電気洗濯機と電気冷蔵庫、白黒テレビが登場し「三種の神器」と呼ばれたのは、昭和30年代のこと。高度経済成長期の最中とあって、住宅を取り巻く環境も大きく変わりつつありました。その象徴と言える、戦後復興を支えた存在が「団地」です。
千葉県松戸市にある「松戸市立博物館」では、昭和30年代に建てられた団地での暮らしを忠実に再現した展示が人気を集めているとのこと。早速、足を運びました。

松戸市立博物館内にある常盤平団地の再現コーナーに潜入!

松戸市制50周年記念事業の一環として造られた「松戸市立博物館」(筆者撮影)

「松戸市立博物館」は、新京成線八柱駅もしくはJR武蔵野線新八柱駅から徒歩約15分の「21世紀の森と広場」内にあります。コンセプトは、見て・触れて・体全体で感じる「感動体験型博物館」。総合展示では、松戸市の歩みを時系列で学ぶことができます。人類が誕生した旧石器・縄文時代から始まり、農村が広がる中で松戸や小金が水戸街道の宿場町としてにぎわった江戸時代のゾーンへ。そして、松戸市が大きな転機を迎えるきっかけとなった「常盤平団地」が再現されています。

新築当時の常盤平団地を実物大で再現しています(筆者撮影)

総合展示のラストに、1960年(昭和35年)に入居を開始した「常盤平団地」を細部までリアルに再現したコーナーがあります。ダイニングキッチンや水洗トイレを備えた団地は当時「最新の住宅」として注目を集め、憧れの住まいでした。昭和初期の家具などが置かれ、都心に住むサラリーマン家庭の「団地生活」を忠実に再現しています。

松戸市立博物館が開館した1993年の時点で、常盤平団地の誕生から30年の月日が経っていました。当時の住宅・都市整備公団(現在のUR都市機構)や常盤平団地自治会の協力を得て、完成直後から入居をしている居住者のみなさんにヒアリングを行い、1962年の生活を展示しています。ほぼ全域が農村だった松戸市に4,800戸を超える常盤平団地が誕生したことが、松戸市が首都圏の大規模な住宅都市へと変貌を遂げるきっかけとなったそうです。

ベランダから入って室内を見学できるユニークな作りになっています(筆者撮影)

松戸市立博物館が開館した当初は、部屋の外から見学をするスタイルでしたが「部屋の中に入ってみたい」という要望が多く寄せられたため、2000年から現在のように、部屋の中から見学ができるようになったそうです。

当時は人研ぎ石(人造石などを研磨したもの)が主流だった流し台に、ステンレスを採用。瀬戸物の食器を落としても割れにくいうえ、掃除もしやすく画期的でした。筆者の幼少時に慣れ親しんでいたキッチンと似ている気がしますが、一口のガス台に時代を感じます(筆者撮影)

1960年代前後の高度経済成長期、「団地」は多くの人々にとって憧れの住まいで、ステンレス製の流し台や浴室、水洗トイレがある暮らしは時代の最先端でした。
展示されている住戸の間取りは2DKですが、今ではすっかり一般的になった「2DK」という言葉は公団が使い始めた名称なのだそうです。松戸市立博物館に展示されているのは、2部屋の和室とダイニングキッチンという間取りで、食事をする場所と寝る場所を別にする「食寝分離」という考え方が明確に実現されています。

内装だけでなく、家具や家電も1960年代当時のものが設置されています。個人的に気になるのが「自動式電気釜」。台湾のロングセラー家電「電鍋」にそっくりですよね。ここ数年、日本でも電鍋のシンプルな機能やデザインに人気が集まっていることを考えると、昭和30年代の暮らしは、今の私たちにとって惹かれる部分が大きいのかもしれませんね(筆者撮影)

この2DKの空間は、常盤平団地のある建物を正確に復元したものです。電化製品や家具、衣類、食器などの台所用品、当時の製品のパッケージに至るまで当時の世界観で統一されています。
20代の夫婦と1歳の子どもがいる家族が住んでいる想定の演出ですが、その人物設定はかなり詳細です。「1960年4月に結婚し、そのまま常盤平団地に入居した夫の兼二郎(29歳)、妻の陽子(27歳)の2人には、翌年4月に長女の真理子が誕生。兼二郎は地方都市の商家の次男として生まれ、地元の高校から東京にある大学へ進学、現在は品川にある家電メーカーに勤務していて、趣味は映画と音楽鑑賞、特にフランス映画とモダンジャズを好んでいる…」といった具合です。
子どもができるまで共働きだった比較的高収入な家族で、家事を合理化しようと、冷蔵庫や洗濯機などの家電製品を積極的に利用。和室にソファを置くなど、当時の最先端だった欧米の生活に思いを馳せながら暮らしているイメージなのだそうです。

チャンネルを「回す」白黒のブラウン管テレビやレコードプレーヤーなどが当時を忍ばせます。スコッチウイスキーの空き瓶にシェードを被せた照明は「手作りしたものをプレゼントされた」という設定なのだとか(筆者撮影)
まだ和式便器が主流の時代でしたが、常盤平団地では洋式の水洗トイレが採用されていました(筆者撮影)
当時の浴槽は、何と木製。メンテナンスが大変そうですが、贅沢にも感じます(筆者撮影)

昭和50年代生まれの筆者にとって、昭和30年代の暮らしは想像することしかできません。それでも、この部屋に住んでいる家族がどこかからひょっこり出てきそうなほど、リアルな住まいが再現されていて、誰かの家にこっそりお邪魔したような気分でワクワクと見学できました。古きよき昭和の世界にタイムスリップしたような感覚に陥りながら、「これは懐かしい」「これは今でもありそう」などと細部までチェックしていたら、時間があっという間に過ぎてしまいそうですね。

松戸市立博物館
開館時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜(祝・休日にあたるときは翌日)、毎月第4金曜(例外あり)、年末年始、燻蒸期間
常設展観覧料:一般310円、大学・高校生150円、小・中学生無料
交通アクセス:新京成線八柱駅、JR武蔵野線新八柱駅より徒歩約15分ほか
ホームページ:https://www.city.matsudo.chiba.jp/m_muse/

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今なお現役の「常盤平団地」

松戸市立博物館内で再現されていた「常盤平団地」は、60年経った今もなお現役の住まいです。それでは、実際の常盤平団地はどのようなところで、現在はどんな人が生活を送っているのか気になりませんか? 早速、調べてみました。

新京成線の常盤平駅と五香駅の間に広がる広大な敷地は、芝生が広がり木々に囲まれた閑静な住環境。4~5階建ての団地が171棟・4,822戸(2021年12月現在)、バランスよく配置されています。

敷地内には団地建設以前からあるマツ林などを保存した緑地や、団地建設時に植栽されたケヤキやサクラなどの樹木が60年の歳月を経て大きく生長。四季折々の表情を見せてくれます(写真提供:UR都市機構)

間取りは1DK・2DK・3Kが基本。1960年当時の入居者は、東京都内に勤務する20~30代のサラリーマン夫婦が中心だったといいますが、当時から住み続ける入居者は高齢化しています。そのため、自治会を中心とした高齢の居住者への見守り活動や、集いの場所「いきいきサロン」の運営などが活発に行われています。

居室は基本的に和室。ホッと落ち着く空間です(写真提供:UR都市機構)

Y字型の建物「スターハウス」

スターハウスは特徴的な外観に加え、すべての部屋が角部屋になっていることも大きな魅力です(写真提供:UR都市機構)

常盤平団地は、団地が建てられるようになった初期に人気を集めた「スターハウス」が現存することでも知られています。スターハウスは、すべての住戸が採光や通風に優れ、外観デザインも優れていること、一般的な板状の住棟を建てにくい傾斜地や不整形地にも建てやすいことから初期の団地で積極的に採用されましたが、Y字型の複雑な形状で建築コストがかかることから徐々に建設されることがなくなりました。現在は老朽化にともなう建て替えで、姿を消しつつあります。
現在も入居可能なスターハウスは数えるほどしかありませんが、常盤平団地では、今もなお10棟が現役です。

常盤平ってこんな街

常盤平団地は、どのような街にあるのでしょうか。常盤平団地は、新京成線の常盤平駅と五香駅の間に位置しています。常盤平駅前には、24時間営業の「西友常盤平店」、五香駅近くには「ヨークプライス五香店」があり、「業務スーパー 常盤平店」も近く、買い物環境が整っています。

常盤平駅(画像素材:PIXTA)
五香駅(画像素材:PIXTA)

緑豊かなスポットも数多く、常盤平駅前のけやき通りは新緑や紅葉が美しく、さくら通りはシーズンになると木々が桜のトンネルを作り出し、多くの花見客が訪れます。冒頭で紹介した「松戸市立博物館」がある「21世紀の森と広場」も、常盤平団地から徒歩圏内です。

21世紀の森と広場は50.5ヘクタールもある大きな公園です(画像素材:PIXTA)
常盤平駅からすぐの常盤平けやき通りは「新日本街路樹百景」に選ばれています(画像素材:PIXTA)
常盤平駅と八柱駅の間にある「常盤平さくら通り」は桜の名所で、「日本の道100選」にも選ばれています(画像素材:PIXTA)

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まとめ

常盤平団地が誕生した当時、団地は憧れの住まいでした。家賃(2DKで5,500円)の5.5倍以上という当時からしたら比較的高い収入が必要な上、10~20倍の応募倍率の抽選を勝ち抜かなければ住むことができなかったそうです。そうした当時の暮らしに思いを馳せながら、松戸市立博物館の見学とともに、周辺の街並みも散策してみてはいかがでしょうか。

取材協力:松戸市立博物館、UR都市機構