黒川弘務検事長、“賭け麻雀”で辞職が急浮上の今こそ「検察問題を矮小化させるな」
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、いまだに外出自粛要請が続くなか、黒川弘務・東京高検検事長が産経新聞の社会部記者や朝日新聞の元検察担当記者らと“賭け麻雀”をしていたと21日発売の『週刊文春』が報じたことで、黒川検事長が辞職に向かう可能性が急浮上した。
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同誌によると黒川氏は今月1日、産経新聞記者宅に6時間半ほど滞在していた。朝日新聞記者も交えて翌日の午前2時ごろまで麻雀をしたのち、産経新聞の記者が用意したハイヤーで帰宅。さらに、13日にも深夜まで麻雀をしていたとの証言も掲載。週刊文春は黒川氏に事実確認を求めたものの、何を聞いても口を開かなかったという。
もっとも重大な問題を忘れてはならない
しかし黒川氏の場合、賭け麻雀なんかを理由にして辞職するのは、話の筋が違うだろう。違法・脱法の限りを尽くした検察官の定年延長をそのまま受け入れ、起訴すべき政治家の事件を立件しなかったことに対する責任を負ってこそ、辞職すべきなのに。
まるで世論の猛反発を前に、辞職する(させる)のに都合のいい「言い訳」を持ち出した(誰かがそういう筋書きを用意した)ようにしか見えない。自粛要請期間中に「密」な空間で賭けごとに興じていたことは大いによろしくないが、麻雀の話で“検察官定年延長(検察庁法改正)問題”を矮小化させてはいけない。
極めて重要なポイントなので繰り返すが、今回の場合、問題の本質は「賭け麻雀をしたこと」でも「外出自粛要請の最中に新聞記者の家で遊んだこと」でもない。安倍政権が勝手な法解釈で定年延長を“ゴリ押し”して検察人事を歪めた違法行為と、黒川検事長が安倍政権の敷いた定年延長に唯々諾々(いいだくだく。他人の言いなりになるさま)と従い、本来ならば起訴すべき政治家や官僚らの犯罪を立件しなかった検察の不作為・職務怠慢にこそある。麻雀は一連の問題の核心ではないはずである。
そもそも今年1月末、黒川検事長に対する半年間の定年延長を閣議決定したのが、この問題の発端だ。黒川氏が定年退官となる63歳の誕生日の1週間前という唐突さだった。検察庁法に検察官の定年延長を可能とする規定はない。それまで政府は一貫して「国家公務員法の定年延長規定は検察官には適用されない」としてきたのに、安倍首相は国会答弁で「従来の法解釈を変更した」などと言い出し、無理やり強行しようとした。
政府は「重大事件の捜査や公判に対応するため黒川検事長は不可欠」というが、黒川氏でなければ対応できない重大事件とはどういうものなのか、何の説明もなされていない。
黒川氏は安倍政権に近く、極めて従順な司法官僚だといわれる。政権にとって都合よく動いてくれる手駒を検事総長として温存するため、検察人事に恣意(しい)的に介入したとも指摘される。しかも、安倍政権下では政治とカネをめぐる事件や森友学園の公文書改ざんなど、財務省幹部や政治家らの“疑惑”が次々に不起訴とされていることから、今もくすぶり続けるモリ・カケ・サクラ・マスクといった問題でも、政権への忖度が期待されたとも囁(ささや)かれる。
だからこそ、検察庁法改正案は「黒川検事長の定年延長を後付けで正当化するものだ」「検察の独立性を脅かす」と批判され、安倍政権の検察人事への介入に鋭い目が向けられているのだ。よって、賭け麻雀の話に目を逸らされてはいけない。
取材対象の本音を知るのは記者の仕事だ
ちなみに、多くのまともな記者は必要であれば取材対象に食い込んで懐(ふところ)に飛び込むし、表に出てこない情報を得て本音を知るために、相手が権力者であろうとなかろうと、一緒に飲食し麻雀やゴルフに興じることもある。もちろん、娯楽を楽しむこと自体が目的なのではない。相手との会話を重ねるなかでさまざまな話を引き出し、隠された“真実”を入手するのが目的だ。そうやって得た重大な情報を、何らかの形で広く世間に知らせるのが、記者の仕事のひとつだ。
外出自粛要請期間中に新聞記者が黒川氏と賭け麻雀をしたからといって、それが本当に必要不可欠な“取材”であるならば、また、権力を監視するために重要な取材行為の一環であるならば、記者側は「お詫び」する必要なんかまったくない。
重要なのは、記者として伝えるべき真実をきちんと書くこと。取材対象と親しく付き合うにしても、超えてはいけない一線を画したうえで、読者や視聴者(主権者たる国民)にとって必要な判断材料をしっかりと記事に記すことだ。それができてさえいれば、やましいことは何もないはずだ。
5月14日の記者会見でも安倍首相は、検察庁法改正案をめぐる記者からの質問をいつものようにはぐらかし、しかも説得力のある根拠を何も示すことなく「三権分立が侵害されることはない」「恣意的人事が行われることはない」などと、平然と大ウソを並べることに終始した。もちろん「なぜ今、この時期に検察庁法改正を強行しようとするのか」についての説明もなかった。
検察庁法改正案の成立は四方八方からの抗議を受け18日、ついに「見送り」となった。だが、継続審議となっただけであり、秋の臨時国会では再び議論される見通しだ。黒川氏、そして首相が逃げ続けているうちは、根本的な問題は何も解決しないのである。こうした安倍政権の姿勢こそが、厳しく問われなければならないはずだ。
【プロフィール】
池添徳明(いけぞえ・のりあき) ◎埼玉新聞記者・神奈川新聞記者を経て現在フリージャーナリスト。関東学院大学非常勤講師。教育・人権・司法・メディアなどの問題を取材。著書に『日の丸がある風景』(日本評論社)、『教育の自由はどこへ』(現代人文社)、『裁判官の品格』(現代人文社)など。