南極の貴重な生態系が人間の船で運ばれる外来種に脅かされている
by Ronald Woan
南極は数百万年にわたり比較的外界から孤立していたため、他では見られないユニークな生態系が形成されてきました。ところが近年、人間の南極進出と共に侵入した外来種が既存の生態系を脅かす危険があると、ケンブリッジ大学の博士研究員であるアーリー・マッカーシー氏が解説しています。
Ship traffic connects Antarctica’s fragile coasts to worldwide ecosystems | PNAS
Antarctica's unique ecosystem is threatened by invasive species ‘hitchhiking’ on ships
https://theconversation.com/antarcticas-unique-ecosystem-is-threatened-by-invasive-species-hitchhiking-on-ships-174640
外来種による生態系の破壊を防ぐ最も単純な手段は、「外来種が入ってくるのを防ぐ」ことであり、長らく人間による入植が行われなかった南極は独自の生態系を保ち続けてきました。また、南極大陸の周辺海域では南極環流と呼ばれる東向きの還流が存在しており、アザラシやクジラ、渡り鳥といったわずかな例外を除き、海洋生物が南極大陸に到達しにくい環境となっているとのこと。
この自然の障壁は数百万年前から存在していましたが、人間の船は南極やその沿岸部まで到達することが可能であり、船と共に運ばれてきた外来種が南極に侵入するようになったとマッカーシー氏は指摘。ニュージーランドの亜南極諸島から漂流するコンブなどに付着した種が南極に到達するには最大3年かかるとのことですが、人間の船であれば亜南極諸島からわずか数日で南極にたどりつくことが可能です。
マッカーシー氏は南極大陸を訪れる船の船体に生息する外来種を調査し、その船が通るルートについても調べました。マッカーシー氏の調査では、南極を訪れる船にはムール貝・カニ・フジツボ・端脚類(ヨコエビなどを含む甲殻類)・外肛動物(コケムシ)・ヒドロ虫(イソギンチャクやクラゲに似た動物)・海藻などが生息しており、船体の清掃は数年に1度しか行われないため、これらの外来種が南極大陸に侵入する可能性は十分にあるとのこと。
また、2014年〜2018年に南極を訪れた船のルートを示す以下の図を見ると、船は世界各地の港を経由しており、多様な外来種が南極に侵入するリスクがあることがわかります。
マッカーシー氏は、南極を訪れるほとんどの船は南米チリのプンタ・アレーナス、アルゼンチンのウシュアイア、オーストラリアのホバート、ニュージーランドのクライストチャーチ、南アフリカのケープタウンという5つの港湾都市を経由していると指摘。また、その他にも合計で53箇所もの拠点が、南極へ向かう出発港として機能することがわかったと述べています。
世界各地の港を経由する船が南極へ外来種を持ち込まないようにするためには、動物や藻類がくっつきにくい特殊なコーティングを船体に施したり、船体の清掃を小まめにしたり、南極海域へ入る前に船体をきれいにしたかどうかを検査したりするなどの対策が挙げられます。これらの対策は物流に関する工程を増やすものですが、すでにハワイ・ガラパゴス諸島・ニュージーランド・オーストラリアなどで、外来種の持ち込みを防ぐために導入されています。
南極を訪れる船の数は1960年代から最大10倍に増加して毎年100〜200隻に及ぶそうで、特に南極半島やサウス・シェトランド諸島にアクセスが集中しており、これらの地域が最も外来種の危険にさらされているとのこと。なお、南極大陸に訪問する船の内訳は観光が67%・研究が21%・漁業が7%・物資輸送が5%・その他が1%であり、大陸の全ての地域にアクセスしているのは研究目的の船のみだそうです。
by gregpoo
研究者らはこれまでに「人間の手によって南極海へ持ち込まれた外来種」として、ムール貝やカニなど計5種類の非在来種を特定しているとのこと。ムール貝やカニと類似した動物は南極大陸周辺に存在していないため、ムール貝がその他の外来種にとっても繁栄しやすい生息地を確立したり、カニが在来種を食べてしまったりすることが懸念されています。しかし、これらの動物が長期的に南極の環境で生き残れるのかや、実際にどのような影響を生態系に及ぼすのかは不明だそうです。
マッカーシー氏は、「現時点では、南極と南極海は地球上で最も侵略されていない海洋地域であり、大陸規模で侵略的な種のリスクを管理・軽減できることを実証する最後のチャンスです」と述べ、人間たちが足並みをそろえて外来種の侵入を防ぐ努力をしなければ、南極の貴重な生態系が変化してしまうだろうと警告しました。