●PC市場に激震、プロ向けでも常識を覆したM1

半導体不足、深刻な労働者不足と流通の混乱、電子機器を扱う企業にとって2021年は、新型コロナ禍の影響によるステイホームを強いられた昨年以上に厳しい年になりました。そうした中でもAppleは、1年を通じて新製品を提供し続け、過去最高の四半期業績を達成し、いくつかの重大な課題を克服しました。Above Avalonの分析によると、2021年のiPhoneの販売台数は2億6000万台以上、Macは約2,500万台で、どちらも過去最高。Apple Watchのインストールベースのユーザーが1億人を超えたと見ています。

MacのApple Siliconへのトランジションはプロ向けデスクトップを残すのみに


毎年の恒例のAppleの行く年来る年、前編は最も大きなインパクトを残したMacを中心に今年の主なApple製品を振り返り、来年を展望します。小見出しは、Macintoshプロジェクトと同じ1979年に始まった「機動戦士ガンダム」からです(私が住む米国では今年、「閃光のハサウェイ」がNetflix配信になって話題になりました)。

○旧型とは違うのだよ、旧型とは、"M1時代のMac"登場

MacBook Air、13インチMacBook Pro、Mac miniなど、2020年末に登場したM1搭載Macは「M1」をお披露目するような製品でした。Intel製プロセッサを搭載したモデルからデザインをほぼ変えず、内部のみM1搭載にアップデート。M1搭載であっても、M1向けにデザインされたのではなく、M1の力を存分に引き出したらどのようなMacが可能になるなのか、未知の部分が残る製品でした。

わずか11.5ミリの薄さで、パワフルなパフォーマンスを実現、M1搭載「iMac」


それに対して2021年春に登場した新型24インチのiMacは、M1を活かして全てを再設計したMacです。発熱しないM1の優れた効率性と低消費電力を活かし、極限まで薄くした大型タブレットのような本体、それでいて従来のiMacを上回るパフォーマンスを発揮します。電源アダプタにEthernetポートを搭載し、本体につながるのは電源コードのみ。すっきりとしていて美しい背面にカラーバリエーションも映えます。そしてコンテンツの視聴やコミュニケーションを快適にするマイク、スピーカー、Webカメラの改善など、"M1時代のMac"の始まりを強く印象付けるモデルになりました。

○見せてもらおうか、プロ向けM1 Macの性能とやらを!

昨年末に登場したM1 Macは効率性とパフォーマンスの両面でユーザーを魅了しました。とはいえ、それは一般ユーザーの使い方の範囲です。作業に必要なパワーの条件が格段に厳しくなるプロのニーズに、GPUを統合したSoCであるM1で対応できるのかという疑問が拭い去れないままでした。

AppleはM1の開発に、iPhone向けと同じ"Slow、low、wide"アプローチを採用しています。同社がiPhone向けに設計した初のチップ「A4」は45nm製造で(iPhone 13のA15は5nm)、内蔵バッテリーの容量も今に比べて小さく、そうした厳しい制限の中で、ボトルネックをなくして、タッチ操作が安定してなめらかに動作するパフォーマンスを効率的に引き出すデザインを生み出しました。

M1はMac向けの設計になっていますが、ビルディングブロックを再設計してはいません。iPhoneやiPadに用いられてきたAシリーズの基本的なビルディングブロックをとり入れています。

M1 MaxはAppleが今までに作った中で最大のSoCで、570億個のトランジスタと最大64GBのユニファイドメモリを搭載しています


M1は、SiP(System in a Package)を用いて、メモリをユニファイドメモリとして、CPUやGPUと1つのパッケージ基板に載せています。メモリ帯域が広く、CPUとGPUがメモリを共有するので、その間のデータコピーは不要です。

GPUの演算性能が高くてもメモリの帯域幅が十分ではないと、そこがボトルネックになってしまいますが、帯域幅が広いM1ではGPUが十分に性能を発揮できます。また、大きなユニファイドメモリによってCPUのレイテンシが抑えられ、メモリの帯域幅や容量がボトルネックになることなく、M1は優れたパフォーマンスを効率的に発揮します。

そのM1をベースにスケーリングしたのがM1 Pro/M1 Maxです。シンプルなスケーリングで対応できるならスケーラビリティが長所になります。しかし、本当にその手法でプロ向けに通用するのでしょうか? Aシリーズで採用されているように、ユニファイドメモリ自体は珍しくはありません。でも、PC向け、しかもプロの用途を想定した規模へのスケーリングとなると前例のない取り組みです。

最大10コアのM1 Proは8コアのWindowsノートPCと比べて、同じ電力レベルで最大1.7倍高いCPUパフォーマンスを実現するとアピール


その答えは、皆さんご存知の通りです。最大400Gb/sのメモリ帯域幅、最大64GBのユニファイドメモリにスケールアップされたM1 Maxは、Afterburnerカードを装備した「Mac Pro」(2019)で行っていたような作業を、持ち運べるノート型の「MacBook Pro」で可能にする性能を実現しています。M1 Pro/M1 Maxは、Appleのプロセッサ設計がモバイルの領域に限られないことを証明するとともに、過去10年間のプロセッサのパートナーと別れるAppleの決断が妥当だっただけでなく、間違いではなかったことをユーザーに実感させました。

薄くてパワフル、負荷のかかる作業でも静かに動作する「MacBook Pro」


○認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを

Appleは「my way or the highway」でユーザーに選択を迫ると言われます。「気に入らないなら帰ってくれ」、つまり「受け入れるか否か」です。古くはiMacにフロッピーディスクを搭載せず、最近だとiPhoneから3.5mmジャックを無くすなどして、CDドライブや完全ワイヤレスイヤホンへの移行を促しました。このアプローチには変化を加速させるという利点がありますが、必ずしも良い結果につながるとは限りません。

新型MacBook Proで、Appleは大きな修正に取り組みました。Touch Barを廃してFnキーを戻し、MagSafe、HDMI、SDカードスロットを復活させました。Appleの歴史を考えると、驚くような後戻りです。

開発者が要望していたescキー、Fnキーが揃い、「MagSafe 3」となってMagSafeが復活


では、他の製品やサービスについても、これからユーザーからの声を広く受け入れてくれるようになるのでしょうか? MacBook Proでの修正は、Appleがより聞く耳を持つようになったというより、デザインのアプローチの変化によるものが大きいように思います。

以前のAppleは全ての製品において、薄く軽く、そしてシンプル(ポートは少なく)に進んでいました。実際に、iPhoneやiPadといったマス市場向けの製品でそれらは魅力として受け入れられました。しかし、プロ向け製品では必ずしもそうしたデザインが仕事のニーズを満たせるとは限らず、円筒型でコンパクトになった「Mac Pro」(2013)は拡張しにくさで批判を浴びました。

革新への挑戦はAppleの哲学であり、その点においてはユーザーにも挑戦を求める厳しい企業と言えます。でも、我が道を突き進む革新性は行きすぎると、同社が最も重んじる体験とのトレードオフを生みます。最近の製品の開発に携わった人達のコメントやインタビューを読むと、そのバランスの取り方が見直された可能性が読み取れます。特にプロ向けは、仕事に使うツールとしての必要性や使いやすさを重んじ、プロユーザーのツールとしてAppleらしい体験を生み出すアプローチへと変わっているように思います。

●2022年は性能向上が期待できる年、初の3nm製造SoC搭載製品は?

春のスペシャルイベントにおいて、M1を搭載した「iPad Pro」、リモコンを刷新した「Apple TV 4K」、数年前から噂になっていた「AirTag」を発表。iPad Proの12.9インチモデルはディスプレイにミニLEDバックライトのLiquid Retina XDRを搭載しています。

そして9月イベントで「iPhone 13/iPhone 13 Pro」、画面を拡大した「Apple Watch Series 7」、新デザインで画面を8.9インチに大型化した「iPad mini」を発表しました。

iPhoneとiPad、Apple Watchに関して、今年は安定した製品の年だったと言えます。デザインに大きな変更はなく、刺激的ではなかったものの、今の設計・デザインで成熟期を迎えた魅力を備えた製品です。

iPhoneだけでマクロ写真撮影が可能なオートフォーカスを備えるなど、カメラが強化されたiPhone 13 Proシリーズ


M1搭載の12.9インチiPad Pro以上に、デザイン刷新に加えてA15 Bionic搭載で性能も向上した「iPad mini」がiPadの話題を集めた


○戦いとは常に二手三手先を読んで行うものだ

今年のiOS/iPadOS、macOSのメジャーアップデートの最大の特徴は、新機能やサービスの多くが全てのプラットフォームで同時に利用できるようになったことです。

以前はiPhone優先で、iOSに新しいアプリや機能が投入されても、iPad版がすぐに用意されなかったり、Mac版は登場しないことがままありました。Appleは時間をかけてiOSとmacOSでサブシステムの共有を進め、その一方でタブレット向けにiOSからiPadOSを独立。そしてiPad向けアプリを簡単にMacに移植できる「Catalyst」を用意し、昨年MacのプロセッサにiPhoneやiPadと同じApple Siliconを採用しました。そうした長年の取り組みの成果が今年のアップデートです。FaceTimeの強化、「集中モード」、「テキストの認識表示」など、iOS 15/iPadOS 15とmacOS Montereyで、それぞれのデバイスの良さを活かしながら同じ機能を利用できます。

iOS/iPadOSで高い評価を得ている自動化ツール「Shortcuts」のmacOS版が登場。macOS Montereyにアップデートしてから早速使ってみたところ、TV+の番組に直接アクセスするショートカットなど、過去にiOS/iPadOSで作成していたショートカットのいくつかがそのままMacで機能しました


Apple製品を通じて使える共通のAPIというような環境が整いつつあります。Appleプラットフォームの規模で整理が進むことで、全てのOSの共通のインターフェイスであるSiriによる音声操作が活きてきます。それによってスマートホーム・デバイスなど、キーボード/マウス、タッチ操作が使えないデバイスを扱いやすくなります。噂されるhomeOSやReality OSの展開も現実味を帯びてきます。

○こういう時は臆病なくらいがちょうどいいのよね

Tim Cook氏がCEOになって以降、iOSのアップデートが51%増加しているそうです。特に、ここ数年でアップデートの増加が指摘されることが増えました。安定性の低下から、OSを毎年メジャーアップデートするサイクルの限界も議論されています。

アップデートのリリースは特に秋のメジャーアップデート後から冬の時期に増えていています。これは単体で動作していたOSが他のOSと連携して機能するようになり、複雑化しているのも大きな原因の1つです。iOS/iPadOSは9月、macOSは10月以降のリリースが多く、リリース時期が異なるOSのすり合わせや連携の調整・修正などでアップデートの頻度が増します。それらよるトラブルも少なくありません。

今年はこれまでのところ、ここ数年と比べてOSアップグレードの安定性が向上しています。これもOSの連携整備が進んだ成果の1つなのかもしれません。また、Appleはこれまでセキュリティ機能が向上する新しいOSになるべく早くアップデートするように呼びかけていましたが、アップグレードのプロセスに対してより慎重になっています。iOS 15/iPadOS 15では、リリース後すぐにアップデートせず、重要なセキュリティアップデートを受け取りながらしばらくiOS 14を使い続けられるオプションが用意されました。

ソフトウェア・アップデートで、すぐにiOS 15へアップデートと、しばらくiOS 14を使い続けながら様子を見ることの選択が可能に


○製造プロセスの違いが戦力の決定的差ではないということを…教えてやる!

2022年は2年計画であるM1への移行の最終年です。あとはMac ProとiMacの上位モデルを残すのみ、デザイン変更なしでM1搭載になったMacBook Air、Mac mini、13インチMacBook Proの新デザインも噂されています。

iPhoneに関しては、iPhone SEの5G対応の新世代モデル、そして次期iPhoneは無印モデルのminiがなくなって、画面が大きいiPhone 14 Maxが登場するという噂も。また、4,800万画素のカメラを搭載するとも報じられました。4,800万画素というとこれでしょうか…。

さて、AppleのSoCを製造するTSMCが2022年に新しい製造プロセスによる量産を開始します。

Appleは半導体の微細化で競合をリードするTSMCとの強いパートナーシップによって、どこよりも早く7nm(A12)と5nm(A14)で製造されるSoCを用いて、SoCの性能でライバルを引き離してきました。製造プロセスの微細化は性能と効率性の向上に大きく貢献するので、デバイスの進化にもつながります。

iPhone 12発表時、A14 Bionicを「5nmプロセス技術で製造された世界初のスマートフォン・チップ」とアピール。来年は4nmおよび3nmへ移行の年


これまでの経緯から予想すると、次のiPhoneで初めて3nm製造のSoCを搭載し、追いついてきたライバル再び引き離すというシナリオになります。しかし、3nmの量産は当初の計画より遅れていて、TSMCの情報アップデートによると、N3ノードを使った最初のチップの量産開始は2022年後半です。数も要求するiPhoneへの採用は厳しそうで、5nmの派生プロセスであるN4(4nm)が有力視されています。3nm製造については、SamsungもGAAを適用した技術で巻き返しを図っており、3nm製造のSoCを搭載する初のスマートフォンはiPhone以外のスマートフォンになるかもしれません。

3nmプロセスの製造施設、TSMCのFab 18


もしiPhoneのSoCがN4製造になるなら、3nm製造による最初のAppleのSoCはMシリーズになる可能性が高くなります。例えば、来年前半にWWDCでMac Proのスニークピークを行って、年末に発売という2013年のMac Pro発表の再現も考えられます。

プロ向けデスクトップとなると、電力の制限にしばられないパフォーマンスの競争になりますが、その市場でApple Siliconが競争できるでしょうか。M1 Pro/Maxを体験した今、1年間のような不安はありません。期待が膨らむばかりです。

Appleでプラットフォームアーキテクチャ・チームを管理するTim Millet氏が、Rene Ritchie氏のYouTubeチャンネルで語っていたことを1つ紹介すると、Appleの強みは一般的な手法とは全く逆のシステム作りです。一般的には、最初にチップがあり、デバイスメーカーはそれをマザーボードに載せる方法を考え、平行して別の誰かがチップを冷却するのに十分なサイズのファンを作成。そして、その上でソフトウェアがどのように動作するか見てみます。Appleでは、チップを設計する前に、SoCを開発するチーム、製品デザインチーム、ソフトウェア開発チームがワークロードチームと話し合い、最終製品の要求を理解し、それを実現する性能・機能、デザインを目指して連携して開発を進めます。最終製品がどのように使われるか思い描いて、チップレベルからカスタマイズするのです。

今のAppleならプロ向けデスクトップを必要とするユーザーが求めるワークロードを正しく想定して、期待に応える製品を届けてくれるのではないでしょうか。

MacのApple Silicon移行が完了する2022年は今年よりも劇的な年になりそうです。さらに2022年の「one more thing.」としてパススルー機能を備えたVR(仮想現実)ヘッドセットの発表も噂されています。Appleはかねて、AR(拡張現実)に積極的でしたが、同社がAR/VR市場に本格参入する意義はあるのか、後編では2022年以降も含めた長期的な視点からAppleの今後について展望します。