バラック小屋が建ち並ぶスラム街クリョンマウル(九龍村)から見える、巨大な高層ビル群(筆者撮影)

映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ)は、2019年のカンヌ国際映画祭の作品賞(パルムドール)を受賞、そして2020年のアカデミー賞の作品賞(オスカー)も受賞した。アカデミー賞では作品賞以外にも、監督賞、国際長編映画賞、脚本賞を受賞するという華々しい結果を残した。

そもそも、アメリカ作品以外の映画がオスカーを受賞することができると知らなかった人も多かったのではないだろうか? かくいう僕も知らなかったし、実際に外国語の映画がオスカーを受賞するは史上初の快挙だった。

『パラサイト 半地下の家族』は貧困問題、格差問題を取り上げた作品だ。ただ、作風は基本的にコメディ調で見ていてつらくはない。

貧困の象徴とされる半地下のアパートに暮らす4人家族たちが主人公だ。

4人家族の息子ギウが裕福な一家パク家に家庭教師として入ったのをキッカケに、一家全員でパク家に寄生していくというストーリーだ。

僕は本作品がアカデミー賞を受賞した後の韓国への取材で、映画に登場するロケ地を回ってみることにした。いわゆる映画愛好家がいう“聖地巡礼”である。

ソウル特別市のアヒョンに向かった。

メインのロケ地は取り壊されていたが

残念ながらメインのロケ地になった場所はすでに取り壊されていた。2019年、パルムドールを受賞した後に訪れてみたのだがすでに幕が敷かれ、取り壊し工事が始まっていた。



取り壊し工事が始まっていたメインのロケ地(筆者撮影)

同行していた韓国の事情に詳しい編集者に話を聞くと

「そういう昔からある街は、どんどん再開発されています。場所的にはとてもいいので、高層マンションが建てられると思います。もうずいぶん少なくなりました」

と教えてくれた。

ただ、まだ取り壊されていない場所が残っていると聞いたので向かった。

ソウル特別市にあるアヒョン洞に向かった。急な坂道を上っていくと1軒の商店が見えてきた。

作品内で、もともとパク家の家庭教師をしていたギウの友人がギウに、店頭の小さいテーブルで焼酎を飲みながら

「自分の代わりに家庭教師になってくれ」

と頼むシーンで使用されたお店だ。

店には笑顔のおばちゃんがいたので話を聞いてみる。


ロケ地になった商店。焼酎を飲んでいた店頭の小さなテーブルもそのままある(筆者撮影)

「日本人が一番、(聖地巡りに)来てくれるね。今朝も1人来てくれた。さっきまではインドネシアの人が来ていたよ。お店の中の写真も撮って!! みんなに教えてあげて」

と楽しげに話してくれた。

お店の横の路地の先には、高い階段が見える。劇中でも出てきたため、その階段のあたりで記念撮影をしている女性たちもいた。

パラサイトと共にアカデミー賞候補になっていた『ジョーカー』に登場したような、かなり険しい階段だ。


映画『ジョーカー』に登場したような、かなり険しい階段(筆者撮影)

映像にするならば見栄えがするけれど、普段住んでいたら大変だ。同行者は「韓国では、坂がキツくて人が住みづらい場所がスラム街になっている場合が多いです。タルトンネと呼ばれている場所もあります」と教えてくれた。

タルトンネとは漢字で書くと「月の町」だ。月に届きそうなほど高い場所にあるから「月の町」だ。ロマンチックなネーミングとは裏腹な、とてもシリアスな理由がある。

貧困層が居住地としては許可されていない高所に不法滞在して作った街なのだ。

一部のタルトンネは観光地化したりして残っているが、多くのタルトンネは取り壊されてしまった。

僕も、ソウル最後のタルトンネと言われているペクサマウルに行ったことがある。

「蘆原区中渓洞104番地」にあり、104の発音が「ペクサ(白砂)」なので、ペクサマウル(白砂村)と呼ばれている。

治安はさほど悪くなさそうだった

建物はかなり古く、まるで廃墟のような物件も多かった。


ペクサマウルの様子(筆者撮影)

ただ治安が悪いかというと、そういう感じでもなかった。とにかく人けが少ない。たまにすれ違うのは、ほとんどが老人だった。お年寄りが凍った斜面を上っていくさまは、はたから見ていてもとてもハラハラした。

ちなみにソウル最大のスラム街は、オシャレな街として人気のカンナムにある。クリョンマウル(九龍村)と呼ばれる地域だ。ペクサマウルほど高山地域ではないが山の裾野にあるわずかな平地スペースにぎっちりとバラック小屋が建ち並んでいる。

九龍村も決して人通りは多くなかった。空き家になって立ち入り禁止になっている家もあった。やはり見かけるのは老人が多い。まれに通学途中の小学生も見かけたから、家族で住んでいる人もいるのだろうが、あまり数は多くはないようだ。そしてクリョンマウルもいつ取り壊されるかわからない状態にある。

クリョンマウルの通りから街のほうを見ると、巨大なマンション群が蜃気楼のように見えたのが印象的だった。


クリョンマウルから街のほうを見ると、巨大なマンション群が蜃気楼のように見えた(筆者撮影)

ロケ地になった階段を上ってみる。かなりキツい階段だったし、上り終えても坂は続いている。確かに毎日、この坂を上り下りするのは大変だ。

韓国の日韓交流会で出会った30代の男性は、アヒョンではないが高度が高い場所に住んでいたという。やはり比較的貧しい地域であり、毎日、学校に行くために坂を上り下りしなければならなかったという。

「雪が積もるとみんなソリを作って坂を滑り降りて学校に向かっていました。道路を滑るわけだからケガしてる人も多かったです。ただ腕の骨を折ったくらいでは先生も動揺せず『気をつけろよ』というくらいでした。ある意味、いい時代でしたね(笑)。今なら大問題になると思います。


坂の強い商店街(筆者撮影)

確かに高低差ある場所に住むのは大変です。でも、体力はつきます。僕の出身地はサッカーの選手をたくさん生み出しています。おそらく小さい頃から坂を上り下りして基礎体力がついたと思います。僕も、スキーや登山が好きで昨日も冬山に登ってきました」

と言って、スマートフォンで雪山に登っている様子を見せてくれた。バリアフリーの観点から言えば、デメリットが多い街だが、わんぱくな子供たちにとってはメリットもあったようだ。

ただしずいぶん身体がなまっている僕にとっては、坂道はなかなか厳しかった。

ついに半地下のアパートにたどり着いた!

えっちらおっちら坂道を上っていると、同行者がビルの1階を指差して、

「これが半地下のアパートですよ」

と言った。

見ると、地面ギリギリのところに小さな窓があった。言われなければ、気づかなかったと思う。

ただ、気づいてしまえば、多くの物件の1階部分には小さな窓があるのがわかった。窓から下の部分は地下室なのだ。



半地下アパートの窓は、言われなければ気づかないほど小さい。窓から下の部分が地下室になっている(筆者撮影)

外からは見えない、完全に地下の物件もあるという。このような地下の物件に住むのは、とても閉塞感があるだろう。

半地下物件は朝鮮戦争のときに防空壕として作られたものも多いという。そのような、そもそもは居住用ではない施設を、貧困層に安く貸し出しているという背景がある。

朝鮮戦争勃発から70年ほど経っている。どの物件も老朽化が著しい。災害に弱いのは火を見るよりも明らかだ。

坂道を下りて路面に出ると、新たに建てられているクリョンマウルと同じく巨大なマンション群が目に入った。

住人は格差社会を感じずにはいられないだろう。

ちょうど昼食時だったので、映画の中で主人公一家が内職でピザの箱を組み立てていたピザ屋に足を運んでみた。

こちらは漢江の南にあるノリャンジン駅の近くにあるお店だ。作中では「ピザ時代」という店名だが、実際には「スカイピザ」だ。

“聖地巡礼”の日本人が訪れた形跡

スカイピザでは映画の舞台になったことを前面に押し出しており、入り口にはポン・ジュノ監督との写真や、映画のワンシーンが飾られていた。


映画の舞台となったピザ屋は外国人客で満席だった(筆者撮影)

基本的にはデリバリーを中心にしたお店らしく、店内はあまり広くないが満席になっていた。ピザを食べているのは、僕らも含めてすべて外国人だった。

「映画で登場したピザはなんですか?」と聞くと、ポテトピザだと言われたのでそれを注文した大きめのポテトがゴロゴロと入ったおいしいピザだった。

帰りがけに、女性の店員さんから

「日本人のお客さんたくさんいらっしゃいます。よかったら、寄せ書きを書いていってください」


ポテトがゴロゴロ入ったポテトピザ(筆者撮影)

と言われた。寄せ書きを見ると、

「映画を見てきました」

「また来ます!!」

などと日本語で書かれたメッセージも多かった。僕らも同じような文言を書いて後にした。

アカデミー賞を受賞した効果は、てきめんに表れているのだろうと感じた。経済効果も少なからずあるはずだ。嬉しいことずくめだろうと思ったが、ただものごとはそれほど単純ではないことを知ることになる。

日韓の交流会に出て、数人の韓国人の方々と話す機会があった。

「パラサイトはアカデミー賞を取って素晴らしいですね」

と話題をふったのだが、あまり反応はよくなかった。

「ああそうですね……」

くらいのノリの返答だった。映画が好きだという男性もすぐに、

「僕はキム・ギドクの映画が好きなんですよ」

と話をそらした。

パルムドールとオスカーを受賞したのだから、自慢されるかと思ったらまったくそんなことはなかった。

もちろん、僕が参加したその会がたまたまテンションの低い人が集まったという可能性はある。ただ、同じく韓国を訪れていた知り合いに話を聞いても

「アカデミー賞受賞で喜んでいるのは日本人だけで、韓国の人たちは冷めていた」

と言っていた。先程、小さい頃高山地域に住んでいると語ってくれた韓国人男性に話を聞くと、

「パラサイトは、韓国の本来なら隠したい恥部を映画のテーマにしました。しかも、コメディにしています。

『韓国の貧困問題をネタにして稼ごうとしている』

『貧困ポルノ作品だ』

とののしる人も少なくありません。僕はアカデミー賞を取って嬉しいと思います。複雑な感情を示す人もいます。

ちなみに僕は韓国と日本のどちらの映画館でも見ました。日本の映画館は値段は高いですが、とてもよかったです」

と語ってくれた。

日本の『万引き家族』に見られた評価と同じか

確かに日本でも映画『万引き家族』(是枝裕和)がカンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得したときにも、

「日本のイメージを下げる作品だ」

「犯罪を応援する作品だ」

というような批判が相次いだ。

『パラサイト 半地下の家族』も、確かに単純に褒めることが難しい作品なのかもしれない。

ただそれでも、現実を知ること、理解することは、悪いことではないと思う。