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上智大学国際教養学部教授で、美術評論家の林道郎(はやし・みちお)氏から、10年にわたり、セクハラを受けていたとして、元学生の女性(30代)が、林氏に対して2200万円の慰謝料を求める訴訟を東京地裁に起こしている。

訴状によると、林氏は学部生時代から女性をほかの学生より優遇し、林氏が指導教官となって、女性が大学院に進学したのちは、女性に性的行為も働きかけた。女性は「指導教官を疑ってはいけない」との思いから、受け入れざるを得なかったという。

関係は10年にわたり続けられ、女性から関係を打ち切った後、女性は自己嫌悪の念から自死したい気持ちに苦しみ、うつ病と診断された。

女性の代理人弁護士は、林氏による行為に「グルーミング」(手なづけ)があったと指摘する。

「グルーミング」とは、若年層に対して、年長者が巧みに信頼関係を築いて、性被害へと追い込むための準備行動。上川陽子法務大臣が9月16日、「法制審議会」に諮問した性犯罪に関する刑法の改正についての検討項目にも含まれるなど、注目を集めている。

また、女性は上智大学に対し、林氏によるハラスメント行為を調査するよう申し立てた。女性の代理人弁護士によると、上智大学は現在、調査をおこなっているという。

一方、林氏側は、裁判の答弁書で「指導教官と学生という立場ではあったが自立した成人同士の自由恋愛をしていたに過ぎない」と反論し、争う構えを見せている。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●学外で2人きりの「お茶」

女性が提訴したのは今年4月。訴状によると、女性は2003年に上智大学に入学した。女性が林氏の講義を受けるようになると、2006年2月に林氏は研究室の引っ越しの手伝いを女性ともう一人の学生に頼んだ。

女性は「大教室の講義を受講する学生にすぎない自分たちに、なぜ突然引っ越しの手伝いを頼むのだろう」と不思議に思いつつも、尊敬する教授からの依頼だったため、作業の手伝いをしたという。

4年生になると、女性は講義の準備のアシスタントもつとめることになった。大学院に入る直前の2007年7月からは、女性はアシスタント作業の帰りなどに、林氏から学外で2人きりでの「お茶」に誘われるようになり、日常化していった。

●「指導教授を疑ってはいけない」という思い

2007年10月に女性が大学院に進学したのち、林氏は女性に性的な行為をするようになった。林氏は女性より25歳年上で、既婚者だったこともあり、女性は混乱したが、「指導教官に対して失礼なことをしてはいけないとの思い」があり、「指導教官を疑ってはいけない」と思い込もうとしていたと主張している。

大学院修了後、女性はいくつかの美術関係の仕事についてきたが、いずれも林氏の斡旋によるものであり、やはり林氏に「失礼になること」はできないとして関係を断ち切れず、2018年5月まで継続した。

なお、女性は関係を打ち切った後、林氏の妻から「不貞行為」があったとして、2020年に提訴され、応訴できずに敗訴している。

女性側の準備書面によると、関係が終わった後、女性は自己嫌悪の念を強く抱いて「うつ病」と診断されおり、林氏の妻から提訴された時期は、うつ病の症状が重い状態だったという。

●夜中に自殺コールセンターに電話

女性は、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「自分が被害に遭っていることにずっと気づけなかった。自分が被害者だと認めたくない気持ちもありました」と話す。

「自分は醜く、価値のない人間なんだと思い込んでいました。林氏との関係を、家族にも友人にも相談することができず、嘘をつきつづけたこと、20代から30代にかけて失われたものの大きさに気づいて絶望しました」

「死にたい」と思うようになったという女性。夜間に自殺コールセンターやヘルプセンターに電話することを繰り返した。しかし、カウンセリングを受け始めてから、「指導教授が性的関係を働きかけるのはセクハラであり、あなたは被害を受けていた」と指摘され、徐々に気づき始めたという。

では、なぜ女性は提訴に踏み切ったのか。

「私のようなケースは、氷山の一角だと思います。大学という閉塞的な場所で、教授と学生という特殊な上下関係の中で起きたハラスメントです。ほかにも同じような被害に遭われている人たちに、これはやっぱり違うんだと気づくきかっけになればと思い、声を上げました」

なお、弁護士ドットコムニュースでは、林氏にメールで取材を申し込んだが、期限までに回答はなかった。林氏の代理人弁護士に対しても取材を依頼したところ、「本件については、未だ係争中ですので、コメントを差し控えさせていただきます。私としては、あくまで裁判という場における公正な判断を待ちたいと考えています」とのコメントがあった。

●「グルーミング」は「セクハラの手口」

多くの大学では、教職員が学生に対してハラスメントをしないよう防止のためのガイドラインを設けている。その中で、「セクハラの手口」として「グルーミング」行為についても詳しく指摘しているのが、徳島大学だ。

「他の人よりも明らかに差をつけて懇切丁寧に指導をする」「この人は正しいと信じ込ませることで、セクハラに気づきにくくさせる」「セクハラに気づいても恩義を感じて指摘しにくくさせる」といったことが挙げられている。

弁護士ドットコムニュースが上智大学に同様のガイドラインがあるか取材したところ、次のような回答があった。

「本学ではセクハラ、アカハラを防止し、より良い教育研究環境を確保するための指針として策定した『上智大学セクシャル・ハラスメント、アカデミックハラスメント防止ガイドライン』(学内教員向けガイドライン)がございます。

この中で、セクシャルハラスメントに該当する恐れの高い言動として、『教員が学生に恋愛感情を寄せ、他の学生よりも優遇する』、『二人きりでの食事やデートに誘う』、『交際を申し込む』等を挙げ、教育・研究上の指導に当たって、これらの言動を控えるよう注意喚起をしております」

女性は提訴後、上智大学に対して林氏によるセクハラ行為を調査するよう申し立てた。女性の代理人弁護士によると、上智大学は8月から調査に着手しているという。

弁護士ドットコムニュースは、林氏の代理人弁護士に対し、上智大学が林氏によるセクハラ行為の調査をおこなっていることについても見解を求めたが、「上智大学にはすでに退職の意向を伝えております」とするにとどまった。

また、林氏の退職願が受理されたのか、上智大学に確認したところ、「お尋ねの件ですが、現時点では学内調査中の段階であり、それ以上のコメントはいたしかねます」として、詳細を明らかにしなかった(9月29日現在)。