「終電早めます」JR西が暗に伝えたいメッセージ
■各社の終電が延びるなか、都市部で異例の前倒し
大手コンビニチェーンで深夜営業の見直しが進む中、鉄道にも「働き方改革」の波が押し寄せるかもしれない。旗振り役は2014年に計画運休を導入して、災害時の人々の動き方を変えた実績のあるJR西日本だ。同社は10月24日、夜間に線路などの点検作業の時間を確保するために、関西圏の通勤路線で最終電車の時間を30分程度早めたい意向を示した。1年間かけて検討を進め、早ければ2021年春のダイヤ改正で実施するという。
しかしこれまで、鉄道業界ではサービス向上のため終電を繰り下げてきた。例えば大阪市営地下鉄(当時)は2013年のダイヤ改正で、各路線の終電を最大30分繰り下げた。東京メトロも2013年から2015年にかけて、丸ノ内線や東西線などで終電を延長した。
私鉄でも近畿日本鉄道が2018年、各路線で終電を10〜20分繰り下げるダイヤ改正を実施。東武鉄道も2020年3月14日のダイヤ改正で、東武野田線(アーバンパークライン)の最終電車を、大宮、柏、船橋などの乗換駅で最大33分繰り下げる。深夜時間帯の利便性を向上することで、沿線住宅地の開発に弾みをつけたい考えだ。
その他、期間限定の措置ではあるが、東京都はオリンピック期間中、首都圏のJR・私鉄・地下鉄各線の終電を最大90分程度延長し、深夜時間帯の観客輸送を行う計画がある。
それだけに、利用者の減少が進むローカル線であればまだしも、都市部での終電繰り上げはめったに聞かない大ニュースである。今年の春先、品川駅に到着する山手線内回りの最終電車が27分も早まると話題になったことを覚えているだろうか。品川駅改良工事の都合で、品川行き最終電車が一つ手前の大崎止まりに変更されたのだが、1本の列車の運行距離が2km短縮されただけで大騒ぎになるのが最終電車の存在感というものだ。
■保守作業は毎晩100カ所以上、その数1500人
JR西日本は2009年のダイヤ改正でも終電を最大20分早めているが、これは2005年に発生した福知山線脱線事故の反省を踏まえ、乗務員の労働環境を見直すために行われた「働き方改革」であった。
ところが今回は、運転士の勤務時間を減らすためではなく、夜間保守の作業時間を延ばすために終電を繰り上げたいという。
鉄道は終電後も、線路や電線の修繕や点検、車両の整備など、鉄道を安全に運行するための準備や作業が一晩中行われている。列車本数の多い都市部では日中に作業を行うことができないため、深夜の限られた時間に集中して作業する必要があり、特に線路保守作業は人海戦術で行われる。
JR西日本の場合、近畿エリアの在来線では毎晩、100カ所以上で、およそ1500人が保線作業に従事しているという。ところが、近年の働き手不足により、将来的に夜間の保守作業をこのままの形で継続することが難しくなっているというのだ。
JRが人手不足とは大げさだと思うかもしれないが、工事に従事するのはJRの社員だけではない。彼らの業務は工事の管理監督が中心であり、人手を必要とする実作業は下請け会社の社員によって行われているからだ。JR西日本の協力会社の中には、2008年から2018年の10年間で線路保守に従事する従業員が23%減少した例もあるという。
■終電を早める以外の方法はないのだろうか
実際、大阪労働局と東京労働局の「求人・求職バランスシート(2019年4月)※」を比較すると、専門技術職の「建築・土木技術者等」の有効求人倍率は、大阪の5.5倍に対して東京が8.2倍だが、鉄道線路工事作業員を含む「土木の職業」では、東京の6.97倍に対して大阪は8.32倍と上回っている。ちなみに「電気工事の職業」は東京が5.13倍、大阪が4.85倍。いずれも深刻な人手不足であるものの、特に関西では一般土木作業員の確保に苦労していることが読み取れる。
※大阪労働局「求人・求職バランスシート(2019年4月)」
※東京労働局「求人・求職バランスシート(2019年4月)」
特に深夜の重労働が中心で、土休日の休みが取りにくい鉄道線路工事作業員は、働き手が急速に減少しているのが実情だ。JR西日本は、将来の鉄道を担う若い世代が働きやすい環境を整えることは喫緊の課題であるという認識から、まずは深夜作業の日数を減らし、土休日に休みを取りやすい体制に改めるため、今回の深夜帯ダイヤ見直しの検討に至ったと説明する。
安全運行のためのメンテナンスの必要性、重要性や、作業員の労働環境改善に異議を唱える人はいないだろう。しかし、終電繰り上げ以外の方法で解決することはできないのだろうか。
線路保守作業を作業員の数×作業効率×時間に分解して考えてみよう。作業員の数を増やせない前提で考えた場合、問題の解決には3つの方法がある。保守業務の作業量そのものを減らすか(省力化)、作業効率を上げるか(機械化)、作業時間を増やすかである。
■終電を30分早めると年間作業日数が10%減る
省力化と機械化はすでに各方面で進められている。例えばレール継ぎ目の除去や、木製からコンクリート製マクラギへの交換など、設備の強靭(きょうじん)化やシンプル化によってメンテナンスの頻度を減らしている。また、これまで人力を中心に行っていたマクラギや電柱の交換作業を、専用の機械を使用して、より少ない人数で行えるようにする試みも始まっている。
ただ、設備の更新を伴う省力化は、徐々に成果が出ていくもので、特効薬にはなりづらい。結局のところ、すぐに成果につながる対策は、作業時間を延長して、1日の作業量を増やす他にないのである。
これがローカル線であれば、列車の合間に作業をしたり、日中の列車を運休して集中的に工事を行うことができる。しかし、都市部の鉄道は日中も高頻度で運転しており、一時たりとも止めるわけにはいかないので、作業時間を増やすには、最終電車を早めるしかないというのだ(終電後に運行する夜行列車や貨物列車は迂回(うかい)ルートがあるため作業の支障にはならないという)。
JR西日本の試算によれば、最終電車の発車時刻を30分程度早めると、年間の作業日数をおおむね10%減少する効果が見込めるという。夜間作業を実施する日数が減れば、作業員が休日を取りやすくなるというわけ。地道な積み重ねで、少しでも労働環境を改善したいとしている。
しかし、最終電車を早めれば利用者が不便を被るのもまた事実だ。それ以上に社会に影響はないのだろうか。
■「鉄道も社会も変わるべきだ」というメッセージ
現在、JR大阪駅の終電は、JR京都線が24時31分(高槻行き)、JR神戸線が24時28分(西明石行き)。両線と並行する阪急電鉄は、神戸線が24時25分(西宮北口行き)、京都線が24時25分(正雀行き)だ。
また、大阪環状線の終電は、外回りが24時33分(京橋行き)、内回りが24時11分(天王寺行き)。
一方でJR東日本はというと、山手線東京駅の終電は、外回りが1時03分(品川行き)、内回りが24時39分(池袋行き)だ。いずれも終電を24時まで繰り上げると、対競合路線で見ても、対東京の観点で見ても、少々早いようにも思える。
だが、ここでJR西日本は興味深いデータを提示する。近年、働き方改革の影響で帰宅時間帯のピークが早まり、深夜時間帯の利用が減少しているというのだ。
平日の大阪駅の利用者数は、2013年から2018年の5年間で17〜20時台が107%増加したのに対し、21時〜23時は93%、24時台は83%に減少。この傾向は京都駅や三ノ宮駅でも同様だという。
JR西日本は、自社の線路保守作業員にとっての働き方改革だけでなく、深夜時間帯の働き方、過ごし方そのものを見直すために、社会に「終電繰り上げ」を問題提起したいという。つまり、鉄道とともに社会も変わるべきだと訴えるのである。
これには異論、反論もあるだろうが、2009年の終電繰り上げと、2014年の計画運休を定着させてきたJR西日本らしい取り組みとも言えるかもしれない。
■「24時間おもてなし都市」を目指す大阪府が黙ってない
他方でもっと「夜遊び」すべきとの主張もある。18時から翌日朝6時までの時間帯に、夜ならではの消費活動や魅力を創出して経済効果を高めようという「ナイトタイムエコノミー」だ。もともとは深夜に限った話ではないのだが、やはり注目を集めているのは、これまで活用が進んでいなかった24時以降の時間帯だ。観光庁の資料によると、ナイトタイムエコノミーを積極的に推進しているニューヨークやロンドンでは、2兆〜3兆円規模の市場を形成しているという。
2025年に大阪万博を控え、カジノを含むIR(統合型リゾート)誘致を目指す大阪府も、「安全で安心して楽しめる24時間おもてなし都市」の実現に向け、ナイトタイムエコノミーに熱視線を注いでいる。彼らがJR西日本を寝かせたままにしておくだろうか。
実際、終電繰り下げ・終夜運転はナイトタイムエコノミーの推進力として期待されている。24時間運行の地下鉄といえば、複々線の路線網を活用するニューヨーク地下鉄が有名だが、2016年からロンドンでも週末(金曜・土曜)限定で地下鉄とバスの24時間運行が始まった。パリでも実証実験が計画されている。この他、終夜運転まではしなくとも、週末の終電は1〜2時間延長される地下鉄は多いという。是非は別としても今後、日本でもこうした議論が起こるのは間違いない。
もちろん単純に是か非かの議論ではなく、平日の終電は早めつつも、週末は遅くまで運行するという選択もあり得るし、終夜運転は必ずしも鉄道にこだわる必要はない。いずれにしても確かなのは、今後、終電延長や終夜運転の議論は、JR西日本の「問題提起」を無視しては行えないということだ。
はたしてJR西日本の提起は日本社会に受け入れられるのだろうか。国や自治体は、利用者は、どのような在り方を望むのか。JRの検討を見守るのではなく、賛成であれ、反対であれ、私たち自身が大いに声をあげ、盛り上げていきたい課題である。
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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)