ロンシャン・ジャパンのCX改革、いかに本国を動かしたか? : 電通アイソバーとの「ワンチーム」体制
企業の変革は、グローバル/ローカル、部署間、そしてクライアント/パートナーの垣根を超えた連携が必須となる。1948年に創業したフランスのラグジュアリー・ファッションブランドであるロンシャン(Longchamp)は、コンパクトに折り畳めるレディースハンドバッグ「ル プリアージュ®(LE PLIAGE)」で人気だ。しかし、日本ではその「ル プリアージュ®」のイメージが先行しており、世界に愛されるファッションハウスとしてのブランドイメージが浸透していなかった。加えて、販売チャネルも実店舗に偏っておりオムニチャネル化に二の足を踏んでいた。そんななか、同ブランドのパリ本社は2018年、ブランド方針や経営戦略をアップデート。グローバルにOMO(Online Merges with Offline)施策や、オムニチャネル化の推進を打ち出した。「入社した当時のロンシャン・ジャパンは、パリ本社の方針とは大きく乖離している状況だった。そこで、ゼロベースであるべき姿を描くべく、日本のマーケットに最適化させた形で顧客体験(CX)の再設計を行った」。こう語るのは、同じ外資系ブランドのコーチ(COACH)でデジタルマーケティングを担当した後、2018年にロンシャン・ジャパンにジョインした、マーケティング&コミュニケーション部 ディレクターの横島愛弥氏だ。同氏は、パートナーを務めた電通アイソバーとともに、CXの再設計や意識統一のための社内コミュニケーション、さらにパリ本社への日本独自施策の提案と実行をリードし、全社を巻き込んだ変革を推進してきた。そんな横島氏は、2020年10月21日配信された電通アイソバー主催のウェビナー、「ロンシャン・ジャパンに学ぶ、グローバル企業のCX戦略〜日本のマーケットをとらえた顧客起点のアプローチ〜」に登場。電通アイソバーで、グローバルビジネス部 アカウント エグゼクティブを務める清水麻里子氏と、モデレーターとして参加した、アカウント ディレクターの河村枝里氏とともに、全社を巻き込んだ顧客体験設計ついて語り合った。
ゼロベースからのスタート
「グローバルで策定した新しいブランドの方向性や経営戦略を、日本のマーケットに即した形で落とし込むことが私のミッションだったが、理想的な姿とのギャップが大きい状況だった」。イベント冒頭、横島氏はこう語る。というのも、ブランドイメージの乖離をはじめ、当時のロンシャン・ジャパンの販売は実店舗が主体。OMO施策やオムニチャネル化を進めるには、根本的な変革が必要だったという。そこで横島氏は、CXデザインのプロ集団である電通アイソバーと協業し、プロジェクトを発足することを決めた。電通アイソバーでは、「Discover」「Define」「Design」「Deliver」からなる「4Dアプローチ」という手法を通じて、企業の顧客体験の設計をサポートしている。横島氏は、「前職でも、電通アイソバーさんにはお世話になった。そのときのクオリティの高いプロフェッショナルな仕事振りから、真っ先にコンタクトし、サポートをお願いした」と語る。そんな電通アイソバーの協力のもと、まずはじめたのは現状把握。「企業」「顧客」「競合」という3つの視点に基づき、調査を実施した。電通アイソバーの清水氏は、その調査内容について以下のように語る。「具体的には、さまざまな部署へのインタビューや、潜在・既存顧客へのオンラインサーベイ、フォーカスグループインタビュー、そしてOMOやオムニチャネルをキーワードにしたマーケットトレンドや競合分析などが挙げられる」。そして、その結果を基にカスタマージャーニーマップを作成。ペインポイントから機会領域を洗い出し、それを実行するためのロードマップに落とし込んでいったという。「CXのプロフェッショナルである電通アイソバーさんとワンチームとなって取り組んだ」と語る横島氏
部署・パートナーの垣根を超えて
また、これらの取り組みと平行して、横島氏と清水氏が取り組んだのが、全社横断的なワークショップだ。大きな変革を起こすためには、社員一人ひとりが、企業の課題を自分ごと化することが重要だ。そのためには、可能な限り社員全員が変革に参加できるような環境を作らなければならない。「今回のプロジェクトを、マーケティング部門だけで完結するものにはならないよう注意した」と横島氏。「本当にベストな顧客体験とはどのようなものか、さまざまなバックグラウンドのメンバーたちが皆、頭をひねってアウトプットを出してくれた」。なお、これらのワークショップには電通アイソバーの清水氏も参加。さらに同氏は、ロンシャン・ジャパンの全社会議にも参加し、横島氏とともにパリ本社と連携するなど、プロジェクトの最前線で活躍した。「ロンシャン・ジャパンと電通アイソバーがワンチームになることができた」。パリ本社へのアプローチ
また、横島氏は日本独自の施策を実施するため、パリ本社に対する提案やネゴシエーションにも尽力した。一般的に、グローバル企業では本社の意向が強く、なかなかローカルサイドの見解を打ち出すのは難しい。しかし、本来国内市場についてもっとも理解があるのはローカル側のはずだ。であるならば、本社の方針を鵜呑みにするのではなく「自信を持って自分たちの考えを積極的にフィードバックすべき」と同氏は主張する。「一度提案が通らなかったとしても、それが本当に日本のマーケットのためになることであれば、戦略的かつロジカルにアプローチやネゴシエーション方法を変えながら、説得を繰り返すべきだ」。続けて横島氏は「とはいえ、常に自分たちの要求を100%通すのは難しい。状況によっては、クリティカルな部分を確実に説得するために、インパクトの弱い部分を譲歩する判断も臨機応変に下しながら、全体としてローカルの戦略や施策が最大限ワークする方向性に導いていくことが肝心だ」と述べる。こうした活動を続けていき、成功を積み重ねることが、本社の信頼を獲得していくのだという。「これまでに築いてきた信頼関係がベースとなり、最近では、日本だけではなくグローバルレベルの重要なタスクフォースにおいても、本社プロジェクトへの参加や意見・フィードバックを求められるようになってきている」。また、清水氏も「本社は、ローカルのマーケットに対し興味はあるものの、実際には実情をよく理解していないことが多い」と述べる。「どのブランドでも同じだと思うが、まずはこちらから主張することが大切だ」。「本社にも、尻込みせずまずは提案することが大切だ」と語る清水氏
「マイ プリアージュ®」のローンチ
こうした、日本法人とパリ本社を巻き込んだ取り組みが活かされたのが、今年の春にローンチされた、「マイ プリアージュ®(My Pliage)」の国内プロモーションだった。「マイ プリアージュ®」は、ロンシャンの人気アイテム、ル プリアージュ®の新しいパーソナライゼーションサービス。なかでも、「マイ プリアージュ® シグネチャー」は、バッグのボディや、アルファベット・数字(メイン・影)、ハンドル・フラップ、金具、スナップボタン、文字の刻印など、さまざまなパーツやカラーをカスタマイズし、自分だけのバッグを作ることができる。なお、組み合わせのカラーパターンは720万通りあるという。「ロンシャン・ジャパンにとってこのプロジェクトは非常に重要な意味を持っていた」と、横島氏は述べる。というのもロンシャン・ジャパンは、2004年から「マイ プリアージュ®」の前進となるカスタマイズサービスを開始していたが、日本におけるこのサービスの売上は、世界でもっとも大きかったのだ。そのため、「マイ プリアージュ®」の日本展開に対する、パリ本社からの期待度は非常に高かったという。この期待に応えるべく横島氏が目指したのは、グローバルのガイドラインに沿うだけではなく、日本のマーケットやターゲット層の深い理解、そして、それに基づいた日本独自の360度マーケティング施策の実行だった。「どのように日本のマーケットやターゲット層に、サービスを訴求していくのがベストなのか、日本チームと電通アイソバーさんとともに、パリ本社に提案していった」。日本人の特性を考慮した施策を展開
では、実際にどのような施策を実行したのか。そのひとつが、オンライン購買体験の見直しだ。グローバルのコミュニケーションは、「マイ プリアージュ®」を紹介した後、そのまますぐにバッグをつくるシミュレーションサイトに遷移するよう設計されている。日本では、そのあいだに、パーソナライゼーション体験のステップや、インフルエンサーの着こなしを紹介するページを挟むことでエンゲージメントの向上を図った。「日本のターゲット層向けには、興味・関心をある程度高めてから、自分好みのバッグをデザインするシミュレーションサイトに誘導する流れを作ることが必要だった」。もうひとつの施策は、デジタルとリアルを融合した体験型ポップアップの展開だ。商品を並べた店内には、AIを搭載したデジタルコンテンツを体験できるスペースを設置。訪れたゲストは、簡単な質問に答えたあとにカメラで全身をスキャンすると、ラッキーカラー診断の結果とともに、自分にぴったりのパーソナライズバッグがレコメンドされる。その情報を自分のLINEに送ることもでき、オン・オフどちらからでも購入がしやすい。また、イベントに足を運べない方もいるため、その人の嗜好にあわせたおすすめの組み合わせを提案する、インタラクティブなコンテンツをLINE上でも展開した。「マイ プリアージュ® シグネチャー」の体験型ポップアップ
「日本の消費者は、オプションが多すぎると逆に選択ができないという傾向がある。そこで、我々の方から一人ひとりにあった選択肢を限定して提案することにした」と横島氏。実際に、ポップアップでレコメンドした組み合わせに従って、商品を購入するゲストも多かったという。「通常、単価が高めの商品の認知や興味喚起を目的とした施策のコンバージョンは低いのが一般的だが、このポップアップでは売上面でも高い成果が見られた」。モデレーターを務めた電通アイソバーの河村氏も、ポップアップの成果に関して以下のように述べる。「現地で、すぐにパーソナライズされた自分だけのバッグを購入できるのは嬉しい。顧客体験の観点からも、非常に価値のあるイベントだった」。
「ひとりの顧客としても、ポップアップでの体験は非常に興味深い」と述べる、河村氏