列車内でトイレに行きたくなったことがあるかもしれません。新幹線やおもな特急列車はトイレがついていますが、通勤電車にはないことも。急を要するときや長距離移動では欠かせない列車のトイレ、どのように進化したのでしょうか。

鉄道開業当初はトイレなし ゆえの逸話も

 1872(明治5)年に日本最初の鉄道が開業したとき、客車にトイレはありませんでした。開業から約半年後の1873(明治6)年4月、我慢できなくなった男性客が走行中の列車の窓から外へ放尿し、当時の金額で罰金10円を課されたという逸話もあります。ちなみに1881(明治14)年には、窓から尻を出しておならをした人が同じく当時の金額で罰金5円という新聞記事も残っています。車内ですれば皆に迷惑だからという配慮だったそうで、少々気の毒です。


列車のトイレ(2017年5月、恵 知仁撮影)。

 車内トイレの始まりは1876(明治9)年に製造された御料車でした。市民向けでは1880(明治13)年、北海道幌内鉄道と山陽鉄道の優等車に設置されていたそうです。官営鉄道は1889(明治22)年、東海道本線の全通をきっかけとして、三等車にもトイレを設置しました。このときのトイレは車両の中央にあったそうです。

 1900(明治33)年には「3時間以上運行し、5分以上の停車時間がない場合は、各車両にトイレを設置せよ」と法律で定められました。これをきっかけに、ほとんどの客車にトイレが設置されたようです。

 しかし、当時の列車トイレは垂れ流しでした。それは時代が進み、筆者(杉山淳一:鉄道ライター)が乗り鉄ビギナーの少年だった1980年代にも見られたもので、当時の鉄道車両のそうしたトイレには「停車中は使わないでください」という主旨の注意書きがありました。排泄物をそのまま線路に落としていたため、停車中にトイレを使うと、その場所に糞尿が集中してしまうからです。

転機は東海道新幹線 しかし「タンク式」などにも新たな問題

 日本の鉄道車両において、垂れ流しから「タンク式」への転機は東海道新幹線の開業でした。高速で運行する新幹線車両で垂れ流すと、糞尿の飛沫の影響が計り知れません。そこで、糞尿をタンクに貯めておき、車両基地で抜き取る方式が採用されました。その後、在来線の車両トイレにも、タンク式が採用されていきました。


お召列車にも使用されるJR東日本E655系「和(なごみ)」のトイレ(2018年10月、杉山淳一撮影)。

 列車トイレの改良は当初、「タンク式」「粉砕式」が考案されました。

 タンク式は糞尿をタンクに貯め、車両基地で抜き取ります。民家のトイレのくみ取り式と同じですが、洗浄水と合わせて大きなタンクが必要になります。東海道新幹線では、乗客の使用頻度から1100リットルのタンクを取り付けました。東京〜新大阪間の1往復だけで抜き取り作業が必要だったそうです。

 一方の粉砕式は、消毒剤や消臭剤入りの洗浄水を使い、攪拌(かくはん)機で粉砕したのち、消臭した水分のみを少しずつ外へ排水します。タンク容量は小さくなりますが、糞尿以外の異物が混入すると攪拌機が故障します。民家もくみ取り式が多く、トイレでゴミを捨てる習慣があり、故障の原因になっていました。また、排出される処理水は、糞尿臭の代わりに消毒液の刺激臭が問題になりました。

節水に寄与した「循環式」 改良され主流は「真空式」に

 タンク式は新幹線で、粉砕式は在来線で実用化されたものの、どちらもあらかじめ洗浄水をたっぷり用意する必要がありました。長距離列車のトイレの使用に耐えられる水の量は膨大です。限られた空間の中で大容量の洗浄水タンクを設置する場所は悩みのタネでした。以降は新幹線、在来線ともに「循環式」が主流になっていきます。


西武鉄道の特急車両「Laview(ラビュー)」のトイレ(2019年2月、杉山淳一撮影)。

 循環式は、あらかじめ洗浄水に脱臭剤や消毒液を混ぜておき、トイレ使用後はフィルターで洗浄水と汚物を分離し、洗浄水を再利用するというものです。その結果、汚物タンクと洗浄水タンクを兼ねられます。汚物タンクに7割程度の洗浄水をセットしておくと、2日から3日で満タンになる計算です。欠点としては機構が複雑で、汚物の抜き取りに専用の地上設備が必要になることです。

 これを受け、固形の汚物だけを抜き取り焼却できる「カセット式」も開発されました。こちらは6日から10日程度で貯まった固体を取り出し、処理済みの液体のみ駅で排水します。この方式は地上設備を簡素化できるというメリットがあり、特急や急行列車よりトイレの使用頻度が低い、中距離近郊列車向けの設備として普及しました。

 現在は、循環式を発展させた「真空式」が主流です。便器に流す水を節約するために、排水管を真空にして汚物を吸引するしくみです。機構はさらに複雑になりますが、1度にトイレに流す水はわずか200ミリリットルほどになっています。