勇気と真心を持って“真実“を語るのが政治家 石破茂氏が歴代総理の背中に学んだリーダーのあるべき姿 - BLOGOS編集部

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※この記事は2018年07月27日にBLOGOSで公開されたものです

歯に衣着せぬ発言で、「次の首相」候補の一人として注目を集める衆議院議員・石破茂氏。多くの総理の傍らで活躍してきた石破氏が考える、日本のリーダーに必要な資質とは何か。先日行われた党首討論や米朝首脳会談、同氏が「必ず総理になる男」と評する小泉進次郎氏との関係について、話を聞いた。【取材:田野幸伸・村上隆則】

党首討論「歴史的使命は終わった」発言に違和感

―― 先日行われた党首討論、石破さんはどのようにご覧になられましたか。

石破茂氏(以下、石破):党首討論ってもっと聞きごたえのあるものになりうると思うんです。岡田克也さんが民主党代表だったときや、小沢一郎さんの頃は野党が一つで、政権交代がいつ起こってもおかしくなかった。今は、野党の人数が少ない上にバラバラ。討論の時間が一番長かった枝野さんが往復で15分でしょう。それでは討論なんて無理。

本来なら、予算委員会とか、そのほかの委員会への総理の出席を減らしてでも、今の2倍、3倍の時間を取るべきではないでしょうか。党首討論の行われる委員会は「国家基本政策委員会」なんですよ。国家の基本政策が15分で討論できるわけがない。

その上、お互いが言いたいことを言うだけで、相手にしゃべる時間を与えないということが起きている。それでは討論とは言えません。そうならないために、スキャンダルや、罵詈雑言、意見陳述ではなく、国家の基本政策について意見を戦わせる環境を作るべきなんです。今日は「朝鮮半島情勢と我が国の安全保障」、別の日は「働き方改革と日本経済」など、テーマ設定も必要です。

党首討論は「討論」という名前にはなっていますが、国会運営の規則上、野党の党首が総理に質問をするというものです。であれば、野党は事前に質問内容を示して、それに対して、総理が「委員の質問に対する答えはこれです、その理由はこうです」という議論をしないと意味がない。このような努力をせずに、「歴史的使命は終わった」というのはやはり違和感があります。

―― その発言はさまざまな媒体で大きく取り上げられました。

石破:そんなこと言うなら国会なんかやめろと言われてしまいかねない。国民も、「何のために俺たちは国会議員を選んでるんだ」と思いますよね。ただこれは制度の問題ではなく、運用の問題です。それは小選挙区制もそう。小選挙区制も、制度そのものが間違っているわけではない。

国会議員が「地域の代弁者」になってしまっている

―― 現在の小選挙区比例代表制には死に票の多さ、一強多弱の政治体制を生んでしまうなど、問題点も指摘されています。石破さんが考える小選挙区制の運用上の問題点とは、どのような部分でしょうか。

石破:小選挙区制が機能するためには、地方分権が相当程度進んでいる必要がある。それをしないと、国会議員は結局「地域の代弁者」ということになってしまい、国会はいかに地元の利益を実現するかという競争の場になってしまいます。

私が農林水産大臣を拝命していたとき、イタリアの農林大臣と会談したことがありましたが、イタリアの農林省のやっていることは、EUから来るお金を各州に配分することだけなんだとお聞きしました。思わず「なんで?」と聞いたら、「当たり前だろう。お前の国もそうじゃないのか。北から南まで長いんだから、北の農業は北でないと分からないし、南の農業は南でないと分からないだろう」と。

また、政党が国民から税金を受け取るという権限を有する以上は、政党も、国民に対して、納税者に対して、義務を負わねばならないはずです。そのために、政党法を作って、党首の決め方や、意思決定の方法、経理のディスクロージャーなど、国民に対する義務を明文化する必要があります。そうしないと、政党は国民から税金を受け取るという権利だけ手にして、好き勝手に運営をして、国民からだんだん離れていきかねないからです。

本来なら、選挙制度改革と地方分権、そして政党法をセットにしないといけなかった。でも細川護煕総理は当時、この点について留意されないまま推し進めてしまった。その結果、いままさに「◯◯県の利益を代弁するのは、自民党です。野党には何もできません」といった選挙戦が行われているわけでしょう。本来、国会でやらなければいけないのは、外交、安全保障、財政、教育といった国の政府でなければできないことなのだと思います。

「ポストは自分で努力した結果与えられるもの」

―― 小選挙区制だと、政党から選挙の支援をもらえるかどうかが死活問題になります。そのため党に逆らえない議員が増えるという弊害もありませんか。

石破:実はこの制度を導入するときに、私は僭越にも小泉純一郎元総理と大論争になりました。小泉先生は「石破さん、こんな制度を導入してみろ。党本部と官邸の言うことしか聞かない国会議員ばっかりになるぞ」と言われたんです。

でも私は、「そんなことはない。みんながポストと選挙を官邸と党本部に頼るような、そんな自民党じゃない。党本部に助けてもわらなくたって、官邸に助けてもらわなくたって、選挙は自分でやるもんだ。ポストは自分で、努力して、勉強して取るもんだ」って、返していたんですね。

私は当選11回ですけど、2回無所属で選挙を戦ってるんです。1回目は当選3回の時で、宮沢内閣の農林政務次官でした。一応、内閣の一員でしたが、こともあろうに内閣不信任案に賛成したので、公認がもらえなかった。

もう1回は、新進党公認で自民党候補と闘うべく、日々挨拶廻りに明け暮れていた頃。衆議院解散の当日に、新進党から送られてきた政権公約のファックスを見たら、「集団的自衛権行使は認めない」「消費税は21世紀まで3%に据え置く」と書いてあった。「私が党で言ってきたことと、全然違うじゃないか。こんな公約を掲げて出ることはできない」と、すぐに離党届を出して無所属で戦った。それでもありがたいことに、落選はしませんでした。

―― その後、自民党に復党し、防衛庁長官に任命されました。

私は小泉純一郎先生と橋本龍太郎先生が総裁選挙で戦われたとき、「橋本龍太郎でければ、日本はだめだ。小泉なんかが総理になったら、日本の終わりだ」と言って地元の鳥取県中を走り回った。それなのに小泉政権になった時、突如電話がかかってきて、防衛庁長官に任命された。「え?私ですか?本当に私なんですか?」と聞いたら「今はおまえだ」と。

小泉さんは、人を能力で判断されるから、好きとか、嫌いとか関係ないのでしょう。そんな経験もあって、私は、ポストは自分で努力した結果与えられるものだと思ってるし、選挙も自分で努力するものだと思っている。だけど、議員みんながみんな、私みたいに変な人じゃないので、副大臣になって、大臣になって、地元のために働きたいと思う人が多い。あるいは、自分のいろんな能力を国民のために生かしたいと思っている。そうするとやっぱり、選挙のときは、党の支援が欲しい。だからみんな言うことを聞くのでしょう。

小泉進次郎氏は「必ず総理になる男」

―― 小泉純一郎さんのお話が出ましたが、「次の総理は誰か」となると、やはり名前が出るのは、石破さんと小泉進次郎さんです。石破さんから見た進次郎さんというのは、どのような方なんでしょうか。

石破:小泉進次郎さんは必ず総理になる男だと思う。それは、次の総裁選で私の応援をして欲しいとか、そんなくだらないことではありません。この国のためになる人材だと思うからです。そして、前提として、私は彼のお父さんに恩があるということもあります。

私が政調会長や幹事長であったときに彼は青年局長でしたが、どんなに遠い場所でも、選挙の応援を嫌がったことはありませんでした。ただ、「応援がなくても勝てるけど、人を集めたいから、進次郎さんに来てほしい」みたいな所には行かない。彼はそういう男ですよ。私が地方創生大臣のときには、伊藤達也さんが大臣級の補佐官、平将明さんが副大臣で、小泉さんが政務官、今思えばすごいカルテットだった。

―― 歯に衣着せぬ4人。

石破:そう。実は私がやったことのいくつかは、小泉さんのアイデアでした。たとえばシティマネージャー制度。いわゆるキャリア官僚には、都道府県庁、政令指定都市の市役所などで、2年ぐらい仕事しに行ってもらう制度が従来あったんですが、人口5万人以下の市町村へは行かなかった。小泉さんは「そこにこそ人材が必要なんじゃないですか?」と言って、官僚に限らず、民間からも人材を派遣できるようにした。

また、なりたての市町村長たちが霞が関に相談に来ても困らないよう、「私は青森県の出身です」とか、「宮崎県に若い頃課長で行ってました」とか、地域に縁のある職員にコンシェルジュになってもらって、霞が関で迷わないような体制を作った。この2つは小泉さんがもともと提案したものなんですよ。だけど小泉さんは「この制度は僕がやったんだよ」なんてことは絶対言わない。

多くの人がいつかは彼を総理にと思っているし、選挙は強いし、ポストがほしいということもないでしょう。小泉さん本人も、選挙は自分でやるもんだ、ポストは自分の努力次第だって思ってるはずですよ。逆に言えばそういう議員には風当たりも強い。だけど私と違って、小泉批判をすると祟りがありそうだからそんなに叩かれない(笑)。だからいつかは総理にしたいし、なった時は本当にいい形で長くやってほしいです。

歴代総理に見た、日本のリーダーに必要な資質

―― 最近、自民党は安倍一強だという報道も増えてきています。次の総裁選はともかく、今後日本の政治を引っ張っていくリーダーというのは、どのような方がいいと思いますか。

石破:私が代議士になったのは昭和61年。それよりも前の、まだ議員ではなかった頃に、渡辺美智雄先生の講演を聞く機会があって、そのときに渡辺先生が、国会議員や国会議員候補生を集めて「政治家って何だと思う?」と問いかけた。渡辺先生はそこで「勇気と真心を持って真実を語るのが政治家だ。これができないやつは政治家なんかになるな」と言われた。私はそれがすごく印象に残ったので、その講演の音声テープをもらって、それを自分が当選するまでのあいだ聞き続けたんです。

真実は自分で見つける。誰が教えてくれるものでもない。そして、それを国民に語る勇気を持てということなんだよね。真実を見つけ、勇気をもって言うことは学者でも官僚でもできるかもしれない。政治家はさらに、それを実現せねばならんのだと。「あいつの言うことは俺の考えとは違うけど、あいつの言うことだったら聞いてみようかな」と思ってもらえるように努力する。それが真心なんだと渡辺先生は言っていた。

私が自分で見つけた真実はウケないことが多いですけどね。集団的自衛権の行使だろうが、社会保障の改革だろうが、ウケない。だけどそれを勇気を持って言わなきゃいけないし、「あいつの言うことだったら」と思ってもらえるようにしないと。私はリーダーってそんなもんじゃないかと思っています。

竹下登先生がリーダーとして立派だったと思うのは、あれだけ苦労してつくった竹下内閣だったのに、消費税を実現するために、自分の内閣と引き換えにされたこと。竹下内閣は支持率1桁で、そのうち消費税率まで下がるんじゃないかなどと言われていたけれども、あのとき竹下総理は、誰も聞く人がいなければ、総理大臣である自分が街頭に立って説明すると言われていた。やっぱりこれはすごかったなと思うし、橋本龍太郎総理の行政改革にしても、普天間基地の返還にしても、決して橋本政権は長かったわけじゃないが、やり遂げた。

あるいは小泉さんの有事法制やイラク派遣、どちらも私は担当大臣を務めたが、これだって国民から大批判を浴びながらやった。信念を持って物事をやり遂げて、国民にちゃんと語る。有事法制に最後まで反対したのは社民党と共産党だけ。あの時は「絶対国民が納得するまでやる、石破、お前それをやれ」と言われた。

福田康夫総理というのは、あまりしゃべる方じゃなかったけれど、ほんとに人の話をじっくりと聞く方です。私が防衛大臣のときに漁船と海上自衛隊のイージス艦がぶつかる事故がありましたが、総理自ら、ご家族のところへ行かれたんです。建物の前までは秘書官もSPも付いているんだけど、その先は「ここから先は僕一人で行く」と仰ってね。今、公文書偽造とか、改ざんとか言われているけれど、公文書管理法を作ったのは福田総理の時です。それは、公文書は政権が勝手に扱ってはいけない、国民のものなのだ、という強い信念があったからです。

小泉内閣を除いて、竹下内閣も橋本内閣も福田内閣も短かった。でも仕事はした。リーダーというのは、そういうことができる人だよね。

米朝首脳会談で北朝鮮は「安全の保証」をとりつけた

―― 防衛庁長官、防衛大臣と、石破さんは我が国の安全保障についても重要な立場だったかと思います。米朝首脳会談も終わりましたが、今後日本はどのような影響を受けるのでしょうか。

いい加減な予測はできませんが、結局アメリカ、トランプ大統領も、北朝鮮、金正恩委員長も、どちらもある程度はWin-Winの会談だったという感じは受けましたね。

金正恩委員長は、ごく短期間の間に、南北首脳会談を行い、中朝首脳会談を2回も行い、トランプ大統領と会談し、乗っていた飛行機は中国の要人専用機。中国がバックに付いているところも見せながら、世界最大の強国・アメリカの大統領とサシで会えるんだぞと、世界中にものすごい存在感を印象付けた。それは、カダフィだろうが、サダム・フセインだろうが、誰もできなかったことでしょう。

彼が取り付けたのは「体制の保証」などではなくて、核の放棄につながる行動を開始すれば、その間はアメリカは攻撃しないという、「安全の保障」です。

「安全の保障」をとりつけたということは、これから北朝鮮に対して韓国が投資をし、アメリカが投資をし、負けじと中国も投資する。そして、北朝鮮の経済が離陸していく。とすると、北朝鮮は北東アジアに残された最も可能性のある国になったのかもしれない、ということです。

トランプはトランプで、歴代大統領が誰もやらなかったことを実現した。米韓軍事演習をやらなければ、相当なコストが浮く。そしてやがて、朝鮮半島から撤退していくことができれば、また莫大なコストが削減できる。合衆国は財政上はものすごく得をする。その上、北朝鮮の核廃棄に関するコストは日韓が負担すると言っている。当然、アメリカまで届くICBMだけは許さないということは、もちろんあるはずです。今回はそこまでいかなかったけど、それがなきゃ、あんな会談にはならないでしょう。

すべてがうまく運んで、朝鮮戦争が休戦から終戦、平和条約に移行したら、朝鮮国連軍はその存在意義を失う。朝鮮国連軍の基地は、日本にもあります。今は横田基地が朝鮮国連軍の後方司令部で、そこには11か国の旗が翻っています。

朝鮮国連軍と日本国は、地位協定を結んでいるので、イギリスだろうが、フランスだろうが、南アフリカだろうが、参加国の軍隊は、在日米軍の基地を使えます。朝鮮国連軍がなくなれば、その地位協定もなくなります。

そうすると日本には日米同盟だけが残り、日本は対北朝鮮という意味では最前線に立つことになります。そういう状況にやがて日本が直面する可能性は低くはないでしょう。

―― 米朝関係の背後には、当然中国もいるわけですよね。

米朝関係には米中関係の従属変数という面があります。そしてアメリカと中国の関係は「トゥキディデスの罠」とよばれるもので、ハーバードケネディスクールの初代学長・グレアム・アリソン教授が『米中戦争』という本で指摘されていますが、台頭する新興国と既存の大国の間の争いというのは歴史上、常にある。

歴史の法則を踏まえていかに戦争にならないようにするか。そのために日本は地域のパワーバランスをどう保つんだということです。

米朝関係がどうなるにせよ、バランスオブパワーの構図が大きく変わっていく。そのとき日本はどうするんですかと。集団的自衛権の行使は限定的です。平和安全法制で認めた集団的自衛権行使の要件は、かなり個別的自衛権に近い形を想定しています。集団的自衛権の行使は限定的、国連の集団安全保障には加われない、同盟国はアメリカだけ、そういう前提条件を変えない中で国連軍地位協定が効力を失うとすれば、そりゃ日本にとっては相当な環境変化です。地域のパワーバランスを保つためには、これらの前提条件を見直すことも必要になるのではないでしょうか。

プロフィール
石破茂(いしば・しげる):1957年生まれ。鳥取県出身。1986年に初当選後、11期連続で衆議院議員を務める。小泉内閣で防衛庁長官、福田内閣で防衛大臣を務めるなど、国防・安全保障に関して造詣が深いことで知られる。その後、農林水産大臣、地方創生大臣などを歴任。