北海道最強コンビニが「おでんをやらない」理由
■停電のなかで「温かいおにぎりや惣菜」を提供
2018年9月6日に起こった北海道胆振東部地震の際、高い危機管理能力に基づくあざやかな行動で評判になったのが地元のコンビニエンスストア(以下、コンビニ)チェーン、セイコーマートだ。同日、同チェーンは停電のなか、全道にある約1100店舗のうち50店舗をのぞいて営業を行った。スタッフは全店に配備された非常用の電源キットを用いてレジを打ち、商品を販売した。他の商店が閉店しているなか、スタッフ総出でガス炊飯器で作った温かいおにぎりや惣菜を提供し、地元の人々から喝采を受けた。
同チェーンはコンビニの先駆けだ。セブン-イレブンよりも早く1971年の8月に札幌で第1号店をオープンしている。
現在、全店舗数は1186店(北海道1090店、関東96店[茨城86店、埼玉10店]。2019年6月末現在)。店舗数ではセブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートの大手3社にかなわないけれど、顧客満足度では2016年度から4年連続で1位だ(日本生産性本部 サービス産業生産性協議会「日本版顧客満足度指数」コンビニエンスストア部門)。
■公的機関より頼りにしている道民は少なくない
セイコーマートの特徴は3つある。まずは北海道に特化し、北海道では生活インフラになっていること。毎日のように使う人も多く、公的機関よりも頼りにしている道民は少なくない。
2番目は原料の生産から開発、製造まで自社で行う商品を数多く有すること。農業生産法人、水産加工会社、食品・飲料製造会社などを持ち、そこが作った商品をSecomaブランドとして店舗に並べている。しかも、値段はあくまでリーズナブルである。
3番目は物流を効率的にしていること。道内の主要12カ所、本州4カ所の物流センターを拠点に、独自に構築してきた物流ネットワークを活用している。同チェーンの商品を輸送するだけにとどまらず、雑誌や新聞などの専門業者が運んでいた商品も自社の物流ネットワークに載せている。
同チェーンを運営するセコマの本社を訪ねる前、そのビルの1階にある店舗で買い物兼取材を行った。前述のようにセイコーマートは北海道産の素材を使った食品、菓子などをたくさん置いている。インバウンド客や国内の他の地域からやってきた客は北海道の物産を買うためにセイコーマートを利用しているのである。
■地元で人気なのは「ホットシェフ」と「ワイン」
わたしが土産に買ったものは次の通り。
山わさびのカップ麺、山わさびのスナック菓子、鮭とば、干したら、道産牛乳を使ったミルクキャラメル。空港の物産店や土産物店で買うよりも安いからありがたい。また、同チェーンには「ホットシェフ」という店内調理の弁当、おにぎりがある。わたしは北海道に来てビジネスホテルに泊まる際、朝食はホテルのビュッフェではなく、セイコーマートのカップ麺とホットシェフの弁当を選ぶことにしている。なんといっても、北海道に来たんだなという実感がするし、値段もビジネスホテルの朝食より安いからだ。
同社広報部部長の佐々木威知に尋ねたのは「ホットシェフで人気メニューは何ですか?」である。
「カツ丼と、大きなおにぎりです」(佐々木)
ああ、それも買って帰りたいなあと思う。さらに尋ねる。
「ジンギスカン弁当とか作らないんですか?」
佐々木部長は、待ってましたとばかりに答える。
「今年、作りました。いや、すごく売れたんです。観光客をメインターゲットとして開発したのですが、地元の人に大人気で。北海道の人ってジンギスカンが好きなんですね。ホットシェフ以外で、地元の人に人気なのはワインです。当チェーンでは種類を扱っている店舗が多く、特にワインの品ぞろえがいいんです。
外国からの観光客が買うのは果物ですね。りんご、みかん……。日本の果物ってものすごくおいしいようで、果物をたくさん買っていかれます」(佐々木)
店頭で感じたことは、ひとつである。
「セイコーマートを他のコンビニチェーンと同列で語るのは間違いだ。同チェーンは置いている商品が一般のコンビニとはまったく違う」
■「大手がやっていることは、うちはやらない」
同社代表取締役社長の丸谷智保は、とてもわかりやすい表現で「コンビニの本質は何か」を語れる人である。
「確かに、うちは他のコンビニとは違います。まず、他のコンビニ本部は経営コンサルタント業といえます。フランチャイズを経営指導してフィーを得る。元々はうちもそれで始まったけれど、だんだん切り替えて、今では直轄店(グループ直営店)が圧倒的に多い。当チェーンは小売店の集積であり、他とはビジネスの形態が違うんです」(丸谷)
ちなみに、大手のコンビニとセイコーマートの直営店比率は次の通りだ。
・セブン-イレブン:1.81%(2018年度、国内)
・ファミリーマート:2.71%(2018年2月末、国内、ファミマ+サークルKサンクス)
・ローソン:2.37%(2018年2月末、国内、ローソン+ナチュラルローソン+ローソンストア100)
・セイコーマート:80%(2019年4月25日)
数字を見るとよくわかる。セイコーマートは製造から販売までを手がける会社で、直営小売店の集まりだ。一方、大手コンビニは小売店に経営指導をする会社である。
丸谷は「大手コンビニと同じことはできない」と言う。
「たとえば、簡単な例では、おでんをやらない、恵方巻もやらない。大手がやっていることは、うちはやらない。大手ができないことをうちはやっていく。そうして、アイデンティティを高めていく」(丸谷)
■自社物流だから過疎地域にも店舗を出せる
丸谷が「同じく、うちの独自性だ」と語ったことがふたつある。効率的な自社物流と地域密着サービスである。
「まず小売りチェーンに限らず、今、日本全体でもっとも重要なことは『物流をどう維持するか、効率化するか』です」(丸谷)
それはどういうことですか?
「北海道は日本の面積の4分の1を占める地域です。それなのに人口は約500万人。つまり、人口密度はすごく低い。町から町、店から店への距離が長いから物流効率が非常によくない。その物流効率をよくするために、創業以来、自社で物流を担っています。自社物流のシステムがあるから北海道の過疎地域へも店を出すことができる。物流業者に頼んだら、コストが高くて、商品をどこでも同じ値段では販売できません。
たとえば当チェーンでは店と店の間が37kmも離れているところがあります。首都圏でしたら、東京から神奈川の戸塚までの距離に値するわけです。もし首都圏で37km半径の地域であれば大手のコンビニだけで6000店舗はあるでしょう。そういうところに、うちは2店舗しかない。それほど非効率な区域であっても、雑誌なども含めて店舗内の商品のほとんどを運ぶという流通システムを整備してきたのが当社の物流システムです」(同)
■「接客を誠心誠意やる」という徹底した教育
要するに、セイコーマートはグループ会社で(協力会社を含む)多くのトラックを持ち、専任ドライバーも抱え、店舗内の商品のほとんどを配送でき、さらに効率的に回れるノウハウも持っている。確かに、これは短期間では構築できないシステムだ。他のコンビニチェーンは北海道の過疎地域に店を出すことはできないだろう。
「ある雑誌記者から言われたことがあります。昨年9月の北海道胆振東部地震の直前に、関西を中心に豪雨の被害がありました(平成30年7月)。彼は和歌山県田辺市で取材を行っていて、喉が渇いたから地元のコンビニに飲み物を買いに入ったそうです。すると店員から『停電でレジも動いてへんのに、売れるわけない』と言われたそうです。
その記者は『そりゃ、そうだな』と納得しました。その後、彼は北海道に地震の取材で来て、同じようにセイコーマートに入った。そうしたら、『冷えてなくて申し訳ないのですが、こちらでよろしければどうぞ』と売ってくれたというのです。
9月だからまだ暑い。停電でさえなければ冷たい飲み物を販売して差し上げたい。それができなくて申し訳ないと謝って、商品を差し出した。当社のサービスはそういうものです。
ずっとそのように教育をしてきました。1万7000人のパートタイマーに関しても、サービスのワークショップを行い、接客を誠心誠意やる、と決めています」
■右肩上がりより「持続可能性」を大切にする
「なぜなら地域密着だから。
うちの店舗には1日3回来る人もいます。うちしかないから、3回いらっしゃるんです。道内の過疎地域ではスーパーが撤退しています。しかし、うちはできる限り撤退しません。そのための物流システムでもある。社会インフラになっているから撤退できません。
そして、過疎の地域でも店を維持するためにディスカウンター(割引)ではなく、自社生産、物流などの仕組みを通じて安くしています。ひと言でいうとサステナブルなんです。サステナビリティなんですよね。僕は思います。北海道では、日本では、今後右肩上がりだけを志向すると不幸になる、と。特に北海道のような地域だと、どうやって存続していくか。そっちのほうが右肩上がりより重要なポイントでしょうね。店をどんどん増やしていく時代じゃないんですよ」(同)
セイコーマートの特徴とは先ほどの3つに加えて、公益に対する責任感だ。だからこそ、右肩上がりよりも地域生活の維持を大切にしている。(敬称略)
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)