「シンギュラリティは、2045年には訪れない:アイロボットCEO、AIとロボットの未来を語る」の写真・リンク付きの記事はこちら

ロボット掃除機「ルンバ」が、このほど重要な進化を遂げた。今年2月に発売された最新モデル「ルンバi7」シリーズは、室内環境をマッピングして間取りや障害物の配置などを学習し、記憶する機能が搭載されたのだ。ルンバを開発するアイロボットの創業者で最高経営責任者(CEO)のコリン・アングルは、この進化を「ロボットの新しい世界を切り開くもの」だと語る。

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その進化は、今後のロボットやスマートホーム、そして人工知能(AI)にとって、どんな意味をもってくるのか。ロボット掃除機にとっての小さな一歩が、AIの未来にとってどれだけ大きな飛躍へとつながるのか。これまで30年にわたってロボットをつくり続けてきたアングルは、かつて人間が思い描いていた「未来」を、いかにわたしたちの生活に実装していこうと考えているのか──。その現在地と未来について訊いた。

ルンバを開発するアイロボットの創業者で最高経営責任者(CEO)のコリン・アングル。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

「ロボットの未来」の始まり

──まず最初に、アイロボットが目指しているヴィジョンについてお聞かせください。2年半前に来日してプレゼンテーションしたとき、「5年先の未来には家そのものがロボットになっていく」と語っていました。いま、そのとき話していた「5年後の未来」の中間地点に来ましたが、当時の考えは変わりませんか。

そうか、ちょうど中間地点だね。そのときに言ったことは正しかったと思っている。だって、こうして最新モデルの「ルンバi7」を発売できたんだから。これから家そのものがロボットになっていくと、いまでも変わらず考えているよ。

──あと2年半で家そのものを“ロボット”にしていくのがアイロボットの計画というわけですね。その先のロボットの進化のロードマップについては、どのように描いていますか。

ロボット産業はまだ始まったばかりで、ぼくが残りの人生すべてをかけて取り組み続けたとしても、それでもまだ始まりにすぎないと感じている。ロボットを29年間つくっているけれど、ロボットが果たす役割は、いまと未来とで比べるとかなり異なってくると考えているんだ。だから、ぼくのロボットの定義も時間とともに変わってきた。

かつてロボットは機械であり、周囲の環境を認識し、見えるものを理解して物理的なアクションを起こすものだと考えていた。でもいまはスマート家電が増えてきて、当時の定義には合わなくなってきたんだ。いまは「個人と機械の関係性を構築できるもの」というのが、今後のロボットとしてのあり方のひとつだと考えている。

──個人と機械の関係性を構築するとは、具体的にどのようなことですか。

ロボットに対する人間の自発的なアクション(オペレーション)を極限まで削った状態で、ロボットが機能するということ。つまり、ロボットがよりインタラクティヴな関係を人間ともつということなんだ。

「部屋を掃除して」「ゴミを出してきて」といったことを、人に頼むような自然なやり方でロボットに指示できる、そんなスマートさがロボットには求められていると考えている。

──すでにルンバには音声で指示することもできますよね。

そうなったのは、ポジティヴな意味で想定外のことでもあったんだ。音声インターフェースやスマートスピーカーの進歩は、ぼくが当初思っていたよりも速く、大きなインパクトをもっている。想像以上に多くのルンバオーナーたちが音声で操作していることにも驚いているよ。

実は2年半前は、ルンバの行動スケジュールやユーザーの好みをスマートフォンから設定できるようにすることを目標としていたんだ。でも、いまはそれを音声で指示するという自然な行動をとれるようになった。当時、それが2年半後に実現可能になるとはイメージできていなかったんだよね。

ロボットの「Do the right thing」をつくり出す

──ポジティヴな誤算もあったなかで、ロボットやスマートホームの未来図がアップデートされてきたわけですね。いまはどのような現在地にあるのでしょうか。

まず、いまはロボットの「Do the right thing(正しく行動する)」な状態をつくり出す段階にあると思っている。

現時点のスマートデヴァイスはユーザーによる操作が必要で、ロボットの行動は時間をかけてプログラミングするか、設定しなければならないよね。スマートホームが真の成功を収めるには、ユーザーが電源を入れる単純な操作さえすれば、スマートホーム側が自動的に、かつ適切なアクションを起こしてくれることが不可欠だと思っているんだ。だって、「30m進んで、45度回って、2m進んだところで掃除してくれ」なんて、頼むのはバカバカしいでしょう?(笑)

「キッチンを掃除して」と頼む、もしくはキッチンが汚れていれば掃除してくれる。そのほうが自然なはずなんだ。完全な自動化に加えて、具体的な指示に対して適切に行動できる機能の両方が必要だと思っている。

ぼくが初代のルンバ以降でi7が最も重要な発表だと考えている理由は、こうした機能を実現できた最初のスマート家電だからなんだ。i7は自動的に毎日掃除をすると同時に、具体的な指示に応えることもできる。初代のルンバは、消費者が買うことができる最初の実用的なロボットだと考えているけれど、i7はロボットの新しい世界を切り開くものだと思っているよ。

PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──これまでのルンバと決定的に異なるのが、ロボットが環境を理解し、学習する機能を搭載したことですよね。マッピングの精度が向上したことで、間取りや家具の位置を記憶しておけるようになりました。

ロボットの最大の課題は、ロボットが「自分の居場所がわからない」ことなんだ。だから、いまはロボットが周囲の環境を理解する技術の開発に力を入れている。AIにも時間をかけて取り組んでいるんだけれど、ロボットがもっと世界を理解できるようにならなければ、AIの真価を発揮することはできないと思う。

環境に対する理解が深まれば、ロボット同士が連携を深め、家の中のロボットがシステムとして機能できるようになる。そうすれば、もっとインタラクティヴなスマートホームと人間の関係性が生まれてくると信じているんだ。

──2年半前の『WIRED』日本版のインタヴューでは、究極のロボット掃除機の実現まで85パーセントくらいまで近づいていると話していました。掃除機能に特化したロボットの開発だけを続けていきたいわけではないとも語っていましたよね。その後、残りの15パーセントはどうなっていますか。そして、次にアイロボットが見据えている分野とは何でしょうか。

家をきれいに保つ分野は、わたしたちにとって常に重要な分野であり続けると思う。一方でアイロボットの長期的な目標としては、人がより長く自立して生活していける世界をつくるということなんだ。

例えば、高齢者が自立した生活をするうえで、家の中には多くの課題が存在している。その多くは、ものを運ぶことにかかわっているんだ。そんな分野で、ロボットアームなどを使って家に新しい価値を与えていくことが、ぼくたちがやるべきことだと思う。アーム付きのロボットに関しても実用化の方向に動いているよ。さらに、ロボットがもっとインタラクティヴな関係を人間と築けるようにしていくこと、そして家をより安心・安全な場所にすることを見据えて研究開発を続けている。

シンギュラリティの前に「人とは何か」を考える

──ロボットが人間を助けてくれるようになる一方で、ロボットやAIの進化によって人間の職が奪われていく、という議論もあります。こうした可能性についてどう考えていますか?

ぼくのロボットに対する考え方は、ロボットが人の仕事を奪うものではなく、人がやらない仕事を代わりにやってくれるというものなんだ。テクノロジーは人々の生活を大きく変えてきた。例えば食洗機や電子レンジがそうで、人の時間の使い方を変えてきたよね。それはロボットも同じだと思う。そういったロボットを生み出すことに成功しない限り、人々の生活水準は下がっていくと考えているし、非常に深刻な問題だとも思うんだ。

人々が自立した生活を維持し続けるうえでの課題は、手助けしてくれる人が不足していることだよね。それは日本でもアメリカでも変わらない。ぼくたちは、それを変えていくことが、人間の豊かさにつながると考えている。

──現代社会はテクノロジーによって、かつてのわずらわしさから解放されることが当たり前になりつつあります。一方で、こうした状態がベースの社会になることで、ビジネスや生活、コミュニケーション、移動などの回転速度は増していき、むしろ人類は忙しくなっているとも言えますよね。技術によって得られた時間が、人間を必ずしも豊かにしているとは言えない側面があることについて、どう思われますか。

すごくいい質問だね。テクノロジーはわれわれに対して、常により少ない労力で、より均等に生活する機会を与えてきたと思っている。でも、テクノロジーによって得た時間でより多くのことを行ない、物事を複雑化することによって忙しくなっている。ぼくはそう考えているんだ。

だから、それについてはテクノロジーというよりも、むしろ人の性質にかかわるものだと思う。ぼくもその問題を抱えているからね(笑)。自由な時間があると、どうしても新しいことをやって仕事をしてしまうんだ。

PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

──人の労働が介在しない食料の供給方法が生まれれば、いわゆる単純労働という“縛り”から人が解放され、個々の豊かさやクリエイティヴィティを追及できる世界が生まれるかもしれないとも感じています。この考えに近いのがベーシックインカムだと思うのですが、こういった未来は実際に来ると思いますか?

実現できたらいいとは思うし、そう信じたいね。でも、そういった生活をすべての人が求めるか、という問題もある。自由になった時間をすべてクリエイティヴィティを追い求めることに振り分ける必要は必ずしもないとも思うし、労働から解放されることで逆に問題が生まれる場合もある。

社会において、常に忙しくしていたい人と、自由になった時間の恩恵を受けてクリエイティヴに個々の豊かさを求める人のバランスが重要だと思うよ。忙しくないとハッピーじゃない人もたくさんいるからね。ぼくみたいに(笑)

数年前、休暇でダイヴィングにいったとき、外来魚であるミノカサゴが増えすぎたせいで生態系を壊してしまっている問題を知ったんだ。そこで、問題を解決するために非営利組織を立ち上げて、カサゴに電気ショックを与えて回収するロボットを開発した。ミノカサゴは回収したあとで売ることもできる。それでお金をつくって、さらにロボットを買うことができる──という仕組みなんだ。ほら、自由な時間があっても、結局は仕事をしてしまっているんだよね(笑)

これらはぼくにとってものすごくエキサイティングなことではあるけれど、たまに「なんでこんなことばかりやっているんだろう?」と思うこともあるけどね。

──ロボットの未来について、もう少し聞かせてください。AIの権威として知られるレイ・カーツワイルが、2045年にシンギュラリティが訪れるという説を唱えています。こうした未来は、実際に到来すると考えていますか。

ノーだよ。バカバカしいとさえ思っている(笑)

シンギュラリティについて語られていることのほとんどは、AIについてのことだと思う。でも、そのことについて語っている人々のほとんどは、AIの開発に携わっていないのが現実なんだ。

例えば、ロボットは非常に高度な認知をすることが可能で、それはものすごくエキサイティングなことではあるんだけど、ロボットの認知のアルゴリズムには制約がある。「What(何を)」はわかるけれど、「Why(なぜ)」がわからないんだ。イスを「認知」することはできても、「イスがなぜイスなのか」ということを「理解」することはできない。

自律走行車が2年後に実現するであろうという声も、たくさんあるよね。確かに技術的には、ある地点から別の地点へと、それなりに適切なルートで自動で移動することは可能だと思う。でも、複数の自律走行車が社会のなかで機能できるようになるのは、20年後のことだと思う。だから、いまはまだシンギュラリティについてはまったく心配していないよ。

──2045年という“近い未来”については、確かにそうかもしれません。では、遠い未来についてはどう考えていますか?

遠い未来についてはどんなことも想像できるし、それとはまったく異なるものになるはずだろうね。

もしぼくが聴力を失ったとして、いまの技術をもってすれば、聴力をある程度は回復することもできる。ロボットアイで視力を回復させる研究も進められている。腕をなくしても、ロボットアームと神経系を繋ぐインターフェースを開発することで、思考すればアームを動かすことも可能になるだろう。シンギュラリティに到達するよりはるか前に、そんな時代が訪れると思う。

だからシンギュラリティについては、現時点では誤った心配をしているのではないか、というのがぼく個人の考えかな。ロボットが玄関口にやってきてドアをノックして、「きみの仕事をもらいに来たよ」という未来を考える前に、「人とは何か」といったことを考えていく必要がある。ぼくはそう考えているよ。

コリン・アングル|COLIN ANGLE
アイロボット会長兼最高経営責任者(CEO)、共同創業者。1967年生まれ。マサチューセッツ工科大学(MIT)で人工知能の研究をしていたロドニー・ブルックス、ヘレン・グレイナーと1990年にアイロボットを設立した。米航空宇宙局(NASA)の依頼で97年に火星探査ロボットをデザインし、NASAグループ功労賞を受賞。のちに開発したロボット掃除機「ルンバ」が世界的にヒットした。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA