国道16号線エリアは車社会? 鉄道社会? 生活利便性を探りに専門家と現地取材
コロナ禍においてテレワークの普及などが進み、都心から人が出ていく動きが加速しているといいます。移住する先として、ここ数年特に人気なのが、国道16号線沿線のいわゆる「16号線エリア」です。その理由はどこにあるのか、『国道16号線―「日本」を創った道―』の著者、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授 柳瀬博一さんと鉄道もクルマも利用しやすい16号線エリアの利便性について見ていきます。
鉄道社会とクルマ社会を分けるのは16号線
「“東京“という街は鉄道が作ってきた」と柳瀬先生は解説します。
それは、山手線のターミナル駅から放射状に私鉄が延びて、その沿線を開発して発展していったという歴史があるからです。新宿駅からは西武新宿線、京王本線、小田急小田原線、が、渋谷駅からは東急東横線、東急田園都市線、京王井の頭線、品川駅は京急本線、池袋駅からは西武池袋線、東武東上線、上野駅(京成上野駅)からは京成本線などが、放射状に延びています。
これらのターミナル駅(始発駅)の駅前には、鉄道会社系のデパートなどがあって栄えてきました。
柳瀬博一先生(以下、柳瀬)
「私鉄各社は、ターミナルに百貨店などの商業施設を設け、沿線の不動産開発を計画的に行って人口集積を狙っていきました。さらに学校を誘致し、終着駅にはアミューズメント施設を作りました。民間企業である私鉄が、ひとつの鉄道路線のなかに「社会」すべてが含まれるような総合的開発を行ったわけです。このビジネスモデルは、もともと阪急電鉄の生みの親である小林一三氏が編み出したもので、大阪の梅田にはデパートを、終点の宝塚には宝塚新温泉、宝塚唱歌隊(のちの宝塚歌劇団)を作り、沿線の宅地開発をしてサラリーマンでも購入できるようにと、比較的安価に住宅を分譲していった事業がもとになっています。
東京では渋沢栄一、そして五島慶太がつくった「東急」、堤康次郎の「西武」、根津家の「東武」がやはり同じ路線を歩みました。これらすべての会社に百貨店がありますよね。沿線には高級住宅街があり、アミューズメント施設も持っています。東京は、きめ細かな私鉄各社の沿線開発が全方向に広がった、世界でも稀な街になったのです。その結果、鉄道会社がつくった街に住み、鉄道で都心に通勤し、鉄道系の百貨店やスーパーで買い物をし、鉄道系のアミューズメント施設で遊ぶという『鉄道資本主義』ともいうべき社会が完成しました」
呼応するように、山手線内側の東京都心では、地下鉄やバスが網の目をめぐらせるように走っています。23区内に暮らす人の多くは、クルマがなくても生活に不便を感じることはほとんどありません。
柳瀬
「一方、東京を除く日本のほとんどの地域はクルマが必需品です。面白いことに、世帯あたりのクルマ保有台数の下位に東京、埼玉、神奈川、千葉が位置している一方、上位に群馬、栃木、茨城、山梨といった北関東および関東周辺の県が入っているのです」
そして、首都圏においては、クルマで生活しているエリアと鉄道で生活しているエリアの境目にあるのが、国道16号線なのです。つまり、「16号線の内側は鉄道社会、外側はクルマ社会」といえるわけです。
柳瀬
「『若者のクルマ離れ』が叫ばれて久しいですが、クルマ離れというのは、あくまで東京都心での話で、地方ではクルマがなければ生活ができません。むしろ、日本の世帯あたりの自動車の保有台数は1990年代のバブル崩壊からむしろ急速に伸びました。また、日本の自動車保有台数は、統計をとりはじめてから2021年にいたるまで、ずっと伸び続けています。一度たりともマイナスに転じたことはありません。この数字ひとつとってみても、クルマ離れが間違いなのは明白です。
おそらく、“新車の販売台数の落ち込み=クルマ離れ”と早合点されてしまっているんですね。クルマは耐久消費財といわれる種類のもので、中古車となっても潤沢に流通しています。新車が売れないときがあっても、中古車が市場のニーズを満たしてきたわけです」
「新しいモータリゼーション」がやってくる?
日本のロードサイド文化は16号線エリアからスタートしました。
今回、柳瀬先生と訪れたのは神奈川県相模原市南区古淵(こぶち)です。
柳瀬
「JR古淵駅は16号線のすぐ近くにありますが、ここに、1993年(平成5年)ジャスコ相模原ショッピングセンター(現在はイオン相模原ショッピングセンター)と王子ショッピングセンター(現在はイトーヨーカドー古淵店)が同時に開業したのです。立地は、道を挟んだまさにとなり同士という状態で、『共倒れになるのでは?』という懸念もささやかれました。
しかし、現在に至るまで順調に営業を続けているだけでなく、周辺の16号線にはMEGAドン・キホーテ古淵店、ニトリモール相模原、ホームズ相模原店など、大規模の店が並んでいます。これは、1991年(平成3年)に大規模小売店舗法が改正されたことが関係していて、大型店舗が出店しやすくなったという背景があります」
柳瀬先生は、「鉄道によって作られた東京という街が変わる」といいます。都心の駅前が寂れていくのに対し、郊外の幹線道路沿いや高速道路のIC付近のショッピングモールなどは賑わっていることが、その証拠だというのです。
柳瀬
「駅前のデパートが次々と閉店しているのを、みなさんもニュースなどで見ていると思います。その一方で、郊外のショッピングモールやアウトレット、IKEAやコストコには多くの客がつめかけています。ほとんどのお客さんがクルマで訪れていることからも、新たなモータリゼーションが訪れつつあるのではないかと考えています」
これまでは都心や駅前の繁華街などがトレンドの発信地でしたが、現在は郊外のショッピングモールやホームセンターなどからも新しいビジネスが生まれてきています。
先日取材した流山おおたかの森でも、柏の葉キャンパスでも、駅の近くに大型ショッピングセンターがありました。駅前にありながら、どちらも収容台数の大きな駐車場を備えています。
柳瀬
「かつての駅前といえば、駐車場の台数が限られていて、クルマで乗り付けて買い物をするには不便なところが多くありました。しかし、新しく開発された駅前には、もちろん鉄道を使って来る客もいますが、ちょっと離れたところからクルマで訪れる客も多いのです。半径10kmくらいは、商圏となっているわけです。だから、イオンとイトーヨーカドーがとなり合わせで立地していても、どちらも経営が成り立っているわけですね」
次に、柳瀬先生と神奈川県相模原市にある橋本駅周辺に移動してきました。
橋本駅の南口側、駅から少しだけ離れたところに「アリオ橋本」があります。2010年(平成22年)にオープンしたセブン&アイグループのショッピングモールです。訪れたのは平日のお昼少し前の時間帯でしたが、2700台分あるうち、平面の駐車場はすでに満車状態でした。駅近のショッピングモールでありながら、クルマで来店する客も多いということです。
橋本駅の北口側も見てみましたが、ここで柳瀬先生が南口側との違いを指摘しました。
柳瀬
「北口側は、駅の改札から続く2階部分のコンコースがあります。実はこれが、街が栄えるのを阻害しているんです。コンコースを使うと駅前の商業施設に改札からそのまま移動できるのですが、それが人通りを分断してしまって、地上の店への動線が失われてしまいます。街というのは、地上の人の行き来があって初めて繁栄します。クルマでも徒歩でも訪れやすいという点では、これからの橋本駅は南口側が栄えていくでしょう」
橋本駅前は、現在リニア中央新幹線の駅の工事の真っ最中。品川を出発して次の駅が、ここ橋本になる予定です。品川から名古屋までの所要時間は、途中駅に停車しないノンストップで最速約40分といわれています。中間には橋本も含めて4つの駅が予定されていますが、それらすべてに停車しても72分ほどだそうです。これが実現すると、このエリアの利便性もさらに上がってくるでしょう。
16号線は東京を大きく回っている環状線で、物流の動脈として機能しています。物流(小売)業で成長している企業は、北関東発祥のところが数多くあります。ヤマダ電機とベイシアグループ(カインズ、ワークマン)は群馬県高崎市、ケーズデンキホールディングスは茨城県水戸市、コジマは栃木県宇都宮市など。
柳瀬
「それぞれの企業の成功が、直接的に16号線のおかげと言い切るわけにはいきませんが、北関東から創業して一大商圏である東京や神奈川、埼玉、千葉などで成功するためには、国道16号線という物流路を活用してきたはずです」
コロナ禍を受けてリモートワークが普及して通勤や出張という需要が減っていくと、鉄道は成長が止まると予測されます。今は実証実験の段階ですが、地方の物産を新幹線で運び、とれたての海産物や農産物を都心で販売するという試みも行われています。これらの実験が成功すれば、新幹線が貨物を運ぶ未来が訪れる可能性もあります。
柳瀬
「私が、新しいモータリゼーションがやってくると確信するのは、先程述べた、郊外から新しいトレンドが成長していくということ以外に、自動運転の実現でクルマの新しい使い方ができるようになると考えるからです。自動運転は、まずは高速道路や幹線道路から導入されてくると思いますが、家から高速道路までは自分で運転して、あとはクルマにお任せ。目的地近辺で幹線道路から降りて、また自分で運転する。というように、まるで電車に乗るように、クルマで移動できるようになるわけです。少子高齢化を受けて、鉄道よりもクルマ(特に自動運転)の需要が増してくるのではないでしょうか」
鉄道とクルマをバランスよく使える16号線エリア
都心から延びる鉄道路線と16号線などの幹線道路を上手に使い分けられるのが、16号線エリアです。
柳瀬
「都心に向かうときは鉄道を使い、レジャーや買い物はクルマを使うというバランスで生活ができるわけです。駅は都心から延びる路線の終着駅になっていることが多く、通勤時には座って利用できるのもメリットでしょう。近場では大型のショッピングモールなどもあるので、家族で1日楽しく過ごせます。アウトレットやIKEA、コストコの多くは16号線の近くにあります」
加えて、柳瀬先生は、16号線には都心と地方をつなぐ高速のIC(インターチェンジ)があるのがとても便利だといいます。16号線にあるICは、東名「横浜町田IC」、中央道「八王子IC」、関越道「川越IC」、東北道「岩槻IC」、常磐道「柏IC」などです。
柳瀬
「ちょっとクルマを走らせれば、山や川、海などの自然の中で余暇を満喫できるわけです。ただ、16号線そのものがいつも渋滞しているので、そこはちょっと困りものですが(笑)」
まとめ
16号線エリアは、適度に都会でありながらも、すぐに自然に触れられるという人間が本来的に求める条件が整っている場所です。鉄道とクルマを使い分けつつ、仕事にも生活にも、そして趣味やレジャーにも便利なエリアとして、今後も人気が続くと思われます。
お話しいただいた人
柳瀬博一さん
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(メディア論)
1964年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社し「日経ビジネス」記者を経て単行本の編集に従事。2018年3月、日経BP社を退社、同4月より現職に。