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 3つ目の個室に潜んでいる“トイレの花子さん”、理科室の人体模型が夜な夜な動き出す……。誰もが子どものころに1度は触れたであろう『学校の怪談』。現在は、パソコンルームのパソコンから無数の手が出現する、など、怪談の内容も時代とともにアップデートしているという。

ズボンやスカートを下ろすとき

 それにしても、なぜ学校の怪談はすたれないのか?

「児童同士のコミュニケーションツールとして機能していることが考えられます」と話すのは、山口県立大学で子ども文化論などを研究する吉岡一志さん。怪談や恐怖体験は、子どもたちの交友関係を構築するうえで、重要な役割を果たしていると続ける。

「学校の怪談は、そのほとんどがトイレや特別教室、音楽室など出どころが明確です。子どもたちにとってはなじみの少ない特別教室=非日常空間ですから、そういった場所で何かが起きるというのは、子ども心に不安や想像力をかき立てる。

 しかし、最も“霊”の出現場所が多いのはトイレなんです。学校の怪談スポットを調べた結果、日常的なスポットにもかかわらず、トイレは実に全体の約3割を占めるほど。

 これは、ズボンやスカートを下ろし、ある意味、無防備な自分をさらけ出している場所だからだと言われてきました」

 では、どのような心理が働いて子どもたちは怪談を好むのか?

「トイレや音楽室などは、みんながイメージを共有しやすい場所。そのうえで、〇棟3階にある奥から△番目のトイレ、×時××分の音楽室というように、条件を限定している。

 よりイメージを抱かせやすくなると同時に、その条件を回避すれば怪異に遭うことはないという逃げ道も作っている。つまり、子どもたちは怪奇現象に遭遇するか否かを、自分でコントロールできる立場にあるんですね」

 なんでも、“恐怖は安全を確保されることで娯楽へと反転する”らしい。

「地上を低速で進むジェットコースターのように、完全な安全が担保されると成立しなくなる。ある程度、不完全な安全だからこそ娯楽に昇華される」と吉岡さんが説明するように、子どもたちは、身の危険から生じる恐怖を適度に調整することを通して、学校の怪談を友達同士の娯楽として楽しんでいるというわけ。

誰からも傷つけられたくない

 ただし、

「今と昔とでは、コミュニケーションとしての学校の怪談に変化が生じている」とも。

「'70年代、'80年代は『口裂け女』に代表されるように、地域や世代を選ばず共通の怪奇現象や妖怪が存在していました。ところが、'90年代以降、子どもたちの関係性が変わってきた。

 “島宇宙”と呼ばれているのですが、グループ同士の交流が希薄になり、自分が属するグループが島のように孤立し、隣のグループとは宇宙のような隔たりが生まれてしまった。その結果、全員が共有できる、口裂け女のような現象はなくなったと考えられます」

 その場の瞬発力で発生する怪談はあるが、そのグループ内だけで収束してしまう。本音を言い合って仲を深めるという交友関係は、ひと昔前のものとなった。

「誰からも傷つけられたくないし、誰も傷つけたくもない。そういう繊細な優しさが、今の若い世代の生きづらさにつながっています。表面的な関係性を続ければ、本当に友達なのか疑わしく感じてしまう瞬間も生まれる。

 相手の内面が読みづらくなるからこそ逆に、泣きたい、怖い、といった偽りのないストレートな感情こそが信じられるようになる。

 心の底から“キャー!”と叫ぶことは、感情を共有できる、貴重なツールだと考えられます。お化け屋敷に1人で入る人って、ほとんどいませんよね?」

 怖がっている姿を自分にさらけ出してくれる─。表層的な関係性が増える中で、自然な感情を伝えることができるからこそ、友達同士で盛り上がることのできる学校の怪談はすたれない。単なるコミュニケーションツールを越え、今や怪談は希薄になりつつある人間関係を確かめ合うことができるツールとしても重宝していると言えそうだ。

《PROFILE》吉岡一志さん ◎山口県立大学国際文化学部文化創造学科准教授。教育社会学、コミュニケーション論、子ども文化論などを専門とする