佐藤優が教える「第3次世界大戦の発端になる国の名前」
■フィンランド、スウェーデンがNATO加盟申請を正式に表明
ロシアがウクライナへ攻め込んで3カ月。戦争の長期化が確実視されるにつれ、周辺の国々の動きが活発になってきました。そのひとつが、北欧のフィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請を表明したことです。
先ごろ初来日したフィンランドのサンナ・マリン首相は、苦学して27歳で市議会議員になりました。2019年に首相に就任したとき、34歳の若さ。連立を組んだ5党のうち3党の党首が30代の女性で、19人の閣僚のうち12人が女性でした。
1917年にロシアから独立したフィンランドは、第2次大戦で領土の一部をソ連に奪われましたが、1948年にはロシアとの間に友好協力相互援助条約を締結しています。
公共放送「フィンランド放送協会」が5月9日に発表した世論調査の結果によると、NATO加盟支持が76%に達したとのことです。かつては20〜30%にとどまっていたのですが、ロシアがウクライナに侵攻した直後の3月の調査では60%まで上昇し、さらに上がったというのです。
フィンランドとロシアの国境は、1300キロメートルに及びます。加盟が承認されれば、NATOとロシアの境界線は現在の2倍に延びます。
■フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟しても、大きな変化はない
一方のスウェーデンは軍事中立を伝統としており、ナポレオン戦争を最後に、二度の世界大戦を含めて200年も戦争をしていない国です。両国ともEUには95年に加盟していますが、NATOには加盟せず、安全保障面の中立を維持してきました。平たく言えば、ロシアを刺激するのが怖かったせいです。今回の加盟申請は、ロシアと欧米の間で緊張が高まっている中、自国のカネと力だけで防衛するより安心で安上りだという計算でもありますし、ロシアとの貿易が減少し、関係が疎遠になってきた結果でもあります。
しかしNATOの新規加盟には、全加盟国の賛成が必要です。ストルテンベルグ事務総長は歓迎する声明を出したものの、トルコのエルドアン大統領は「前向きには考えていない」と語りました。トルコがテロ組織と見なす反政府武装組織「クルド労働者党」や「人民防衛部隊」が北欧を拠点に活動している、というのが理由です。
ただ、トルコを説得してフィンランド、スウェーデンがNATOに加盟したとしても、差し当たって大きな変化はないでしょう。なぜなら、スウェーデンとフィンランドに米軍が常駐する巨大基地が建設され、核兵器が配備される可能性は低いとロシアが考えているからです。対してウクライナがNATOに加盟すれば直ちに基地が米軍に提供され、核配備がなされるとプーチン大統領を含むロシアの政治・軍事エリートは考えています。
■深刻な危機感を持つモルドバ
ウクライナの西隣に位置するモルドバも、深刻な危機感を抱いています。親欧米路線で、「鉄の女」と呼ばれる50歳のマイア・サンドゥ大統領は、2020年に就任しました。モルドバは欧州の最貧国の一つと言われ、人口が約260万人の小さな国ですが、親ロシア派と親西欧派の綱引きが絶えません。今年3月にEUへの加盟を申請したため、ロシアの反感を買っています。
モルドバの東側を流れるドニエストル川沿いには、ロシア人とウクライナ人が古くから住んでいます。ここではモルドバ人(ルーマニア人とほぼ同じ)という共通の敵がいるので、ロシア人とウクライナ人はまとまっています。
1991年に「沿ドニエストル共和国」という未承認国家を作り、ロシア軍が平和維持軍の名で駐留しています。ドネツクとルハンスクの「共和国」と同じ形です。ウクライナの黒海沿岸の都市オデーサを占領し、この沿ドニエストル共和国とつなげてしまうのが、ロシアの狙いです。
■米ロはメディアを通してメッセージを送り合うありさまだった
戦争が始まって以来、私がずっと危惧していたのは、アメリカとロシアの間で対話が途絶えていることでした。しかし5月13日、アメリカのオースティン国防長官とロシアのショイグ国防相が電話会談を行いました。アメリカの呼びかけにロシアが応じて、1時間ほどの話し合いが実施されたということです。
停戦に向けた進展はなかったとされていますが、対話の窓口は常に開けておくことが大切です。外交チャネルがあれば、直接電話をかけたり、大使館を通した外交のやり取りができます。また両国に対話を継続する意思があれば、CIAとSVR(ロシア対外情報庁)が、水面下で連絡を取り合うこともできます。
しかしこの電話会談前の両国は、メディアを通してメッセージを送り合うありさまでした。アメリカは報道官が記者会見を行い、その様子がロシアで報道されて、クレムリンに伝わる。それを受けて高官がロシアのテレビ番組に出て、返事をする。これでは内密なやり取りができず、誤解も生じかねません。
ロシアの政府系テレビ「第1チャンネル」が放送している政治解説番組『グレートゲーム』にラブロフ外相が出演したのは、4月25日です。ラブロフ外相がテレビで1時間も話をするのは、異例のことです。
私はこの番組を観ていましたが、ラブロフ外相は、核戦争を起こさないことがロシアの基本的な立場だとして、ウクライナでの軍事作戦が核兵器使用に結びつかないようにしなければならないと語りました。そして、現状は1962年のキューバ危機よりも緊張していると述べたのです。
そのあと、前述したオースティン国防長官とショイグ国防相の電話会談が実現したので、この時点での緊張は少し緩和されたといえるでしょう。
■「問題はポーランド」とロシアが警戒
ただしラブロフ外相は、第3次世界大戦について、次のように言及しました。
この人たちは、ウクライナの政権を守るためにNATO軍のほとんどを投入することを要求している。そして、いつもキーウに武器をよこすようにと言っている。これが「火に油を注ぐ」ことになる。
この人たちは、武器の供給によって、紛争をできるだけ長引かせ、ウクライナの最後の一兵までロシアと戦わせ、少しでも多くロシアに犠牲が生じることを望んでいる。武器を供給し、この方向でプロパガンダを展開する(ポーランドを除く)全ての指導者は、NATO軍を派遣することはないと述べている。
ワルシャワは、モラビエツキ首相の口を通じてウクライナに「平和維持軍」なるものを提案しており、平和維持軍の旗の下で軍人の派遣に関心を持っている。
ラブロフ外相が強調したのは、アメリカもNATOもロシアも、戦争はしたくないと思っている。問題はポーランドだ、という点です。
■分割占領され、123年間も地図から消えた
ポーランドは3月半ばに、ウクライナに平和維持部隊を派遣するようNATO加盟国に要請する意向を明らかにしています。アメリカやNATO本部はウクライナ派兵を完全に否定している中での提案であり、ポーランドは急進的です。
歴史を振り返ると、ポーランドは18世紀末、帝政ロシア、プロイセン、オーストリアによって分割され、123年間にわたり地図から消滅。第1次世界大戦後に独立を回復しますが、第2次次世界大戦時にはソ連とドイツから侵攻され、再び分割占領されました。その苦い経験からロシアの脅威を強く感じるからこそ、断固たる対応を取りたいと考えているのだと思いますが、ことはそれだけにはとどまらない可能性があります。
3日後の4月28日、今度はSVRが注目すべき声明を発表しました。
ロシア対外諜報庁が入手した情報によると、ワシントンとワルシャワはウクライナにおける「歴史的領有」に関し、ポーランドの軍事・政治的統制を確立する計画を検討している。
「統合」の第一段階として、「ロシアの侵略から防衛する」ためというスローガンの下でウクライナの西部諸州にポーランド軍を進駐させることになる。現時点でジョー・バイデン米政権と今後の作業の態様について議論している。
暫定的合意によれば、ポーランドはNATOの委任ではなく「有志国」の参加によって行動することになる。ポーランドが有志国を募って、独自の判断でウクライナに平和維持部隊(軍隊)を派遣するという計画だ。
SVRがインテリジェンス情報を公表するのも、異例なことです。ウクライナ西部のガリツィア地方は歴史的にポーランド領ですから、SVRは、ポーランドの狙いはウクライナ支援にとどまらず、第2次世界大戦で失った領土を回復することだと捉えているのです。
■ポーランドが「平和維持軍」を派兵すれば、第3次世界大戦に
ポーランドが「平和維持軍」の名目でウクライナに派兵すれば、ロシアは敵対行動と見なしてポーランドを攻撃する。それが第3次世界大戦に発展するというラブロフ外相の警告は、決して脅しとは思えません。
■リトアニア、ハンガリー、ポーランド…立ち位置の違う周辺国
4月27日の本連載で、リトアニアが危ないという話をしました。リトアニアとポーランドに囲まれたロシアの飛び地の領土カリーニングラードの国境を、リトアニアが封鎖しようとする動きがあったからです。しかしロシアからの警告が効いたようで、封鎖は行われていません。戦争拡大の発端になりそうな場所は、ポーランドに移ったといえます。
戦争から距離を置く判断をしたのが、ハンガリーです。4月3日の総選挙で与党を勝利させたオルバン首相は、ウクライナへの軍事支援はしないことを表明しています。ロシアからの天然ガス輸入は止めず、ロシアが要求するルーブル払いにも応じています。EU欧州委員会が決めたロシア産石油の輸入禁止についても、明確に反対する立場です。
ロシアの国営エネルギー大手「ガスプロム」は、ポーランドを通る「ヤマルパイプライン」を経由した天然ガスの供給を停止すると発表しました。緊張が高まる東欧で、ポーランド情勢から目が離せなくなってきました。逆にハンガリーは、安全な場所だといえます。ロシアの侵攻が始まって以来、EU諸国の結束は固まったように報じられていますが、足並みはそろっていないのが現状です。
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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)