メガバンク、「脱炭素化」に大きく舵を切る理由
日本のメガバンクが気候変動への姿勢を大きく変化させている。写真はみずほフィナンシャルグループの本社(写真:アフロ)
日本のメガバンクが気候変動対策を相次いで強化している。
みずほフィナンシャルグループは4月15日、石炭火力発電所の新規建設を資金使途とする投融資を今後行わない方針を表明した。石炭火力発電所向け与信残高を現在の約3000億円から減らしていき、2050年度までにゼロにする。森林破壊や先住民への人権侵害が問題になっているパーム油や木材・紙パルプ分野では、新規融資時のみならず、融資実行後のチェックも厳格化する。
みずほの対応をNGOは評価
一方、三井住友フィナンシャルグループは4月16日、「ESG(環境・社会・ガバナンス)に関するリスクの考え方」と題した方針を発表し、新設の石炭火力への支援について「原則として実行しない」と明記した。水力発電や石油・ガス開発など環境負荷や地域社会への影響が大きい分野については、投融資に際して環境・社会リスク評価などを行っていく考えを示した。
三菱UFJフィナンシャル・グループも5月13日付で環境・社会配慮に関する方針改定を表明。石油・ガス開発や大規模水力発電に関してリスク評価のプロセスを明確にしていく。
メガバンクはこれまで、二酸化炭素排出の多い石炭火力発電に多額の融資をしてきたとして、環境NGOによる厳しい批判にさらされてきた。また、森林関連分野への投融資についても、人権や環境影響に関するチェックの甘さが問題視されてきた。
「みずほの新たな投融資方針では、投融資先企業に『森林破壊ゼロ、泥炭地開発ゼロ、搾取ゼロ』の順守など、環境・社会への配慮を求めていることが注目される。また、FPIC原則(地域住民の『自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意』の尊重)に基づく対応を求めていくとしたことも画期的だ。森林分野にかかわる産業全体にわたってこうした方針を盛り込んだのは、アジア地域の銀行ではみずほが初めてだ」
国際環境NGOのレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)のハナ・ハイネケン氏は、みずほの方針をこう評価する。
インドネシアやマレーシアなどでは、現地の大手財閥グループがパーム油や木材・紙パルプ生産を推進。メタンなどの温室効果ガスを大量に排出する泥炭地の開発が続いているうえ、先住民の強制立ち退きや労働法違反がたびたび発生し、大きな社会問題となってきた。メガバンク各社はこれらの財閥グループに多額の融資を実施してきた。
RANなどの国際環境NGOはそうした企業による森林破壊や人権侵害の実態を詳細に調査したうえで、メガバンクの貸し手としての責任を追及するキャンペーン活動を世界規模で展開。その一方でメガバンクと対話も続けてきた。
「責任ある銀行原則」が後押し
みずほは石炭火力発電所向け投融資方針も大幅に見直した。従来は発電効率が最も高い超々臨界圧方式の石炭火力であれば投融資を実行するとしてきたが、今回の方針変更ではこうした高効率の石炭火力発電所であっても新規の投融資を行わないとした。
こうした動きについて、環境NGO「気候ネットワーク」の平田仁子理事は、「脱石炭火力発電という点において、みずほは日本の金融機関の中において、最も前向きな方針を示した。石炭火力の推進を掲げる政府の方針の枠外に一歩出ようとするものであり、ビジネス界に与える影響は大きい」と高く評価する。
ではなぜ、メガバンクはこうした動きに舵を切ったのか。企業の脱炭素化への取り組みに詳しい東京大学の高村ゆかり教授は「『責任ある銀行原則』に署名したことによる影響が大きい」と指摘する。
国連環境計画・金融イニシアティブが主導する同原則は、2019年9月にニューヨークで開催された国連サミットに合わせて正式に発足し、日本のメガバンクも欧米やアジアの有力銀行とともに名前を連ねた。高村氏は「同原則の特徴は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や地球温暖化対策の新たな枠組みであるパリ協定に、自社のビジネスを整合させることを銀行に求めている点にある。メガバンクの署名により、間接金融においてもパリ協定との整合性を踏まえた脱炭素化の機運が高まっている」と指摘する。
メガバンクはG20の金融安定理事会が設立した「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD)の提言に基づく、気候変動リスクの分析や情報開示も進めている。
この分野で先行したのが三井住友FGだ。同社は気候変動が原因で発生するとみられる災害による想定損失額を試算し、開示している。世界で最も早くTCFD最終報告書の趣旨を踏まえた試算結果を開示したことをきっかけに、「サステナビリティをめぐる投資家などとの面談の回数が、2019年には前年比で10倍にも増加している」(末廣孝信・サステナビリティ推進室長)という。
環境分野に関する銀行の取り組みは、世界規模で加速している。
2015年12月にパリ協定が合意されて以降、EU内の大手銀行の多くが石炭火力発電向け融資を取りやめている。アメリカではゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースなどが、2019年末以降、石炭火力発電や北極圏での石油・ガス開発への新規投融資を取りやめると相次いで宣言した。
メガバンクの方針に「抜け道」との指摘も
世界最大手の資産運用会社ブラックロックは、投資先の経営者に宛てた2020年の年頭書簡の中で、サステナビリティに関連した情報開示で十分な進展を示せない企業について、株主総会で経営陣と取締役の選任に反対票を投じる考えを表明した。
ヨーロッパとは異なり、アメリカの金融機関は石油・ガスなど化石燃料分野への投融資額が大きく、脱炭素化に消極的な姿勢を示す企業が多かった。それだけに、今回の方針策定に関わったみずほの幹部が「米銀の姿勢の変化も横目に見ながら方針の強化を検討してきた」と明らかにするように、アメリカの金融機関の姿勢の変化は日本のメガバンクにも影響を与えている。
もっとも、「メガバンクの方針には抜け道が少なくない」との指摘もあり、メガバンクが真価を問われるのはこれからだ。
「『環境・持続社会』研究センター」(JACSES)の田辺有輝理事は、みずほの石炭火力発電に関する新方針にある「運用開始日(6月1日)以前に支援意思表明済みの案件は除く」との記述を問題視する。
田辺氏は、「政府間の合意があることを理由として、みずほなどと国際協力銀行は、5月中にベトナムのブンアン2石炭火力発電事業に支援表明をする可能性がある」と予測する。ブンアン2石炭火力発電所については、日本のインフラ輸出戦略の一環として官民での支援が検討されている。
新たな方針を実施する6月1日を待たずに、石炭火力発電プロジェクトへの新規融資を決めることになれば、みずほは厳しい批判にさらされる可能性が高い。
気候ネットワークは3月16日、「気候関連リスクおよびパリ協定の目標に整合した投資を行うための計画の開示」を求める株主提案をみずほに提出した。気候ネットワークは、その後のみずほによる石炭火力発電への投融資厳格化を評価しつつも、「パリ協定との整合性が不明確であること」を理由に、株主提案を取り下げない方針だ。
欧州はグリーンリカバリーの流れに
冒頭に触れたように、みずほは現在、約3000億円かかるとされる石炭火力発電所向けの与信残高を2030年度までに半減させ、2050年度までにゼロとする方針だ。しかし、パリ協定で盛り込まれた世界の平均気温上昇を2℃以内に抑える目標を達成するには「2050年度まで残高が残るという選択肢はありえない」(平田氏)。
しかも、みずほが開示した石炭火力発電所向け与信残高は、石炭火力発電に使途を限定したプロジェクトファイナンスの残高であり、そこには資金使途を限定しない電力会社向けの通常の融資や電力債の引き受けは含まれていない。そうした形態での投融資については石炭火力発電向けの金額算定が難しいこともあり、みずほは削減目標を示していない。
RANのハイネケン氏は、三井住友が示した投融資方針について、「森林や石油・ガスなど各セクターでどのようなリスクがあるかを示したことは評価できるが、『森林破壊ゼロ、泥炭地開発ゼロ、搾取ゼロ』の遵守までは求めておらず、石油・ガスセクターではどのような場合に投融資を行わないかが明示されていない」と指摘する。
【2020年5月16日18時30分追記】初出時のハイネケン氏のコメントを表記のように追加・修正いたします。
三菱UFJの新方針についても、石炭火力発電に関する対応方針に変化が見られないことなどを理由に、国際環境NGOからは「失望を禁じえない」(NGO350.org JAPANの横山輶美代表)といった声があがっている。
現在、金融界は新型コロナ対応にかかりきりだが、経済復興の過程において、CO2排出量の多いエネルギー使用を再び増やすことは脱炭素化の方向性と相容れない。パリ協定を重視するヨーロッパなどでは、「グリーンリカバリー」(化石燃料中心のエネルギーから、再生可能エネルギーなど温室効果ガス排出を伴わないエネルギーへのシフトを通じた経済復興)の必要性が提唱されている。
日本がコロナ後を見据えて、脱炭素化を視野に入れた経済改革を進めるうえで、メガバンクの役割と責任はきわめて大きい。