照点を持つと同時に、アリーナ級のロック・バンドとしての迫力も失わない。もっと単純な言い方をすれば、インディ・バンドであると同時に、商業的な成功をも手中に納める。そうした全方向性や包括性が、同時期にデビューした他の多くのイギリスのバンドとフォールズとを決定的に隔ててきた。
だが、『Life Is Yours』は、そうした従来のフォールズ像とは、異なる顔を持った作品だ。「今回はもっとシンプルで、何度も繰り返し聴くことができる作品が必要だと感じていたんだ。このコンセプトはアルバムの音楽面のすべてに影響を与えていて、バンドがコンセプトを完全に実現することに最も成功した作品だと感じている」(スミス)
極と極を繋ぐような激しいダイナミクスを軸とした表現から、より持続的で柔らかい時間の流れを軸とした表現へ。そして、その結果、作品から生じてくるのは、バンド自身が求めた癒しの感覚なのだ。
同時に、シンプルさというコンセプトは、バンドに2つの意味で『Antidotes』(2008年)期への原点回帰を促した。1つ目はダンスの身体性への回帰で、例えばアルバム先行曲の「Wake Me Up」は、ドラマーのジャック・ビーヴァンがApple Musicの番組で明かしたところによれば、彼らがディスコのリズムを意識的に取り入れたナンバー。だが、アンサンブルのグルーヴを主体としたシンプルなアレンジは、初期のバンドの作風を彷彿とさせる部分がある。
2点目はサウンド面の回帰で、スミスも「ある意味、1stアルバムのサウンドに戻ったと言えるかもしれない」と認める。「僕のギターはペダル無しで、チューナー・ペダルさえ無い、アンプだけのセットアップだった。ドラムは、特に70年代の音やテクニックを参考にして、細心の注意を払って録音したよ。現代的なキラキラしたギターやシンセサイザーと、温かみのあるアナログのドラムサウンドの組み合わせは、すごく良い感じだと思うんだ」(スミス)
アルバムのオープナーで表題曲の「Life Is Yours」は、その方向性を象徴する一曲だ。アルバムの影響源として、スミスは「アフリカの影響、特にサヘルの音楽からの影響は大きいね。ティナリウェンのようなバンドが良い例だと思う」と語っているが、直アンプのギター・サウンドで鳴らされる同曲のアラビックな響きのリフや、6曲目の「Flutter」のギターのフレーズからは、マリやセネガルのギター音楽からの直接的な影響を感じることが出来る。
また、アルバムのその他の影響源としては、初期のリー・スクラッチ・ペリーの「シンプルだけど、とてもカラフルで生命力に溢れたプロダクション」や「クリーンでオーガニックなサウンドの日本のアンビエント・ミュージック」が挙がる。特に後者は2019年にLight In The Atticからリリースされたコンピ盤『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』が、よく聴いた作品として具体的に名指しされている。
その影響は「Life Is Yours」の楽曲全体、ひいてはアルバム全体を覆う、重層的なシンセサイザーの柔らかな響きから聴きとることが出来る。本作のレコーディングのメイン・スタジオであるReal World Studiosは、ピーター・ガブリエルが設立したイギリスはバス地方のスタジオで、貴重なビンテージ機材を多く保持していることでも知られているが、スミスは「シンセは70年代、80年代のものも多く使っていて、それもサウンドに影響していると思う」とも語っている。また、『Kankyō Ongaku』は、セルフケアや瞑想への再注目という近年の社会的/音楽的文脈の中で(再)評価された作品でもあり、それは『Life Is Yours』のコンセプトとも近しい関係にあると言える。
「Life Is Yours」と並んでスミスがアルバムの代表曲に挙げる「2001」は、バンドが若い頃に移住したブライトンで感じた独立心や解放感からインスパイアされている。この曲で表現されている”過剰なナイトアウト(夜遊び)”は、ロックダウンの状況下での逃避願望と重なることで、本作の通奏的なテーマになっている。だが、この曲の”Well come up for air and go under again”(息継ぎに上がってきて、また潜るんだ:筆者訳)という歌詞から感じられるように、ナイトアウトへの渇望を、中年期(そしてキャリア的にはベテランの入り口)に差し掛かった彼ららしい、一周回った後の突き放した客観性と成熟とともに描いてもいる。
それは、ハウスの四つ打ちを前面に押し出した「The Sound」や「Wild Green」などのアルバムの後半の曲にも言える。バンドがデビュー初期から強調してきたダンス・ミュージックへの愛情を、具体的なビートやリズムへと昇華したこれらの曲だが、そこでもまたメンバー自らのフィジカルな演奏や、前述のような”それ以外”の音楽への参照というフィルターを通すことで、フォールズらしいサウンドに仕上げている。そのバンドの成熟こそが、アルバムの大きな美点になっているのだ。
ちなみにバンドのセルフ・プロデュース作だった『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1&2』と違い、『Life Is Yours』の制作は、複数のプロデューサーとの共同作業で行われている。エグゼクティブ・プロデューサーのジョン・ヒルは、アルバム全体を監督し作品の一貫性を担保。その上で曲によって、ダン・キャリーとA. K.ポールという、今のロンドン・シーンのエキサイティングさを象徴する2人が、それぞれと好相性な曲を担当するという分担となっていたようだ。また、クレジット上はアディショナル・プロデュースや共同プロデュースといった名義だが、キーボード奏者でリトル・シムズの作品もプロデュースするマイルス・ジェイムスが複数曲に参加している。
ポスト・パンデミックを照らすフォールズのライブ
5月のロンドン公演では、先行2曲に並んで前述の「Life Is Yours」と「2001」が、いち早くセットリストに取り入れられていた。その時に新作の曲のパフォーマンスを聴きながら思ったのは、ライブのセットリストの中で、ある種の清涼剤のような役割を果たす楽曲群だということだった。
近年のフォールズのライブを体験したリスナーには改めて言うまでもないが、彼らのライブは現在のUKのロック・バンドの中でも、間違いなく最高峰と言える迫力を持っている。その定評は3rdアルバムの『Holy Fire』(2013年)をリリースする頃から本国を含めて確立してきたものだが、今年の『NME』のインタビューで、スミスは「数年前まで、僕たちはアークティック・モンキーズに負けないようにしようと考えて、実は本当に悩んでいたんだ(筆者訳)」とも明かしている。確かにデビュー時期の近さを思えば、目下のライバルとして想定することは想像通りとも言えるが、いずれにせよ、その競争意識が、現在のフォールズのライブ・アクトとしての実力を育む原動力となったことは疑いようがない。
Photo by Sam Neill
同時に、前作までの曲を演奏するフォールズを観て思ったのは、彼らがブリティッシュ・ロックの最良の後継者の一組であり、想像以上にレッド・ツェッペリンとの共通点が多いということだった。メタル・ミュージックからの影響も色濃いビーヴァンのビッグなドラムス──特にアリーナを爆撃するようなキックはジョン・ボーナムさながらの迫力がある。また、ヤニス・フィリッパケスの高音ボーカルも、若い頃のロバート・プラントの姿をそのまま彷彿とさせる。さらに彼のギリシャ系のルーツを思い起こさせるアラビックなメロディへの指向も、中期以降のツェッペリンに通じるものがある(フィリッパケスの多文化志向は、そのルーツとも深く関係しているのだろう)。また、前作の「Black Bull」のような曲で見せたヘヴィなギター・サウンドへの飽くなき傾倒も、その連想を強める(ただし、フォールズの場合、そうしたサウンドを、EDMまで射程に含んだダンス・ミュージックのコンパクトな構成感の中で表現している点が現代的でもある)。
そして、上述の通り、前作までの曲の演奏では、感情的な極点に向けて爆発的な演奏をする、という意識がライブ全体を貫いていると感じた。だからこそ『Life Is Yours』の曲のパフォーマンスには、それとは異なる感触がある。端的に言えば、より大人で洒脱。ある意味ではリラキシン。だが、かと言って、それが浮いていたというわけでもない。スミスは7月に出演するフジロックのセットリストについて「新曲と他のアルバムからのヘルシーなミックス」になると言及すると同時に、「願わくば、素敵なライティングも」と付け足す。実際、5月のライブは、バック・スクリーンやストロボまで演奏と一体となった総合的な表現に仕上がっていて、その中で新曲もバンドの新しい引き出しとして、しっかり組み込まれていた。フェスティバルのステージで、それがどのように表現されるかは注目すべき機会となるだろう。
ポスト・パンデミックにこそ求められる、癒しの感覚を持ったダンス・アルバムを携えて、フォールズが帰還する。アーティストはよく社会の危機を先回りしてリスナーに伝える”炭坑のカナリア”に喩えられるが、フォールズは、我々に必要な癒しの感覚を、先回り的に音楽で表現しようとしていたのだという言い方もできるだろう(同じ喩えを使うなら、吹雪の中で鳴くウグイスとか?)。
その背景や作品に込められた願いを思えば、彼らの最新のアーティスト写真さながら車でドライブしながらアルバムを聴く時に、あるいは苗場のアリーナで踊りながらバンドのライブを観る時に『人生はあなたのもの』と名付けられた、このアルバムの更なる魅力が、きっと輝くことになるのだろう。パンデミックからの回復の時間は、ダンスの喜びとともに始まっている。
【関連記事】フォールズがUKロック不遇の10年を乗り越え、無敵のアンサンブルで絶頂期を迎えるまで
フォールズ
『Life Is Yours』
発売中
*日本盤ボーナス・トラック3曲収録
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/lifeisyours
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/FOALS_liy
FUJI ROCK FESTIVAL 22
2022年7月29日(金)、30日(土)、31日(日) 新潟・苗場スキー場
※フォールズは30日(土)出演
詳細:https://www.fujirockfestival.com/
フォールズ日本公式:https://www.sonymusic.co.jp/artist/foals/
※本稿におけるジミー・スミスの発言は、出典に関する記載がない限り、全て筆者が行った公式インタビューからの引用。
始まりはパンデミックの中で
「このアルバムの最初のインスピレーションは、自分たちの周りで起こっていることから逃れたいという気持ちから来たんだと思う」(ジミー・スミス)
『Life Is Yours』のリード曲「2001」の日本語字幕MV
1分でわかるフォールズの解説動画
振り返ると、フォールズは2019年11月にリリースしたアルバム『Everything Not Saved Will Be Lost Part 2』で、バンド初の全英1位を獲得。また、2020年2月には、BRIT Awardsの「最優秀ブリティッシュ・グループ賞」を受賞した。同年3月には来日公演が予定され、その後の4月からは凱旋的なUKツアーがスタートする予定だった。
だが、2月末にアウトブレイクに至ったCovid-19のパンデミックが全てを変えた。予定されていたツアーは全て中止や延期を余儀なくされ、UKツアーに至っては最終的に3度もの延期調整が行われた。実質的な2枚組アルバムだった『Everything Not Saved Will Be Lost』を振り返るとき、スミスは作品を完成させられたことは誇りに思うとしながらも「Part 2がスポットライトを十分に浴びなかったのは残念」ともこぼす。
『Life Is Yours』の制作は、そんな中で始まった。通例で考えれば”失意の中からの再スタート”といった言い回しさえできそうな状況だが、ロックダウンで活動の大部分が制限されていた当時ばかりは、バンドとして新しい音楽を作れる喜びの方が上回っていたようだ。「2020年の冬、パンデミックの猛威でロンドンがとても殺伐とする中、毎日一緒に音楽を作ることから僕らは大きな安らぎを得ていたんだ。そこで僕らの中から生まれてくる音楽にはとても高揚感があって、僕ら自身のセラピーになり始めていたから(略)それを続けていこうと決めたんだ。」(スミス)
「踊れるアルバム」の成熟と原点回帰
”セラピーとしてのダンス・アルバム”というフレーズは『Life Is Yours』というアルバムを説明するときに、とてもしっくり来るものだ。
5月に『Life Is Yours』ツアーのロンドン公演を観た際に、フォールズの過去作の楽曲の演奏で改めて痛感したのは、彼らが”静と動のダイナミズム”というアイデアを、自身の音楽の中心的なコンセプトの一つに据えてきたことの重みだった。それはある時は性急なポストパンク・ビートやヘヴィ・メタル的なディストーション・ギターとして表現され、ある時は大平原や大海原を思わせる静けさから、伸びやかで壮大なコーラスへと辿り着く楽曲の構成として表現されてきた。前作までのバンドの音楽制作の姿勢についてスミスは「様々なサウンドやジャンルを取り入れて音楽的な旅をするようなアルバムを作ってきた」と振り返る。『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1 & 2』の大ボリュームは、その集大成でもあったのだ。
今年5月のロンドン公演にて(Photo by Sam Neill)
また、相反するものを同居させることで生まれるダイナミクスを生かすという個性は、フォールズというバンドの存在や活動そのものにも共通して言えることだ。知的で理性的あると同時に、どこまでもエモーショナルである。あるいはアフロ・ビート/クラウトロック/テクノなど多岐に渡るジャンルへの参照点を持つと同時に、アリーナ級のロック・バンドとしての迫力も失わない。もっと単純な言い方をすれば、インディ・バンドであると同時に、商業的な成功をも手中に納める。そうした全方向性や包括性が、同時期にデビューした他の多くのイギリスのバンドとフォールズとを決定的に隔ててきた。
だが、『Life Is Yours』は、そうした従来のフォールズ像とは、異なる顔を持った作品だ。「今回はもっとシンプルで、何度も繰り返し聴くことができる作品が必要だと感じていたんだ。このコンセプトはアルバムの音楽面のすべてに影響を与えていて、バンドがコンセプトを完全に実現することに最も成功した作品だと感じている」(スミス)
極と極を繋ぐような激しいダイナミクスを軸とした表現から、より持続的で柔らかい時間の流れを軸とした表現へ。そして、その結果、作品から生じてくるのは、バンド自身が求めた癒しの感覚なのだ。
同時に、シンプルさというコンセプトは、バンドに2つの意味で『Antidotes』(2008年)期への原点回帰を促した。1つ目はダンスの身体性への回帰で、例えばアルバム先行曲の「Wake Me Up」は、ドラマーのジャック・ビーヴァンがApple Musicの番組で明かしたところによれば、彼らがディスコのリズムを意識的に取り入れたナンバー。だが、アンサンブルのグルーヴを主体としたシンプルなアレンジは、初期のバンドの作風を彷彿とさせる部分がある。
2点目はサウンド面の回帰で、スミスも「ある意味、1stアルバムのサウンドに戻ったと言えるかもしれない」と認める。「僕のギターはペダル無しで、チューナー・ペダルさえ無い、アンプだけのセットアップだった。ドラムは、特に70年代の音やテクニックを参考にして、細心の注意を払って録音したよ。現代的なキラキラしたギターやシンセサイザーと、温かみのあるアナログのドラムサウンドの組み合わせは、すごく良い感じだと思うんだ」(スミス)
アルバムのオープナーで表題曲の「Life Is Yours」は、その方向性を象徴する一曲だ。アルバムの影響源として、スミスは「アフリカの影響、特にサヘルの音楽からの影響は大きいね。ティナリウェンのようなバンドが良い例だと思う」と語っているが、直アンプのギター・サウンドで鳴らされる同曲のアラビックな響きのリフや、6曲目の「Flutter」のギターのフレーズからは、マリやセネガルのギター音楽からの直接的な影響を感じることが出来る。
また、アルバムのその他の影響源としては、初期のリー・スクラッチ・ペリーの「シンプルだけど、とてもカラフルで生命力に溢れたプロダクション」や「クリーンでオーガニックなサウンドの日本のアンビエント・ミュージック」が挙がる。特に後者は2019年にLight In The Atticからリリースされたコンピ盤『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』が、よく聴いた作品として具体的に名指しされている。
その影響は「Life Is Yours」の楽曲全体、ひいてはアルバム全体を覆う、重層的なシンセサイザーの柔らかな響きから聴きとることが出来る。本作のレコーディングのメイン・スタジオであるReal World Studiosは、ピーター・ガブリエルが設立したイギリスはバス地方のスタジオで、貴重なビンテージ機材を多く保持していることでも知られているが、スミスは「シンセは70年代、80年代のものも多く使っていて、それもサウンドに影響していると思う」とも語っている。また、『Kankyō Ongaku』は、セルフケアや瞑想への再注目という近年の社会的/音楽的文脈の中で(再)評価された作品でもあり、それは『Life Is Yours』のコンセプトとも近しい関係にあると言える。
「Life Is Yours」と並んでスミスがアルバムの代表曲に挙げる「2001」は、バンドが若い頃に移住したブライトンで感じた独立心や解放感からインスパイアされている。この曲で表現されている”過剰なナイトアウト(夜遊び)”は、ロックダウンの状況下での逃避願望と重なることで、本作の通奏的なテーマになっている。だが、この曲の”Well come up for air and go under again”(息継ぎに上がってきて、また潜るんだ:筆者訳)という歌詞から感じられるように、ナイトアウトへの渇望を、中年期(そしてキャリア的にはベテランの入り口)に差し掛かった彼ららしい、一周回った後の突き放した客観性と成熟とともに描いてもいる。
それは、ハウスの四つ打ちを前面に押し出した「The Sound」や「Wild Green」などのアルバムの後半の曲にも言える。バンドがデビュー初期から強調してきたダンス・ミュージックへの愛情を、具体的なビートやリズムへと昇華したこれらの曲だが、そこでもまたメンバー自らのフィジカルな演奏や、前述のような”それ以外”の音楽への参照というフィルターを通すことで、フォールズらしいサウンドに仕上げている。そのバンドの成熟こそが、アルバムの大きな美点になっているのだ。
ちなみにバンドのセルフ・プロデュース作だった『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1&2』と違い、『Life Is Yours』の制作は、複数のプロデューサーとの共同作業で行われている。エグゼクティブ・プロデューサーのジョン・ヒルは、アルバム全体を監督し作品の一貫性を担保。その上で曲によって、ダン・キャリーとA. K.ポールという、今のロンドン・シーンのエキサイティングさを象徴する2人が、それぞれと好相性な曲を担当するという分担となっていたようだ。また、クレジット上はアディショナル・プロデュースや共同プロデュースといった名義だが、キーボード奏者でリトル・シムズの作品もプロデュースするマイルス・ジェイムスが複数曲に参加している。
ポスト・パンデミックを照らすフォールズのライブ
5月のロンドン公演では、先行2曲に並んで前述の「Life Is Yours」と「2001」が、いち早くセットリストに取り入れられていた。その時に新作の曲のパフォーマンスを聴きながら思ったのは、ライブのセットリストの中で、ある種の清涼剤のような役割を果たす楽曲群だということだった。
近年のフォールズのライブを体験したリスナーには改めて言うまでもないが、彼らのライブは現在のUKのロック・バンドの中でも、間違いなく最高峰と言える迫力を持っている。その定評は3rdアルバムの『Holy Fire』(2013年)をリリースする頃から本国を含めて確立してきたものだが、今年の『NME』のインタビューで、スミスは「数年前まで、僕たちはアークティック・モンキーズに負けないようにしようと考えて、実は本当に悩んでいたんだ(筆者訳)」とも明かしている。確かにデビュー時期の近さを思えば、目下のライバルとして想定することは想像通りとも言えるが、いずれにせよ、その競争意識が、現在のフォールズのライブ・アクトとしての実力を育む原動力となったことは疑いようがない。
Photo by Sam Neill
同時に、前作までの曲を演奏するフォールズを観て思ったのは、彼らがブリティッシュ・ロックの最良の後継者の一組であり、想像以上にレッド・ツェッペリンとの共通点が多いということだった。メタル・ミュージックからの影響も色濃いビーヴァンのビッグなドラムス──特にアリーナを爆撃するようなキックはジョン・ボーナムさながらの迫力がある。また、ヤニス・フィリッパケスの高音ボーカルも、若い頃のロバート・プラントの姿をそのまま彷彿とさせる。さらに彼のギリシャ系のルーツを思い起こさせるアラビックなメロディへの指向も、中期以降のツェッペリンに通じるものがある(フィリッパケスの多文化志向は、そのルーツとも深く関係しているのだろう)。また、前作の「Black Bull」のような曲で見せたヘヴィなギター・サウンドへの飽くなき傾倒も、その連想を強める(ただし、フォールズの場合、そうしたサウンドを、EDMまで射程に含んだダンス・ミュージックのコンパクトな構成感の中で表現している点が現代的でもある)。
そして、上述の通り、前作までの曲の演奏では、感情的な極点に向けて爆発的な演奏をする、という意識がライブ全体を貫いていると感じた。だからこそ『Life Is Yours』の曲のパフォーマンスには、それとは異なる感触がある。端的に言えば、より大人で洒脱。ある意味ではリラキシン。だが、かと言って、それが浮いていたというわけでもない。スミスは7月に出演するフジロックのセットリストについて「新曲と他のアルバムからのヘルシーなミックス」になると言及すると同時に、「願わくば、素敵なライティングも」と付け足す。実際、5月のライブは、バック・スクリーンやストロボまで演奏と一体となった総合的な表現に仕上がっていて、その中で新曲もバンドの新しい引き出しとして、しっかり組み込まれていた。フェスティバルのステージで、それがどのように表現されるかは注目すべき機会となるだろう。
ポスト・パンデミックにこそ求められる、癒しの感覚を持ったダンス・アルバムを携えて、フォールズが帰還する。アーティストはよく社会の危機を先回りしてリスナーに伝える”炭坑のカナリア”に喩えられるが、フォールズは、我々に必要な癒しの感覚を、先回り的に音楽で表現しようとしていたのだという言い方もできるだろう(同じ喩えを使うなら、吹雪の中で鳴くウグイスとか?)。
その背景や作品に込められた願いを思えば、彼らの最新のアーティスト写真さながら車でドライブしながらアルバムを聴く時に、あるいは苗場のアリーナで踊りながらバンドのライブを観る時に『人生はあなたのもの』と名付けられた、このアルバムの更なる魅力が、きっと輝くことになるのだろう。パンデミックからの回復の時間は、ダンスの喜びとともに始まっている。
【関連記事】フォールズがUKロック不遇の10年を乗り越え、無敵のアンサンブルで絶頂期を迎えるまで
フォールズ
『Life Is Yours』
発売中
*日本盤ボーナス・トラック3曲収録
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/lifeisyours
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/FOALS_liy
FUJI ROCK FESTIVAL 22
2022年7月29日(金)、30日(土)、31日(日) 新潟・苗場スキー場
※フォールズは30日(土)出演
詳細:https://www.fujirockfestival.com/
フォールズ日本公式:https://www.sonymusic.co.jp/artist/foals/