話題の子育て支援制度「ネウボラ」を知っていますか? 東京都・世田谷区の取り組みを取材
ネウボラとは、フィンランド語で「相談・アドバイスの場所」を意味する言葉。妊娠中から就学前まで子どもがいる家庭をワンストップで(窓口を一本化して)支援する制度として、フィンランドでは1920年に取り組みが始まりました。最近ではここ日本でもネウボラに取り組む地方自治体が少しずつ増えています。
家を探したり、住む街を選んだりするうえで、出産・子育て支援の充実度を気にする人は多いのではないでしょうか。今回はネウボラの仕組みや、ネウボラを積極的に実施している東京都世田谷区の事例を詳しく紹介します。
ネウボラは、すべての母親を対象にしたワンストップ支援制度
フィンランドのネウボラは、妊娠中から就学前まで基本的に同じ保健師が母子の相談、支援を担当します。妊娠期・出産時には病院と連携しながら産後もずっと切れ目なく支援します。ネウボラの運営主体は市町村で、利用は誰でも無料。所得の高低に関係なく、子どもを授かった母親全員・全家庭を対象としているのが大きな特徴です。
日本でも、フィンランドのネウボラを参考に各地方自治体が独自のネウボラを実施しています。
東京都では世田谷区をはじめ、渋谷区(渋谷区子育てネウボラ)、文京区(文京区版ネウボラ事業)、板橋区(いたばし版ネウボラ事業)、豊島区(ゆりかご・としま事業)、小平市(小平市子育て世代包括支援センター事業「こだっこ」)など、そのほかの都道府県でも埼玉県和光市(わこう版ネウボラ)、広島県全域(ひろしま版ネウボラ)など、さまざまな自治体で取り組みが進められています。
なかでも今回は東京都世田谷区のネウボラ事業について、その特徴や取り組みを世田谷区子ども・若者部子ども家庭課に取材しました。
世田谷版ネウボラは区・医療・地域が連携
世田谷区は「子どもを生み育てやすいまち」の実現を目指して、2016年7月から世田谷版ネウボラを開始。妊婦や乳幼児を育てる家庭を支える、切れ目のない相談支援体制を整えています。
世田谷版ネウボラの中心となる「ネウボラ・チーム」は地区担当の保健師、母子保健コーディネーター(助産師、保健師、看護婦)、子ども家庭支援センター子育て応援相談員(社会福祉士、保育士など)で構成されています。
「世田谷区は、以前から子育て支援の活動が盛んな地域。妊娠中・乳幼児のいる家庭の子育て相談を行う地域子育て支援コーディネーターを地域のNPO法人に委託したり、子育ての情報交換や親子でゆっくり過ごせる『おでかけひろば』を区の補助事業として多くの団体が運営したりしています。地域の団体と連携し、子育て支援を展開していることが、世田谷版ネウボラの大きな強みになっています」(世田谷区担当者)
支援の内容は幅広く、ネウボラ面接(妊娠期面接・産後面接)や両親学級、産後の母体・乳児ケア、乳児期家庭訪問、子育て情報の交換や親子でゆっくり過ごせる施設(おでかけひろば)の提供、一時保育などさまざまです。
医療機関との連携も、ネウボラを効果的に実施していくために欠かせません。世田谷区は例年、区内の産婦人科医療機関へ出向いて、区のネウボラ面接等の情報を提供。その際に医療機関の取組みを提供してもらうことで、連携のきっかけづくりをしています。また区内だけでなく、区民の分娩取り扱い件数の多い近隣自治体の病院とも連携。区外の病院で分娩する人にとっても安心できる、顔の見える関係の構築を目指しています。
ここからは、世田谷版ネウボラの代表的な取り組みについて詳しく紹介します。
妊娠届を出したほぼすべての人にネウボラ面接を実施
世田谷区では、妊娠届を出した人に母子健康手帳を渡し、区内に5つある総合支所健康づくり課でネウボラ面接(妊娠期面接)を行っています。
「ネウボラ面接では、『ネウボラ・チーム』の母子保健コーディネーターが出産・育児の不安や悩みなどを伺っています。面接を受けた方からは、『妊娠についてあまり人と話すことがなかったので、楽しくためになった』『心配事の相談ができて、気持ちがラクになった』という声を多く頂いています。里帰り中で世田谷区を離れている場合や、コロナ禍で外出に不安を感じる場合はオンラインで面接するなど、臨機応変な対応も心掛けています」(世田谷区担当者)
ネウボラ面接は区の総合支所で妊娠届を提出した後その場で行うことも多いそうですが、総合支所以外の出張所やまちづくりセンターの窓口で提出した人、またほかの区市町村で妊娠届を提出した後に世田谷区へ転入した人もネウボラ面接が受けられるよう、インターネットでの予約システムも整えられています。区役所が閉まっている時間帯でもアクセスして予約ができるため、非常に便利です。2020年度にはほぼすべての妊婦がネウボラ面接を受けたそうです。
ネウボラ面接を受けた人には「せたがや子育て利用券」を配付
もう一つ世田谷版ネウボラの特徴的な取り組みとして、「せたがや子育て利用券」があります。地域の産前・産後サービスに利用できるもので、基本的にはネウボラ面接を受けた人に利用券(子どもひとりにつき1セット10,000円分)を配付しています。
「この券は、地域の子育て活動とつながりを深めることができる産前産後サービスの利用に使うことができます。たとえば妊娠中に利用できるマタニティーヨガ、出産前後のベビーシッター、産後ケアやベビーマッサージ、保育園などでの一時預かり、子育て支援タクシーといった内容です。以前は妊娠中にネウボラ面接(妊娠期面接)を受けた方のみに配っていましたが、現在は出産後に世田谷区に転入してきた方や2歳までの子どもがいる家庭、里親家庭も対象になっています」(世田谷区担当者)
「ネウボラ面接で初めて利用券について知った」「産後サービスがたくさんあることを知った」という人もまだまだ多く、こうした面でもネウボラ面接の意義は非常に大きいようです。
子育て交流、相談ができる「おでかけひろば」は40施設以上
保育園や幼稚園に入園する前の小さな子どもを育てている間は、「周りに相談できる人がいない」「家に閉じこもりがち」「ほかのママともっと交流したい」という悩みが特に強いもの。世田谷区には、親子でゆっくり過ごして遊んだり、子育て情報を交換したりする場所「おでかけひろば」があります。
区内にある「おでかけひろば」は42施設(2021年10月現在)。世田谷区は23区の中で最も人口が多く、面積は大田区に次いで2番目に広いですが、区内のどこからでも訪れやすいよう、ほぼ全域に点在しています。
「利用料金は、登録料やイベント参加の際に実費が必要なケースもありますが、基本的に無料。子育てに関して経験豊富なスタッフがいるので、気軽に育児相談ができるのも大きなポイントです。ママ友・パパ友づくりや離乳食の相談をする場として以前から多くの支持を頂いていました。新型コロナウイルスの感染症拡大で施設が一時休止になった時期もありますが、現在は感染防止対策を行ったうえで開所しています。『夫が在宅勤務をしているので家にいづらく、「ひろば」があってよかった』『子どもと遊べる場所がとても少ないので、「ひろば」が開所してくれて助かった』など、安心して利用いただいているようです。施設によってはオンラインイベントも開催。コロナ禍でも支援が途切れないように心掛けています」(世田谷区担当者)
コロナ禍の今、世田谷版ネウボラの現状と課題
コロナ禍で不要不急の外出自粛要請や子育て関連イベント・講座の中止など世田谷版ネウボラに関連する事業も実施規模を縮小していた時期がありました。そんなときでも、オンラインによるネウボラ面接の実施などで妊婦・子育て世代への支援を途切れることなく継続しています。
「最近のネウボラ面接や、区に寄せられる子育て・支援相談では、コロナがきっかけとなった家庭環境や子育ての環境の変化に関する内容も聞かれます。また、地域で支え合うために区が今後何をすべきかが重要な課題です。行政や地域の支援が必要なのに、支援が行き届きにくい家庭をなくすために何ができるかを考えていくことも大切です。そのために、たとえば、妊娠期からおでかけひろばなどの地域の子育て支援の社会資源とつながる仕組みづくりを進めていきたいと考えています」(世田谷区担当者)
妊婦や乳幼児を育てる家庭を、地域全体で支える。悩み事や心配事があっても、地域につながっていればひとりで抱え込むこともなくなります。日本におけるネウボラの成功例として知られる、世田谷版ネウボラについて紹介しました。家探しや街選びの際には、ネウボラをはじめとする自治体の出産・子育て支援事業にもぜひ注目してみてください。
取材協力・写真提供(一部)/世田谷区
世田谷区ホームページ:世田谷版ネウボラ