※編集部・注:本記事は取材に基づいた内容となっていますが、当時の取材対象についてのみ執筆されています。記載されている内容が、全ての精神病棟や施設に当てはまるわけではありません。あらかじめご了承ください。

※本文内、食事中には適さない表現があります。

精神を病んでしまった患者を治療するために保護・収容する精神病棟。鉄格子がはまった窓や閉鎖病棟、拘束着、足かせや手かせ、薄暗い山奥……といったイメージがつきまといます。

しかし、多くの人は真の精神病棟の実態を見たわけではなく、まことしやかに語られた噂や創作によるイメージをすり込まれているのがほとんどではないでしょうか。果たして、本当の精神病棟とはどんなところなのか。

自分自身が精神の病を患うかもわからない今だからこそ、事前に精神病棟のことを知っておくことは必要ではないでしょうか?

今回、精神病棟の取材に応じてくれたのは、精神科専門院『Y病院』の元看護師・正木遼子さん(仮名、40才)です。

「ずっと、精神科にいるとやっぱり自分自身も何が正しくて、何が正しくないのか、わからなくなってくるんですよね。今は休職中です」

精神病棟看護師歴17年の彼女が語る真実とは……。

<※写真は全てイメージです。本文と写真は関係ありません>

どこの病棟もベッド数不足の状態

全国で精神疾患を抱えている患者の数は、平成29年で400万人を超えています。さらに、入院者数は15年前と比べすると、平成14年の約34.5万人から、平成29年の約30.2 万人とおよそ10%減少しています。

統合失調症やうつ、不安障害、薬物中毒患者は減少傾向にあり、逆に増加しているのは認知症患者の数です。

正木さん「もっとも多いのは、やっぱりアルツハイマー型認知症の患者数ですね。超高齢化社会ですから仕方のないことですが、慢性的にベッド数が足りないので、精神病床の平均入院日数は短縮する傾向にあって、平成元年から平成29年の間には、220日短縮して、268日程度の日数になりました。常にベッド数が足りない状態が続くので、なんとか在宅で治療していこうということでしょうね」

丸野(以下、丸)「やはり長期化するんですね。患者さんを収容する施設というのは、いったいどのようになっていて、どんな場所なんですか?」
 
正木さん「私が働いていた病院は、関西某所にある四方を山に囲まれた人里離れた場所でした。ベッド数は250床で、4階建てですね。中規模の病院になります。外来と病棟があって、通院中だった患者さんがそのまま入院に進むというケースも多いですね」

丸「(図を見ながら)コの字型の病棟で、年齢や病状の進行ごとに6つに仕切られて配置、ということなんですが、男女混合とありますね。患者の選別は、自傷や互いなどの衝動行為がある患者を収容する“急性期病棟”と、落ち着いていて衝動行為がない患者・その恐れがない患者を収容する“亜急性期病棟”、慢性精神病患者を収容する“慢性期療養病棟”があるわけですか」

正木さん「ええ。ですから、症状ごとに分けるわけではなく、いろんな患者さんがが同居しているカタチになります」

入院制度は4つ

丸「入院制度も複数あると聞いたんですが?」

正木さん「4つあって、本人の意志で入院する“任意入院”、自傷・他害の恐れがある精神疾患を持つ患者を知事や市長の命令で強制入院させる“措置入院”、入院の必要があると医師が判断して保護者の同意があれば強制入院させることができる“医療保護入院”、緊急入院が必要と医師が判断した場合に72時間限定で入院させることができる“応急入院”です。ベッド数が足りなくても、警察からの“措置入院要請”を受けるためにベッド数をいくつか確保するように法律で決まっていて、そんな患者さんは、隔離室にカメラが付いた“急性期病棟”に入ることになります」

丸「事前のアンケートにもありますが、隔離室には家具の類は一切なくってトイレのみなんですね」

正木さん「ええ。マグネット式の拘束着を常に着用され、布紐でベッドに四肢拘束された患者がほとんどです」

棟内ルールを覚える

丸「具体的に精神病棟で過ごす1日ってどんな感じなんですか?」

正木さん「入院費は社会保険自己負担分と食事代1日800円弱です。入院している半分以上の患者さんが生活保護受給者の場合が多いです。働けないので、精神科のソーシャルワーカーさんやケースワーカーさんに相談して、市に申請するという感じですね。入院が決まり、病院に着いたら、持ち物は全部預託です。紛失・盗難のリスクを回避するためです。現金や通帳、カード、貴金属を対象としています」

丸「僕が留置場に入った時と一緒ですね」

正木さん「すごく被害妄想の強い傾向がほとんどの患者さんにあるので、ひどい衝動行動を持っている患者さんの場合は危険物を持込めないように身体検査も実施します。院内では、看護師に頼んで買い物などもできるので、お金は申し出ればいつでも引き出せます」

丸「精神病棟に居ながらにしてショッピングできるんですね」

正木さん「現金と持ち物などを預託表にメモし、ここからは病棟内のルールを担当看護師から口頭で教わります」

《病棟内ルール》
・入院着は病院支給か、私物。私物使用の場合は自分で洗濯しないといけない
・他の患者とのトラブルが起こった場合は担当の看護師に申し出る
・男女間の性交は禁止
・タバコは1日1箱まで ※現在禁止のところがほとんど
・アレルギーがある食べ物に関しては申し出る

正木さん「説明を受けながら、廊下を歩き、最も遠い病棟が精神科隔離病棟です。まずは、開放病棟がお出迎え。病棟の入り口には喫煙ができる談話室があって、テレビやDVDを楽しむことができます。なので外来者とコミュニケーションを取ることもできますね。電話もすべて自由です。まぁ、ここに入院できるのは、躁鬱や神経症、摂食障害など軽度の精神疾患患者ですけど……」

丸「はい」

正木さん「その先を進むと、針金が交差した大きなガラスが嵌まった2重扉に閉ざされた隔離病棟が姿を現します。外から見れば、患者さんたちがめまぐるしく徘徊しているのがわかります。3重にもなった頑丈な鍵を開ければ、非日常的な空間が広がっています」

開放病棟は天国、隔離病棟は異世界の雰囲気

正木さん「殺風景なフリースペースがど真ん中に陣取り、ナースステーションは患者の様子を見渡せるようになっています。L字金具で台に固定されたテレビが1台あって、画面に顔をくっつけて鑑賞している患者が数人いました。それ以外は、奇声をあげている患者さんや立ったまま絶え間なく首を振っている患者さん、壁を凝視して身動ぎひとつしない患者さん、人の後ろをゆらゆらとついて回っている患者さん、唸り声をあげている患者さんなど、意思の疎通を図るのが難しい重度の患者さんが多いですね」

丸「ううむ……」

正木さん「この病棟は全体に便や尿のアンモニア臭が漂っています。自分の便の意味が理解できなくて、指で弄んだり、口に入れてしまったりする患者さんは多いです。便意や尿意がわからない排泄障害がある患者さんも多いですね」

丸「ここからは自分で荷物を整理して、パジャマに着替えるわけですね。この後は?」

正木さん「診療の時間以外はやることはありません。テレビにも先客がたくさん貼りついているので、夕食の時間を待つのみです。その間に長い入院歴の古参患者が病室を覗きに来きます。じっと見つめてくる人や理解できない話をしてくる人、手を握りにくる人、わめき散らす人など、挨拶はいろいろですね。そして午後6時に夕食の時間です。フロアに患者が集まって、配膳されたテーブルにつき、全員で食べることが多いです。献立は、糖尿病や痛風、腎疾患、肝疾患の有無によって、それぞれ料理が違います」

待ち望んでいた食事の時間

丸「どんなメニューですか?」

正木さん「一般の入院患者さんであれば、メイン(フライや焼き魚など)とつけ合せ野菜、ご飯、味噌汁に漬物。火傷などがあれば危険なので、すべてぬるく作ってあります。味は想像通りですよ(笑)。でも、生活の唯一の楽しみである食事へのがっつき方って凄まじいです。自分の食べたいものを紙が真っ黒になるまで書き続ける患者さんも多いので、食への執着はすごいです。10分程度でみんな食事を済ませると、看護師の前に一列に並んで処方薬の配給です。順に飲んでいきます」

丸「確認をするわけですか?」

正木さん「はい。精神科の薬のほとんどは抗うつや抗不安薬などの“向精神薬”。飲み終えたら、口を開いて、ちゃんと飲んだかを看護師にチェックしてもらうのがしきたりです。毎食後365日、この流れは続きます。消灯の21時までは、みんな思い思いに過ごしています。煙草を吸ったり、本を読んだり……。オセロや将棋盤など凶器になりうるものは置いてはいません。周囲から響く奇声は昼夜を問わず続きます」


 
食後に飲んだ安定を促す薬剤には誘眠作用があり、ぐっすりと眠れるそうです。

あまり知られていない精神病棟の1日でしたが、あなたの想像と違っていましたでしょうか? 機会があれば、次回は《患者や精神科医の苦労など、現場の声》をお伝えします。

(C)写真AC

(執筆者: 丸野裕行)

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