両国のデジタル戦略には大きな違いがあるようです(写真:barks/ PIXTA)

デジタル技術の発展は、新興国・途上国の姿を劇的に変えつつあります。中国インド、そしてアフリカ諸国は今や最先端技術の「実験場」と化し、スーパーアプリや決済などで先進国を超える面すら生じています。東京大学社会科学研究所准教授の伊藤亜聖氏の新著『デジタル化する新興国――先進国を超えるか、監視社会の到来か』を一部抜粋・再構成し、巨大大国、中国インドの事例を通してデジタル化戦略の行方を考察します。

発展途上国が工業化を進めようとした時代があった。当時、見られた戦略が、輸入品に対する関税を高めて国内企業を育成しようとする、いわゆる「輸入代替工業化」戦略だ。

デジタル化の時代にも、海外サービスを遮断したり、海外から投資を制限しようとする戦略はありえそうだ。いわば「輸入代替デジタル化」である。では「輸入代替デジタル化」戦略の実効性はどのように評価できるか。1つ確認しておくべき点がある。中国における国外サービスへのアクセス制限、いわゆる「グレート・ファイアーウォール」が本格化するのは2000年代半ばから2010年頃であったことだ。

グーグルは1998年に創業、フェイスブックは2004年創業である。2000年代はまだ、これら新世代のIT企業自体が生まれて間もなかった。筆者が中国北京の大学に留学していた2006年から2007年当時のルームメイトは、アメリカの大学からの留学生であった。彼は部屋から日々フェイスブックを閲覧していたがアクセス制限はなかった。

後の中国発プラットフォーマーは、「タイムマシン経営」のプロであっただけでなく、同時に中国国内市場においてアメリカ企業と競争していたことが重要だ。1998年創業のテンセント、1999年創業のアリババ、そして2000年創業の百度に代表されるように、これらの企業は2000年前後に事業を立ち上げた。

外資系企業との熾烈な争い

その際、テンセントがメッセージソフトウェアの領域で競合したのがマイクロソフトのMSNメッセンジャー、アリババが電子商取引市場で競合したのがeBay、そして百度が競合したのはヤフーとグーグルだった。マイクロソフトのMSNメッセンジャーはビジネスマン向けの通信ツールとして中国国内でシェアが高かった。

こうした企業に対して、テンセントはグループチャット機能の実装、ゲームコンテンツの充実化といった手段で、アリババは出店料を無料化し、売り手と買い手のチャット機能を充実させたほか、第三者決済のアプローチを導入することで、徐々に業界内での地位を確かなものとしていった。つまり、そこには外資企業との競争があった。

アリババの創業者・馬雲(ジャック・マー)は言う。「eBayは大洋で泳ぐサメ、タオバオは揚子江にいるワニ。大洋で戦えば負けるが、河で戦う限り必勝だ」。国内の利用者に適したサービスの提供で競争に勝てる、との認識だった(エリスマン2015)。

しかしデジタル経済の特性を考えると、その競争は容易に歪められることも事実だ。デジタル経済では、あるサービスに多くの顧客が集まることで、より一層顧客を集めることができる。ネットワーク外部性があるためだ。それゆえに、初期の段階でのわずかな差が、雪だるま式のフィードバック効果(循環効果)をもたらすことになる。

複数の企業がいまだ勝敗がつかない戦況のなかで競争しているとき、小さな機能の追加も、そしてまたグレート・ファイアーウォールに代表されるアクセス制限も(当初それは永続的なものというよりも、検索サービスでの断続的または突発的な制限および遅延であった)、長期的にはまったく異なる帰着点にデジタル経済を連れて行ってしまう。

壁のなかでの革新もう1つ確認しておきたいことは、「壁のなかでの革新」がなぜ可能となったのか、である。確かに2010年代以降、「グレート・ファイアーウォール」は、事実上の参入規制として機能してきた。

プラットフォーム間の競争も

同時にこの時期以降に、GAFAすら構築できていなかった、多様なサービスが統合化された「スーパーアプリ」がなぜ中国で生まれたのか。この点を考えるうえでは「小さなイノベーション」を牽引したエンジニアたちの存在、そしてプラットフォーム間の競争があった。

ローカルなニーズと可能性を発掘し、さらに拡張拡大して競争していくような力学と緊張関係が、2010年代の中国のインターネット業界にはあった。

同時に、中国のベンチャー企業も、そして大手IT企業も、公開されているプログラミング成果、いわゆるオープンソースを活用している。この意味で、デジタル化を考えるうえでは資金、市場、データ、プログラミング資源といった各面で国内外の開放と閉鎖の問題を考えることが必要である。

プログラミングの記述(ソースコード)を共有する「オープンソース」の広がりもあり、グローバルなソフトウェア開発環境へのアクセスは新興国に開かれている。

中国はオープンソースへのアクセスの面で「グレート・ファイアーウォール」を設けたことはないのである。このために、仮に国内市場への外資規制を導入したとしても、サービス開発と企業育成の面では、それほど大きな障害とならなかった可能性がある。

もう1つの新興大国であるインドではどうか。インド市場では、外資企業の存在感が大きい。グーグルをはじめとするアメリカ企業のサイトへのアクセスも許容され、また外国からの投資についてもこれまで制限されてこなかった。


例えばアメリカのアマゾンと中国のアリババは、インド国内での事業を拡大させており、米中の二大プラットフォームの関連企業がインドでしのぎを削っている(図表)。

スマートフォン・アプリの市場では地元インド企業がシェアを高めつつあるものの、その他の分野では依然として海外企業のシェアが高い状況にある。


外国企業のシェアの高さを背景に、デジタルサービス貿易規制指数(グラフ)にも示されているように、近年インド政府は規制を強化している。

インド連邦政府の商務省は、電子商取引事業のなかでもアメリカのアマゾンが実質的に採用してきた「在庫型事業」は中小店舗への負の影響が大きいとし、規制をはっきりと打ち出している。

海外企業のシェアが高いインド

在庫型の電子商取引とは、プラットフォーム企業が自ら大きな倉庫を持ち、そこから彼らの在庫商品を発送する形態である。一方で、インド政府は中小店舗がオンラインプラットフォームに出店する、いわゆるマーケットプレイス型には寛容的である。日本でいえば楽天市場がこの類型にあたる。

インドでは外国直接投資の規制として、外資企業による在庫型電子商取引業への参入を禁じてきた。そこで問題となったのが、アマゾン関連会社を一店舗として出店させる手法だった(日本貿易振興機構2019)。

電子個人認証と決済プラットフォームの設計のように、インド政府は土台を作るものの、その後は海外プラットフォームも含めて国内で競争してもらうという発想を持っている。そのうえでインド政府は海外プラットフォーム企業を念頭に、インド国内でのデジタルサービスへの課税を準備するしたたかさを見せている。

2018年に所得税法を改正し、「重要な経済的存在(Significant Economic Presence)」との概念を導入することで、インド国内に物理的拠点や代理人が存在しなくても課税できるようになった(上田2020)。デジタルサービスへの課税をめぐって、新興国に同様の動きが広がっていくか注目される。

このように見ると、新興国のデジタル経済をめぐる閉鎖と開放の問題を、プラットフォーム企業の国産化に直結させて議論するよりも、それぞれの国の内部における競争と規制の状況や、ローカルな需要への対応状況に着目したほうが建設的であるように思われる。

人口大国は多数のユーザーを確保できる


中国インド、そしてインドネシアのような人口大国では、国内市場のみでも多数のユーザー数を確保できるため、封鎖しても一定のネットワーク外部性が生じることは確かである。

ここでデジタル時代の幼稚産業保護論、すなわち「輸入代替デジタル化」戦略を採用する誘惑は大きい。

しかし輸入代替工業化戦略が国際市場で競争できない大企業を生み出したという経験を思いだすことも必要だ。国外サービスを制限する「輸入代替デジタル化」戦略の採用は、決して有力で先駆的なプラットフォーム企業の誕生を約束しない。それが非クリエイティブで時代遅れな独占企業の登場を招きかねないことには注意が必要だ。