「kmタクシー」の愛称で知られる国際自動車の西川洋志社長(筆者撮影)

未曾有の危機を迎えているタクシー業界。そんな中で日本交通に次ぐ、620億円(2019年度)という業界2位の売り上げを誇るのが、「kmタクシー」の愛称で知られる国際自動車だ。2020年に創立100周年を迎えた同社は、原則的に50歳を超えた乗務員の採用は行わず、本社に近接するにホスピタリティハウス、研修センター、採用相談窓口を作るなど、徹底して新卒・未経験者の人材育成に投資を行ってきた企業でもある。

国際自動車ではコロナ禍の今だからこそ、高齢者が大半を占めるというタクシー業界の風習を打破すべく取り組みに注力しているという。今後のタクシー業界はどこに向かっていくのか。社長の西川洋志氏に、業界の未来、コロナ禍の実情、人材育成にかける思いを聞いた。

感染者増で売り上げが再び落ち込んでいる

――2020年はタクシー業界全体が過去に例のない水準の大打撃を受けました。あらためて振り返ってみていかがでしょうか。

グループ全体で苦しい1年だったことは間違いないです。いちばん厳しかったのが、4、5月。緊急事態宣言下では、通常の半分くらいしか稼働させなかったこともあり、前年比の30%程度まで売り上げが落ちました。


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そこから少しずつ上がってきて6月くらいから回復傾向に転じてきた。8月に夏休み入って経済活動が鈍って少し落ち込んだけど、9、10、11月は戻り始めました。

ただ11月後半からまた落ちはじめ、今はまたよくない状況になっている。

2019年ベースでみると当社の1台当たりの平均売り上げ(1乗務)が約5万6000円。それが去年は10月の一番いいときですら4万5000円でした。何とか前年の7割近くまで戻ってきていた数字が、感染者増に伴い12月以降は再び落ち込んでいます。

――バス、ハイヤー事業も展開されていますが、状況はどうですか。

最も厳しい事業はバスです。売り上げは前年の2割以下の月も多かったくらいで。やっと10、11月に前年の約35%の売り上げに戻りましたが、Go Toトラベル休止の影響で、12月に入って全部キャンセルになりました。


西川 洋志(にしかわ・ひろし)/1949年東京都生まれ。國學院大學経済学部卒業後、1972年4月に国際自動車に入社。ハイヤー営業マン、営業企画を経て、2000年に経理部長に就任。その後、不動産部長、経営管理本部副本部長、常務、専務を経て、2016年4月より現職(筆者撮影)

逆にハイヤーはずっと前年比で8割以上を堅持していますね。ウチでも役員さんの送迎数が実はそうとう増えましたよ。コロナ禍で電車を使いにくい影響で、前年比にすると月間で100本近く増えている。

売り上げ的にも上がってきて85%水準まで近づいたけど、その一方で役員クラスの方も自宅仕事の割合が増えてきているという懸念材料もある。正直、今後どう動くかはまったく読めないですね。

――タクシー業界全体で、ここ1年間で印象に残ったことはありますか。

コロナ禍の1年で、アプリ配車の割合が爆発的に伸びたことですね。特に去年4月はそれが顕著で、都内では業界配車の割合が倍近くまで跳ね上がった。自社アプリのフルクルも夏前までは前年比で200、300%という水準でした。夏頃から少し陰りが見えましたが、それでも乗車回数が圧倒的に減っている中でこの数字ですから、アプリの存在感が印象的でした。

年100〜150人に採用は継続

――4月度の新卒採用、中途採用、退職者などの人の面での影響は出ているのか。

どうしてもここまでの状況になると、退社される方も一定数はいます。コロナという大きな流れに関してはどうしようもない面もあります。ただ、採用に関しては引き続き維持していきます。4月入社の新卒は約120名を予定しており、中途も例年通りの採用を行っていきます。

今、都内のドライバーの平均年齢が59歳で、当社はそこから10歳も若い49歳なんですね。乗務員の絶対数も多い中でここまで引き下げられたのは、新卒採用のドライバーが900人ほど残ってくれているからです。また、新卒の3年以内の離職率も20%を切り、全業種的にもかなり低い数値であるという自負もあります。

不況になるとタクシー業界に人が集まるという面もありますが、だからといって多く採るという発想はない。1年間に100〜150人の間の採用を継続していこうというのがわれわれの目標で、そこは崩していません。

人は採ることよりも、育てることにマンパワーがかかってきますし、これまでの経験を踏まえると、この数字を越えて採用をしても育て上げることは難しい。ホスピタリティやマナーや接客、地理や機器操作など、現場を含めた研修は3〜6カ月ほどみっちりやりますし、一人ひとりに時間とコストをかけています。

――この状況下でも新卒採用にこだわる理由は何でしょうか。

タクシー事業は100年以上の歴史がありますが、極端な言い方をすればその間に劇的な変化はなく、現在まできたという側面がある。それがここ数年で急速にIT化が進み、ライドシェアなどの新たな概念も生まれてきた。これまでは業界の外にあった要因により、全体が変化の時を迎えており、新型コロナもその1つの契機となるかもしれません。

だからこそ私のように古くからタクシー業界に浸かってきた人間ではなく、まったく違う角度から柔軟な発想が求められるとも感じています。実際、新卒の若い子たちと話していると学びがあるし、その意見によって制度を変えたことも多い。

釣り銭をドライバーが用意していた

一番よい例が、運賃のつり銭です。釣り銭のお金は、ドライバー自身のお金というのが業界の通説でした。ところが、自分で釣り銭を準備しなきゃいけない仕事なんて普通はないですよね。1日に、2万も3万も両替しなきゃいけないわけですから。それを新卒の社員が『こんなことはおかしい』と問題を提起しました。

調べてみると、全国でも会社が用意しているところはなかったわけです。じゃあやろう、と会社で用意するようになった。このように他の業界からしたら考えにくい文化も残っている。新しいことを実践していけるのは、タクシーの仕事に染まっていない世代の人たちだと思っています。

――新卒以外でも国際自動車では芸人やスポーツ選手など多分野からユニークな人材採用を行っているイメージがあります。

ずっと当社で働いてくれたら理想ですが、当然難しい方もいらっしゃる。漫画家になりたい、留学資金を貯めたい、プロスポーツ選手になりたい、教師になりたいと、いろんな方が会社に在籍している。それなら夢を追いながら、人生の一時にタクシーの仕事をするという選択肢もあっていい。

個々人の目標やライフスタイルを大切にすべきだし、個性がある人は魅力的ですから。個人的にもそういう人たちが好きで応援したい、という気持ちはあります。

――1000人採用を目指すなど、女性ドライバーの採用にもいち早く注力されていますよね。

女性の社会進出が進み、タクシーを利用する女性の方が占める割合が増えてきたということがその理由に挙げられます。

でも、実態として女性の利用者の方は男性がドライバーだとマンションではなく、その近くのコンビニや信号のところで降ろしてほしいという声が多かった。それが女性のドライバーだと安心して乗車できる、と。

創立100周年に当たる2020年に女性社員1000人を目指していましたが、残念ながら届かなかったですね(2021年1月末時点で432人)。

前提として、タクシー会社=男性の世界という印象を変えたいという信念を持っており、多い年は新卒採用のうち4人に1人が女性ですね。毎年20〜30人程の女性に入社してもらっています。

業界全体でも深く考えるべき問題

班長制度を設けて、若くして管理職を任される方も増えてきました。育休や産休制度を取って戻ってくる方も多いし、お子さんが大きくなって戻ってくる方もいらっしゃる。時短勤務などを含めた就業規則を変えて多様化すべきところはまだまだありますが、これは単体ではどうようもない問題でもある。

また、女性の方が安心して働けるため、セクハラやモラハラ行為に対して乗車拒否が可能になるよう、国際では率先して運送規約も変更しましたが、業界全体でも深く考えるべき問題でしょう。

――とはいえ、タクシー業界で長く働く男性などは、急に女性が増えると戸惑いそうですね。

それはその通りで……。私も含め、四苦八苦した部分は会社としてもかなりありました。管理側も意識も変えていくという難しさもありましたね。シャワールームや更衣室、パウダールームなどのハード面の導入も試行錯誤をしながら実施してきました。

一番難しかったのは同僚男性の意識と接し方でしたね。それなら、と専門家を招いて、男性管理職に向けて女性との接し方勉強会を開いた。さらに、抜本的に管理職の女性を積極的に増やそうと。

結果的に一つ言えるのは女性乗務員が職場に増えたことで、職場の雰囲気が大きく変わった。それは男性陣の意識が変わっていった、という部分が大きいと感じています。

――近い将来、タクシーの自由化やライドシェアの解禁、自動運転時代の到来といった、“大きな変化の波”が業界に訪れる可能性が高い。

ライドシェアにしても、自動運転にしても東京発というよりは、地方からそういった取り組みがスタートしていくんじゃないかな、とは考えています。とはいえ、規制や安全面など越えるべきハードルがまだたくさん残されているのも現実です。

そんな中でタクシーを選んでもらう意味を求めていくと、やはりサービス面になってくる。鉄の箱が迎えにきて目的地に運んでもらうだけというのはあまりに寂しいし、そういう会社は淘汰されていくでしょう。

例を挙げるなら、お年寄りの方や体が不自由な方のアテンド、有事の際のサポート、フードデリバリーといったサービスの需要は必ず伸びてくる。繰り返しになりますが、サービス面の向上のためには根本的な人材育成が必須です。そういった未来を見越して、長い時間と費用をかけて人材に投資してきたことが生きてきます。

自動運転時代のタクシーが果たすべき役割

――今後タクシー業界に必要なことは何でしょうか。

10年、20年スパンの未来でいえば、タクシーも自動運転時代は遅かれ早かれ訪れるでしょう。すでに世界各地では自動運転の実験も行われているようですが、日本もインフラ整備の問題がある。それでも自動化の波は避けられないでしょう。

では、その時代が来たときにタクシーが果たすべき役目は何か。やはりいかに付加価値を見出すか、という点に尽きると思います。福祉や介護、運送の場面などでもサポート役として、乗務員のホスピタリティがより重要になってくる。

一般的にはお客様第一主義というほうが正しいんでしょうが、当社の場合は社員第一主義を掲げています。どれだけ会社が研修などでホスピタリティを謳っても、1人のドライバーの行動=会社のイメージとなる。会社が社員を大切にして、幸せにしないといいサービスは生まれません。これからの時代にこそ、原点を大切にしていきたいです。