「産後クライシスは夫婦が機能しているサイン」育児ジャーナリスト・おおたとしまさ氏に聞く、夫婦喧嘩の作法 - 村上 隆則
※この記事は2017年05月05日にBLOGOSで公開されたものです
子供が生まれると、夫婦の関係性がガラッと変わってしまう--。これは筆者が実際に経験したことでもあるが、子供が最優先の生活が始まると、夫婦間のちょっとしたすれ違いが頻繁に起こるようになる。そのような時期の夫婦関係を上手に維持するためにはどんなことに気をつければいいのだろうか。
パートナーを大事にするコツや、近年話題になっている「産後クライシス」報道の問題点について、育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏に話を聞いた。
-- 個人的なことですが、昨年子供が生まれて、新米の父親になりました。子供が生まれてまずビックリしたのが、SNSに遊んでいる写真をアップしたところ、ある男性から「子供はどうしたの?」とコメントされたことだったんです。父親になると周囲からそんな風に見られるようになるんだと。
おおたとしまさ(以下、おおた):おめでとうございます。でもそれは完全に余計なお世話ですよね(笑)。育児もせず、毎日飲み歩くような人はもちろんよくないですが、夫婦できちんと話をしてお互いの時間を作っているとしたら、それはむしろ歓迎されるべきことですから。
-- 実際に育児をやってみると、育児休暇を取り、家事も仕事もバリバリやって…というような父親になるのは難しいということがわかります。
おおた:それでも「イクメン」という言葉がもてはやされた時期にくらべれば、いわゆる「理想の父親像」というものの要求レベルは下がってきていると思います。以前はおっしゃるようなどう考えても現実的じゃない父親像がカッコイイとされていましたから。今は「男性学」の田中俊之先生みたいなアカデミックな背景を持っている方が、「それは難しいんじゃないの」というようなことを言ってくれるようになった。それに女性の目線も優しくなってきていますよね。
また現在では「イクメン」批判も増えてきています。女性にしてみれば「お宅の旦那はイクメンでいいわよね」と言われると、自分がラクをしているように感じてしまう。ところが母親も自分のことをそこまで客観視していないので、「このくらいでやったつもりになってるの」とつい夫を責めてしまうんですね。
-- 最近では積極的に子育て支援をする管理職を指す「イクボス」という言葉もありますね。
おおた:結局、女性から男性、男性から中間管理職へと育児の大変さを押しつけあっているだけなんですよね。元々は女性が活躍する社会がいいと言われていて、働きながら子育てをする母親が崇拝されていたんです。でも普通の人にはなかなか実現できるものではなかったので、「夫にも子育てに参加してもらおう」という話になり、「イクメン」という言葉が登場した。ところが男性にしたって、フルタイムで働きながら家事や育児をすることは大変なわけです。そこで今度は「イクボス」という言葉ができた。中間管理職が部下の育児や家事を支援するというのはいいことだと思いますが、その分の人員補強がないのに成果は同じように求められるのだとしたら、この取り組みもいずれ難しくなってくると思います。
男性の育休取得にこだわる必要はない
-- 最近では行政も男性の育休取得率を上げるために躍起になっています。目標は2020年度に13%の取得率だと言われていますが、数字はなかなか上がってきていません。
おおた:男性も育休を取れるようになるのはいいことですが、目標達成のために無理に数字を作るような事態は避けなければいけません。男性の育休取得率アップだけを考えるなら、本当に短い期間、たとえば1週間や1日だけ取らせればいい。男性の育休取得率100%というような企業ではこういった本末転倒なことが実際に行われています。企業のイメージ戦略といえばそれまでですが、本質的ではありませんよね。
-- 1日や1週間といった短い期間の育休では、奥さんをサポートすることさえも難しい気がします。
おおた:奥さんをサポートするという目的であれば、育休にこだわる必要はないんです。育休を取るよりも、毎日定時に上がって、食事の準備をしてくれたり、赤ちゃんをお風呂に入れてくれる方が嬉しいという方はたくさんいます。産後、不慣れな育児を頑張る奥さんにとって一番怖いのは孤独ですから、旦那さんがいつでも家族のことを考えてくれていれば、奥さんも頑張れます。孤独感を感じてしまうと旦那さんにも不信感を持ってしまいますし、そうなると頑張れませんよね。
男性が奥さんをサポートするべきタイミングはいくつかあって、1つは産後すぐ。この時期は体調的にも精神的にも本当に大変なので、1ヶ月程度休みを取ってサポートしてあげるのが理想ですが、里帰り出産やご両親に来てもらうというやり方を取る方もいます。
もう1つは奥さんが職場復帰をするタイミング。この時期から子供を保育園に預ける方も多いのですが、子供が慣れるまでは後ろ髪を引かれるような思いで保育園に預けることになりますし、何かあればすぐ呼び出しがかかります。奥さん自身も職場では浦島太郎状態で大変ですから、休みは取れないにしても、お父さんの方が定時で上がれるように仕事をセーブして、「呼び出しは自分が行く」と決めてしまうといいと思います。自分自身にも負荷がかかっている奥さんにイレギュラー対応までさせてしまうと、「両立なんてムリ!」となってしまうのは容易に想像できますよね。
-- 夫婦ともにフルタイム勤務だと、保育園のお迎えは課題になりますよね。
おおた:よくあるケースとして、夫婦共働きで両方ともフルタイム勤務だったりすると、つい「対応できる方が対応しよう」という方針を立ててしまうんです。そうすると毎回「どっちが忙しいか競争」が起こって「この前だって私が行ったでしょ」というやりとりから喧嘩になってしまう。そうならないように、1ヶ月単位でも半年単位でもいいから、「この期間は俺が見る、この期間は私が見る」というふうに主従を決めておく。そうするといちいちストレスの溜まる議論をしなくて済みます。無理をして平等にするのではなく、不平等な状態をバランスよく割り振ることが大切です。
「産後クライシス」は夫婦が機能しているサイン
-- 近年、産後すぐの夫の行動が将来の離婚に繋がる「産後クライシス」という言葉が取り上げられることが多いですよね。これを恐れている男性も多いのではないでしょうか。
おおた:「産後クライシスが離婚の原因」だと言われれば確かに怖いですよね。でもよく考えてみると、2人だけで楽しく暮らしていたところに大きな責任とともに子供が増えれば、人間関係に影響が出るのは当たり前なんです。子供が生まれてから夫婦が不仲になる現象を「産後クライシス」と名付けてパッケージ化したことは、話がしやすくなったという意味では大発明だったと思います。
しかし、一面的なデータ分析を元にした報道によって、産後クライシスの犯人捜しが始まり、「男が悪い」という結論になってしまった。結果、男と女の不毛な闘いを煽っただけだったんですよね。その点は「産後クライシス」という言葉が与えた負の影響だといえるでしょう。
-- 産後クライシスはありふれた現象だとして、それに直面した夫婦はどのように対処すればいいと思いますか。
おおた:必然的に起こるものだとすれば、夫婦で力を合わせて乗り越えて行くしかありません。子供が思春期を経験して大人になるように、夫婦は産後クライシスというやっかいな時期を乗り越えることで家族として成長することができます。子育ては生まれて初めて経験することの連続ですから、対立が起こったり、喧嘩が増えるのはやむを得ません。それをネガティブにとらえて「喧嘩はやめましょう」と小学生みたいなことをいうのではなく、お互いを理解するための課題として、前向きに捉えることが大事です。
産後クライシスに限らず、子供の成長やライフイベントが起こるたび、家族の関係は常に変動します。夫婦の衝突が起こったり、セックスレスになるのは当たり前。そういう意味では、産後クライシスは一種の成長痛であり、夫婦がちゃんと機能しているサインであるともいえます。産後クライシスも乗り越えていけるものなんだと知っておけば、必要以上に怖がらなくて済むと思いますよ。
夫婦喧嘩のコツは「結論を出さないこと」
-- 夫婦間のすれ違いの最たるものが夫婦喧嘩ですよね。
おおた:夫婦喧嘩も、お互いを理解するためのコミュニケーションだと思って取り組むことが重要です。なんせ、喧嘩とセックスは赤の他人とはできません。夫婦だからこそできることなんです。喧嘩をする夫婦より、必要な喧嘩を避けていく夫婦の方が危機に陥りやすいんです。
-- おおたさんが考える、夫婦喧嘩のコツは。
おおた:ひと言でいうと、喧嘩の結論を出さないことです。夫婦喧嘩の目的は、勝ち負けではありません。喧嘩をするとつい相手をやりこめようとしたり、「これからどうするの」という結論を出そうとしがちですが、それではお互いにストレスを溜めていくだけです。夫婦喧嘩ではお互いの本音や言い分を吐き出して一旦終わり。その場では相手の言い分に反論してしまうかもしれませんが、喧嘩のあと、気持ちに余裕がある時であれば、「そういえばそんなことも言ってたな」と少しは相手に歩み寄ることができると思います。そういったコミュニケーションを繰り返すことで、だんだんと夫婦の形ができてくる。普段は相手に遠慮して言えないことを知るチャンスだと思えば、夫婦喧嘩もポジティブなものとして捉えられるのではないでしょうか。
-- 連休などで、長時間家族と向き合うことで疲れてしまったという夫婦も多いのではないでしょうか。
おおた:連休後にありがちな夫婦の摩擦は、普段は仕事をメインに頑張っている旦那さんが家のことを頑張ろうとするからこそ起こるんです。家事の進め方が違う、子供が泣いたときのあやし方が違う。そういったことの積み重ねが夫婦間の摩擦を発生させます。
捉え方を変えれば、連休後のイライラは旦那さんが家のことを頑張ろうとしている証拠でもある。この葛藤を乗り越えるためには夫婦の相互理解が必要です。相互理解というと、ついどちらかのやり方に合わせることだと思いがちですが、そうではなく、「僕には僕の考えがある、彼女には彼女の考えがある」というように、お互いが別の考えを持っていると認め合うことが重要です。
子育て中でも週に1度は夫婦だけの時間を
-- 子育て中の夫婦が陥りやすい問題はありますか。
おおた:子供が生まれてからの夫婦関係というのは、父と母の問題として捉えてしまいがちです。子供はやはり大切ですから、ついそこを経由して物事を考えてしまう。子供が生まれる前でも、ちゃんとお互いを気遣って、何らかの努力をしてきたから夫婦という関係性が維持されていたはずなんですよね。それなのに子供がいると、子供に対しての父親・母親、という役割に甘んじてしまって、夫婦の関係を維持しようとする努力を怠ってしまう。
産後クライシスをこじらせて「自分はこんなに頑張っているのに認めてもらえない」というお父さん方は、妻ではなく母親を支えようとしていることが多い。一度その役割を脇に置いて、男と女にならなければ夫婦関係なんて成り立つわけがないんです。そういったお父さん方に「奥さんのことをどれだけ愛してますか?」「ちゃんと愛を伝えていますか?」と聞くと「家事を手伝えばいいと思っていました」という答えが返ってくることがある。根本の問題はそこじゃないですよね。夫婦の問題ですから。
-- 最後に、子育て中の夫婦が上手に関係を維持するための処方箋があれば教えてください。
おおた:週に一回でいいので、夫婦2人だけの時間をつくることをオススメします。子育て中にデートをするというのは中々難しいかもしれませんから、子供を寝かしつけた後に2人で映画を1本見るだけでもいいので、夫婦2人だけの時間と空間を共有する努力をしましょう。つい子供の話をして喧嘩になってしまったり、途中で子供が起きてきて映画を中断することになるかもしれませんが、それは仕方のないことです。とにかく意識して、夫婦の時間を持つようにしましょう。
よく結婚していれば夫婦でいられると思っている人がいますが、これは大間違いです。夫婦というのは努力して結びつこうとしていないと維持できないものですから、大切なパートナーを母親としてではなく、1人の女性として見ることが必要です。男性はサプライズやハレの日のイベントを頑張りがちですが、日常の中に夫婦関係を維持するための仕組みを取り入れることが大切です。
プロフィールおおたとしまさ
育児・教育ジャーナリスト、心理カウンセラー。数々の育児・教育雑誌の編集を経て、現在は、男性の育児、子育て夫婦のパートナーシップ、学校・塾の役割などについて、取材・執筆・講演活動を行う。近著に『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』(イーストプレス)。