※この記事は2014年10月10日にBLOGOSで公開されたものです

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「がんは治療してはいけない」「出産はなるべく自然に近い状態で行うほうがよい」…。メディアやインターネット上では、こうした根拠が不明確な健康、医療情報が大量に流通している。こうした情報と向き合い、その真偽を判断するためには、どうすればよいのだろうか。長年ブログで「ニセ医学」に関する情報を発信し続け、「「『ニセ医学』に騙されないために」 」を上梓したばかりの、現役内科医NATROM氏に話を聞いた。【取材・文:永田 正行(BLOGOS編集部)】

標準医療を否定する“ニセ医学”の問題点

―「ニセ医学」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

NATROM:今回の本の中では、「医学の形態をとっているものの、実は医学ではないもの」という程度の定義をしています。一般の方がよく触れているものでいえば、例えば「食事だけでがんが治った」といった話です。こうした話は、医学的根拠がないものがほとんどです。「気功でがんが消える」みたいな話も典型的ですね。

今回、本を出したので、書店の健康書のコーナーに「私の本が置いてあるかな」と思って見に行ったんですよ。そうしたら、私の本は置いてないのですが、「ニセ医学」的な本はたくさん置かれているんですね。一般の方が、そうした話をどの程度信じているのかはわかりませんが、こうした「ニセ医学」的な話があるということはご存じの方も多いのではないでしょうか。

―「ニセ医学」が、医療の現場で有害に作用するケースもあるのでしょうか?

NATROM:例えば、食事療法でも「これを食べるとがんにいいかもしれないよ」くらいであれば、そこまで問題になりません。ただ、今売れているような書籍は「“食事だけ”で治った」といった言い方をしているものも多いんです。「食事だけで治った」ということは、標準医療を否定する意味合いが出てきます。標準医療とは、現時点でわかっている科学的根拠に基づいて最良と考えられる医療のことです。

「手術を勧められたけど、それを拒否して食事だけで治そう」となってしまうと問題です。「ニセ医学」の提唱者に「無理にがんと闘う必要はない」などと言われて標準的な治療をやめてしまうと、病状が悪化したり、手遅れになってしまう可能性もあります。とにかく標準医療と併用していただければ、それほど問題はありません。

―最近は、マッサージを受けた乳児がなくなる事件や、助産院で死亡事故が起きるなど、標準医療から大幅に外れた「ニセ医学」的な治療には、有害な部分も多いと思います。こうしたものはどうすればなくなるのでしょうか?

NATROM:民事訴訟で被害者の方が訴えることが有効だと思います。実際、ときに代替医療を提供していた医師が訴えられて、損害賠償をすることになったというニュースを聞きます。

多くの場合、おそらく訴訟すれば勝てるのではないでしょうか。特に医師や助産師といった国の資格を持っている人であれば、それなりの質の医療を提供する義務に加え、標準的な医療について説明する義務もあります。「この代替医療を受けても治らない可能性もある」という説明だけでは不十分です。

「標準的な医療はこういうものです。一方で、私の提供する代替医療は、医学的根拠が不十分なため、一般的には認められていません。それでも受けますか?」というところまで、きちんと説明された上で、患者さんが選択したのであれば、ある程度仕方ないでしょう。

しかし、代替医療を提供している人間の多くはそんなこと言いません。代替医療のメリットのみ説明してリスクは説明しない。標準医療のメリットも説明しません。つまり、患者さんに十分に正しい情報を提供していないケースがほとんどです。その辺をついていけば、訴訟で勝てるケースもあると思います。

そもそもほとんどの医師は、医学的根拠のある標準治療をおこなっています。それでも結果が悪ければ、訴えられる可能性があるため、訴訟リスクも考えざるを得ない。ところが好き勝手やっている代替医療を行っている医師は、何故かそれほど訴えられていない。本当に不思議ですね。

―それは何故なんでしょう?泣き寝入りしてしまうケースが多いのでしょうか?

NATROM:これもケースバイケースなのですが、「騙された方が悪い」といった風潮が影響しているのではないでしょうか。ですから、騙された人を批判してはいけないと思います。

先日、大阪で起きた乳児がマッサージ後に死亡した事件についても、「なんの資格もない人間に、赤ちゃんを触らせるなんて、親はなにしてたんだ」などと言う方もいますが、それはやめた方がいいでしょう。何故なら、そういうことを言う人がいると、被害を訴えづらくなるからです。

健康情報を扱うメディアはもう少し慎重になるべき

―「納豆が体にいい」といった情報がメディアに紹介されると、患者さんがそれを元に医師に相談するといった描写が本の中にありますが、こうした医学領域の情報を伝える一般メディアの問題点については、どのようにお考えですか?

NATROM:テレビなどでは、さすがに標準医療否定のような極端な「ニセ医学」の話はそれほどされていません。しかし、その代わりにそれこそ「納豆が体にいい」といった正確ではない健康情報を流してしまう。結果として、臨床の現場で多少混乱が生じるということはあります。

―すべてのメディア関係者が医療関係の情報について高いリテラシーは持つのは難しいと思うのですが、伝え方に気を付けてほしいという部分はありますか。

NATROM:小さなことであれば、多少不正確でも「仕方ないかな」と思える部分もあるのですが、「これはいくら何でもないだろう」というようなことが、時々、大きなメディアに取り上げられることがあります。

最近では大手新聞社のサイトでホメオパシー(※代表的な代替医療の一つで、医学的根拠はない治療法)が、かなり肯定的に取り上げられていました。ああいうものは、「いくらなんでもないだろう」と思ってしまいます。全員が高いレベルのリテラシーを持つのが難しいとしても、最低限の常識は知っておいてもらいたいと思います。

また、これは「ニセ医学」といってしまうと言いすぎですが、昔テレビでみのもんたさんがやっていたようなライトな健康情報にも多少問題があります。ちょっとあやふやな情報を断言的に言ってしまうと、それを患者さんが信じてしまう。信じないまでも「テレビでこんなこと言ってるけど、どうですか」と質問してくる。そういう場合には、もちろん時間をとって説明するわけですが、他の説明に十分な時間をさけなくなったり他の患者さんを長時間お待たせしたりしてしまうので、大きなメディアは正確な医療情報を発するように、もう少し慎重になってほしいとは思います。

―実際に臨床の現場で患者さんが「先生ネットで…」「テレビで…」といって「ニセ医学」の情報を持ってきたときには、どのように対応しているのですか?

NATROM:もちろんケースバイケースなのですが、基本的に患者さんが信じておられるものでしたら、否定はしません。「効果があるかもしれませんね」といった話し方をします。病院、私の外来に来ていただいているという時点で、その患者さんは標準医療を否定する気がないと考えられます。

また、「ニセ医学」みたいなものを信じていたとしても、それを無下に否定する必要はありませんから、「そういうものも良いかもしれませんが、私の提案するこういう治療も受けられてはどうですか」と言い方で理解していただいています。

複数の医師の見解を聞くことが重要

―「ニセ医学」を推奨している人の中には、「○○大学教授」のような一見、立派な肩書を持った方もいます。こうした方々が、「ニセ医学」のような荒唐無稽な理論を提唱しているのは何故なのでしょうか?

NATROM:今回の本の中で言及している人物については、基礎免疫学の分野では、比較的しっかりとした業績を残されているようです。ただ、基礎免疫学と臨床は全然違うものなんです。もちろんつながりはあるのですが、基礎研究ができる人が必ずしも臨床においても有効な知識を持っているとは限らない。臨床経験が乏しい人でも基礎分野で業績を上げることはできるのです。つまり、「専門が違う」と言ってしまってもいいと思います。「医療」と一口にいっても広いですから、専門外のことに口出しをした結果、おかしなことになっているということはあるでしょう。

ちゃんとした人であれば、専門外のことを語るときは、断言を避ける場合が多いのではないでしょうか。しかし、ズバズバと言った方がウケますし、「○○と考えられる」とか「○○の可能性がある」というより「○○だ」といった方がわかりやすいですよね。

―肩書を持った専門家に断言されれば、多くの人は信じてしまうと思うのですが。

NATROM:医学の場合、2~3人の医師に話を聞けば、荒唐無稽なものは「これはさすがに違う」とわかると思います。複数の専門家に話を聞けば、大体標準的な見解にたどり着くことが出来るでしょう。

メディアであれば、複数の情報源を持って裏をとってみるぐらいのことはしてもらいたいですね。大きなメディアはやっていると思いますが。

―ほかに一般的な健康情報に触れる際に注意することはありますか?

NATROM:すべてに通じることですが、「うまい話はないよ」ということが、わりと有効だと思います。「断食するだけ」「ふくらはぎを揉むだけ」で、「いろんな病気がみるみる治る」と謳うものがあったりしますが、そんなことないですよね。そうした“うますぎる話”は割り引いて聞いた方がいいと思います。

陰謀論を信じていると、本当に治療が必要な際に困ることに

―ホメオパシーなど代替医療の多くは、なんども否定されているにもかかわらず、根強いものがあります。

NATROM:今回の本に書いた「ニセ医学」は、グレーですらない、完全にブラックなものです。ブラックであるとわかりやすいために、それほど世の中に広がっているということもないと思います。ホメオパシーが流行っているといっても、「身近にはまっている人がいるか」と言われれば、私の周りにはいません。私の同僚のドクターがホメオパシーを知っているかというと知らなかったりしますからね。

―それでも一定数、信じてしまう人がいます。

NATROM:ヨーロッパでは、いまだに薬局でレメディ(※ホメオパシーの治療に用いられる砂糖玉)が売られていたりするそうです。結局、薬を使わなくても治るけれども、薬がほしいという患者さんを安心させることを目的とした便利な偽薬みたいな使われ方をしているのではないでしょうか。だから、なくならない。

―また、ネット上では「厚労省が~」「製薬業界が~」といった陰謀論的な情報も多いです。

NATROM: これは推測ですが、今メインで病院に来ているようなご高齢の方々は、テレビは見るけれど、それほどネットはしないので、そういう陰謀論に接する機会はあまりないのではないでしょうか。

なんだかんだ言っても、今のご高齢の方は“お医者さん”を信用していると思います。80歳ぐらいの方は私が「Aですよ」というと「Aなんですか、ありがとうございます」といった反応をしてくださいます。しかし、30~40歳くらい方は、疑うというか根拠を要求する場合が多い。それ自体は非常にいいことなんですが、だんだんやりにくくなって来ている面もあります。

現在、比較的若い20~40歳代のインターネットに親和性のある方、そういう中に一定の割合で存在する陰謀論を信じている方、あるいは標準医療否定の言説を信じている方は後々苦労するかもしれません。若いうち、40歳代くらいまでの間は標準医療を否定していても、困らないかもしれません。しかし、50歳、60歳、70歳になって標準医療を否定する言説を信じていると実際に健康に有害なケースが出てくるでしょう。

―セカンドオピニオンなども含め、広い意味で根拠を求める姿勢は持つべきですが、標準医療を否定したり、陰謀論に走るあまり医師に不信感を持つと、先々本当の治療が必要になった際に困ることになってしまうかもしれませんね。

NATROM:そういう事例が出てくるかもしれないと、漠然とは思っています。その結果、被害者の数が増えると、現在反医療的な主張をしている医療関係者に対して集団訴訟が起こる可能性もあるかもしれません。

そういう時にこそ、今回の私の本が役に立てばいいと考えています。本人はともかくご家族が私の本を読んで、「あの医者のいうことはおかしい」と。そういうことに気づいてくれたら、被害を訴えやすくなるんじゃないでしょうか。

―最近、輸血をめぐって、ニセ医学的な情報を書いた地方議員のブログが炎上したりもしていますが、誤った情報が議員にインプットされることで行政に反映されてしまうような危険性もあると思いますか?

NATROM:まだ医学はマシな方だと思います。件の議員さんも議会でいろいろ質問されたようですが、それほど相手にされていないように感じました。医学に関しては、行政が大幅に取り込まれるということは、それほどないのではないかと思います。安心はもちろんできないですが、医師免許というはっきりとした形のあるものがありますので、複数の医師に聞いたら、明らかにおかしいというようなものが、行政に反映される可能性はそれほど高くないと思います。

一方で、例えばEM菌などは行政に入り込んで、「こんなところまで 」という印象を受けることもあります。

―最後に、どんな方にこの本を読んでほしいですか?

NATROM:もちろん、様々な方に読んでいただきたいのですが、例の船橋市の議員さんのような人が出てきているので、是非政治家の先生方に読んでいただきたいと思います。それほど読むのに時間がかかる本ではないので、責任のある公的な立場の方は一通り読んでいただいて、「これはいくらなんでもありえない」というようなことを知識として持ってほしいと思います。

―本日はありがとうございました

プロフィール

NATROM(なとろむ)
内科医。医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で「科学」と「ニセ科学」についての情報を発信している。犬と猫だったら、だんぜん猫派。
Twitter:@NATROM
ブログ:NATROMの日記

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