イスラム国で働くというプランB - 赤木智弘
※この記事は2014年10月11日にBLOGOSで公開されたものです
イスラム国に渡航しようとした大学生が取り調べを受けている事件。その経緯が明らかになるにつれ、とんでもなく平凡な話であると認識させられる。
だって、そもそもが秋葉原にある古書店に貼られた「勤務地:シリア 詳細:店員まで」とだけ書かれた、いったい何がなんだか分からない求人ビ ラがきっかけで、それをイスラム国に行ったことのある、元大学教授が斡旋し、イスラム国に渡航する予定だったらしい。(*1)
そして罪状も、めったに耳にしない「私戦予備および陰謀罪」。こうした法律があるのなら、傭兵として時折メディアに登場するテレンス・リーあ たりが捕まってもいいようなものだが、兎にも角にも「今、話題のイスラム国」ということで、安易に公安権力が利用されているのであろう。
それにしても世間の反応としては、大学生をかつての赤軍のようなテロリスト予備軍として見ている人は少ないように思える。ただ単に間の抜けた バカ学生というのが評価だろう。また、大学生を取材していたジャーナリストの常岡浩介も、
「ミリタリーオタク的で、イスラム国はその趣味を生かしながら死ねるという場所だったのでは。ただ本気でシリアへ行くとは思っていなかった。」 (*2)
と、大学生はけっして本気ではなかったと見ている。 僕が思うに、大学生は単に「働こうと思っていた」に違いない。
ただ、自分が納得できる働き場所を見つける過程で、たまたま古書店のビラが目に入ったのだろう。
「それにしても、なんでイスラム国なんかへ?」という疑問はもっともだが、では、イスラム国の労働環境と、日本の労働環境は、絶対に前者を拒 否するほどまでに大きな違いがあるだろうか?
日本の企業で働いたって、長時間労働と定収入で搾り取られ、時には自殺にまで追い込まれる。そんなブラック企業だけではなく、普通に愚痴とし て終電直前まで働いているサラリーマンの話など、どこでも耳にする。イスラム国も人を殺すが、日本の企業も人を殺しているのだ。
日本人の多くは、イスラム国を反社会的な勢力だと思っているし、それはそのとおりなのだが、一方で日本の企業が反社会的でないとは、とても言 えないのが今の日本の現状である。
そうした中で「自分が働くべき場所」を探して、イスラム国に行こうとしたとしても、それほどおかしなことではない。
そもそも仕事なんて、いろんな縁をたどることで、やがて自分の食い扶持を見つけるくらいのことでいいはずだ。しかし、新卒採用に向けてあまり にシステマティックになってしまった日本の就労市場は、一度そこから外れた人間を容易に社会に吸収できなくなってしまった。
そうした中で、日本の労働とイスラム国の労働が、彼の中では決して大きく変わらない、交換可能なものとして認識されるに至ったのだろう。
そうした社会では当然、多くの人が反社会的と認識する産業や地域に、日本の会社で居場所を与えられない日本人の若者が入って行くことが予想さ れる。今回の事件は決して一握りのおかしな若者の暴走ではなく、日本の企業がシステマティックに雇用を続ける限り、就職のプランBとして当たり前の 選択肢になっていくことの前兆ではないかと、僕は思う。
*1:イスラム国、大学生が参加を計画 「勤務地:シリア」アキバの古書店に怪しげな求人(ハフィントンポスト)http://www.huffingtonpost .jp/2014/10/06/job-offer-syria_n_5943306.html
*2:イスラム国に参加志願した北大生の素顔(東京スポーツ)http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/320622/