記者会見ではネットフリックスの坂本和隆氏(左)と今冬に配信予定の「今際の国のアリス」で監督を務めた佐藤信介氏(右)の対談も行われ、クリエイターを尊重する姿勢も打ち出した(写真:ネットフリックス)

Netflix(ネットフリックス)は今、500万人以上の日本のメンバーに楽しんでいただいている」。9月初旬にオンライン開催された、ネットフリックスの日本ローンチ5周年記者説明会。同社の最高執行者兼最高プロダクト責任者のグレッグ・ピーターズ氏はビデオメッセージで、さらりとそう語った。

昨秋実施された同社カンファレンスにおいてもそうだった。グレッグ氏は会員数が約300万に達していることを“こともなげに”語ったが、その成長ぶりはライバルである動画配信事業者や報道陣を驚かせた。

今回の驚きはさらに大きい。2019年9月発表の「約300万人」は前年比で77%の増加だった。2020年の「約500万人」も前年比で60%以上の増加で、勢いは落ちていない。1年間で増加した会員の実数で見れば、むしろ昨年より拡大している。

特定のコンテンツに依存しない成長

ネットフリックスで日本発実写作品のクリエイティブを統括する坂本和隆氏は、会員増について「日本の作品もあれば、ハリウッドの作品も、韓国の作品もある。ユーザーにとっての選択肢が広がっていることが大きな要因だ」と分析する。

例えば、2019年後半には山田孝之主演の『全裸監督』が配信され、2020年は韓国ドラマの『梨泰院クラス』や『愛の不時着』、人気アニメシリーズの最新版『攻殻機動隊 SAC_2045』などが話題作として挙げられる。特定のコンテンツではなく、ジャンルの異なるさまざまな人気コンテンツが集まったがゆえに、これだけの会員増を達成できたということのようだ。

新型コロナウイルスによる「巣ごもり需要」も、大きな後押しになったとみられる。動画配信各社への影響はとくに顕著で、競合他社でも「4、5月は、トラフィックや新規の会員登録数が過去最高となった」(U-NEXT〈ユーネクスト〉の堤天心社長)という声も聞かれる。

空前の追い風を受ける動画配信業界だが、各社の動向には差も出ている。背景にあるのが、コンテンツのそろえ方における戦略の違いだ。

具体的には、大きく3つに大別できる。1つ目はネットフリックスのような「オリジナル作品型」、2つ目は国内民放キー局傘下の配信サービスに多い「地上波連動型」、そして3つ目がDVDレンタルを置き換えたような「多作品型」だ。

ネットフリックスの戦略から見てみよう。今回の記者説明会でネットフリックスが鮮明に打ち出したのは「スタジオ化」の推進だ。動画配信各社はどこも多様な作品を取りそろえていることを魅力として打ち出すが、ネットフリックスはそこに自社スタジオで作ったネットフリックスだけで視聴できる作品を多数投入し、グローバルに競争力を高めている。


ネットフリックスのオリジナルアニメシリーズ「バキ」大擂台賽編©板垣恵介(秋田書店)/バキッッ製作委員会(提供:ネットフリックス)

日本でもそうしたスタジオ化が強まっている。前出の坂本氏は、「製作することは(ネットフリックス日本法人の)立ち上げ当初は難しかった。ただ、第二ステップ(製作段階)に進んでいる。(日本でも)精一杯自由なスタジオづくりをしたい」と語っており、海外のオリジナル作品のみならず、日本発の作品を充実させていくようだ。

ネットフリックスでアニメ部門を統括する櫻井大樹チーフプロデューサーは「日本アニメは急成長株、世界で見られる時代になりつつある」と語っていた。直近では人気漫画家など6人のクリエーターとのパートナーシップなども締結。2018年にはアニメ制作会社との包括的業務提携も結んでおり、実写よりもアニメ作品のスタジオ化が目立っていた。今後はアニメに加えて、実写作品にも力を注ぐ構えだ。その姿勢は作品数にも現れており、2022年までに日本発の実写オリジナルを15作品配信する予定だという。

「ドラマ連動企画」に活路見いだすHulu

国内外のオリジナル作品を大量投入するネットフリックスに対して、テレビ局らが運営する動画配信サービスは地上波チャンネルを持つ強みで勝負する。国内では日本テレビホールディングス傘下で運営するHulu(フールー)は、地上波で放送されている人気ドラマのアナザーストーリーなどを独占配信する仕組みで差別化を図っている。

とくに当たったのは、2019年4月から半年に渡って放送された『あなたの番です』の連動企画。毎週地上波ドラマの放送直後にアナザーストーリーを1話ずつ公開し、多くのドラマファンがフールーに加入するきっかけとなった。TBSやテレビ東京が出資するParavi(パラビ)でも同様のドラマ連動企画を実施する。地上波という圧倒的なリーチ力を武器に、すでに知名度のある自社コンテンツのファンを誘導する戦略だ。

最後はAmazon(アマゾン)プライムビデオやユーネクストが行う「多作品型」だ。アマゾンもネットフリックス同様、オリジナル作品を製作しているが、「以前ほどオリジナルに注力せず、超人気映画などの独占配信に軸足を移しているように見える」(競合配信サービス幹部)。事実、2019年はフジテレビが製作し興行収入93億円の大ヒットを記録した『コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命-』を配信事業者としては独占的に獲得、同サービスで2019年に最も視聴された作品となった。

ユーネクストも現在まで目立ったオリジナル作品を製作しておらず、「リアルのDVDレンタルを動画配信に置き換えるようなことをイメージしている」(ユーネクスト関係者)という。

各社各様の戦略を打ち出す動画配信事業者だが、国内勢にはネットフリックスと戦ううえで大きな壁が存在する。それは海外展開を行っていないことだ。ネットフリックスは全世界190カ国以上でサービスを展開しており、どの国で作った作品もシームレスに全世界1億9300万人以上いる会員に配信できる。

日本で製作の作品も基本、製作当初から世界で視聴されることを想定している。クリエーターや制作会社の「できるだけ多くの人に届けたい」という希望に添えるため、すぐれた作品を集めやすい。さらに、世界中で会員収入を得られるからこそ、作品作りにかけられる費用も圧倒的だ。

一部報道によれば、同社は2019年12月期、150億ドル(1兆5795億円)以上をオリジナル作品や番組購入に投じているとされる。対して日本の民放キー局の年間制作費(諸経費含む)は、合算しても約4000億円。ネットフリック単体の4分の1にとどまる。

こうした状況を踏まえれば、資本力を武器にオリジナル作品へ注力するという戦略は、実質的にネットフリックスのようなグローバルプレーヤーのみに開かれた道とも言える。日本国内だけで事業を営む動画配信サービスが別の戦略を推進するのは、ある意味必然の流れだ。

会員数開示で余裕を見せつけた

各社は競合との関係などを理由に会員数を公表していないが、各種調査情報などを総合すれば、ネットフリックスは今や日本の動画配信専業サービスで圧倒的なトップに立っているようだ。

例えばフールー(直近で発表している会員数は2019年3月時点の202.8万人)。運営会社・HJホールディングスの直近売上高(2020年3月期)は243億円と、前期比で38億円増加した。その前年の2019年3月期、売上高が前年比25億円の増加だったのに対し会員数が32万人の増加だったため、今年3月までの1年で増えた会員は40万〜50万人程度と試算できる。

同社は「日本ローンチ10周年(2021年9月)までに300万会員を目指す」(於保浩之社長)と宣言しているが、具体的な進捗は発表されていない。

豊富な作品数を売りに成長しているユーネクストも、「(会員数は)200万には達成しているはず」(競合配信サービス社員)。だが、いずれにしろ、ネットフリックスの500万には遠く及んでいないとみるのが妥当だ。唯一肩を並べるのは、動画配信だけではなく配送や音楽など様々なサービスを会員向けに一括提供するアマゾンくらいだろう。

こうした競合に対し、ネットフリックスは今回の発表で「動画配信専業でもここまでできる」という余裕を見せつけた格好だ。国内勢は今後ネットフリックスに突き放されないためにも、いっそう知恵を絞る必要がありそうだ。